氷炎の戦砦 その六
ボスエリアの中央で荒れ狂う炎と氷の竜巻が収まった後、大骨戦砦は四本腕に武器を握る巨人の形状となって堂々と立っていた。そして四本の腕を振り上げて、それぞれの武器を振り下ろした。
「どわああああああっ!?」
「ぬぐうううううううっ!」
巨大な薙刀を盾で正面から受け止めたカマボコとエイジは、ほぼ同時に苦悶の声を上げた。カマボコは完全に足が地面から離れて壁に叩き付けられ、エイジは耐えたものの反撃に出る余裕など一切ない。
盾職としてのカマボコの腕前はエイジに決して劣るものではないので、二人の違いは種族と職業と能力のレベルの差とアバターの重量によるものだろう。余りにも大きな敵による、規格外の筋力と質量に物を言わせた一撃は防ぐだけでも一苦労のようだ。
このままでは前衛が圧倒的な暴力によって蹴散らされてしまう。一刻も早く対策を練らなければ…
「ウオラァッ!!!」
「ぬぅえぃっ!!!」
私が何らかの策を考えようとした時、二人の化物が咆哮を上げた。思わずそちらを見るとジゴロウは左足の蹴りよって、源十郎は二本の薙刀によって彼らへと振り下ろした大太刀を弾いて軌道を反らしたではないか!相変わらずの達人ぶりである。
「シャアアアアアアアアッ!!!」
「カアアアアアアアアアッ!!!」
ただし、達人二人は弾いただけでは終わらない。ジゴロウは左足で蹴った勢いのままに右足で回し蹴りをして、源十郎は残った二本の薙刀によって大骨戦砦の持つ巨大な大太刀を圧し折ったのである。
二人とも自分の力だけで蹴り折ったり切断したりした訳ではなく、大骨戦砦の振り下ろす力を利用して地面に叩き付けることで折っていた。敵の力に自分の力を乗せた形になるのだが…こんな動きが出来る者が全プレイヤーの中で何人いるというのだ?
だが、折れた大太刀は折れた直後から修復が始まっており、瞬く間に元の形状に戻っていた。ジゴロウと源十郎の二人はその神業をもってして破壊してみせたが、実際にはあまり意味のない行動であったようだ。
「ウハハハハァ!まだまだ遊べるなァ、オイ!」
「ほっほっほ!良い修練になるわい!」
武器があっさり修復したのを見た二人は、絶望するどころか楽しそうですらあった。どうやら同じことを何度も行えるのが嬉しいようだ。正気とは思えないが、戦意喪失したり萎縮したりするよりは遥かに良いだろう。
「本当に中身が人間かどうかすら怪しく感じるぞ…」
「人間ではあるんじゃない?孫のボクは人間だし」
「疑われてるのは昔からっすよね。自分も初めて見たときはそう思ったっす」
「…そうだろうな。で、これからどうする?」
現実の源十郎を知っているルビーとシオは、私と同じ疑いを持つ者を何人となく見てきたらしい。当然のように私の疑いを受け入れていた。
源十郎の凄さは置いておくとして、ここからどう戦うのかは非常に重要となってくる。それを決めるのはパーティーのリーダーとなっているルビーの仕事だ。今回は三つのパーティーを支援するだけと決めている私がしゃしゃり出る時ではない。
「…大骨戦砦の注意はお祖父ちゃんとジゴロウ、モッさん達とマック達に分散してる。なら、ボク達は本体の脚を狙うよ」
「転ばせるのね?わかった!」
「どっちをー、狙うのー?」
「どっちでもいいと思うけど…右がいいかな。狙うのは膝にしよっか」
「了解っす!」
というわけで、我々は本体への攻撃を担当することにした。まずは牽制の意味も込めて放たれた私とウールの魔術とシオの射撃が大骨戦砦の右膝に直撃する。
図らずも大骨戦砦が振りかぶった瞬間に当てたことで、ダメージは大きくないものの四本の腕が持つ武器による攻撃の狙いを大きく反らすことに成功した。考えてみれば当然の話で、踏み込む瞬間に膝を打たれれば誰でも体勢を崩してしまう。これこそがルビーの狙いだったのだろう。
「咄嗟の思い付きだったけど、上手く行ったね」
「おー、凄いー」
「これなら皆のためにもなるね!」
作戦が想定通りに進んだことで、ルビーは満足げである。このまま膝を狙って攻めていけば、攻撃も不発にさせつつダメージも与えられるに違いない。
そう考えた我々は、再び膝へと攻撃を集中させた。すると今度も有効打を与えることに成功し、他のパーティーが反撃する隙を作ることも出来ている。他のパーティーの歓声はこちらにも聞こえてくるほど大きかった。
我々の妨害は大骨戦砦が最初の形態であったなら不可能かつほぼ無意味なものだ。これは人型へ変形したことによって、人と同じ弱点を持ってしまったからに他ならない。
それにジゴロウと源十郎の良いとこ取りをしたような外見だが、素人目にも使いこなせているとは言い難い。もしも完全に動きをトレース出来るのなら、大きさもあいまって我々はとっくに蹂躙されているに決まっているではないか。
「このまま…って、えぇっ!?」
「ジャンプしたよ!?」
そんなことを考えながら更に膝狙いの攻撃を仕掛けようとした矢先、大骨戦砦は天井近くにまで跳躍した。巨体に見合わぬ恐るべき敏捷性と機動力である。
これは鈍重かつ跳躍出来る形状ではない砦形態の時には不可能な動きだ。人型の欠点を突いた直後に、人型の利点をまざまざと見せ付けられてしまったことになる。
跳び上がった大骨戦砦は、天井に大太刀を突き刺して身体を天井に固定して張り付いている。これは…マズイ!私ならこうするだろうと言う想像が正しければ、私達は即死してしまう!
