メペの街 その二
工房の見学はアイリスにとって実に有意義なものとなっていた。我々がただ見学している間、多種多様な機械類の使い方を教わりつつその機械を入手するにはどうすれば良いのかを細かく聞き出している。完全に購入して自分で使う気であった。我々のクランが近未来的な武器を使う日も近いかもしれない。
この工作機械にしても戦術殻にしても、この『メペの街』は何をするにしても金属が必須である。探索でもそうだったが、『槍岩の福鉱山』は豊富な金属が採れるということだろう。将来的には我々もそのおこぼれにあずかるようになるに違いない。
「ここは本当に凄いな」
「ここ、作るの好きな人が集まる。俺、作るより探検好き」
工房に勤めているのは工作が好きな者で、工作よりも探索が好きな者はダのように戦術殻を纏って街の外に出るのだと言う。外に興味があるのなら、我々の保有する廃墟に来てくれる奇特な者がいるかもしれない。誘ってみるかな。
「では地上にも興味があるのか?」
「ある。平地にも時々行く。でも、危ない」
「それは何故?」
「戦術殻ないと、俺達弱い。戦術殻動かすの、魔力いる。遠出は無理」
戦術殻を駆るダはかなりの強さを誇っていたが、それが破壊された途端に小さくなって踞ることしか出来なかった。このことからも、鉱人の強さは戦術殻あってのものだと言うことは間違いない。そもそも彼らが強いのなら罠や戦術殻の技術は発達しなかったはずだ。
彼らの強さを支える罠と戦術殻だが、前者は未知の領域を探索するのには使えないし、後者は仕組みの都合で長時間の稼働は難しいようだ。なので探索可能な距離は限られていて、『槍岩の福鉱山』から遠く離れた場所に行くことは出来ないのだろう。
「だが、ナデウス氏族と数年に一回は取引していると聞いているが?」
「平地に行った時、いたら取引する。けど、言葉わからないから難しい」
ははぁ、そういう事情だったのか。いや、ちょっと待てよ?ナデウス氏族は『灰降りの丘陵』を巡る一族だ。彼らと接触するには平原まで下りてくる必要がある。長距離の移動には耐えられないという話と矛盾するのではないか?そのことを尋ねると、ダはその点は問題ないと言った。
「平地まで、真っ直ぐ行く道がある。鉱石はないけど、便利」
「…その道は私たちにも使えるだろうか?」
「うん。大丈夫」
やったぞ!帰り道が確保出来た!『灰降りの丘陵』に出てからカルに乗って移動すればいいだろう。いやー、『メペの街』にたどり着いたのは良かったものの、どうやって帰ったものかと内心でヒヤヒヤしていたのだ。
【時空魔術】は今も使えない以上、どうにか自力で脱出するしか道はない。だが、仲間に救助を頼んだとしても難しい。罠だらけの洞窟はルビーがいればどうにかなると思う。だが、洞窟にたどり着くことそのものがあの飛龍のせいで難易度が高い。救助隊も遭難か全滅しかねないのだ。
最悪の場合は『メペの街』に長期滞在してレベルを上げ、飛龍を討伐出来るところまで己を鍛えるしかないかと思っていた。なので抜け道の存在は非常に助かるのである。
「感謝してもし足りないな…。ところで、どうして地上に出る必要があるんだ?食糧調達か?」
「そう。俺達、土と石と金属を食べる。柔らかい土、一番美味しい。高級品」
「なるほど…この堅い岩山では柔らかい土こそ希少ということか」
鉱人の主食は鉱石類だという一つの生態が新たに判明した。そして食べるための土を採取するために平地までやって来ることがあることも明らかになった。この情報と鉱人には独自の言語があることをナデウス氏族に教えれば、双方にとって良い方に働く気がする。機会があれば伝えておこう。
それからは再びダの案内で『メペの街』を探索した。他の種族と違い、鉱人は通貨を利用しているようだ。ただし、外の世界で流通しているのは『ゼル』なのだが、彼らは『ヴェイ』という独自の通貨を用いているようだ。
貨幣価値がわからなかったので両替などは行わず、買い物をしたかったアイリスは私物を売って受け取ったお金を使っていた。金属が豊富なので非常に安く、売却したアイテムの価値よりも高いモノを入手したと喜んでいた。
戦術殻置き場でダは金を払っていなかったが、あそこの置き場を使う者は契約している工房へ定期的に金を振り込んでいるから問題ないようだ。前払いしているということらしい。
