迎えに来たのは…
通路は思ったよりも長く続いていたが、長いだけで何のトラブルも起こらずに出口にたどり着くことが出来た。トラブルが起きないようにこの通路は整備された抜け道なのだから、そんなものが起きるはずはないのだが。
「ここは…『灰降りの丘陵』か」
「岩の隙間から外に出られそうね…鉱人なら」
通路の出口は以前に助けたナデウス氏族のキルデ君が隠れていたような大きな岩の下に隠されていた。ただ、隙間は鉱人でなければ潜れないほどに狭く、カルはおろか私ですら潜り抜けることは出来なかった。
きっと鉱人達はこの通路の終わりで戦術殻を脱ぎ、外に出て土を集めている時にナデウス氏族と出会したに違いない。だから戦術殻についての情報がなかったのだろう。
「場所はわかったところで…拠点転移」
しかし、我々にとっては場所さえ判明したのならもう問題はない。後は【時空魔術】で帰還すれば良いだけなのだ。我々は一纏まりになってシラツキへと帰還した。
「お帰りぃ~!待ってたぜぇ!」
帰ってきた我々を出迎えたのはしいたけであった。彼女はアイリスからの連絡を受けて、イベントエリアから急遽戻ってきていたのである。
アイリスが購入した実験機具を一刻も早く見たかったのだろう。今もキノコのから生える手をワキワキと動かして、『早く出せ』と催促していた。マッドサイエンティストの血が疼くのだろうか?仲間に迷惑を掛けない範疇で自由にドンドン作ってくれ。
「そんなに慌てなくてもいいのに…」
「では、私はジゴロウの所に行く。皆はどうする?」
「アタシは言った通り、今日はここまでよ」
「ぼくはー、紫舟とー、待ち合わせー」
「申し訳ありません。私もネナーシさんと待ち合わせです」
と言うことは私一人か。目立ち過ぎるカルは連れていけないだろうし、短い時間であるが久々に一人旅になりそうだ。何だか初めてログインした頃を思い出すなぁ…。
そうと決まれば早速準備だ。私は仮面を除いて以前と同じ変装に着替える。今回使うのはアイリスが金属加工の習作として作ってくれた鉄仮面だ。ホッケーマスクめいた、しかし額にはちゃんと第三の目が使えるようにしてある実用品である。
よく見ると炎や骸骨の意匠が施されていて、実に凝った造りになっている。細かい加工が多かったようで、能力をレベルアップさせるのに調度良かったらしい。ありがたいことだ。
「古いホラー映画っぽい見た目だけど…それでイベントエリアに行く気?」
「ええっ!?だ、ダサいですか!?」
「ダサい以前にメチャクチャ怪しいわよ?また絡まれるんじゃない?」
ログアウトしようとしていた兎路だったが、私の格好を見て胡乱げな表情になっていた。確かに斧やら鉈やらで若者を惨殺するホラー映画の殺人鬼に見えなくもない。私のアバターはあの男ほど体格に恵まれていないが、ローブ姿であるので怪しさは個人的に増しているとも思う。
「怪しい格好のプレイヤーなど幾らでもいるさ。それに近寄られないならかえって好都合だ」
ただし、ここはゲームの世界である。実用性重視でチグハグな装備のプレイヤーもいれば、ロールプレイ重視で奇妙奇天烈な服装や装備を身に纏うプレイヤーは少なくない。そんなプレイヤーの一人だと思い込ませれば問題はないのだ。
それに、私はただでさえ数の少ない魔物プレイヤーである。それが奇妙な服装で歩いていても『変人が変なことをしている』と思われるだけだと思う。周囲は自分が思っているよりも自分を見ていないものなのだから。
「そう?アンタがいいならアタシはこれ以上言わないけど…それとアイリス。素材は渡すから、今度アタシにもイカしたマスクを作ってくれる?」
「いいですよ!どんなデザインがいいですか?」
「ありがと。うーん、考えが決まったら話すわ」
「わかりました!じゃあ工房に行きましょうか」
「待ってましたぁ!」
女子三人の会話を背に、私はイベントエリアへと移動する。一昨日訪れた時と同じ砂浜に降り立つと、私は早速ジゴロウにメッセージを飛ばした。返信を待っている間は暇だが…適当にブラブラしますかね。
砂浜付近はイベント真っ最中ということもあってかなりのプレイヤーで溢れていた。野良パーティーの募集やアイテムのトレード、普通の会話などで盛り上がっている。
特に人が集まっている場所があったのだが、私はそこに近付かなかった。何故なら盗み聞くつもりもないのに聞こえてくる大きな声によると、有名な配信者とそのファンの集いであるらしいからだ。
ファンではなく、そもそもインターネットの配信をほとんど視聴しない私が近付いても意味がない。なので砂浜に生えているヤシの木の下に座ってボーッと空を眺めていた。
「…あ、あの。貴方、プレイヤーですよね?」
「うん?その通りだが…」
そんな私に話し掛けたのは、人間のプレイヤーだった。四人でパーティーを組んでいるようで、獣人と山人の男性、それに人間と森人の女性という見事に種族が分かれた面子であった。
装備を見ると恐らくは初期装備なので、彼らのレベルはかなり低いようだ。きっとイベントと同時に始めた者達、それも今日か昨日から始めたのだろう。そんな四人組が私のような魔物プレイヤーに何のようだ?
