イベントの迷宮 その一
「僕はツーペアだね。それにしても、未知なる大陸には興味あるなぁ?」
「面白そうな場所ですよねぇ…あ、私はスリーカードです」
ティンブリカ大陸のことを言った瞬間、二人の纏う空気が変わった。コンラートは微笑みを湛えたままだし、ウスバは仮面を着けているので表情はわからない。ただ、その声色や雰囲気がガラリと変わったのである。
そりゃあこう言う反応になるよね。もし私が同じ立場なら、どうにかして情報を得るための交渉を始めるところだ。
「どうせ見付かるだろうし、数ヶ月早くなるだけなら最初から大体の位置を知っていた方が良いだろう?」
「まあ、ね。ついでにマップ情報があれば、捜索の手間と予算が削減出来るんだけど?」
「オイオイ、そいつァロハって訳にゃァ行かねェだろォ」
「当然、高値で買い取らせていただくよ」
すでに勝負から降りていたジゴロウが釘を差すと、コンラートは肩を竦めて同意した。この態度を見るに、対価を支払わずに得ようとはしていなかったようだ。流石は敏腕商人、出し惜しみはしない性格である。
「ところで、この勝負はイザームの勝ちだね?」
「ううん、違う。はい」
「「「「んなっ!?」」」」
そう言って茜が見せたのは、ダイヤのストレートフラッシュであった。天運は茜に味方していたらしく、それから男四人は揃って彼女に毟り取られることになった。
◆◇◆◇◆◇
「なァ、ゲームもいいけどよォ…そろそろ外行かねェか?」
ひとしきりゲームを楽しんだ後、ジゴロウがそう提案した。彼はカードゲームやボードゲームでの戦いも好きなようだが、それ以上に身体を動かして敵を殴り倒す方が好みなのだ。
かく言う私もそろそろイベント本来の楽しみ方に戻りたい。珍しいアイテムは普通に欲しいし、ティンブリカ大陸に持って行って面白そうなアイテムがあるかもしれない。
特に私達で占拠している街の復興に使えそうなものは積極的に集めたい。あるかどうかはわからないが。
「そうだねぇ。外に出て現場を見に行くのも仕事の内か」
「魔物よりも人の方が相手にするのは好みですが…イベントを楽しむのも一興ですか」
「ボスに付いていく」
三人も外へ行くことに賛成であるらしい。なら次に決めるべきはどこに行くのか、だ。
「個人的に注目のスポットと言えば、やっぱり迷宮だねぇ」
「その心は?」
「ネタバレはしませんが、有用なアイテムが山のように入手出来るんですよ」
有用…使えるが特別に珍しいレアアイテムということではないらしい。だが、今の我々には量を揃えることが大切だ。ここは行かないという選択肢はあるまい。
「敵の強さは?」
「意外と歯応えがあるよ。特に高レベル帯は並みの腕前だと同じレベルを相手に一対一だと不利って言われてる」
「良いねェ!行こうぜ、兄弟!」
「そうだな。行くとするか」
難易度がそれなりに高いと言われてテンションが上がっているジゴロウに急かされるようにして、私は立ち上がりながらインベントリから杖を取り出した。遊戯室で出しておいても邪魔でしかないのでしまっていたが、迷宮に向かうのならば武器は必須だ。
今回はウスバと茜、更にコンラート…ではなくその執事であるセバスチャンが同行してくれる。コンラートはと言うと、何と戦闘用の能力をほぼ持っていないらしい。彼の本分はあくまでも商売人であり、戦闘は部下に任せているようだ。
代わりに【話術】やら【言語学】やら、NPCとの商談の成功率を上げたり異民族や魔物とも交渉出来るように選んだ能力ばかりらしい。自分を守るのは武器ではなく、部下と金で雇った護衛なのだ。何と言うか、完璧に金持ちの発想である。
そして今回同行してくれるセバスチャンだが、彼は彼で護衛に特化した構成と偏っている。左手にはエイジが担ぐような巨大な方形の大盾、右手には小型の円盾とまさかの両手に二盾流とも言うべき戦闘スタイルなのだ。
左手の大盾で受け止め、右手の円盾では攻撃を弾きつつ殴り付けるのだと思う。その根拠は彼の円盾の中心には鋭い棘が生えているし、縁の部分には刃が備え付けてあることだ。
アイリス製の武器を彷彿とさせるギミックが搭載されているのかもしれない。コンラートの人脈があれば、生産職の
「迷宮の位置と仕様は知っているんだよな?」
「ええ。メンバーと初日に潜って、さっさとクリアしていますから」
「『最速攻略パーティー』って称号貰った」
…未知の領域を開拓することに慣れている攻略組よりも早く攻略してしまうのか。いや、今の言い方だと手早く終わらせるために寄り道を一切せずに突っ走ったのかもしれない。それにしたって早いとは思うが。
屋敷を出てから場所を知っている三人に連れられて数分歩くと、我々は迷宮の入り口へとやって来た。迷宮は石造りの遺跡っぽい場所にあって、入り口からは地下に階段が延びている。
いわゆる、地下迷宮というやつだ。遺跡はヴェトゥス浮遊島のメカメカしいものとは違い、リアルな世界にもありそうな古めかしい雰囲気を放っている。強いて言うならファースにあった地下墓地が近いだろうか?地下墓地と言えば墓守は元気だといいなぁ。
入り口の周囲に集まっている人はそれなりにいるが、そのほとんどはパーティーメンバー募集であるらしい。それ以外は迷宮からの産物の買い取り交渉や攻略用の各種アイテムの販売を行う商人、武器のメンテナンスを行う鍛冶屋くらいのものだった。
