炎苔の菌林 その一
新しいフィールドに初めて足を踏み入れる時のワクワクする気持ちは抑えがたいものである。そんな昂揚する気分のままに侵入した横穴に広がっていたのは、奇怪としか言い様のない空間であった。
地面や床のいたるところに苔が張り付いているのだが、その全てがボウボウと炎を吹き上げている。茶色と白色の混じり合った巨大なキノコが乱立し、その隙間を網目のようになった粘菌が埋め尽くしていた。
「『炎苔の菌林』…想像以上に凄い場所だ」
「まったくです。ですが、案外涼しいですね?」
「浮ける人はいいなぁ…」
私とモッさんは空中に浮かびながら辺りを見回して景色に圧倒されているが、エイジはそうも行かないようだった。と言うのも、燃える苔を踏めば炎でダメージを食らうし、それ以外の場所はベタベタしていて歩きにくいのである。
飛べない者からすれば鬱陶しいことこの上ないフィールドだ。それに思い至らなかった私はエイジに詫びつつ地面で燃えている苔を採取してみた。すると、ちゃんとアイテムとして入手することが出来るではないか。それを【鑑定】するとこのような結果であった。
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炎赤苔 品質:可 レア度:S
常に燃えているように見える苔。特定の環境でなければ育たない。
実際には燃えてはおらず、己の身を守るために火属性の魔術を纏っている。
自分の魔術に耐えるべく炎に高い耐性があり、成分を抽出すれば同様の効能がある薬品を作り出せるだろう。
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これはしいたけへのお土産に決定だ。【錬金術】によって火属性への高い耐性を付与する薬品が作り出せるだけではなく、彼女ならば別の使い方を思い付いて面白いアイテムを開発してくれそうだ。
素手で採取すると燃やされてダメージを食らうので、採取用にアイリスが作ってくれたスコップを使っている。同じように粘菌も採取してみたのだが、こちらはアイテムとして持ち帰ることは出来なかった。
粘菌がそもそもアイテムとならないオブジェクトなのか、それともこの方法では採取出来ないだけなのかは不明である。その原因を調べることは出来ないので、今は諦めるしかないだろう。
次に巨大なキノコの採取に移った。大きいとは言っても所詮はキノコだから柔らかろうと思っていたが、実際はエイジが渾身の力を込めて斧を何度も振るわなければ伐採することは出来なかった。エイジ曰く、普通の木よりも遥かに堅かったとのことだ。そこで【鑑定】してみると、次のような情報が載っていた。
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楼閣茸 品質:良 レア度:S
建物ほど背が高いキノコ。火に強く、頑丈な建材として使われる。
暗く、大きな空洞で大量の水さえあれば育つと言われる。
採取可能な場所が危険地帯であることが多く、高級建材とされる。
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高級な建材か。育つのに大きな空洞と水があれば良いのなら、我らが拠点を改修するために栽培するのもいいかもしれない。我々の中に植物を育てる能力を持つ者はいないが、【樹木魔術】によって植物の成育速度を高めることは可能だ。試してみるのも一興か?
こちらはアイリスへのお土産になりそうだ。可能な限り持って帰ろう。エイジの筋力頼りになってしまうが、私も魔術でサポートするから頑張って伐採してもらいたい。
「おっと、敵が来たようだ」
「そのようですね」
そんなことを考えつつ、炎赤苔の回収と楼閣茸の伐採に勤しんでいると私の魔力探知に反応があった。モッさんも能力で敵の接近を察知していたようで、既に採取用の道具は片付けていた。
敵の数は四体で、決して速くはない速度で近付いてくる。我々はその場で戦闘に備えて待っていた。
「あれは…鼠だよな?」
「鼠ですね…大型犬くらいありますけども」
「鼠ですね…燃えてますけども」
現れたのはエイジの言う通り大型犬ほどの大きさで、モッさんの言うように毛皮のように炎を纏っていた。つぶらな、と言うには血走った瞳で我々を注意深く観察している。こちらも調べさせてもらおうか!
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種族:火鼠 Lv52~56
職業:火食家 Lv2~6
能力:【体力強化】
【筋力強化】
【敏捷強化】
【知力強化】
【火牙】
【火尾撃】
【火皮】
【暗視】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
【火属性吸収】
【水属性脆弱】
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火鼠か。名前は見た目のままだが、竹取物語でかぐや姫が要求した宝物の一つが火鼠の皮衣だったと記憶している。こいつらを倒して剥ぎ取れば、その宝物が作れるのではないか?別に欲しいわけではないが、気になるのも仕方がないよね?
そんなことはさておき、見た目に違わず火属性に親和性の高い相手であるらしい。魔術は使えないが、能力の説明文にあるように牙や尻尾、体表に火属性の力を纏わせるようだ。火属性への耐性がない者だと格上であっても厳しい戦いになるかもしれない。
「「「「ヂュー!!!」」」」
すると火鼠達は我々をただの獲物だと判断したのか、一斉に襲い掛かって来た。最初、大きく開けた口に鼠特有の立派な前歯がなかった。だが、前歯があるべき部分から放出された炎が一瞬で牙を形成して噛み付いて来るではないか。これが【火牙】ということか!
