地獄穴の戦い 空戦
開戦からゲーム内時間で約四時間が経過した。我々の軍団は獄獣による第二波と第三波を退けている。敵の強さの平均値が徐々に上がっているのは間違いないのだが、まだ余裕を持って撃退出来る範疇だった。
しかし、プレイヤーにしろNPCにしろ戦っている限りダメージと言うものは溜まっていく。交代を繰り返しつつ温存しているのだが、戦場を駆け回る四脚人は特に消耗しているように思える。一度休息をとった方が良いだろう。
「邯那とセイにチャットを送ろう。敵も騎兵の突撃だけで容易に踏み潰せない相手が増えてきたからな…幸い、と言って良いのかはわからんが」
私の目の前で縦穴を登って来た第四波の獄獣は、数こそ少なくなってきたがその分個体のレベルが上がっているのは明らかだった。それこそレベル50を超えてただの獄獣ではなくなっている個体が増えているのだ。
そういう個体は比較的知能が高いようで、再びしいたけの爆撃によって発生させた毒ガスを回避する者が多い。狂暴さから耐性もないのに突っ込む個体がいない訳ではないが、進化するまで生存競争に勝ち残っている個体は狡猾さを身に付け易いということだと思われる。
「弾薬の残りはまだあるが…あれ以上の個体が現れる可能性も高い。ジゴロウ、源十郎。そろそろ出番だ」
「その言葉を待ってたぜェ、兄弟ィ!」
「大船に乗った気持ちで任せるが良い」
それまで我慢出来ずに不死部隊に混ざって戦っていた二人は、返事をしながら獄獣を蹴散らして強敵を求めて縦穴に向かって行った。進化していない獄獣など、我々にとっては雑魚に過ぎない。過ぎないが、あそこまで圧倒出来るのはジゴロウと源十郎の二人だけだろう。
「メェー、メェー。あの二人ー、元気過ぎるよー」
「今に始まったことじゃないけど、ね!」
「戦いたいんだからやらせておけば良いのよ。アタシ達は温存しつつ、ここで敵の群れを処理する役目を果たせばいいし」
後方から鳴き声で支援するウールと、ジゴロウ達と同じく不死部隊に混ざって戦っているエイジと兎路が軽口を叩いている。ここは最も多くの戦力が密集していることもあって開戦時からずっと激しい戦いが行われているが、敵のレベルが低い分会話するくらいの余裕があった。
無論、私も地上部隊の指揮だけでなく魔術によって援護もしている。会話に加わるほどの余裕はなかったが。
「「「ギィィィィィィ!!!」」」
そんな時、上空から黒板を引っ掻いたような耳障り極まりない鳴き声が聞こえてくる。あまりに嫌な音だったこともあって思わず上を見上げると、そこには飛行部隊と戦うカルと同じくらいに大きな獄獣が飛んでいるのだった。
◆◇◆◇◆◇
「グオオオオン!グオアアアアアアッ!!」
「カルちゃん、すっごい暴れっぷりっすね~」
「張り切っとんなぁ…ペースが全然落ちんのも凄いで」
シラツキの前方百メートルほどの空中で、シラツキを含めた航空戦力の護衛を努める者達は戦っている。中でも一刻も早くイザームと合流したいカルナグトゥールが積極的に暴れていた。
強靭な牙で噛み砕き、鋭利な爪で引き裂き、大剣のような尻尾で叩き斬る。彼の身体を支える四枚の翼は力強く羽ばたいており、特に弱い獄獣は風圧でバランスを崩すほどだった。
「二人とも、口を動かす前に手を動かして下さい」
「了解っす!」
「あいよ~」
モッさんに注意された二人は戦いに集中する。シラツキの主砲によって多くの獄獣が灰塵に帰したとは言え、まだまだ敵の数は多い。カルナグトゥールが向かってくる中の半数以上を惹き付けているものの、その脇をすり抜けてシラツキや地上を狙おうとする獄獣は決して少なくなかった。
それを迎撃するのがシオ達の役割である。シオは敵の中で特に機敏な動きをする個体を狙って弓やライフルで狙撃し、七甲は無数のカラスを召喚して襲わせており、モッさんは翼と蹴りを駆使した打撃によって既に数多くの獄獣を倒していた。
「撃て撃てー」
「「「おー」」」
子供のような、それでいて平坦な声色で掛け声を出すのは甲板にいる鉱人達だ。声だけ聞いていると気の抜けるようであるが、実際に何をしているのかを見れば気を抜いてなどいられないだろう。何故なら、彼らは戦術殻に搭乗しているからだ。
甲板の上にいる戦術殻は全て重武装で、非常に物々しい雰囲気を漂わせている。そのような見た目になったのは、必要とされているのが機動力ではなく火力であるので、皆が重量を度外視して積載可能な武装を全て積み込んだからだ。
彼らがシラツキの甲板から一斉に射撃すると、まるで曳光弾のように大空に橙色の軌跡が描かれていく。その美しさとは裏腹に確固たる排除の意志を乗せた無数の弾丸が飛行型の獄獣の身体を穿った。
「皆さん、回復は必要ですか?」
