地獄穴の戦い 隠密戦
四脚人の復帰によって再び正面から襲い掛かる獄獣達を比較的安全に倒せるようになったところで、無理をさせていたエイジを一度下がらせる。彼は安心したように盾で獄獣達を殴り飛ばすと、ドスドスと地面を揺らしながら後退した。
「あー、面倒だった!数の力ってのを実感しましたよ」
「よくやってくれた。ゆっくり休めとは言いにくい状況だが、しっかり回復に努めてくれ」
「はい!」
エイジはインベントリから取り出したポーションを何本か纏めて呷る。その様子はまるで栄養ドリンクを一遍に何本も飲むようで何となく不健康に見える。ただ回復しているだけなのだが。
冗談はともかく、四脚人が万全の状態に戻ったことで地上で正面から敵の本軍を迎え撃つ我々の戦いが明らかに楽になっている。もうすぐ獄獣の第四波も片付きそうだ。
「メェー。後どれくらい来るのかなー?無限湧きかなー?」
「さあな。ただ、獄獣の群れは目算ではあるが一度に出てくる数が減っている。敵の数にも限りがあると言うことだ」
「終わりはー、あるんだねー。頑張ろー」
いつも通りの淡々とした調子ではあるが、ウールは気を取り直しているのはわかる。士気が落ちなかったのはありがたい。何故なら、私はここから数が減って楽になるどころかここからが真に我々の力が試されるのではないかと危惧しているからだ。
獄獣の数は確かに減っている。だが、その代わりに強力な個体が増えているのも間違いないのだ。今はまだ誤差の範囲内だが、これから我々と同格以上の獄獣が現れてもおかしくないのである。
「暗黒穴…いずれにせよ、この戦いに勝利しなければ大陸の大地は獄獣で溢れるだろう。それは面倒だし、あまりにも不愉快だ。厳しい戦いであろうと、勝たねばならん」
私が魔術を唱えながら独りごちていると、丘の麓の方で凄まじい音と共に数十匹もの獄獣が宙を舞った。あそこで暴れているのは兄弟分であるジゴロウと、同等の強さを持つ源十郎である。
あの二人さえいれば何だかんだで勝てるのではないだろうか。そう思わせるだけの力量が二人にはあるし、その派手な活躍は目にした者に勇気を与えてくれるのだ。勇気を与えて貰った私は地上部隊の指揮に専念するのだった。
◆◇◆◇◆◇
「うわぁ…ジゴロウとお祖父ちゃん、大暴れしてるよ…」
イザームが見たのと同じ獄獣が木っ端のように宙を飛ぶ光景を見たルビーは、呆れたようにそう呟いた。我が祖父ながら相変わらず人外じみた強さである、と。
それと同時にあの強さと肩を並べるジゴロウにも、改めて驚嘆を禁じ得ない。物心着いた時からルビーにとって祖父は天下無双の剣術家であり、こと戦いにおいて並び立つ者など存在しないと思っていたからだ。その固定観念がまさかゲームで崩れることになるとは想像もつかなかったが。
「ジゴロウに出会ってから、稽古の時に今までよりも活き活きしてるって聞くしね。きっと長生きしてくれるよ」
プルプルと身体の表面を震わせて喜びを表現しているルビーだったが、実は彼女の目と鼻の先に敵がいる。疵人と共に行動する彼女は、気配を消して四脚人に獄獣を誘導してもらう場所を吟味する役割を果たしていたのだ。
疵人の一個人の戦闘力はこの戦いに集まった他の種族に比べて低いことは否めない。しかし、彼らが戦場に仕掛けた落とし穴や底無し沼、しいたけ製の地雷などは獄獣を各個撃破する重要な要素となっていた。
「ええっと…弱い奴用の罠はあっちにある訳だから、誘導してもらうべきはあそこだよね。なら次に罠を仕掛けるのはあっちが良さそう。んで、強そうな奴は…うわっ、五体もいるじゃん!なら足止め用の罠に嵌めてから、お祖父ちゃん達に任せよっか」
何処に獄獣を誘導するべきか、次は何処に罠を仕掛けるべきか。これを見定めたルビーは早速セイにチャットを送り、誘導するべき場所を指定する。信号弾で連絡することも出来るのだが、数に限りがあることから切羽詰まった状況でなければチャットを使うことは事前に取り決めていた。
「グル…?グルルルル!」
「ウオォォォォォォン!」
「げっ、気付かれた!」
ルビーの隠密に関する技術は高い。不定形である粘体系という種族を活かして見えにくい形状に身体を変え、【暗殺術】の能力を高いレベルにまで育て、更に隠形と奇襲に特化した暗殺系の職業に就いているからだ。
しかし、彼女に勝るとも劣らぬ隠形技術を持つ疵人の集落が襲撃されたことからもわかるように、獄獣の中には隠形を看破する非常に優れた感覚を持つ個体がいる。縦穴から現れる獄獣達の中にもそんな個体が交ざっており、時折こうしてルビーの存在に気が付くことがあるのだ。
「レベルだと勝ってるのに…まあ、いっか」
