地底の氷原 その三
ルビー達三人によって大骨塚は倒された。それは戦闘終了のアナウンスが聞こえたことからも明らかだ。しかし、レベルが50にも満たない割りに体力が異様に多かったという印象を受けた。巨体に見合うタフネスだったよ。
アイテムを剥ぎ取ったところ、得られたのは大量の魔骨であった。品質は『優』から『劣』まで、骨の形状も多種多様である。これが一体の大骨塚から何と百以上の魔骨が得られたのだ。
「大骨塚を見付けたらなるべく倒しておきたいところだ」
「それって勿論、骨目当てだよね?」
「また改造するつもりっすか?」
ルビーとシオは胡乱げにそう言うが、確かに私は骨を欲しているが今回は自分を強化するためではなかった。では、何に使うのか。それは【死霊魔術】のためだった。
「イベントが終わってからの話だが、四脚人達が避難してきた原因である獄獣との戦いが待っているだろう?その際に使い捨ての戦力がいると便利だと思ってな」
「【死霊魔術】で不死の軍団でも作ろうと言うのじゃな?中々に面白い計画よの」
源十郎の言う通り、私は不死の軍団を結成しようと思っている。四脚人の話によれば、例の縦穴から出てくる獄獣は数も多いらしい。ならばこちらも大して強くない個体ばかりであっても、数を揃えるのは重要であろう。
そのために目をつけたのが【死霊魔術】で作り出した不死である。【召喚術】と違ってこちらは作成するのに素材が必要だが、その代わりに一度作ってしまえば破壊されるまで独立した戦力として使えるメリットがあるのだ。
つまり、素材を用意して手間をかけてやれば忠実な兵を量産出来るのである。こいつら矢面に立たせて我々や四脚人は後方から戦う形にすれば、人的被害を可能な限り減らすことが出来るという算段だ。
「仲良くなった四脚人さん達のために一肌脱ごうってことなんだ。イザームって案外優しいところあるよね」
「案外ってー、失礼だよー」
「そうだよ。イザームは平気で卑怯なこともするけど、リーダーらしくボク達全員のことを考えてるから」
何だか誉められているのか貶されているのかわからない評価をいただいたところで、我々は探索を再開した。採取しつつ幾度か戦闘をこなし、氷妖精や大骨塚を何体も討伐していった。
その際、他にも数種類の魔物と遭遇している。全身が氷で出来ていて様々な獣の形をとる氷獣、真っ白でゴワゴワした剛毛に包まれた小さな猿である白雪猿、この縦穴で死んだ魔物の亡霊らしき魔物の形をした幽鬼。マックの言う通り、氷と不死に関連する魔物ばかりであった。
「もう魔骨が凄い数あるけど、まだ必要なの?」
「多ければ多いほど予備に回せるから、悪いがもう少し付き合ってくれ」
倒した魔物から色々とアイテムを剥ぎ取っているが、中でも最も多いのはやはり大骨塚から得た骨だった。既に六人で相当な量を集めているのだが、万全を期すべくまだ骨集めは続けていた。
「おや?マックか」
「ん?おお、イザームじゃねぇか」
探索しながらかなり奥まで進んだところ、偶然ではあるがマックのパーティーと遭遇した。マックと妹のサーラ、魔術師風の格好をした歩く屍と重装備を固めた動く骸骨、フワフワと浮かんでいる半透明な頭蓋骨の集合体である三人のプレイヤー、そしてポップことポップコーンという我々と同じく六人の構成であった。
彼らは『不死野郎』のメンバーなのだと思う。個人的にはマックとポップの二人が一緒に行動していることが気になっている。仲直りをしたということだろうか。
「君達がここに来ていたとは知らなかった」
「俺もそうだが、火属性が弱点のメンバーが多くてよ。『炎苔の菌林』は俺達には厳しいのさ。そっちは…全員知らねぇ顔だな」
「今日初めて連れてきたから当然だ。紹介しよう」
それから私たちはお互いに自己紹介をすることにした。私が名前を知らなかった三人はそれぞれ歩く屍の魔術師がダグラス、動く骸骨の重戦士がカマボコ、謎の幽霊がジェーン堂島と言うそうだ。
ジェーン堂島、すなわち女性であった。身元不明の女性を意味するジェーン・ドゥから取ったらしいが、半透明な頭蓋骨の塊から透明感のある女性の声が聞こえた時の私の気持ちが想像出来るだろうか?比較的動じない源十郎ですら驚愕していたのだ。今日一番の驚きはこれに決まりだろう。…売れない芸人のような名前だと思ったのは内緒だ。
「ねぇねぇ、イザームさん!一つ聞いてもいいですか!」
「何だ?」
「イザームさんって、ひょっとして『北の山の悪夢』と一緒に戦った魔術師ですか?」
「えぇっ!?何で知ってるの!?」
「紫舟ー…」
サーラの質問に私が反応する前に、紫舟が答えを言ってしまった。ウールは呆れたようにため息を吐き、当の本人は言った後で失敗したとばかりに八本の節足を蠢かせてあたふたしている。嘘を吐けないタイプの彼女がいた時点で惚けることも難しかっただろうし、これは仕方がないか。
彼女がそのことを知っているのは何故か。それは間違いなく、アイリスと私のやり取りが記されていた掲示板を読んだからだろう。同じ名前の別人だと言い張ることも出来たかもしれないが、今となってはもう手遅れだった。
「やっぱり合ってたよ、兄さん!本物だ!握手して下さい!」
「止めろ、恥ずかしい。それにしてもサーラに言われた時は半信半疑だったが…マジであんたがあのイザームなのか」
「ねぇ、だったら例の件を手伝ってもらうのはどうかしら?」
「そりゃあいい。手伝って貰えりゃ、百人力だぜ」
興奮気味のサーラが伸ばす手をマックが叩いて落とす。サーラは不服そうに小声で何か言っているが、私としては助かった。握手を求められるほどの大物ではないよ、私は。
