闇森人の里
天樹殻皇帝百足が完全に通過し終わった後、私達はやっと自由に息が出来るようになった。アバターは関係ないが、現実にある私の肉体は緊張のあまりに冷や汗でベッタリになっているかもしれない。それほどの圧力を感じたよ。
「あれが、森の神か」
「そうさ。こっちから喧嘩を売らなきゃ何もしないけど、何が引き金になって暴れ始めるか解明されていない。解明するために下手に刺激を与えたくないしな!」
「だから絶対に関わらないこと。それが私達の掟であり、この森に住む全ての存在の共通認識なの」
「あれが暴れりゃァ、森が全部更地になっちまいそォだなァ」
ジゴロウの言う通り、あんな化け物が暴れたらその被害は甚大なものになることだろう。間違いなく広範囲攻撃も可能であり、闇森人の里も巻き込まれかねない。喧嘩を売るとしたら、確実に倒せる準備を整えてからにしなければなるまい。
それにしても、神と呼んでいながらも二人からアレを敬っている気配が感じられない。これは何の恩恵もなく、導くこともせず、ただ存在するだけであるからだと思われる。自然に対する畏怖の象徴ではあっても、崇拝する対象にはなり得ないからだろう。
「邪魔が入ったけど、俺たちの村まではもうすぐだ」
「行きましょうか」
二人に先導されながら、我々はさらに森の奥へと進んだ。無駄な戦闘は二人のお陰で避けつつ、真っ直ぐに目的地である『闇森人の里』にたどり着いた。
『闇森人の里』は大木と融合するように存在していた。何本もある大木の枝や根は複雑に絡み合っており、それらが作り出した空間を上手く活用して部屋にしているらしい。絡み合う枝や露出している根の隙間から、隙間の形状に合わせた扉が幾つも覗いているのはかなりシュールである。
そして里の外からでも見えるのが、大木に囲まれている大きな池だった。澄んだ水を湛えているようで、木々の隙間から差し込む日光を反射してキラキラと光っている。幻想的で神秘的な光景だった。
「ほほう…これは美しい場所だ」
「だろう?この里は俺たちの自慢さ!」
「里にまで客人がやってくるのはかなり珍しいことよ。さあ、入って。歓迎するわ」
我々は一旦地面に降りると、二人は木の根の上に立つと両手を広げて歓迎してくれる。どうやら木の根の上に足を踏み入れた時点で『闇森人の里』に入ったことになるらしい。私達は意を決して里へと入った。
「何々?お客さん?」
「外の人!始めて見た!」
「魔物?魔物だ!でもお客さんだ!」
「龍がいるよ!カッコいい!」
その途端、そこら中にあった扉が開け放たれて何十人もの闇森人が現れた。珍しそうに我々を無邪気に観察し、特に子供達は躊躇なくカルにペタペタと触ったりよじ登ろうとしたりしている。
「骨だー!骨だけー!細ーい!」
「変なお面ー!」
「お目々がなーい!」
「おおお!?」
「固ーい!ムキムキー!」
「髪はゴワゴワ!」
「角、固いねー!」
「遠慮って概念はねェのか、テメェら…」
子供の魔の手は我々にも及んだ。素早く私達の逃げ道を潰すように囲い込むと、服の裾を持ち上げたり眼窩に指を突っ込んだりするのだ。ジゴロウも割れた腹筋をベチベチ叩かれ、長い髪を好き放題に弄られている。仕舞いには角を握った子供がぶら下がっていた。
ここの子供はアグレッシブ過ぎだ!カルはグイグイ来てくれてむしろ嬉しそうだが、私は堪ったものではない!目は無いとは言え、指を突っ込むのは勘弁してくれ!指が迫ってくるのは見えているんだ!
ジゴロウも私と同じくされるがままだった。しかし、喜んでいるとは言えない。悪意はないので怒りはしないが、彼らの自由過ぎる行動に呆れているようだった。
「これこれ、その辺にせぬか。ご客人が困っておるぞ」
「長老様だ!」
「「「逃げろー!」」」
「「「キャー!」」」
穏やかな声が諌めると、子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。逃げる時の子供達は笑顔だったので、声の主である長老殿はきっとおおらかで慕われているのだろう。
「申し訳ありませんでしたな、ご客人よ。私はラデム・マス・ファーラーン。この里では長老と呼ばれております」
「長老…?」
「あァ?若いじゃねェか」
長老ことラデム殿は、キリルズと双子かと思うほどそっくりな青年だった。ファーラーンという姓が同じなので血縁者ということだと思う。
どの家族も近い親戚という話なので、彼らが長老と血縁者でもおかしくない。ただ、その外見はあまりにも若々しい。まるで十代の少年のようですらある。それが長老と呼ばれることには違和感しか感じなかった。
「ははは、外のお方にはそう見えますか。我ら闇森人は成人になるまでは普通の人類と同じように成長し、それから寿命で死ぬまで同じ外見のままなのですよ」
「そうなのですか」
「じゃあ何歳だよ、アンタ」
「かれこれ…七百歳ほどですかな」
「七百…!?」
「保存が良いなんて次元じゃねェな」
止める間もなく年齢を尋ねたジゴロウに、ラデム殿はあっさりと答えてくれた。物語では森人の寿命は長いとされていることが多いが、『闇』がつく彼らも同じだったらしい。それにしても七百歳とは恐れ入った。外の世界を見ていたならば、きっと歴史の生き証人となったことだろう。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はイザームと申します。こちらは兄弟分のジゴロウ、そして従魔のカルナグトゥールです」
「よろしくなァ」
「グルオン」
「イザーム殿、ジゴロウ殿、そしてカルナグトゥール殿ですな。キリルズが連れてきた客人を、我ら一族は歓迎しますぞ」
そう言って差し出されたラデム殿の手を取って、固く握手を交わす。若々しい見た目通り、彼の握る力は強かった。本当にこの人は老人なのだろうか?
