闇森人の文化
「調子が狂うぜェ」
「全くだ」
闇森人の二人は急にハイテンションかつフレンドリーになった。敵対しなかったのは僥倖だが、ここまで豹変されると困惑せずにはいられない。
「友よ、どうしてこんな辺鄙な場所へ来たんだい?」
「それよりもこっちの龍よ。見たことのない種族だわ…どんな素材がとれるのかしら?」
しかも我々を友と呼ぶ。それは嬉しいのだが、一方で闇森人の女性はうっとりとしながらカルの鱗を撫で…そして懐からナイフを抜き放ったではないか!ヤバイヤバイヤバイ!このままでは解体される!
「や、止めてくれ!その子は私の従魔なんだ!」
「あら?そうだったの…残念」
闇森人の女性は心底残念そうにナイフを仕舞うと、今度は謎の丸薬を取り出した。それをカルの口に放り込んむと、カルは弱々しくもすぐに立ち上がったではないか!
ひょっとして今のは解毒薬なのだろうか?普段の私なら対価を払えるか心配になるだろうが、今はカルが元気になってくれたことへの喜びの方が大きい。仮に薬代で全財産を使い果たすとしても喜んで差し出すことだろう。
「グオオ…?」
「カル、平気か?この人達が助けてくれたんだぞ」
「そんなに大層なものじゃない。アジャの木の樹液をその辺の草に染み込ませて丸めただけだからな!」
「それがアジャの実の特効薬になるのよ」
アジャの実…というと、この芳しい香りを放つ実のことか。これをたらふく食ったカルは昏倒した訳だが、その樹液が特効薬にもなるとは…興味深い。一度【鑑定】してみるか。
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アジャの実 品質:良 レア度:S
ティンブリカ大陸の『誘惑の闇森』にのみ分布する珍しい木。
実る果実はとても甘く、爽やかな香りを放つ。
経口摂取した場合のみ強力な麻痺状態となり、専用の解毒薬でなければ解除は難しい。
大量に食べれば重症化し、身動ぎ一つとれなくなるだろう。
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美味しい果実には毒がある、ということだろうか?しかも解毒薬は専用のものでなければ効き難いとは非常に厄介だ。その代わりに『経口摂取のみ』らしいので、毒矢などには使えないのだろう。
役立てるのなら敵の食べ物に仕込むことになるのだろうが…それは難易度が高すぎないか?アイテムとしては面白いので、二人へのお土産に持って帰るが。
他にもこの森には色々な果実の成る木がたくさんありそうだ。それについて闇森人は熟知していると思われる。元々そのつもりであったが、これは絶対に彼らと友好関係を築かなければなるまい。
「この子を助けてくれてありがとう。恩に着る。私は風来者のイザーム。こっちの大きいのがジゴロウで、この子がカルことカルナグトゥールだ」
「よろしくなァ」
「イザームにジゴロウ、カルだな!俺はキリルズ・インズ・ファーラーン!キリルズでいいぞ!」
「風来者!伝説で聞いてはいたけど、実在したのね!ああ、私はアラナ・ヤシュ・ファーラーン。キリルズの妻の一人よ。私のこともアラナでいいわ」
闇森人の二人はキリルズとアラナと言うらしい。二人は夫婦だが、さっき妻の一人と言ったよな?と言うことは闇森人は一夫多妻制なのだろうか。それともキリルズは特別なのか。それは追々聞いていくとしよう。
「それで、イザームとジゴロウ。伝説の風来者がこんな森に何の用だい?」
「兄弟はよォ、お前ら闇森人と仲良くしたいらしいぜェ」
「ナデウス氏族に認められているのなら、我々闇森人の一族は皆友人よ。そうでしょう、キリルズ?」
「もちろんさ!ここは魔物の狩り場で危険だし、我らの集落に案内しよう!着いてきてくれ」
◆◇◆◇◆◇
キリルズとアラナの案内に従って我々は森の中を進んでいく。二人とジゴロウは木の枝を足場にして飛び移り、私とカルは彼らと同じ高さをキープしながら飛んでいた。その道中で闇森人の文化について色々と教わることが出来た。
闇森人という種族は男児の出生率が低く、集落全体での男女比が二対八とかなり片寄っているらしい。なので自然と一夫多妻制となって、血脈を繋いでいるそうだ。
一夫多妻と聞くと、まるでハーレムのように思うかもしれない。羨ましいと思うプレイヤーは多いと思われるが、実際は妄想のように男にとって都合のいい制度ではないと聞いたことがある。
夫は妻を分け隔てなく愛さなければならず、妻同士の揉め事も上手に仲裁しなければならないからだ。いがみ合う二人の妻の間に入る…想像するだけで震えてしまいそうだ。配偶者は多ければ良いというものではないのである。
閑話休題。彼らの集落では平均的な家庭で男一人に妻が四人前後、そしてほぼ同じ人数比で子供が産まれることになる。妻となる女性は全て別の家族から嫁いでくるので、どの家族にも他の家族の親戚が必ずいることになる。世代が下るに従って、一族の結束はどんどん固くなっていった。
ムーノ殿から聞いた、誰かを傷付けたならば一族総出で襲撃してくる理由がこれなのだろう。誰も彼もが近い親戚なので、怒りの熱量が高くなるのだ。
彼らは採集によって食事を賄っており、肉はほとんど食べないのだと言う。食べられない訳ではないが、肉の臭いが好みではないらしい。それに彼らの住む『誘惑の闇森』は植物が豊富なので、わざわざ狩りをしなければ入手出来ない獣肉は必要ないそうだ。