それよりもポップの言う例の件とは何だろうか?ニュアンスから察するに、戦力として必要とされている気がする。彼らだけではどうしようもない強敵か。ならば、その相手は限られる。
「なぁ、イザーム。あんた達に協力して欲しいことがあるんだ」
「協力?」
「ああ。このフィールドの奥にいるボス戦だ。興味あるだろ?」
やはりボス戦か。興味はあるかと問われれば、あるに決まっているだろう。しかし、先に聞いておきたいのは、どうしてわざわざ我々に協力を求めるのかについてだった。
「興味はある。だが、勝算のない戦いで無駄死にするのは本意ではない」
「そりゃそうか。じゃあちょいとばかし話を聞いてから決めてくれや。ポップ、頼む」
「結局私が話すのね?えっと、実は…」
ポップの話によれば『地底の氷原』の最奥には大きな空間があって、ボスはそこに居座っているらしい。それならば普通のフィールドと同じことだが、何とこのボスエリアは『炎苔の菌林』と繋がっているようなのだ。
ボスエリアの半分は地面まで凍りついた極寒の地だが、もう半分は炎苔が繁茂する灼熱の地なのである。『地底の氷原』の反対側にも入り口らしき洞窟が見えていたので十中八九間違いないようだ。
問題は、そのボスが二つのフィールドのボスという扱いになっていて、非常に強いことだと言う。レベルは80を超えていて、マック達は一度真っ向から挑んだがまともなダメージを与えることも出来ずに一瞬で壊滅したようだ。
「それでも何とか耐えていたけれど、途中で雰囲気が変わったからすぐに逃げ出したわ」
「雰囲気が?」
「ああ。最初、奴はここのフィールドにいる魔物と同じで氷ばっかり使ってた。だがな、途中からモードチェンジしやがったのさ」
「モードチェンジ…まさか、炎を使い出したのか」
私の問いに二人は同時に頷いた。彼らには【火属性脆弱】を持っている者が多いと先ほど聞いたばかりだ。ただでさえ敗色濃厚であるのに、弱点を操るとなれば撤退するのもやむを得ないだろう。
それから彼らは幾度か偵察に向かったが、どれも有効打を与えることも敵わずに敗走したらしい。しかし、偵察を続けたことでわかったことが二つある。それは敵のモードチェンジが戦闘開始から一定時間で発生していること、そしてボス部屋に入る人数が多ければ多いほどモードチェンジの間隔が短くなるが一定よりも短くはならないことだ。
「ボス戦に同時に挑める人数に限界があるのかはわからない。でも、私達全員で束になっても勝てないことだけは確かなの」
「そこで、イザームさん達の力を貸して欲しいんです!」
自分達で勝てないから、他者に助力を請う。その選択は正しいと思うし、出来れば力になって上げたい。話を聞いて戦うのも面白いと思えた。
「話はわかった。ただ、一度実物を見ておきたい。様子見するだけで逃げられるなら、様子見しておきたい。場合によってはクランメンバーを全員集めることになるかもしれないからな」
「いいぜ。どうせこれから偵察に向かう予定だったんだ。着いてこいよ」
ただ私は心配性で、事前に調査することが出来るのならやっておきたい。このままボス戦へ突撃、というのは気が進まないのだ。ジゴロウや源十郎ならば大歓迎なのだろうが。
マックも今すぐに戦うつもりではなかったようで、私の臆病とも思える提案を否定しなかった。そして二パーティーでボスエリアへ向かい、我々は件の広い空間へとたどり着いた。
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フィールドボスエリアに入りました。
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「別に疑ってなかったけど、ホントに半分は氷付けでもう半分は燃えまくってるね…」
「何がどうなればこんな不思議空間が生まれるんすかね?ゲームだから、って身も蓋もない理由かもしれないっすけど」
「さてな、それはわからん。WSS、つまりシュミレーションによって形作られた世界だから、原因はあって然るべきだと思う」
マック達から聞いていたが、実際に訪れたボスエリアは異様でしかなかった。凍っている部分と燃え盛る部分が共存しているのもそうだが、境界の付近だと環境が混ざり合っている。中央部には深い穴があって、そこからボスが現れるそうだ。
具体的に言うと氷が張り付く楼閣茸があれば、炎赤苔が繁茂する氷柱もあるのだ。両方とも探索したことがある私としては、奇妙奇天烈と言う感想しか出てこなかった。
「おぉ?おーい!兄弟じゃねェか」
「ジゴロウ達か?奇遇だな」
ボスエリアの風景に圧倒されていると、『炎苔の菌林』に続く通路からジゴロウ達がやって来た。彼らは向こうを探索していたのは知っていたが、ほぼ同じタイミングでボスエリアまでやって来たようだ。
示し合わせてのことではなく、完全な偶然だがこれは都合が良いのか悪いのかわからない。何故なら、今は様子見に止めておくつもりだったからだ。ジゴロウがいたら確実に本気の戦闘になってしまう。
ピシピシピシッ!
「つ、通路が!?」
「氷で塞がったっすよ!?」
どう説明するか考えようとした矢先、背後から硬質な音が連続して聞こえてきた。慌てて振り返ると、ついさっき通ってきた通路が氷で塞がっているではないか!どうなっているんだ!?
急いでジゴロウ達の方を窺うと、そちらも通路の真下から唐突に噴き出した溶岩によって通路が塞がっている。どうやら我々は閉じ込められ、このままボス戦に臨まなければならないらしい。我々は反射的に武器を構え、ボスが現れるのを待つのだった。
次回は6月26日に投稿予定です。




