地獄穴の戦い 増援
鱗が変形した分身体に四脚人達は思っていた以上に苦戦しているらしい。セイからのチャットによれば、強くはないがどうやら倒した後が鬱陶しいようだ。
状況を聞く限りいっそのことこちらに回してもらった方が良いだろう。幸いにも破壊して撒菱と化したところで魔導人形にも不死部隊にも被害はないのだから。その旨をチャットで送った頃、戦場では空中からの射撃とジゴロウ達の活躍によって魔術師然とした個体以外の異形の巨人が討ち取られていた。
空中組は容赦のなく砲火を浴びせ、ジゴロウと源十郎は戦いを楽しんでいる場合ではないと全力で殺しに掛かっていた。魔術師の巨人だけは魔術で自分を守ることが出来ている。だが、自分を逆に言えば自分を守るだけで精一杯らしかった。
鱗の主が死んだことで分身体も消えるかと思ったが、そんな様子は微塵も見せずに分身体はこちらに向かっている。どうやら魔術師の巨人を倒さない限り分身体は消えてくれないようだ。本当に面倒な敵だな、全く!
「文句を言っても敵が減る訳でもなし、我々には戦って状況を打破するしかないか。魔導人形部隊、前進」
私は魔導人形部隊と不死部隊を指揮してここまでたどり着いた分身体を殲滅していく。思っていた通り、撒菱状の破片がそれだけ散らばっても二つの部隊には被害は微少なダメージだけですんでいた。
全身を鎧に包まれたエイジは破片を踏み潰すので問題ないし、私とウールはそもそも後方にいるのでそこまで破片は飛んでこない。しかし、軽装で激しく動き回る兎路だけは別であった。
「げっ!イザーム、悪いけど地面のゴミを吹き飛ばしてくれない?」
「あ、ああ。任せてくれ」
不機嫌そうな兎路の有無を言わせぬ雰囲気に呑まれた私は、言われるがままに【暴風魔術】で地面に広がる破片を払い退ける。それを見た兎路は、安心したように足の裏に刺さっていた欠片を引き抜いて捨てた。
「大丈夫ー?」
「ええ。ただ、思ったよりダメージが大きいし、刺さっている間は敏捷低下のデバフが付くみたいよ」
「うわぁ…それは速度と機動力重視の四脚人にとって最悪じゃないか!」
「彼らは頑健な種族で、靴を履く文化を持たないからな…」
倒された後に敵を弱体化させる…魔導人形部隊と不死部隊は肉壁として作ったが、こちらは完全に捨て駒である。身体の一部を捨て駒にして戦うように進化したこの獄獣が住む地獄とは、どれ程厳しい生存競争が繰り広げられているのだろうか?
閑話休題。四脚人はセイ達の活躍で離脱し、手持ちのアイテムで回復しながら一度距離を取るらしい。その間も魔術師の巨人は袋叩きにあっていて、全身が傷だらけになっている。倒されるのは時間の問題か。そう思ったのは、私が油断していたからなのだろう。
「グオオオオオオオオッ!グガアアアアアアアアアッ!!!」
防戦一方であった魔術師の巨人は、傷だらけになりながら上を向いて戦場全体に響き渡る大きな咆哮を上げた。咆哮を上げた時の物理的な風圧によってジゴロウと源十郎は後方に飛ばされ、空中部隊は散り散りになり、シラツキは嵐に遭ったかのように大きく揺れていた。
自分の脅威となる敵を追い払うことが出来た魔術師の巨人は、どこか不敵に笑っている。すると縦穴からずっと聞こえていたゴウゴウという音の調子が変わる。その数秒後、縦穴から巨人よりも遥かに大きな獄獣が現れた!
「「「「バボォォォォォォォッ!!!」」」」
その獄獣は巨人と同じくらい大きな目のない象の頭部の集合体であった。一つ一つの口からは曲がりくねった牙が何本も伸び、長い鼻の表面には無数の棘が生え、大きな耳には幾何学的模様が描かれている。この世のものとは思えぬ、これまででとびきりの異形であった。
象の獄獣は鼻の一本で魔術師の巨人を優しく持ち上げると、最も高い場所にある、最も巨大な頭部の上に乗せた。どうやら巨人の獄獣は象の獄獣の主人であるらしい。
自分よりも強そうなペットを従えているようだな!まるで私のように!…自分で考えていて悲しくなってきた。
「グオオッ!グルアアアアッ!」
「バオォォン!」
「「「バボオオオオオオッ!!!」」」
巨人の獄獣が何かを喚き、最も大きい象の頭部が応えて鳴くと、残りの頭部に着いている鼻から真っ赤な液体が撒き散らされる。その液体は地面に掛かるや否や巨人の獄獣の魔術によって着火され、轟々と燃え始めたではないか!