「皆、札を使って壁際に離脱しろ!」
私が余裕のない声で怒鳴るようにして叫んだからか、ルビー達は言われるままに短距離転移の札を使った。そうして逃げた瞬間に、奴は天井を蹴って急降下してきたのだ。
ジゴロウの蹴りをトレースしたのだと思われる蹴りは、落下の勢いと大骨戦砦の重量、そして踏みつけの力が組み合わさって途轍もない威力を発揮した。大骨戦砦の足を構成する骨の一部が衝撃で剥がれ落ちさせながら、ボスエリアの地面に大きなクレーターが出来るほどめり込ませた。
そのせいで大骨戦砦は自傷ダメージを受けていたが、その威力は絶大かつ影響は直撃した場所だけに止まらない。蹴りによって衝撃波が発生し、ボスエリア全体に広がっていく。エイジ達やマック達は吹き飛ばされ、ジゴロウと我々からは少し離れていてお札を使わなかった源十郎は木っ端のように宙を舞った。
自分の脚を狙う私達を真っ先に排除するべくとった行動がこれである。そんな私達は短距離転移のお札によって可能な限り距離をとっている。転移した直後に激しい風が叩き付けられるが、被害はそれだけであった。もしも反応が遅れていたら、一度だけ死なずにすむ私以外は死んでいただろう。私はホッと胸を撫で下ろした。
「あっぶな!?」
「あの大きさであの動きは反則っす!」
ルビーとシオの文句はごもっともである。このボス戦に参戦した全員が同じ感想を抱いたことだろう。ちなみに紫舟とウールは転移した直後に来た風圧でひっくり返っており、わちゃわちゃとそれぞれ八本の節足と四本の脚を動かして起き上がろうとしている。手を貸してあげよう。
最も距離をとっていた私達ですら倒れている者がいるのだから、モッさん達とマック達の被害はもっと大きい。彼らは倒れた状態からようやく立ったところで、彼らの多くはまだフラフラとしているようだ。
「ガッハハハハハハハァ!!!ド派手に動くじゃねェかよォ!」
「動きが大きければ良い、というものではないのじゃがのぅ…」
しかし、ジゴロウと源十郎の二人だけはもう攻勢に転じていた。前者は哄笑を上げながら大骨戦砦に飛ばされた先にあった壁を足場にして飛び掛かり、後者は大骨戦砦の動きに苦言を呈しながら空中で翅を開いて姿勢を制御しつつ飛翔して急接近する。彼らが狙っているのは地面にめり込んだままの脚であった。
ジゴロウの跳び蹴りが膝に横から突き刺さり、源十郎の薙刀が膝の裏から削り取っていく。大骨戦砦は脚を抜こうとしているが、二人の猛攻によって妨害されていた。
大骨戦砦はその脚が半ばまで埋まったまま、武器を振るう余裕もない。この好機を逃す手はない!畳み掛けるのは、今だ!
「イザーム!」
「わかっている!『秘術』と『奥義』で袋叩きにしろ!【怨霊の呪沼】!」
私は最初に習得した『秘術』であり、棘殻蠍大王戦の時にも活躍した【怨霊の呪沼】を使用した。これは敵を拘束しつつ状態異常にする『秘術』なのだが、不死である大骨戦砦には状態異常は効果がない。しかし、私の狙いは拘束の方であった。
大骨戦砦の足元から、見たことのあるどす黒く、粘性の高い液体が滲み出てみるみる内に広がっていく。以前と同じように沼の水面はボコボコと沸き立ち、汚ならしい色の気体を発生させていた。
「ギギギギギ…」
大骨戦砦の脚が埋まっている地面がネバネバする底なし沼となったことで、そこから抜け出るのはほぼ不可能だろう。更に沼が変化した汚泥の手が、大骨戦砦の手足と武器を引きずり込まんとしがみついた。
怨念の具現化を思わせる汚泥の手は見た目よりも力が強い上に、骨の集合体である大骨戦砦の隙間に滑り込むことでより強い拘束力を発揮している。これでしばらくは動くことすら出来ないだろう。
「流石だぜェ、兄弟ィ!」
「ほっほ!化物退治が据え物斬りになったわい!」
動きが止まったところで、全員が『奥義』か『秘術』を使い始めた。様々な武器や肉体の一部から強力な技を繰り出し、色とりどりの光が迸って大骨戦砦を崩壊させていく。
黄金に輝くジゴロウが胴体を拳で殴り砕き、源十郎が右側の二本の腕を纏めて肩口から切断している。ここまで温存しておいた全力の攻撃が、残った体力を一気に減少させていった。
「食らいやがれ!甲肉塊拳!」
「ギギ…ギ…」
そして最後に大骨戦砦の背中を駆け上がったマックが『奥義』を放つ。鉄甲を打ち付けられた拳が肥大化させ、力任せに叩き付けたことでその頭部の上半分ほどが打ち砕かれた。そうして遂に体力が完全に尽きた大骨戦砦は倒れるのだった。
次回は7月28日に投稿予定です。