「里には何もありませんが、自由に歩き回って下され。それと、若者達は好奇心が旺盛でして、色々と尋ねられるでしょう。相手をしてやっていただけると幸いですな」
「わかりました。可能な限り、お相手致しましょう」
「ありがとうございます。キリルズ、ご案内して差し上げなさい」
「わかったよ、爺ちゃん」
キリルズは想像通り、ラデム殿の血縁者だったようだ。姓が同じなので驚くようなことではないが。祖父なのか…やはり兄弟にしか見えないから違和感が凄く強いなぁ。
それから私達はキリルズの案内の元、『闇森人の里』を見て回ることにした。密集する大樹と共に生きる彼らの里には、建物と言えるものは何一つ存在しない。枝や根の隙間を利用しているからだ。
それに貨幣経済が浸透していない里には、店というものは存在しない。代わりにどの家も客人を歓迎し、物々交換で彼らの持ち物を融通してくれた。面白い文化であるが、不便であることは間違いない。
かと言って我々も唸るほど金を持っている訳ではないし、貨幣経済を浸透させるための準備は不可能である。悩ましいものだ。
幸いにも彼らには【符術】の文化がなかったようで、私の作成したお札は面白がって交換したがる人が多くいた。これを使って様々なアイテムが手に入った。特にこの森でしか採集出来ない植物とその種子、彼らの作った薬品や道具、武器など多岐にわたる。特に面白そうなのがこれらのアイテムだ。
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滋養薬酒 品質:優 レア度:R
様々な食材と薬草が漬け込まれたお酒。
使用された食材によって効果が大きく変わる。
一定時間全ステータスが微上昇し、酩酊以外の状態異常を治癒し、その耐性を得る。
ただし、摂取し過ぎると酩酊の状態異常となる。
酒は百薬の長である。薬草を漬け込んだとき、どうして薬効が薄まることがあろうか?
闇森人の鋼木剣 品質:良 レア度:S
鋼のように固い樹木の枝を削り出した剣。
木剣の軽さと鋼の固さを併せ持つ。
闇森人に伝わる独特の装飾によって、強度が大幅に増している。
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前者はテレビCMでもよく見掛ける製品に酷似した薬効のある酒だ。説明文を読む限り、ほぼ万能薬と言っても差し支えない性能を誇っている。ただし、飲食不可能な私には無意味かつ飲みすぎると逆に動けなくなるというデメリットも存在する。
酩酊という酒を飲んだ時にだけ発生する状態異常に気をつけながら使用しなければならないが、そこさえクリアすれば非常に便利なアイテムである。それにジゴロウのように酩酊に対して高い耐性を持つ種族であればその辺りも無視出来るだろう。生産組二人による再現が望まれる。
後者は一見するとただの木剣なのだが、刃の部分は鋭くて実際に魔物を切り裂くことが可能だった。鋼鉄の鋭さと木の軽さを併せ持った武器である。
闇森人の戦士は全員がこの武器を所持しているので、彼らはとても機敏に鋭い斬撃を繰り出せる。我らがスピードスター、ルビーと紫舟でも敵わないかもしれない。前衛組、特に手数で攻める者達には武器の選択肢が増えるだろう。
有意義な取引だったが、代わりにお札のストックがほぼ尽きてしまった。ちょくちょく戦闘でも使うので、またコツコツと作成しなければならない。幸いにも白紙の紙はバーディパーチで買い込んでいるので、そちらのストックは問題ない。【符術】のレベル上げも兼ねて、また訪れるまでに揃えておく必要があるな。
あらかた見て回ったところで、そろそろログアウトの時間がやって来た。そろそろ帰らなければならないとキリルズに伝えると、彼は最後に見せたいものがあると言って里の中央にある池にまで我々を連れていった。
こうして池の淵にまでやって来ると、満ちる水の透明度の高さがよくわかる。水底までハッキリと見えるのだが、どうやらこの泉は大樹の根が絡み合って出来た自然の溜め池のようなものらしい。闇森人の生活を支える池もまた、この大樹達が作っているようだ。
「美しい泉だな。何というか、清涼な空気とはこういうものなのだろう」
「鼻も肺もねェのに感じるってのかァ、兄弟?」
「そうだとも。骨身に染みるのだよ」
「湿気でキノコでも生えてきそうだなァ」
「ハッハッハ!仲が良いな、二人は!」
我々が軽口を叩きあっていると、キリルズは快活に笑い始めた。そんなに面白かったか?普段通りの掛け合いだったのだが…
「どうだった、我らが里は?」
「とても良いところだったよ。陽気で楽しい人ばかりだったし、交換したアイテムも役立ちそうだ」
「気に入ってくれて嬉しいよ。よし、帰る前に良いものを見せてあげよう!出ておいで、水霊達よ!」
キリルズが池の水に向かって呼び掛けると、淡い青色の輝きを放つ何かが大量に現れた。夕暮れ時の泉に差し込む赤い光もあいまって、我々はしばしその光景に見惚れることしか出来ないのだった。
次回は3月6日に投稿予定です。
2020年2月29日に拙作の一巻が発売されました。書籍版のタイトルは『悪役希望の骸骨魔術師』です。書店で見掛けた方は手にとっていただけると作者が泣いて喜びます。