どうやら象の獄獣は油のような可燃性の液体を体内に蓄えているらしい。ぐぐぐ、私とカルではこのようなコンビネーション技を使うことは出来ないと言うのに!く、悔しい!
「ハッハァ!全然効かねェぞ、オラァ!」
一瞬にして周囲を火の海とした象の獄獣に向かって真っ直ぐに駆けるのは、我が兄弟分ことジゴロウである。炎をものともせず突っ走って象の獄獣に飛び付き、長い鼻の一本に爪を立てて張り付いた。
ジゴロウはそのままよじ登ろうとするものの、鼻を激しく振り回されて弾かれてしまう。更に空中で鞭のように撓る他の鼻で強かに打ち据えられ、燃え上がる地面に激突した。だ、大丈夫なのか…!?
「バボオオオオオッ!?」
「ヘッ!硬ェ皮だなァ!爪で切り落としてやるつもりだったのによォ!」
私の予想に反して、悲鳴を上げたのは象の獄獣の方であった。ここまで聞こえてくるジゴロウの声によると、どうやら殴られる力を利用して鼻を切断しようと試みたらしい。本人もピンピンしているし、ダメージは全然ないようだ。相変わらずの化物ぶりである。
ジゴロウは間髪入れずに戦いを挑むようだが、手痛い反撃を受けたからか象の獄獣は鼻をメチャクチャに振り回して兄弟を牽制する。流石に何十本もの鼻の間を潜り抜けることはできないのか、ジゴロウは攻めあぐねているようだった。
ジゴロウと同じく象の獄獣に向かっていきそうな源十郎だが、彼は炎が苦手である。装備で軽減はしているが、火の海に飛び込むことは流石に不可能だ。彼はきっと炎の向こう側から飛ぶ斬撃を使っていることだろう。
「ガルルルル!ガゥオオオッ!」
「バオン!」
「「「バボォォォォォォン!!!」」」
巨人の獄獣が何かを指示するように鳴くと、象の獄獣が再び応えるように鳴く。すると幾つも着いていた象の頭部がズルズルと音を立てて剥がれていく。い、一体何が起きていると言うんだ!?
全ての首が落ちた後、そこにあったのはブヨブヨとした真っ赤な粘体のような物体であった。これは恐らくだが、こいつは象の頭部に粘体の胴体を持つ獄獣の群れだったということなのだろう。実際に剥がれた象の頭部も同じような胴体を持っていたから、これは事実だと考えて良いか。
同じ形状の獄獣が、一際大きな個体の周囲を包むようにくっついていたのが敵の正体だったのだ。これで本性が判明した訳だが、どうしてこのタイミングで周囲を固めていた小さな頭部を剥がしたのだろう?何だか非常に嫌な予感がするのだが…
「バオッ!バオッ!」
「おい、嘘だろ!?」
巨人の獄獣が乗っている群れのリーダー的個体は、その最も太くて長い鼻を器用に使って小さめの象の獄獣を投擲し始めたのである。投擲に関してはノーコンらしく、明後日の方角に飛んでいく個体が多い。これは不幸中の幸いだ。
しかし問題は闇森人の森に二匹、離脱して小休止している四脚人の目の前に二匹、確か今頃ルビーと疵人がいた辺りに一匹、そして…私の目と鼻の先に四匹落下したことだ。
「イザームさん!?」
「落ち着け。魔導人形部隊、防御陣け…」
「バオオオオッ!」
私が魔導人形に指示しようとした瞬間、鼻の一撃によって魔導人形が四体纏めて薙ぎ払われた。しかもその一撃で二体の片腕が破損し、一体は破壊されてしまった。
おいおい…マジかよ。ジゴロウ並みの馬鹿力じゃないか!これを四匹同時に相手取るだと?これは流石に無理だ!
「エイジ!兎路!少し離れた場所にいる一匹を頼む!手早く片付けて合流してくれ!」
「はい!」
「いいわよ」
エイジと兎路の二人は頼もしい返事と共に駆け出した。エイジがドタドタガシャガシャと鎧を揺らしながら、兎路は飛んでいるかのような軽やかさで走っている。戦い方も走り方も正反対の二人だが、だからこそコンビネーションは最高なので素早く倒してくれると信じているぞ!
「鉱人の皆、悪いが装甲車を壊すつもりで使い潰すことになりそうだ」
「「わかったー」」
この戦いは確実にもっと損耗することになる。その中には鉱人の装甲車も含まれるだろう。しかし地上部隊の陣地が敗れたとなれば、周囲を守る闇森人に大きな被害が出るだろうし、何よりも総司令である私の敗北は士気に関わる。
ここは絶対に退けないし、負けられない戦いだ。私は覚悟を決めて、勝つために頭を捻るのだった。
次回は11月1日に投稿予定です。




