国民生産工場
隠し通路は長く、そして迷路のように複雑だった。マップの機能が無かったら、二度と出られなくなっていたかもしれない。ちょくちょくメニュー画面を開くので進む速度は遅かったものの、私達は着実に奥へと進んでいた。
その途中で幾度か不完全人造人類と遭遇したが、カルが見敵必殺の勢いで全て倒している。どうやらボス戦でレベルが上がり、あと一歩で次の進化が待っているので経験値を稼ぎたいようなのだ。カルだけでは危ない敵が出ない限り手を出すのは止めておくか。
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イザームは隠しエリア『国民生産工場』を発見した。
発見報酬として10SPが授与されます。
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「なんだ、ここは?工場のようだが…」
「グルルゥゥゥ…」
そうして十分数分ほど歩き回って、ようやく隠し通路の先へとたどり着いた。通路の奥にあったのは、科学薬品を用いる工場に似た空間であった。名前は『国民生産工場』…ブラックな場所であることは間違いない。とりあえず、隠しエリア発見の報酬はとても美味しいです。
壁や天井には何処にどう繋がっているのかわからないほどグチャグチャに金属製の配管が走っており、配管が繋がっている大きなガラスの円筒には蛍光緑や濁った紫の液体が満たされている。明らかに危険そうな薬品だ。
漂う臭いも酷い。薬品特有の刺激臭や腐卵臭もさることながら、カビなどの据えた臭いや濃い獣の臭いも立ち込めている。もしここが街中なら、異臭騒ぎでニュースになることだろう。カルも嫌そうにして眉間に皺を寄せていた。
「普通に考えれば不完全人造人類の生産工場なのだろうが…随分とまあこうも不気味な雰囲気を醸し出せるものだ」
明かりも無く全体的に薄汚れていて、とても悪役が保有する秘密の工場っぽい。いいね、とてもいい!是非ともこの陰気で、背徳的な研究を行っている感じが素晴らしいよ!
この隠し通路は残しておいて、工場は丸々再利用させてもらおう。しいたけは…まだログインしていないか。アイリスもまだ。なら、しばらくはここの調査といこう。
調査、と言っても機械を弄って万が一爆発でもしたら目も当てられない。なので研究所っぽいし、研究レポートのようにここで行われていたことや現在進行形で行っていることがわかる資料を探すのだ。
カルと共に壁沿いに工場を探索する。その最中に人間の胎児っぽいモノが入ったガラス容器があったので、不完全人造人類の生産工場であることは間違いない。技術もそうだが、ここがどのような経緯で作られたのかも調査で判明するといいのだが。
「ええと…よし、部屋があった。事務所、いや研究室か?こう言う工場に併設された場所は何と呼ぶべきだろうな?」
しばらく歩くと一つの部屋を見付け、中を覗くと大量の資料らしき書物が見えた。正確な呼び方に自信は無いが、一応ここを研究室と呼ぼう。ここにある資料を読み解けば、この場所の使い方がわかることだろう。
部屋の扉は流石にカルが通ることが出来る大きさではなかったので私一人で中に入った。ただ、また待ちぼうけにさせるのも忍びないので適当に見繕った資料をインベントリに納めたらすぐに出ることにした。
「ふーむ、どれもこれも【錬金術】関連の専門書か。興味はあるが、今読むようなものでも…ん?何が落ちてる…って、うおおおおっ!?」
私が部屋の本を背表紙で中身を判断しつつ取捨選択してと、左足に何かがぶつかった。なので床に何か落ちているのかと思った時、私の足首がガシッと鷲掴みにされたではないか!
足首を掴んだのは、魔術師風のローブを羽織った動く骸骨…つまり同族だった。反射的に杖で殴り付けると、一撃で粉砕してしまった。一度も進化していない雑魚だったようだが、心臓が飛び出るかと思うくらいに驚いたわ!
