誘惑の闇森
我々はペナルティによってシラツキに戻った。しかしログインしたばかりだし、このまま今日は止める…というのもつまらない。よし、ならばジゴロウを連れて少し遠出することにしよう。
「さて、自業自得な理由でとんぼ返りさせられた訳だが…ジゴロウ、これから何か予定はあるか?」
「無ェな。そもそもイベントで暴れる予定だったしよォ…まァ、ちょいと外で身体を動かしてからログアウトするぜェ」
お前の『ちょっと』は我々から見るとちょっとどころの騒ぎではないのだが…まあいいか。暇ならば連れ回しても文句はないだろう。
「なら丁度いい。カルに乗って少し行ってみたいところがあるのだ。一緒に来てくれるか?」
「いいぜェ。で、何処に行くんだァ?」
「うむ。ここから西にあると聞いた森だ。そこに住んでいるらしい闇森人と接触したい」
「四脚人の次にってことかァ?いいねェ、面白そうだァ」
同意を得たところで、私とジゴロウは甲板で寝ていたカルに乗り、ムーノ殿から聞いた西の森へと出発した。進化によって大きくなったことで、カルの背中の上に複数人で乗っても余裕がかなりある。今ならばエイジすら乗せられそうだ。重すぎるので嫌がるかもしれないが。
移動中、私は届いていたメッセージを確認する。届いているのはウスバだけではなく、邯那からも来ていた。先に彼女の方をチェックしておこう。
「ううむ、心配をかけてしまったか」
「おう、あの夫婦からかァ?」
「そうだ。戦いに加われず、申し訳ないとも書かれている。あと、詮索屋もはぐらかしてくれたようだ。ただ、クランのリーダーが私であることと、私達の名前だけは教えたらしい」
ジゴロウの凶行にばかり目を奪われがちだが、魔術師でありながら一対一で前衛職を、それも斬り結んで勝利したことにも注目は集まっていたらしい。本人が居ないからとほとんど話さなかったが、押しが強い者もいて仕方がなく追い払うために名前は教えたとのことだった。
情報は形のない資産であり、それを売り買いする者の存在はゲームでも同様らしい。我々が普通のプレイヤーとは異なることをやりまくっている自覚はあるので、公にしても良いと思える時まで隠しておきたかったが…事を大きくして注目を集めてしまったのは私達の過失だ。むしろ私達二人の名前だけであしらってくれた二人に感謝するべきである。迷惑をかけてしまったな。
「へー?まァまた訳のわからん奴が来りゃァ、俺達でぶっ飛ばしゃいいだろォ」
「そうは行くか。二度も繰り返すのは流石に大人として問題だ」
物騒な提案をするジゴロウを諫めつつ、私はもう一通のメッセージを確認する。こちらはウスバからのもので、タイトルはもう既に読んでいるから省こう。中身は…やっぱりか。
「戦える日を楽しみにしている、ね。半分はジゴロウ宛だな」
「俺がどうかしたかァ?」
「前に言った最強と目されているPKだ。前も言ったと思うが、お前や源十郎のような強者とルール無用の戦いを挑むのが趣味のヤバい奴だ」
「ハッハァ!いいねェ!面白そうだァ!」
ジゴロウは未だ見ぬ強者との戦いが楽しみで仕方がないとでも言いたげにニヤリと笑っている。このどこまでも戦いを求める姿勢は、初めて会った時からブレたことは一度もない。羨ましいほどに真っ直ぐな奴だよ、お前は。
「初めて会った時に手合わせさせられたが、素早く動いて手数で攻める軽戦士だった。あの時は本気ではなかったように思うが、戦う時は気を付けろ」
「おォ、任せなァ。正面から叩き潰してやっからよォ」
「…興味本位で聞いてみるが、もしもウスバと戦う予定があるならどう攻める?」
「あァ?そんなモン、実際に会う前から決めてかかってどうすンだァ。ンなことしてたらよォ、予想外のことがあったら崩れちまうぜェ」
「ほほう、そう言うものか」
「ケンカの心構えだぜェ。俺流だけどなァ」
なるほど、戦いの中で相手の戦術などを学習して対応すると言うことか。言うは易し行うは難しという奴だと思うが、それが可能なのだからこの男は恐ろしい。
そして恐らくだが、源十郎も同じことが可能だと思われる。一騎討ちで二人に勝てるプレイヤーって実在するのだろうか?もしも私が彼らに本気で勝とうと思えば、事前に徹底的な準備を整えつつ共闘してくれる仲間を用意する。それだけの戦力があるのだ。
「グオオオン!」
「おっ、ようやく目的地が見えてきたな。あれが『灰降りの丘陵』の西側にある森、『誘惑の闇森』だ。カル、この辺りで着陸してくれ」
戦いに関する話をしている間に、カルは目的地に近付いていた。巨体のせいで小刻みに動くのは苦手なカルだが、長距離を真っ直ぐ進むのならば持ち前のパワーによってかなりの速度が出る。偉いぞ、カルよ!