ちなみに『誘惑の闇森』の生態系の頂点に君臨するのは植物系の魔物で、他の魔物は大体がその餌食となっているらしい。森に適応していない強い魔物がやって来ても、カルのように果実を食らって倒れているところを捕食されるので森の生態系に大きな変化が起きることもないそうだ。
「こんな恐ろしい森によく定住出来るものだ」
「そんなに恐ろしくもないぜ?植物系の魔物は話が通じないが、代わりに本能の通りに動くんだ」
「だから対処法を知っていれば誰でも倒せるし、無駄な戦いも避けられるの」
「なるほど、受け継がれてきた知識の力という訳か」
例えば我々が苦戦した死毒捕食魔草と剛岩絞殺触手だが、これらに効果覿面のアイテムがあるのだ。実際に見せてもらって【鑑定】した結果がこちら。
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闇森人の除草剤 品質:良 レア度:S
闇森人が作成した強力な除草剤。
植物系の魔物及び通常の植物に物理ダメージを与える。
『誘惑の闇森』に住む植物系魔物にのみ、効果が大幅に増加する。
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製法は秘密らしいが、物々交換で一本だけ提供してもらった。この液体を直接掛けるか地面に撒いてそこに奴等が根付くと、瞬く間に瀕死の状態にまで持っていけるらしい。二本あればほぼ確実に倒せるのだとか。
便利なアイテムだなぁ…ここを探索するならば大量に購入しておきたい。しいたけならば製法に興味が湧くだろうけども、植物系である自分にも効く薬の実験中に事故で死に戻りする未来が見えてしまうよ。
「そろそろ俺達の村が見えてくる頃だ」
「ほら、あそこ。木の高さが少しだけ高い場所があるでしょう?」
「おォ、言われてみりゃァそうなってやがるなァ」
「鳥人の街、バーディパーチがあった木を思い出す大木だな」
アラナが指差した場所には、周囲よりも頭一つ高い木々が密集していた。鳥人の『母なる宿り木』に比べれば幾分小さいものの、かなりの大きさがある大木があれだけの数並ぶと圧巻である。
ここから距離はそれなりに遠いが、ここまでのペースで進めば今日ログアウトする時間になるまでにはたどり着きそうだ。さて、もう一踏ん張り…
「待ちな」
「どうしたァ?」
「森の神が近づいているわ。静かにして、動かないで」
森の神…フィールドボスと言うことか?ボスエリアに居座るのではなく、フィールドを徘徊しているとは珍しい。それに森の住人である二人が戦闘を避けるのはきっと訳あってのことだろう。指示に従って息を潜めるのが得策だ。
私達が隠れていると、ズルズル、ギチギチと何かを引き摺りながら擦れる音を立てて何かが近付いてくる。それはかなり大きいようで、私は緊張しながら姿を現すのを待った。
「ほぅ…」
「へぇ?」
森の王の正体は、一匹の巨大な百足だった。一つの節だけでも一メートル四方はありそうだ。節の数は二百以上あるだろうか?甲殻の上には苔が繁茂しており、中には小さな木が生えているものもあった。
そんな巨体にしては移動時の音が驚くほど小さい。サイズから考えても、あれは尋常ではなく強いのだろう。戦うのならばクランの全員の力を結集して…いや、それでも足りないかもしれない。試しに【鑑定】をしておこう。
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名前:実験体0802号
種族:天樹殻皇帝百足 Lv100
職業:土地神 Lv7
能力:【体力超強化】
【筋力超強化】
【防御力超強化】
【敏捷超強化】
【知力超強化】
【精神超強化】
【大地魔術】
【水氷魔術】
【樹木魔術】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
【麻痺帝毒】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
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思った通り、あれは化け物の中の化け物であるらしい。当然の権利のようにレベルは100であり、能力をほとんど盗み見ることも出来ない。これは私の能力のレベルが足りないのもあるだろうが、圧倒的に実力差があることも示している。
それに見えた能力は全て進化済みだった。それもステータスを強化する能力に関しては敏捷以外全てが進化している。基礎ステータスもプレイヤーとは比較にならないほど高いと思われるし、それが強化されているとなれば如何ほどの強さか想像もつかない。
強さ以上に注目するべきは名前と職業だろう。実験体、というワードから察するに古代文明の実験で造り出された魔物だったのだと思われる。それが現在まで生き延びて、しかもこれほどまでに成長しているとは驚きだ。
そして永きに渡って力を蓄えたことで得たと思われる職業、土地神。これは十二柱いる女神とは異なる神、すなわちアルマーデルクス様に近い位置にいる存在だという証であろう。
喧嘩を売れば、一秒もかからずに消滅させられそうだ。私の最初の見積りすら甘かったと言わざるを得ない。戦いにすらならないことを理解しているのか、ジゴロウとカルも私と同じく息の音にすら気を使っている。我々は本物の怪物が去るのをただただ待つことしか出来ないのだった。
次回は3月2日に投稿予定です。
もうすぐ書籍版が販売されます。書店で見掛けた際は手にとっていただけると嬉しいです。