「驚かせてくれたな…!ふぅ~、本当に勘弁して欲しいもの…いや、待て。どうしてこんな雑魚がここにいるんだ?」
『霧泣姫の秘都』は最低でもレベル60代の魔物しかいなかった。なのに、ここに来て隠しエリアにいたのがファースにでもいそうな雑魚だと?明らかにおかしい。何か理由があるはずだ。
私は即死させた動く骸骨が横たわっていた付近を調べてみる。すると、机と床の間に一冊の本が落ちていた。拾い上げると表紙には日記と書かれている。【鑑定】してみたところ、『古い宮廷錬金術師の日記』と結果が出た。
私がまだファースの地下でも日記は見付けたが、怪しい研究所にいる魔術師や錬金術師は日記をつけたがるものなのだろうか?まあいい。何よりも優先するべきは情報収集だ。
「ふむふむ、やはり持ち主はここの研究員で…ここは人造人類の生産施設だった、と。人造人類?不完全人造人類ではなくて?」
日記の最初の方は、国内情勢が不安定だとか対外外交が下手くそだとかなんとかと居酒屋で政治について管を巻くオヤジのような内容が目立つ。それに混ざって時々仕事のことが綴られていて、それによるとこの研究所はセプテン公国を治めるセプテン公爵の肝いり事業だったようだ。
そして製造されていたのは人造人類…つまり不完全ではない存在だ。今この周囲を徘徊している気味が悪い化け物とは違い、人類と同じ外見で従順な労働力や戦力として利用していたらしい。
「おっと、少しだけ日付けが飛んで…よしよし。私が知りたいのはここからだ」
セプテン公国は製造した人造人類によって繁栄していた。しかし、その技術と王権の簒奪を狙ったリヒテスブルク家の侵攻を受けたのである。彼らは必死に戦ったが奇襲作戦によって軍は壊滅、都は占拠されてしまった。
しかし、セプテン公国もただではやられない。城にあった大規模な緊急転移魔術を発動し、宮殿とその地下にあった宝物庫と製造工場を含めて脱出したのだ。
転移の瞬間、それを阻もうとリヒテスブルクの兵士が転移魔術の魔法陣を傷付けたことで座標が大幅に狂った。そして彼らが暗黒大陸とも呼ぶ魔境、ティンブリカ大陸にまで飛ばされたのだ。宮殿に残っていた者達と共に。
「邪悪だの悪辣だのとリヒテスブルク家を罵るのは完全に主観だから無視するとして…なるほど、それで宮殿だけが妙に綺麗だったのか」
宮殿に残っていた者達は想定外の場所に転移した後も戦い続け、セプテン公国側が勝利したらしい。ただし、決して無傷とはいえない。王族はカトリーヌ以外の全員が死亡し、その他の者達も数が少なかった。
それでも国を再興するべく彼らも奮闘したようだが、異なる環境に適応するのは難しかった。一人、また一人と死んでいき、その日の食事にも困窮するようになったらしい。
そして悲劇が起きる。王族の最後の生き残りであったカトリーヌが死亡したのだ。元々身体が弱かったようで、そこに心労が重なった結果である。
国の象徴である王族を失ったことは、遺された者達を非常に大きく落胆させた。さらに再興のための労働力として製造した人造人類が突如として制御不能になったのだ。原因はおそらく風土の違いだと言うメモを最後に日記は終わっている…血の跡を残して。
「その後、連中が不死として復活…と言ってもいいのかはわからんが、とにかく再び動き出したということか。その理由はわからん。…こいつの方が先に死んだから仕方がない」
私は日記を回収し、研究室から出てカルと合流する。そして一旦この工場から去ることにした。雰囲気は好きだが、何時不完全人造人類が襲ってくるかわからない場所に居続けるのは避けたいのだ。
見れば他のメンバーもログインしているが、今日はカルとコンビで動くと決めている。なのでこのまま行くとしよう。
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一応全員に工場の事を通路のマップ情報と共にメールしておいて、私達はフィールドに出た。相変わらず宮殿の外には霧が立ち込めていて鬱陶しいが、カルの背中に乗ってさっさと抜けてしまおう。
「…この霧を発生させる大木は斬り倒そう」
「グオオゥ」
同意するとでも言いたげにカルが一鳴きする。誰にとっても濃霧で視界を奪われるのは厄介らしい。カルのためにも早急に木材に加工してしまおう。
あの大木以外の霧吐き灰樫は全て伐採済みなので、都から外に出れば何の問題もないのだが。霧の範囲外に出た我々は、上空から獲物を探す。すると一頭でノシノシと歩く魔物を発見した。
「あれは確か鉄甲毒牙豹だったか」
金属質の毛皮による防御力と猛毒の牙の攻撃力、そして豹の素早さを兼ね備えた強敵だ。一度だけ戦った時は苦労した覚えがある。ジゴロウが引き付けている間に魔術で仕留めたが、その素早さ故にジゴロウの脇をすり抜けてこちらに来た時はヒヤリとさせられたものだ。
しかもあの時は不意打ちを食らっていたから余計に危なかった。だが、今は逆にこちらが不意打ちを仕掛けられそうである。やってみるか?
「…付与は完了。カルよ、私の魔術が着弾したら突っ込むぞ」
「グオゥ!」
「いい子だ。星魔陣起動、呪文調整、壊炎!」
「ギャイン!?」
瞬間火力では最高クラスの呪文が、鉄甲毒牙豹の無防備な背中に直撃する。奇襲は成功し、体力を大きく削りつつ火属性の耐性を下げることも出来た。上々の滑り出しだ!
「グオオオオオッ!」
さらにカルも口から炎の玉を連発しながら突撃を敢行する。炎の玉は流石の素早さで回避するが、肉迫するカルから逃れることは出来ない。カルと鉄甲毒牙豹は取っ組み合いになって、激しく噛み付きや引っ掻き合う形になった。
こうなると相手はほぼ詰みである。カルは【付与術】でステータスを強化されているし、私が何時でも回復させることが出来る。向こうの毒牙は恐ろしいが、こちらも何時でも治せるのだ。粘るかもしれないが、返り討ちに合うことも無いだろう。
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戦闘に勝利しました。
従魔の種族レイスレベルが上昇しました。
従魔の職業ジョブレベルが上昇しました。
従魔、カルナグトゥールの種族レベルが規定値に達しました。進化が可能です。
従魔、カルナグトゥールの主人、イザームが進化の操作を行って下さい。
従魔、カルナグトゥールの職業レベルが規定値に達しました。転職が可能です。
従魔、カルナグトゥールの主人、イザームが転職の操作を行って下さい。
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「グオオオオオオオオオン!」
どんでん返しなど起こることもなく、カルは肉弾戦を制して勝利した。そしてようやく、レベルが30に到達したらしい。とても長かった!そして目出度い!
進化先は大体察しが付いているが、やっぱりこの時はウキウキせざるを得ない。私は嬉々として進化と転職をさせるべく、メニュー画面を操作するのだった。
次回は1月30日に投稿予定です。