素直なカルはゆっくりと減速しつつ高度を下げ、騎乗している我々に負担をかけないように静かに着陸した。私とジゴロウは背中から降りると、それぞれにカルを労ってから森に入ることにした。
「兄弟よォ、どんな魔物が出るのかは聞いてンのかァ?」
「いや、ムーノ殿達は森に立ち入ったことがないらしい。闇森人に禁じられているのではなく、とても危険だと伝わっているからだそうだ」
それを聞いたときも思ったものだが、ムーノ殿達の間で立ち入ることすら危険だとされる森に住み着く闇森人とはどれ程強いのだろうか。何か秘訣があるのか、それとも全員が精鋭揃いなのか。それは接触すればわかるだろう。
彼らは一族をとても大切にしているようで、同族を傷付けられた時は烈火のごとく怒るとも聞いている。一人のために報復のために一族総出で襲い掛かるという話もあった。まるで一昔前のヤクザのようだが、基本的に陽気だとも聞いている。礼を尽くして接すれば、きっと良い関係が築けるだろう。
「グルル?グオオン」
「カル?どうした?」
我々と同じ速度で歩いていたカルだったが、突然頭を高く上げて何かを凝視する。何かあったのかと聞くが早いか、カルはその方向へと駆け出した。
私とジゴロウは顔を見合わせてから急いで追い掛ける。その巨体に見合わぬ身のこなしで木々の隙間をすり抜けて進むカルを、私は低空飛行で、ジゴロウはパルクールのように枝を上手く利用して追い掛けた。
「んん?おい、兄弟!何か良い匂いがしねェか?」
「…確かに、甘さのある柑橘類のような香りがしてきたな。ひょっとしてカルはこれを求めているのか?」
追い掛けていると、森の奥からフワリと柑橘類を思わせる清涼感のある香りが漂ってきた。カルはこの香りに誘われているようだ。我が従魔ながら食い意地が張っている。毎日ちゃんと食べさせているはずなのだが…この食いしん坊め!
「グオオン!」
「この果物が目当てだったのか。全く、人騒がせな」
カルがたどり着いた場所は色とりどりの果実が実った果樹園のような場所だった。ここまで来ると先程の香りだけではなくメロンやモモのような甘い香りも相まって、まるで果物屋にいるかのような錯覚に陥りそうだった。
カルは果物を美味そうに食べている。その勢いは猛烈で、一本の木になる実が全てなくなりそうである。そんなに食べて腹を壊さないだろうか?
「グオ…グオオ…ン?」
「おい、カル!ま、麻痺?」
果物を山のように食べていたカルだったが、急に痙攣したかと思えば泡を吹いて倒れてしまった!慌てて駆け寄ると、彼のマーカーには麻痺のアイコンが点滅していた。
おいおい、一体何が…ひょっとして、この果実が原因か?美味そうな香りを放つこれを食べたら麻痺してしまうとは、まるで罠に嵌められたような…まさか!