自分が見付かったことは残念ではあるものの、ルビーは気を取り直して二本の短剣を抜く。彼女は現在、たった一人で行動しているが、何故そんな危険なことをしているのか。それは万が一見付かっても一人だけならほぼ確実に逃げられるからだった。
張りのある表面を変形させて短剣を構え、ルビーは飛び掛かって来る獄獣の急所や脚を斬りながら隙間をスルスルとすり抜けていく。彼女の攻撃力はそこまで高くないので即死はさせられないものの、獄獣を傷付けるだけならば十分な攻撃力と余裕で逃走出来るだけの敏捷がある。他の誰にも出来ない、鮮やかな逃走であった。
「ガギャッガギャッ!」
「ゴオオオオオオッ!」
「うわっ!硬い奴もいるじゃん!【斬撃耐性】っぽいね。なら…こうだ!」
その逃走の最中、ルビーの刃を弾く硬度の防御力を誇る獄獣が現れた。彼女の短剣は【蒼月の試練】のクリア報酬なのだが、彼女自身の攻撃力は決して高い方ではない。故に防御力が高い相手や【斬撃耐性】を持つ敵には通用しないのだ。
ただ、ルビーが自分の攻撃が通用しない相手と遭遇したのは初めてではない。特に【斬撃耐性】を持つ相手との戦い方は既に心得ていた。
「ジャァンプ!からの!硬化!」
「グゲェェェッ!?」
斬撃が効かないのであれば、打撃や刺突で攻めれば良い。ルビーは自分に出せる最大の速度で獄獣に突撃すると全身を硬化させて体当たりをした。彼女の速度と相まって、鱗に包まれた猫のような獄獣の胴体を貫通してしまう。ルビーはそのまま逃走を続けた。
「グオオオオオオッ!」
しかし彼女の前に立ちはだかったのは、異形としか言い様のない熊のようなシルエットの獄獣だった。腹部には人を丸呑みに出来そうなほど大きな口があり、本来頭部があるはずの位置に大きな右腕が生えているのだ。その手の甲にはギョロリとした眼球と鼻があった。
獄獣から生える大きな右腕は筋骨隆々な人間のもので、手の甲や掌にある部位も形状だけならば人間のものに酷似している。その生々しさにルビーは表面を震わせて不快感を示した。
「強そうだなぁ。こいつからは逃げられそうにないか…後ろからも別のが来てるよね。コントロールは難しいけど、新しい技術を実戦投入してみるとしましょうか!」
ルビーは短剣を構えつつ、身体の表面を変形させて一本の鞭を形成する。更に鞭の先端を球状に変形させると、先端だけを硬化させた。
「うぅっ、部分硬化…やっぱりムズい!」
ルビーが部分硬化と呼ぶ技術であるが、実はそう言う名前の能力は存在しない。これは【硬化】の能力の性質を利用したものだった。
【硬化】は自分の身体の一点を指定し、そこから全体へ広がるように硬くなっていく。それが広がりきる前に能力をキャンセルし、再び【硬化】を発動する。これを繰り返すことで身体の一部分だけを硬化させることが出来るのだ。
能力の発動とキャンセルを繰り返さなければ維持出来ないので、常に気をつけておく必要がある。直感と優れた反応速度で戦うのが得意なルビーにとって、思考の一部を部分硬化に割かなければならないのは難しいのだ。
その話を聞いた源十郎はオートマチック車で速度を維持するようなものであり、やっている内に慣れるものだと励ましている。車の免許を持たず、それ故に当然運転もしたことのないルビーはピンと来なかったが。
「でも使いこなせれば絶対に強いから、早めにマスターしとかないとね!おりゃあっ!」
ルビーは自分の行く手を塞ぐ熊の獄獣に向かって突撃すると同時に、鈍器付きの鞭となった身体の一部を後方から迫る防御力に優れる獄獣達を殴り付けた。短剣は即座に無数の傷を付け、鞭の先端が強かに打ち据える。
獄獣達に縦横無尽に動き回るルビーを捉えることは出来ず、短剣と鈍器による二種類の物理攻撃によって獄獣を一匹また一匹と屠られていく。二分ほどで彼女を追撃してきた個体は全滅してしまった。
「よし!もう追ってきてないね!」
「ルビー殿、ご無事でしたか!」
部分硬化と変形を止めて何時もの楕円形になったルビーの背後の何もない場所から声が掛けられた。そのことに驚く様子もなく、ルビーは声の主に返事をする。大丈夫だ、と。
「ボクは平気だよ。罠は仕掛け終わった?」
「はい!もちろんです!」
「おっけー!疵人の人達は仕事が早いね。じゃあ次に仕掛けるところに案内するよ」
声の主はルビーと共に行動している疵人だった。戦闘になった場合を想定したルビーは自分から少し離れて待機してもらい、周囲に敵がいなくなったところで合流するように言っていたのである。
彼と更に離れた場所にいる疵人達と合流したルビーは、先程目星を付けた場所に彼らを連れていく。控え目に言っても地味な仕事ではあるが、彼らの罠があってこそ四脚人は獄獣達を最小限の労力で仕留められている。戦場の裏方として彼らは陰ながらなくてはならないほど活躍しているのだった。
次回は10月20日に投稿予定です。




