不死主従の哀歌 その七
「い、一体何が…?」
絶叫と共に放たれた暴風によって、我々は背中を壁に強かに打ち付けられた。私がヨロヨロと頼立ち上がると、仲間達の全員が倒れたまま起き上がれない状態になっている。状態異常になっているのだ!
「う、動けねェ…!」
「むむむ…」
皆のマーカーにはこれでもかと状態異常のマーカーが出ている。全てのステータスが全員低下しており、さらに毒や麻痺なども複数掛けられていた。あの叫び声のせいか!?
急いで解呪によって解除したのだが、正常に戻った瞬間に再び状態異常へと戻ってしまう。永続的に状態異常にするとでも言うつもりか?出鱈目過ぎるだろ!?
一応状態異常になっていないのは、私と同じく不死である邯那だけ。だが彼女は脚を焼かれているのでまともに戦うのは難しい。となると現状で戦えるのって、私だけ?
だが、戦いは終わっていない。ということはあれを倒さなければならないということだ。源十郎やジゴロウと戦える腕前を誇るクロードに一人で挑む…無謀過ぎやしませんか?
『アアァァァ…』
ただし、源十郎に眉間を貫かれたクロードは、今までの戦士然とした雰囲気から一変している。唸り声を出すばかりで、剣を持った右手もダラリと垂らしていたのだ。まるでゾンビ映画のゾンビである。
背負われるカトリーヌは心配そうにクロードを見つめているので、源十郎の一撃が効いたのだろうと思う。体力もほんの少ししか残っていない。ならば削り切れるか?
『ア゛ア゛ア゛ッ!』
「うおおおおっ!?」
遠くから魔術で仕掛けてみようと思った矢先に、クロードが濁声を上げながら襲い掛かってきた。理性は無く、動きは直線的で読みやすい。これまでのクロードとは大違いだ。
しかし、肉体…と言っていいのかは不明だが、兎に角クロード本体のスペックに変化は無い。つまり何を言いたいかといえば、近接戦闘における彼我のステータスには雲泥の差があるのだ。
当然だが、私の方が遥かに下回っている。自分で言っていて悲しくなるが、認めざるを得ない事のが現実だ。魔術師と騎士を比較すれば当たり前の結果だろう。
「があああっ!雑に速いのは止めろ!」
クロードは意味を成さない言葉を喚き散らしながら、折れた剣を滅茶苦茶に振り回す。私はどうにか鎌で受け流そうとするものの、相手の攻撃が出鱈目であるが故に対処が難しい。荒々しく、だからこそ力強い斬撃をどうにか凌ごうと必死に身体を動かした。
一撃毎に腕が痺れ、体力がガリガリと削られていく。一発でもまともに受ければ死んでしまうのでこちらも必死だ。今は一瞬でもいいので、隙が生まれるのを只管耐えて…!?
「この女っ!?尾壁、ぐはあああっ!?」
クロードの動きに全神経を集中させていた私は、カトリーヌが魔術を放ったことに反応出来なかった。今の今まで攻撃する素振りすらなかったので、彼女が攻撃してくるのは意識の外にあったのだ。
そして逆に生まれた隙に、クロードの剣が叩き込まれる。私は直前に尻尾を束ねて壁にする武技を使ったが、その壁は脆くも破壊され胸骨と数本の肋骨をバキバキに砕かれてしまった。
「ごほっ…だが、生き延びたぞ…!【龍の因子】、発動!星魔陣、起動待機!さあ、行くぞ!」
だが、私はギリギリで死なずに済んでいた。咄嗟に張った壁とアイリス製の防具のお陰である。発動条件を満たしたことで、久々に最後の切り札でもある【龍の因子】を使用することが出来た。
ステータスが爆発的に上昇し、全身に力が漲る。それでも近接戦闘に関してはクロードに及ばないだろう。何となくだがそんな気がする。それなりに戦いの経験を積んだからこその勘だが、それに従うべきだと直感した。
「おおおおおおおおっ!」
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』
私とクロードは鎌と剣を激しくぶつけ合う。源十郎に教わったおかげで多少の心得はあるが、所詮は素人に毛が生えた程度である。戦い方が雑だったとしても、ステータスで勝っている相手に競り勝つことはできない。私は彼らのようなリアルチートではないのだから。
直感で正面から戦って勝てないことは承知の上だ。私の技術では不利を覆すことも不可能。なのにどうして打ち合ったのか?
「ここだっ!」
『ガガッ!?』
それは策に決まっている。私は漫然と鎌を振るっていた訳ではない。力と力のぶつかり合いだと思わせて、上段から大振りに振り下ろされるのを待っていたのだ。
ジゴロウからは攻めの気概を教わったが、源十郎からは返し技を一つ教わっている。「小手先の技じゃが、一つでも使えるようになれば不意を突ける」と上段からの大振りの一撃を絡め取る技を使えるようになるまで叩き込まれたのだ。
私の得物が剣だったなら、そんな達人芸を短期間で使えるようにはならなかっただろう。だが、私の得物は大鎌である。鎌刃の付け根の部分に引っ掛けることが可能なのだ。
「ふんがっ!」
下から掬い上げるようにして上段からの一撃を絡め取り、そのまま全力で刃を床に振り下ろす。【龍の因子】で筋力も上がっているので、刃は根元まで突き刺さった。後は止めの一撃を入れるだけだ!
『イヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
「そりゃあ使うよなぁ!?待機解除!暗黒糸ぉ!!!」
カトリーヌが再び絶叫を上げるが、それはさすがに読んでいる。これのせいで私が一人で戦わされる羽目になったのだから当然だ。絶叫の瞬間、私は起動待機させていた暗黒糸を自らとクロードに巻き付けて固定した。
凄まじい風圧が私の全身を叩く。もしも私に肉体があれば、自分の糸によってバラバラになっていたかもしれない風圧であった。同時に背後で仲間達が再び転がされているように思えるが、それは仕方がない。私も戦うので精一杯なのだ!
『イッ…』
「三度目は許さん!龍息吹!」
三度も叫ばれたらたまったものではない。私は最後の切り札にして最強の一撃でもある龍息吹を使う。やはり怨念の集合体にも思える龍息吹は、すぐそこにいたこともあってクロードとカトリーヌに回避する余地すら与えずに直撃した。
龍息吹による被害はそれだけに留まらない。宮殿の壁を貫通し、街並みを蹂躙して黒壁の一部を破壊するに至った。我ながら恐ろしすぎる威力である。
龍息吹を吐き尽くした後、そこにはクロードの頭蓋骨の破片と折れた剣、そして見覚えの無いリンゴ程の大きさの黒い球体が残されていた。
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戦闘に勝利しました。
レジェンダリーボス、不死の主従を撃破しました。
報酬と10SPが贈られます。
レジェンダリーボスの初討伐パーティーです。
全員に特別報酬と20SPが贈られます。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
種族レベルが規定値に達しました。進化が可能です。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが規定値に達しました。転職が可能です。
【尾撃】レベルが上昇しました。
【尾撃】の武技、誘尾を修得しました。
【杖】レベルが上昇しました。
【鎌術】レベルが上昇しました。
【鎌術】の武技、飛斬乱舞を修得しました。
【暗黒魔術】レベルが上昇しました。
【降霊術】レベルが上昇しました。
新たに暴霊召喚の呪文を習得しました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
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「勝った…のか…?は、ははは…」
戦闘終了のアナウンスが耳に届いた時、私は糸が切れたようにその場でへたり込んだ。極限の緊張状態から解き放たれて、気疲れがどっと押し寄せて来たのである。
アバターには負傷と状態異常以外で動きに支障が出る訳がないので、全身から力が抜けた気がするのは気分の問題に過ぎない。だから私は気合いを入れて立ち上がる。さっさと起きて仲間達の状態異常を解除しなければならないからだ。
「よォよォ、兄弟!やったじゃねェか!」
「ボスの撃破と同時に状態異常は切れたようじゃ。よくやったのぅ」
だが、その必要はなかったらしい。フラフラと立ち上がる私の肩をジゴロウがバシバシと叩く。誉めてくれるのは嬉しいが、私は瀕死なのでもう少し力を弱くしてほしい。このやりとり、前もあったのは気のせいだろうか?
「良いところ持っていきましたね?」
「いやいや、最後の攻防は見事でしたよ」
「せやなぁ。ワイも源十郎はんにしっかり鍛えて貰いたくなったわ」
アイリスの言うように、トドメだけ持っていったので美味しい所をいただいたのは事実である。それに茶化してくれた方が、戦いが終わったのだと強く実感出来た。疲れた気持ちが和らぐのがわかる。
そしてエイジと七甲の言う通り、源十郎の教えがあってこその勝利である。後衛でも護身が出来るようにと学んだことが、またもや活かされた形になる。スパルタ式訓練はキツいところもあるが、こう何度も役に立ってくれていると続けなければならないと思う。
「剣とハルバードは両方壊れてるけど、アイテムとして残ったみたい。でもこの玉は何だろ?」
「さあ?【鑑定】っと…ほほぅ?こりゃあ何とも…ヘイ、ボス!ちょいと見ておくれ」
「むっ、これは…」
しいたけが差し出した謎の球体を私も【鑑定】してみる。するとこのようなことが書かれていた。
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不死王の宝珠 品質:優 レア度:L
不死王が所有していた王の証の一つ。
非常に強い怨念が籠められており、浄化することは不可能。
不死の王たらんとするならば、それに相応しき威を見せよ。
さすれば宝珠も応えるだろう。
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宝珠、つまりはオーブと言うやつか。西洋において王権の象徴だったのが王冠、王笏、そしてオーブだったはず。玉璽という印章は東洋だったか?いや、西洋にもあるんだっけ?うろ覚えだが、とにかく王の証とはそういうものだろう。
あ、そう言えば随分前だが王笏を入手していたと思う。鼠男王のドロップだったと記憶している。あと王冠さえあればもう気分は王様だ!
「怨念がどうのこうのって書いてあるし、イザームが持っときなよ」
「呪いのアイテムと分かっていて勧めるのはどうかと思うが…まあ、私は呪われても問題ないから妥当な判断ではあるか」
「おーい!こっち来て!ここに隠し通路がある!きっと宝物庫に繋がってるよ!」
宝物庫。ルビーが放ったその甘美な響きに我々は顔を見合わせた後、我先にと彼女の下へと向かうのだった。
あともう一話でこの章は終わりです。掲示板回も同時に投稿します。
次回は1月18日に投稿予定です。




