地獄穴の戦い 森林戦
エイジが最前線で獄獣を惹き付け、兎路は無数の敵を斬り裂き、ウールが鳴き声によって強化と攻撃を両立させる。やはり、私の仲間達は優秀だ。
「私もリーダーとして働かなければ…よし、大魔法陣起動、暗黒穴」
私は現状で最も攻撃力が高い呪文である暗黒穴を発動する。発動に長い時間が必要な代わりに魔術の威力を高める大魔法陣、杖の機能である魔石吸収など継続的な戦闘が可能という前提で出せる最大火力だ。
群れの真っ只中で発動した魔術は、漆黒の球体となって周囲の獄獣を次々と吸い込み、圧縮していく。進化してからと言うもの、自分でも少し引いてしまうくらいに魔術の威力が上がっている。やはり、『王』と名の付く種族になったからだろうか?
とにかく、全員の奮闘によって四脚人達が回復するのに十分な時間稼ぎが出来たらしい。背後で活力を取り戻した彼らが立ち上がっている。再び危険な役割を果たしてもらいたい。
「イザーム殿、回復は終えた。再度戦場へ征くのである」
「ええ、頼みます。それと、三人はお役に立てておりますでしょうか?」
ここで言う三人とは、羅雅亜と邯那とセイのことだ。彼らは四脚人達に同行しており、十分な戦力として活躍出来ているのか心配になったのだ。まるで母親のようだと自分でも思うが、気になるものは気になってしまうのである。
「うむ。三人とも優れた戦士なのである。我らも助かっておるのだ」
レグトゥス殿は鷹揚に頷いた。彼らはその武勇を十全に発揮しているらしい。それが聞けただけで何よりだ。
「イザーム様。私は林の中を見て参ります」
「闇森人達のところか。わかった。ただし、魔力が少なくなれば無理せずにシラツキで休むように。お前は貴重な回復要員なのだから」
「わきまえておりますよ。それでは行って参ります」
「…前の戦いの時の私よりも遥かに忙しいだろうな、今日のミケロは」
私の呟きは誰かに聞かれるでもなく四脚人の怒号に掻き消されてしまう。ミケロが向かう闇森人が魔術で作り出した即席の砦とも言える林を私は一瞥するが、私自身も戦いに集中するべきだと思い直して前方に集中するのだった。
◆◇◆◇◆◇
丘の麓に突如として現れた林にも獄獣は次々と突入してくる。しかし、それらの大半は不思議と同じ方向に向かっているように見えた。まるで何かしらの目的があるかのように。
その理由は彼奴らが狂暴かつ知性に欠けるというのも理由の一つであるが、最大の理由は別にあった。それは林の奥から漂ってくる何とも言い難い芳しい香りに惹かれているからである。
「ふふっ、単純ねぇ」
カルナグトゥールも惑わされたアジャの実の香りに誘われて不用意に林へと踏み込んだ獄獣は、嘲笑う女の声を聞く前に頭部を矢に貫かれて絶命した。林に入った獄獣の大半はこの個体と同じような末路を辿っている。
この矢を放ったのは、この林を作り出した闇森人の戦士の一人であり、イザームが初めて遭遇した闇森人の一人であるアラナだった。樹上に身を潜め、足下を通り過ぎた獄獣の脳天に向かって矢を放つのが彼女達の戦術なのだ。
例え獄獣の数が多すぎたとしても、アジャの実を食らった獄獣達は確実に麻痺して動かなくなる。そこに止めを差せば良いだけなので、彼女達は獄獣を一匹たりとも林の向こう側へと行かせはしなかった。
「最初は岩触手なんてって思ったけれど、凄い職人よねぇ」
【奇襲】と【暗殺術】の効果が合わさった射撃は強力であり、ただの獄獣であれば体力が矢鱈と多い個体でなければほぼ確実に仕留めることが出来る。それは射手の腕前が優れているだけでなく、弓と矢のお陰でもあった。
アラナがうっとりと撫でる弓はアイリスが作った試作品だ。彼女は前々からコンパウンドボウと呼ばれる上下に滑車が着いた弓に興味があり、試行錯誤を繰り返しながら形にした新兵器である。
弓だけではなく、矢もアイリス製だった。不死部隊の装備を揃えるために乱獲された鋼玉鱗大蜥蜴、その牙が鏃に使われている。この牙は少し重いが貫通力が高く、これも奇襲の成功率を高めていた。
ただ、闇森人としてはアイリスの姿を見て忌避感を覚えてしまったのは確かである。彼女達が住んでいる『誘惑の闇森』にはアイリスに近い種族である岩触手が暮らしており、同じ生活圏における脅威として長年戦ってきたからだ。
何代も前から敵対している種族と遭遇すれば、それがプレイヤーであると頭で理解していても苦手意識を持ってしまうものである。しかもそれが総司令であるイザームが最も信頼する仲間の一人とあれば複雑な思いを抱くのも仕方がないだろう。
それにアイリスの作って見せたコンパウンドボウの見た目も問題であった。滑車が着いた弓などと言う見たことも聞いたこともない武器を見て、使ってみたいと思う者は少なかったのだ。