「ぬぅん!」
「上に行きましょうか」
「菱魔陣起動、呪文調整、水槍」
「「「「ヂュヂュー!?」」」」
しかし、我々は事前に私の【付与術】によって火属性の耐性を付与してある。故に前歯を恐れることなく、迎撃することが可能だった。
エイジの斧が一匹を叩き斬り、別の一匹を足で捕まえたモッさんは天井まで上昇した後に急降下して地面へと落下させる。それだけで二匹の火鼠は即死していた。
そして私は残りの二体に水槍を発射し、弱点を突いたことで大きなダメージを与える。さすがに即死はしていなかったが、瀕死の状態で地面に転がっているので既に敵を仕留めていたエイジとモッさんが素早くトドメを差した。
「おりゃっ!いやぁ、魔術って便利ですねぇ…ぼくにはイザームさんみたいに使いこなせる気がしませんけど」
「止してくれ。私も使いこなしているとは言えんさ」
火属性の耐性を付与していたことであっさりと一方的に勝った後、エイジがそんなことを言った。魔術が便利なのは同感だが、謙遜でも何でもなく私は魔術を使いこなせているとは思っていない。
ボスの攻略など強敵との戦いの後、『こうしていた方が楽だったのではないか?』と思うことは多い。最適解をその場で思い付くのは難しいが、それが出来るようになって初めて使いこなしていると言えるのだと思っている。次は気を付けようと肝に命じ、少しずつ精進するしかないのだ。
「剥ぎ取りは…魔石だけですか。マック君の話なら、今の火鼠はここで最も弱い魔物だと考えるのが妥当でしょう」
「モッさんの言う通りだろう。油断はせず、【付与術】の効果時間に気を配りつつ進むか」
それから幾度か火鼠から襲撃を受けながら採取を続けたものの、今のところは他の魔物と遭遇することはなかった。剥ぎ取りも繰り返したが、何故か魔石以外のアイテムがドロップしてくれない。単に運が悪かったのかもしれないが、特定の条件下で討伐しなければならないパターンであるのではないかと考えた。
それから火鼠との戦闘になれば、三人で知恵を出しあって色々な方法を試してみた。火属性以外の属性魔術、【呪術】で毒状態や【邪術】による即死、エイジとモッさんにも様々な部位を狙ってあの手この手で攻撃してもらった。
それでも一向に魔石以外のアイテムはドロップしない。どうやら根本的に何かが間違っているらしい。 どうすればいいのだろうかと悩んでいると、再び私の魔力探知とモッさんの【超音波】が敵を捉えた。
「これは…?」
「どうやら火鼠の相手ばかりをさせられる状況からは解放されそうですね」
しかし、今回は少し毛色が違うようだった。これまで火鼠は必ず複数体で出現している。これは火鼠が群れをなす生態だからだと思われるのだが、私たちの警戒網に引っ掛かった魔物は一体だけだったのだ。
このフィールドに来たのは初めてなので、絶対に火鼠が単独で行動しないとは限らない。だが、これまでになかった事態から何かしらの変化を期待するのは人の性であろう。
炎赤苔が蔓延る地面を滑るようにしてやって来たのは、火鼠を丸呑みに出来そうなほど大きな大蛇であった。紫色に輝く四つの瞳、黒い斑点がある真っ赤な鱗、その隙間からはドロドロした溶岩が見え隠れしている。まるで火山を蛇の形状に押し止めたような外見であった。
そんな大蛇は口からチロチロと舌を覗かせる度に紫色の吐息を漏らしつつ、巨体であるのにほぼ無音でこちらに近付いてくる。どうやら我々を既に獲物として認識しているのか、一直線にこちらを目指していた。戦闘は避けられないらしい。こちらも逃がすつもりはないが。
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種族:溶岩死毒蛇 Lv68
職業:死毒使い Lv8
能力:【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【死毒牙】
【溶蛇鱗】
【灼毒息吹】
【暗視】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
【毒無効】
【土属性無効】
【火属性無効】
【溶岩属性無効】
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溶岩死毒蛇…溶岩と毒を操る大蛇か。堅牢そうな鱗は物理的な攻撃から身を守るだけではなく、滲み出ている溶岩で近付いただけでもダメージを与えると思われる。毒と三つの属性魔術に耐性もあって、防御はかなり固い。
しかも牙には強力な毒があって、噛みつかれたら非常に危険だ。口から漏れ出ているのはおそらくは【灼毒息吹】という能力の片鱗だろう。攻撃面でも充実していて、レベルでは上回っていても厄介な強敵となりそうだ。
「牙と息に毒がある。いつでも解毒薬を服用出来るようにしておいてくれ」
「ですよねー!気を付けます!」
「来ますよ、二人とも」
最も気を付けるべき情報を伝えたところで、溶岩死毒蛇は長い身体をくねらせて一気に距離を詰めてくる。我々は迎え撃つべく、それぞれに構えるのだった。
次回は6月6日に投稿予定です。