ボトボトとまるで殺虫剤を撒かれた蚊のように落ちていく獄獣を尻目にやって来たのは、他よりも少しだけ大きなドローン型魔導人形にぶら下がるミケロであった。彼は浮遊は出来るが他の飛行可能な仲間達と違って空中における機動力はないに等しい。そこで空中での機動力を補助するための彼が直接操作するタイプのドローン型魔導人形を作ってもらったのだ。
彼はこれに搭乗し、戦場を飛び回る回復要員として行動している。今も隠れながら戦場に罠を仕掛けている疵人達の治療を終えたところなのだ。
「私達は問題ありません。ただ、カル君はダメージが蓄積しているようです」
「それは一大事ですね。すぐに治療します」
リーダーを任されているモッさんは冷静に現状を伝え、ミケロは即座に行動を起こす。彼は魔術と魔眼によって離れた場所からカルナグトゥールを回復させたのである。
カルナグトゥールは自分が治ったことをこれ幸いと一層激しく、縦横無尽に飛び回りながら暴れ続ける。すると、縦穴の方向からカルナグトゥールに勝るとも劣らぬ大きさの獄獣が耳障りな鳴き声と共に襲来してきた。
獄獣の数は三羽で、どれも燃えるような紅蓮の羽毛にキラキラと輝く宝石のような嘴と鉤爪を持つ鷲や鷹などの猛禽類を思わせる姿をしている。尾羽は羽毛と同じ色の炎で出来ていて、頭部の大部分は血走った一つの眼球が占めていた。
「グオオオオオオオオオオッ!!!」
「ひょぇっ!?」
大きさとその風格から強者であると察知したカルナグトゥールは、【威圧】と【咆哮】の能力を使った大音声を発する。物理的にビリビリと空気が震え、味方であるはずの七甲が思わず耳を塞いでしまうほどであった。
「「「ギィィィィィィ!!!」」」
しかし三羽の獄獣は物理的な圧力すら感じる咆哮に怖じ気づくどころか対抗するように鳴いている。三つの眼球がカルナグトゥールを睨み付け、敵と定めたのか真っ直ぐに接近してきた。
「あれは強そうですね。カル君だけに任せるのは得策ではないでしょう」
「ならワイらで二羽相手にしよか。シオちゃん、頼むわ」
「はいっす!」
シオは弓を引き絞り、二本の矢を放つ。矢は吸い込まれるように獄獣に突き刺さるが、わざと武技などを使っていないので大したダメージを負ってはいないようだった。
だが、敵意の矛先は確かにシオに変わったらしい。二羽の獄獣はカルナグトゥールの周囲から離れて彼女を目掛けて飛び始める。
「来たで、モッさん!」
「一羽ずつ抑えましょう。シオさんはいつも通り射撃で援護をしてください」
「任せるっす!」
怪鳥と言うべき獄獣に向かってモッさんは接近して格闘戦を仕掛けに行き、七甲は追加のカラスを召喚して包囲する。その背後からシオが矢を放って体力を削っていく。
三人による連携は、この戦いに備えて練習していた成果である。カルナグトゥールを交えた戦いも想定していたが、彼が場合によってはイザームと行動するかもしれないと考えたモッさんが三人による連携の練習もやった方が良いと主張したのだ。
結果として彼の判断は正しかったらしい。平時は子供達と広場で日向ぼっこをしているのが嘘のように、戦闘になるとカルナグトゥールの気性は非常に荒々しくなる。今も例の獄獣と牙を剥き出しにして咆哮を上げながら戦っていた。
「ギゲェェェェェ!ゲッゲッゲ!」
「グオオオオッ!グルルルルル…!」
獄獣との戦いは意外にもカルナグトゥールの方が劣勢であった。空中での機動力では獄獣の方に分があり、硬質な嘴と鉤爪で引っ掻いては距離を取る戦法をされるせいでカルナグトゥールの攻撃が中々当たらない。しかも彼の鱗はかなり固いが、獄獣の嘴によって穿たれ、鉤爪は肉を切り裂いている。ジワジワと体力が削られていたのだ。
今もカルナグトゥールの爪をヒラリと躱し、嘲るように短い鳴き声を上げる。それを見た彼は怒りの唸り声を出し、悔しそうに瞳を細めた。
ただ、その悔しさは攻撃を当てられず、このままでは敗北してしまうことへの悔しさではなかった。カルナグトゥールはイザームに誉められた自分の身体能力に自信を持っており、自分よりも強い相手でなければそれだけで倒したがる。にもかかわらず、すばしっこいだけで自分よりも明らかに弱い敵にこの奥の手を使わなければならないことが悔しかったのだ。
「グオン」
「ギッ!?ギゲェェ!?」
カルナグトゥールが使ったのは【邪術】の幻聴だった。獄獣の真後ろからカルナグトゥールの咆哮が聞こえるように思わせたのである。
獄獣はパニックになって動きを止めてしまった。そこにカルナグトゥールは容赦なく尻尾を叩き付け、獄獣を真っ二つにしてしまう。落下しながら消滅していく獄獣にどこか敬意すら抱くような視線を送ってから彼は戦いに戻るのだった。
次回は10月8日に投稿予定です。