「おお、スッゲェ!魔物のプレイヤーって初めて見たぜ!」
「何の魔物?その仮面はどこで売ってんの?」
獣人の軽戦士は大きな声で喜びを露にし、森人の弓使いはしゃがんで私と視線を合わせるとマスクをしげしげと観察している。声色から恐らく紫舟やウール、セイのような若者だと思うのだが、凄くグイグイ来るな…これが若さか?
「おい。見ず知らずの人に突然情報を聞き出そうとする何てマナー違反だぞ」
「と、友達がすいません!」
「え?そうなん?サーセン!」
山人の重戦士は二人を叱りつけ、人間の神官は頭を下げて代わりに謝っていた。仲が良い友達同士のようだが、いつもこんな流れなのかもしれない。もしそうだったら人間と山人の二人は苦労していそうだ。
山人の男性はFSWの初心者ではあっても、オンラインゲームの初心者ではないらしい。FSWは最初からやっていてもオンラインゲーム自体はこれが初めての私とは正に対極の存在である。
「構わないよ。何の魔物かは仮面で隠している訳だから余り聞かないで欲しい。あとこの仮面は仲間の手作りだから、入手するのは難しいかな」
「えー、ケチ。種族くらいいいじゃん」
「そんなこと言っちゃダメだよ!」
「ケチでも良いがね、どうして話し掛けたのかな?用事があったんじゃないかね?」
ケチであることは否定出来ないが、私もジゴロウの返事を待っているのだから用事があるなら早く言って欲しい。ゲームをやっている者が言う台詞ではないのかもしれないが、私も暇な訳ではないのだ。
「あっ、す、すいません!あの…私達、今から迷宮を攻略しに行く予定なんです。それで魔術師の助っ人が欲しかったんですけど、パーティー募集の場所でも魔術師は人気で初心者に付き合ってくれる人が中々いなくて…」
「暇そうにしてるボッチの人に話し掛けたって訳よ」
私に問われると、人間の女性は慌てたようにしつつそう答えた。それと森人の君。初対面の相手をボッチ呼ばわりするのは止めなさい。今の私はボッチなのではなく、一人で待っているだけなのだ。一々指摘するのも馬鹿馬鹿しいので注意はしないが。
それよりも、彼らが魔術師の助っ人を欲しがるのは合理的だと思う。軽戦士、重戦士、弓使い、そして神官と、彼らのパーティーは前衛と後衛が揃っていてバランスは取れている。しかし、この構成だと物理攻撃に耐性がある相手が出てきた時に辛いからだ。
後衛である弓使いと神官の女性二人は魔術を使えるのかもしれないが、専門職である魔術師に比べれば火力で劣る。それもあって攻略を安定させるために魔術師を探していたのだろう。
だが、私もついていく訳にはいかない。事実、私はジゴロウと待ち合わせをしているからだ。なのできっぱりと断るつもりであったのだが、そこに割って入る者がいた。
「ダメ。この人は先約がある」
「うわっ!?誰だアンタ!?」
そう言ったのはヤシの木の上にいつの間にか立っていた、猫の仮面を被った少女だった。要点だけを抑揚のない口調で話す、赤いマーカーの彼女を私は知っている。それどころかフレンド登録までしている相手だった。
「赤…PKか!?」
「おお、茜君か。ひょっとしてジ…兄弟は君たちと一緒にいるのかな?」
彼女はPKクランである『仮面戦団』のメンバー、茜である。以前の防衛イベントにちょっかいを掛けた際、最初に出会ったPKの少女である。アイスピックのような刺すことに特化した二本の剣を使う手練れだ。
『仮面戦団』のリーダー、ウスバは前々からジゴロウや源十郎と戦うことを望んでいた。そして彼は一昨日の戦闘を目撃しているので、ジゴロウの顔を知っている。ジゴロウも戦闘狂なので、二人が合流していることには全く以外だとは思わなかった。
「そうだけど、ちょっと違う。あの鬼さんはボスとボスの友達と一緒にいる。骸骨さんを呼んでるのはボスの友達」
彼女がボスと呼ぶ相手はリーダーであるウスバ以外にないだろう。そのウスバの友達だと?友達と言うよりもビジネスパートナーだと思うが、その相手が私を呼んでいるということらしい。何者かは知らないが、ジゴロウもいるのだから行かないという選択肢はないだろう。
「タッちゃん、ピーケーって何?」
「プレイヤーキラーだよ!プレイヤーを狙って襲うプレイヤーの略称!」
「えぇ?ヤバい人なん?」
茜の正体が判明した途端に、彼らは慌てて警戒しているようだった。腕前はわからないが圧倒的なレベルの差があるので、初心者である彼らはどう足掻いても勝つことは出来ない。まあ、そもそも自分と同格以上の集団を単騎で襲撃して勝利をもぎ取るスタイルを貫いている『仮面戦団』が彼らを襲うことなど、これがイベントエリアでなくともあり得ないのだが。
「…このイベントは人と戦えない。だから危険はない。それより、さっさと来て」
「わかった。…そう言うわけだ。すまないが、魔術師は他をあたってくれ」
端的に戦闘の意思はないと伝えた茜は、踵を返してさっさと目的地を目指して歩いていく。置いていかれる訳にもいかないので、私は名前もまだ聞いていない四人組に別れを告げてから彼女についていくのだった。
次回は4月7日に投稿予定です。