その後、我々はダの自宅にもお邪魔させてもらった。彼の家は一軒家で、彼と奥さんと子供たちで暮らしているらしい。子供たちは工房にいるので、今いるのは奥さんだけだった。
奥さんと言っても見た目と体格にはダと見分けがつかない。ただ声が少女のものなので判別は付くので困らなかったが。
その家なのだが鉱人の体格に合わせて扉が小さくて天井が低いこと、そして家具の大半が金属製であること以外はまるでリアルのモデルハウスめいたモダンな内装だった。やはり高い文明に支えられた暮らしをしているらしい。
家の中には先端に漏斗が着いている金属管が壁や天井に伸びているのが奇妙であった。昔の船舶などで使われていた伝声管を彷彿とさせられたが、何とこれは鉱人にとっての階段や通路だと言うのだ。
身体の形状を自由に変えられる鉱人は、液体状になってこの中を通って別の部屋や他の階に向かうらしい。自分たちで広げることもあるそうだが、地下という限られた空間を最大限に有効活用するための知恵と言えるだろう。
一番驚いたのは、家の中で音楽が流れていたことである。流れているのは美しいボーイソプラノの歌で、高名な少年合唱団にも負けない歌声であった。この歌を流しているのは蓄音機で、これは鉱人の発明家が最近開発したものだ。現在、鉱人の間で大流行しているそうな。
洞窟を歩いていた時に聞こえたリピート再生の音は、本当に魔物を誘い込む罠の一環として設置された蓄音機から流れていたのである。ギリギリで気付いたものの、我々も引っ掛かりそうになった。アイリスがどこで売っているのかを尋ね、即座に買いに行ったのは言うまでもない。きっと拠点に帰ったら解体して仕組みを解析するんだろうなぁ…。
鉱人の生態や生活空間を見てから、私はまた新たな疑問を抱いた。それはダ達は鉱石を食べるのに、何故魔物を狩る必要があるのかについてである。
これはにはダが明確な答えを提示してくれた。すなわち、食糧調達と害獣駆除のためである。『槍岩の福鉱山』にいる魔物は鱗であったり甲羅であったり、部位は異なるが鉱人の可食部を持つ。我々にとっての武具素材は、彼らにとっては美味なる食材なのだ。
採掘した鉱石よりも美味しいようで、ダが狩りに出た時にはよく売れるらしい。魔物の身体で何らかの作用が起きているのだろうか?生の食材と料理の違いのようなもの…かもしれない。
その時に我々もやったように黄金陸亀王のような採掘ポイントを持っている魔物からも採取するのだが、その幼体を襲う魔物の駆除も行っている。黄金陸亀王のように成長しきった個体はともかく、幼体の時はとても弱くてしょっちゅう襲われるという話だ。亀達と鉱人は一種の共生関係を構築しているのである。
「…おっと、もうこんな時間か」
「そろそろログアウトの時間ですね」
ダから鉱人について色々と教わったが、同時に私達も外のことを同じくらい話した。彼らの家で盛り上がっている内に、かなり遅い時間まで話し込んでしまったらしい。もうログアウトしなければ明日に関わる時間だ。
「皆、泊まって行けばいい。リビング、使って」
「おお、それはありがたい!」
『メペの街』は鉱人の唯一の都市であり、他の種族が訪れることもなかった。なのでこの街には宿泊施設が存在しない。街中にいるので魔物の襲撃などを気にする必要はないが、街中とは言えアバターを野晒しにするのは不安が残る。ダの家を使わせて貰えるのならそうするべきだろう。
彼の好意に甘え、今日はここでログアウトするとしよう。明日はシラツキに帰ってからイベントエリアに向かうとするかな。
◆◇◆◇◆◇
翌日。私がログインすると既にアイリス達はログインしていて、各々が行動を開始していた。アイリスは工作の道具やしいたけの錬金術に使える実験機具を買い集め、ミケロは街にある神殿で見識を深め、兎路は彼女でも使えそうな武器を探している。
「メェ~、メェ~、メェ~」
「…何だこの状況は?」
そんな中でウールはダの家の蓄音機に歌声を録音していた。蓄音機の前で鳴き声を上げている姿はかなりシュールだ。さらに彼の回りでは数人の鉱人が眠っている。状況が全く飲み込めないのだが、どうなっているんだ?