かと言って総司令が惜し気もなく譲ってくれた新兵器を無下にすることも出来ない。ただ、イザームと最初に遭遇したもう一人であるキリルズが受け取り、それを使ってみたところそれが一種の食わず嫌いだったことが判明する。プレイヤーでもトップクラスの職人が作り出した自信作が、使えない武器であるはずがないのだ。
それから闇森人達はアイリスへの態度を改め、これまでの非礼を詫びた。そして積極的に彼女の作った武器を導入するようになったのだ。
「無理な使い方をすると壊れやすいって言う明確な欠点はあるけれど…矢の威力は高いし見た目よりもうんと軽い。うん、良い弓だわ」
独り言を呟きながらもアラナは矢を射る手を止めることはなかった。こうしている間にも何匹もの獄獣を射抜き、屠っている。
ただ、甘い香りの誘惑に引っ掛からない個体もそれなりに存在していた。それらはレベルが高いか嗅覚を持たない特殊な形状をしている個体が多い。そう言う個体が樹上に射手が潜むエリア以外から林を抜けようとした場合の対処もしっかりと計画されていた。
「ゴゲェェェッ!?」
「ブゴゴッ!?フゴォ!」
「ハッハッハ!引っ掛かりましたな!」
木々の隙間を縫うようにして駆ける獄獣達に襲い掛かったのは、ポツンと一本だけ生えている低木であった。その正体はネナーシであり、自分の近くに来る獄獣を待ち伏せていたのである。
もしも獄獣に大木ばかり聳え立つ中で一つだけ浮いている低木に違和感を覚える知性があれば、彼の奇襲は成功しなかっただろう。だが獄獣の大半に知性がないことは事前に調べている。故にこの奇襲は成功するべくして成功したのだ。
「うーむ…武勲を挙げたとて目に見える戦果が残らぬのは遺憾であるな」
「確かにその通りですね。戦況はいかがですか?」
ネナーシは自分の蔓の届く範囲にいた獄獣を全て討伐したものの、何も残すことなく消えた様子を見て思わず愚痴をこぼす。ちょうどその時、彼の頭上に飛行型魔導人形に乗ったミケロがやって来た。
ミケロは魔眼を輝かせて傷を癒すと、ネナーシに現在の様子を尋ねる。ミケロは各所での治療に専念することを利用して、チャットだけでは伝えきれない情報の共有を図っているのだ。
「まだ問題はありませぬよ、殿。闇森人は弓の名手揃い。大抵はここまで来る前に討伐されておりまする。弓矢の餌食とならなんだ者共もおりますが、闇森人のお歴々は誰しも一騎当千の強者達でござる。それに紫舟殿の活躍もありまして、一匹たりとも逃しはしておりませぬ」
「そこに自分を入れないのは貴方の謙虚なところですね。話はわかりました。では、彼女の治療に向かいます」
「殿もお気をつけくだされ!」
ネナーシの声を背に受けつつ、ミケロは紫舟が担当している場所へと向かう。するとそこでは今まさに大型の獄獣と闘う紫舟がいた。
「キチチチチ!」
「ぎゃああああ!?虫っぽい魔物には親近感が湧くけど!その外見は絶対無理!倒しちゃうよ!」
紫舟が戦っているのはゴキブリのような獄獣だった。黒光りする身体の表面には油膜が張っていて、六本ある脚はタコのような吸盤のある軟体動物のものである。虫のアバターを選んだ紫舟でさえ、この強烈な外見には怖気を覚えるほどだった。
しかしこの獄獣の強さは本物であった。翅を振動させて毒性の強い油を飛ばし、そこへ口から炎を吐いて引火させようとする。これを紫舟が回避すると、今度はグネグネと動く脚を鞭のように撓らせて叩き付けた。
脚に籠められた力は相当強く、一振りで樹木を圧し折るほどだった。しかもそれを吸盤で掴み、紫舟目掛けて投槍の如く投げてくるのだ。
紫舟は非常に素早いので、その全てを回避している。それだけでなく、幾度も糸によって反撃をしていた。だが、表面にある油膜によって粘着力を無効にされて引っ掛けたり縛り上げたりすることが出来なかった。
ただし、この獄獣は余り防御力が高い訳ではない。故に紫舟の脚であれば容易にバラバラにすることが出来るだろう。にもかかわらずその選択を取らない理由は、この獄獣に直接触れたくなかったからだ。
「うぐぐ…ゴキになんてゲームでも触りたくないよぉ!もう怒った!うりゃあっ!剣糸乱舞っ!」
「ギヂヂヂィ!?」
紫舟は腹部の先端から無数の板のような糸を高速で射出する。その縁は薄い刃のようになっており、ウルミと呼ばれる鞭のような剣に良く似た形状であった。
その糸は獄獣を包囲するように広がると、これを締め上げるように集束した。獄獣は逃げようとしたらしいが、そんな時間を与えてくれるハズがない。紫舟の糸が一瞬でバラバラにしてしまった。
「もう!この武技、魔力の消費が多いのに…もうあんな獄獣が出てこないで欲しいなぁ…」
戦いの一部始終を見ていたミケロは、紫舟の感想に心の中で同意しながら彼女を治療するために接近するのだった。
次回は10月16日に投稿予定です。