「おゥ、兄弟。カル坊のこともあるがよォ、囲まれてるみてェだぜェ?」
「やはりか!」
ジゴロウに言われて周囲を見回すと、そこにはいつの間にかネナーシに似た魔草系とアイリスに似た岩触手系の魔物に囲まれていた。しかもどれもネナーシ以上に攻撃的なフォルムで、アイリスとは比べ物にならないほど殺意に溢れていた。
木々の陰に隠れて様子を伺っていたらしい。きっとここは野生の群れである奴等の狩場であったのだ!はっはっは、状況が最悪過ぎて笑うしかないじゃないか!
――――――――――
種族:死毒捕食魔草 Lv64~68
職業:熟達捕食者 Lv4~8
能力:【体力超強化】
【筋力超強化】
【器用超強化】
【蔓鞭術】
【蔓延長】
【捕縛】
【劇毒】
【捕食回復】
【根足】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
【高速再生】
【光合成】
【状態異常耐性】
【土属性耐性】
【火属性脆弱】
種族:剛岩絞殺触手 Lv65~69
職業:絞殺巧者 Lv5~9
能力:【体力超強化】
【筋力超強化】
【防御力超強化】
【器用強化】
【鞭術】
【鎧術】
【触手延長】
【捕縛】
【急所特攻:首】
【捕食回復】
【根足】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
【高速再生】
【光合成】
【物理耐性】
【土属性耐性】
【火属性脆弱】
――――――――――
死毒捕食魔草と剛岩絞殺触手…どちらも攻撃方法は物理一辺倒のようだ。前者は毒に、後者は首への攻撃に注意しなければなるまい。
レベル的には格下だが、数が圧倒的に多い。しかもこちらは麻痺しているカルを庇いながらの戦闘を強いられることになる。これは出し惜しみをしている場合ではないが、森に必要以上の被害を出す訳にもいかない難しい注文だな、全く!
「兄弟、全力で片付けるぞ。ただし、森を焼け野原にしないくらいに抑えてくれ」
「無茶ァ言いやがるぜェ。まァ、やってみっかァ!行くぜェ!【修羅雷炎】!」
ジゴロウは能力を発動させて、金色の雷と炎を全身から迸らせる。その状態のまま敵の群れに突撃していった。
私はまず、範囲防御の魔術である聖域を発動させてカルの防御を固める。とりあえず、これで真っ先にカルが殺される心配はなくなっただろう。
「チイィ!ウッゼェ!」
私がカルの守りを固めている間に、ジゴロウが雁字搦めにされていた。触手と蔓はジゴロウを縛り付けた途端に次々に燃え始めるが、その拘束が完全に外れる前に次の触手と蔓がやって来る。なので彼は常に縛られ続ける状態であった。
しかも【高速再生】の効果によって焼けた触手と蔓は素早く元通りになっていて、全く数が減っていない。それにしても、ムキムキマッチョの大男が触手に縛られてる絵面に需要などない!少なくとも、私は求めていない!さっさと解放しなければ!
「星魔陣起動、風刃!飛斬乱舞!」
「助かったぜェ、兄弟ィ!」
風刃の呪文と飛斬乱舞の武技により、触手と蔓を根元から切り裂いた。すると拘束力も弱まったようで、ジゴロウは感謝の言葉を述べながらブチブチと引き千切りつつ突撃する。
すぐさま再生した触手と蔓がジゴロウの視界を埋め尽くすばかりに迫っている。なので私は同じように風刃と飛斬乱舞で数を減らし、その隙間を縫うようにして前に出たジゴロウの拳が剛岩絞殺触手にめり込んだ。
「重てェ、なァ!」
「それ、アイリスには絶対に言うなよ?アバターとはいえ、体重がエイジと羅雅亜の次に重いのを気にしてるのだからな」
「頭の隅っこに入れとくぜェ!」
ジゴロウは拳を振り抜いて殴り飛ばし、近くにいた別の個体を巻き込んで転がした。表面の岩のような細胞壁に大きなヒビは入ったものの、体力はほとんど減っていない。しかもそのヒビも徐々にではあるが塞がっていく。
コイツは長丁場になりそうだ。そんな予感を覚えながら、私は援護するべく魔術を唱え続けるのだった。
次回は2月23日に投稿予定です。