私の呟きにも気が付かない様子で一心不乱に鳴いている。それから数分間もこのよくわからない状況は続き、私は見守るばかりであった。
「あー、イザームだー」
「何をしていたのか、聞いてもいいかね?」
「僕のー、鳴き声をー、録音してたよー」
「いや、それは知っている。その理由が知りたいんだ」
「蓄音機でー、録音した音でもー、ちょっとだけ効果があるんだってー」
ウールが言うには蓄音機に何らかの効果がある歌声や鳴き声を録音し、それを再生すると元々の音と同じ効果が得られるらしい。ウールは睡眠を誘う鳴き声を出していたようで、この蓄音機を使えば瞬く間に安眠出来ると言うわけだ。【状態異常無効】がなかったら、ログインした瞬間に眠っていたかもしれない。
これは戦闘に使えるのではないかと思ったが、ウールの話ではそうでもないらしい。効果はかなり劣化する上に、同時に複数の音を発生させると効果を打ち消し合うと言うのだ。しかも敵にも味方にも無差別に効果を発揮する。これはダから聞いた話だというから信頼できる情報だ。
「つまり、この蓄音機は睡眠導入装置になったということか」
「そーだよー」
「リアルに欲しい装置だな…」
「戻りました~。あっ、イザームも来たんですね」
聞いているだけで確実に眠れてしまう機械があるのなら現実に欲しいものだ。そんなことを考えている間にアイリスが戻ってくる。それから他の三人も次々に帰ってきて、そのくらいになって床で寝ていたダも目が覚めた。
「よく寝た。帰り道、こっち」
ムクリと起き上がったダは新たな戦術殻を装備すると、我々を先導して案内してくれた。地上に向かう通路は我々が使った昇降機とは逆方向にあって、金属製の大きな扉で閉ざされている。ダがその開閉レバーを引くと、扉が開いて通路がその姿を表した。
こちらは自然の洞窟を改造したのではなくて鉱人が自力で掘ったものなのである。なので内側には地面や天井と同じ加工が施されていて、所々に電灯のようなものがあって地下通路なのにとても明るい。罠もないし、来た時とは違ってただ進むだけで良いのだ。
「また来る?」
「ああ、当然だとも。今度は別の仲間も連れてくるよ」
「うん。皆、楽しみにしてる」
「ありがとう。では、また会おう」
我々は戦術殻越しではあるが固い握手を交わしてから『メペの街』を後にした。何と言うか、これまでにない雰囲気の街で、個人的にはとても楽しめたものだ。
「シラツキに戻ったらどうしますか?私は素材と機械の整理をするつもりですけど」
「アタシはすぐに落ちるわ。明日仕事の都合で早めに寝たいの」
「私はイベントエリアに…むっ?ジゴロウからメッセージが届いているな」
通路を歩きながらこれからどうするのかを話していると、通知の音と共にジゴロウからメッセージが届いた。それによると可能な限り早くイベントエリアに来て欲しいとのことだった。
また何かトラブルでも起こしたのだろうか?いや、それなら来てくれとはならないか。とにかくシラツキに帰還し次第、ジゴロウの下へと駆け付けよう。
次回は4月3日に投稿予定です。