迷宮は普通のフィールドと違ってパーティー毎に同じ作りで別の場所に行くような形であり、順番やら獲物の奪い合いやらで他のパーティーと揉める面倒がないのが魅力の一つである。なのでここにいるのは順番待ちであることはあり得ないのだ。
「なァんか見られてねェか?」
「しょうがないだろう。魔物二人にPK二人、それに一人だけ普通のプレイヤーが混ざったパーティーだぞ。目立たない訳がないだろう」
「ふふふ。それに仮面を変えたイザームはともかく、初日に暴れたジゴロウがいるのですよ?現場にいなかったとしても、スクショを見た者なら一発でわかります」
そう。私達は非常に目立っていて、迷宮の前にいるプレイヤーにジロジロ見られているのをひしひしと感じる。ただここで我々に話し掛ける度胸のある者はいなかったようで、遠目に見ているだけだった。
ウスバの言うように、此方には初日で大暴れしたジゴロウがいるのだ。喧嘩を売ればあの青年のようにボコボコにされかねない。藪をつついたら鬼が暴れるかもしれないのだから、関わらないようにする気持ちはわかるよ。
「邪魔が入らないのは好都合だ。さっさと迷宮に入ってしまおう」
「同感です」
と言うわけで私達はそのまま真っ直ぐに迷宮へと突入した。迷宮の内部は暗く、明かりは一切ない。なのでセバスチャンはインベントリから取り出したランタンによって光源を確保していた。
【暗視】を持つ我々には不要だが、こう言う点で人類は面倒なことが多いようだ。ただ、ウスバと茜は人類でありながらランタンを使っていない。人類でも【暗視】を確保する方法はいくらでもあるのだ。
「入り組んでいそうな迷宮だ。何か気を付けなければならない点はあるか?」
「はい。この最も攻略が難しい迷宮は、入手出来るアイテムが有用な代わりにとても複雑です。しかもマップ機能が使えませんので、御注意下さい」
「マップが?それは厄介だ」
何の気なしにした質問に答えてくれたのは、これまでの道中でほとんど喋らなかったセバスチャンだった。我々は主の友人だと一歩引いた位置に居続けていたのだが、疑問には即座に答えるあたり執事というよりも有能秘書っぽさを感じる。
信用はしているが一応チェックしてみると、マップは『ここではマップを表示出来ません』となっている。しかも複雑な道順だとするなら、一度攻略した者がいても面倒くさいことになりそうだ。
「加えて一度クリアしてから再び挑んだ場合、内部の構造が変わるようです。難易度は高いものの、デスペナルティはないので気軽に挑戦することが出来ます」
「複雑過ぎて攻略出来ず、回復アイテムが尽きてもすぐにやり直せる、と。ただ、何度も高速でクリアしてアイテムを荒稼ぎするのは難しいシステムになっている…賛否両論ありそうだ」
「迷宮のクリア回数がランキングに関わるみたいですからね。脳死で最速周回させるつもりはない、ということでしょう」
長時間ログイン出来る者が有利なのは当然だが、何も考えずに突っ込む者をランキング上位に入れたくないという確固たる意思を感じる。一回一回の攻略に全力を尽くして欲しいのかもしれない。
そんなことを考えながら、私達は地下通路を進んでいく。まだ分かれ道などは一切なく、気を付けるべき罠等もない。ただただ愚直に進むだけでよかった。これは私達の運が良いのではなく、この迷宮の仕様であるらしい。
「もうすぐ分かれ道が出てくる頃合いです。そこからは敵が現れるので、御注意下さい」
分かれ道からが迷宮の本番で、進行を阻む敵や狡猾な罠に気を配る必要が出てくる。索敵はウスバと茜が、罠の発見と解除はセバスチャンが得意ということなので任せる手筈になっていた。
その分、戦闘では私とジゴロウが役立たなければ申し訳が立たない。うん、頑張ろう。
「言ってる間に来ていますよ。数は一体、中型ですね」
「あれは…巨人?いや、違うか。何だあれは?」
ウスバが前方を指差すと、人型の大きな何かがこちらに近づいていた。最初は巨人かと思ったが、どうやら異なるらしい。身長は三メートルほどの全体的にずんぐりむっくりしたフォルムで、頭部は無くて手足は非常に太い。腕は手が地面に擦るほど長い反面、足は短くて歩くのが難しそうだ。
それはズリズリ、ガリガリと迷宮の床を削るようにしてゆっくりと近付いてくる。遠くにいるときはシルエットしか見えなかったが、近付かれて気が付いた。こいつ、金属で出来てないか?胸の中央には妖しく明滅する大きな丸い水晶のようなものが填まっていて、それがまるで目のように見えた。
「あれがこの迷宮で最も弱いMob、鉄塊魔導人形です」
「鉄塊魔導人形…あれが魔導人形だと?」
「おや?割りとポピュラーな形状だと思いますが?」
「…言われてみればそうか」
私は驚きの眼差しを鉄塊魔導人形に向けた。我々は前に魔導人形と戦ったことがある。あれは戦闘に特化させたロボットのような印象を受けたが、これは異なるらしい。下手に他のものを見ていたせいで、そっちに引っ張られて違和感を覚えてしまった。
とにかく、この鉄塊魔導人形は雑魚敵ならば倒してしまおう。どの程度の相手なのかを調べる試金石にもなる。よし、戦ってみるか!
次回は4月15日に投稿予定です。




