霧魔球
先手を打ったのは霧球魔であった。奴は霧を操作して無数の礫を生成し、こちらへ一斉に射出した。まるで散弾のように霧の弾丸が降り注ぐ。発生がとても早く、咄嗟にカルが庇ってくれなければ後衛三人にも直撃していただろう。
「グルル…?」
ただ、見てから躱すのが難しい反面、威力は大したこと無いらしい。カルの鱗どころか翼膜にすら傷つけられず、ダメージもほぼ無かった。激しい攻撃を予想していた分、軽い威力にカルは戸惑っている。
威力が低いからといって、無防備に食らうのは馬鹿馬鹿しい。対処させてもらおうじゃないか!
「先ずは気流を乱してみるか。星魔陣、遠隔起動、風柱」
私は霧球魔の退路を塞ぐような位置に五本の風柱を作り出す。これで逃げようとすれば苦手な風属性の魔術を食らう事になる。さらに利用している霧を乱されるとどうなるのかの検証にもなるだろう。
私の思惑通り、風柱によって霧魔球の周囲に漂う霧は乱れた。これで霧を使えなくなれば、と思ったがそんなに簡単には行かない。奴は【煙霧魔術】によって自前で霧を作り出し、それを操作し始めたのである。
しかもご丁寧に紫掛かった霧、即ち毒霧を発生させているではないか。当たれば毒状態にされてしまう。状態異常にしてくる分、厄介さを増してしまったかもしれない。
だが、【煙霧魔術】と【霧操作】を併用しているので魔力の消耗は激しくなるだろう。大技があるにしても、連発は難しいに違いない。ここは持久戦に持ち込みたいところだが…
「ハッハァ!行くぜェ!」
「まあ、そうなるな。仕方がない。カル、上空からジゴロウを援護してくれ。私は各種付与を全員に施すから、アイリスとしいたけは色々と試して効果的な攻撃を探ってみてほしい」
「グオオッ!」
「わかりました!」
「はいよぉ~」
ジゴロウに待ちの姿勢を求めるのは無理というものだ。なので私自身は【付与術】によって全体を強化しながら、二人と一頭にジゴロウの援護を任せる。即座にカルは飛び立って、霧魔球の上空で位置取ると尻尾を振るって斬りかかった。時を同じくして、アイリスの投石器でしいたけの錬金アイテムをポンポン投擲していく。
フワフワと浮いている霧魔球はあまり機敏そうには見えない。だが、実際にはそうではなかった。表面に小さな空気の噴出口があるようで、そこから霧を噴射して空中を小刻みに素早く動くのだ。そうやってヒラヒラとジゴロウの爪を紙一重のところで躱すのである。
「ウガアアアァ!ウッッッゼエェェェ!!!」
「グルルルルゥ…!」
ジゴロウとカルは攻撃を躱され続けてかなり苛立っている。しかも向こうは回避しながらほぼノーモーションで霧の球を撃ってくるので、その時は二人も躱すか防ぐかしなければならない。最初に風柱を設置したことで霧魔球の行動を制限しているが、もしこれが無ければもっと動かれて厄介だったことだろう。
「当たってますけど、ほとんど効いて無さそうですね…」
「うーん、やっぱり風属性の攻撃を当てるしか無いっぽいねぇ。風属性ならこの『カミカゼ爆弾』の出番だぜ!」
二人の投擲はジゴロウとカルの攻撃に比べれば軽い。それを理解しているのか、霧魔球はあくまでもジゴロウとカルの攻撃を避ける事に集中していて二人の投擲アイテムは幾つも当たっている。しかし、どのアイテムも大したダメージを与えられていない。目に見えるダメージを与えるには、弱点を突くしかないようだ。
そこでしいたけが取り出したのは『カミカゼ爆弾』と命名した錬金アイテムである。アレの作製には私も協力させられたので原料は良く知っていた。杖の機能を使って生み出した風属性の魔石と爆裂属性の魔石を用いた爆弾らしい。爆裂属性の魔石は火薬の威力を上げて爆破範囲を拡大するために使っ…ん?範囲を広げている?
「ほれ、たまや~!」
「ぎゃああああ!?」
「グゴオオオオ!?」
しいたけ謹製の『カミカゼ爆弾』は確かに霧魔球に大きなダメージを与えている。体力バーの減少具合からも今までで最も効果的だったと言えるだろう。
しかし、範囲が余りにも広かったためにジゴロウとカルが巻き込まれてしまった。カルは武器でもある尻尾の先端が少し焦げただけだったが、ジゴロウはモロに食らってギャグ漫画の如く吹っ飛んだ。しかし空中で体勢を立て直すと、猫のように四肢を使って着地してから即座に霧魔球の元へと駆け出した。
「ありゃ?思ったより広かったべ?」
「殺すのは敵だけにしろォ!」
「ナハハ、悪いね!次も上手く躱してよん」
「つ、次があるんですか…」
「…付与は終わりだ。ここからは私も手を出せる。魔法陣、遠隔起動、呪文調整、石壁」
全く反省の色が無いしいたけはともかく、付与を終えた私は霧魔球の進行方向に石の壁を作り出した。すると爆風のあった場所から霧を噴射して逃げようとしていたこともあり、ベチンと音を立てて跳ね返ってしまう。本当にゴムボールのような性質らしい。とても興味深い生態だ。
「オラァ!行くぜェ、カル坊!」
「グオオウッ!」
跳ね返った霧魔球をジゴロウが鋭い爪で貫いて、カルに向かって投げ上げる。カルは待っていたと言わんばかりに尻尾を振り、霧魔球を深々と切り裂いた。目に見えて体力が減り、瀕死状態と言っても過言では無い。あともう一息だ!
ボシュウウウウウウウ!!!
追い詰められた霧魔球は、視界が白一色になる程に霧を噴出させる。苦し紛れ一撃か、それとも視界を奪って逃走を図るのか。どちらかは不明だが、霧を晴らすのが先決だろう。
「魔法陣、遠隔起動、嵐…何だ、あれは?」
私が魔術によって霧を散らせると、フワフワと浮かぶ霧魔球の左右に侍る影が二つある。それは色こそ霧と同じ灰色掛かった白だが、身体の大きさと容姿は良く知る者達に瓜二つであった。
「ジゴロウとカル君…ですよね?」
「霧で敵のコピーを作った、ってことかねぇ?」
霧で形作られたのは、正しくジゴロウとカルだったのだ。二体の偽物は霧魔球を守るように我々の前に立ちはだかる。霧を操ることでこれだけの事が出来るとは、心底驚かされたぞ。
「パチモンに俺が負けるかよォ!」
「グルオオオオオオッ!」
偽物を作られた二人は、それぞれ自分の偽物に躍り掛かった。偽物も本物と遜色無い動きで応戦するように立ち向かう。ジゴロウの拳と偽物の拳が激突した…かに思えば偽物の拳は腕ごと肩までアッサリと霧散してしまった。
それはカルの方も同じだったようで、噛み付いた首元から先の部分は霧に戻ってしまった。偽物は両方とも霧になった部分以外は残っているし、動いてもいる。ただ、これではジゴロウ達の障害とするには役不足も甚だしいではないか。
これでは余りにも呆気なさ過ぎる。間違いなく、何か仕掛けがあるはずだ。
「アァ?何だァ、このダメージ?」
「ギャオオオオゥ!?」
思った通り、何らかの仕込みがあったようだ。ジゴロウとカルはジワジワとダメージを食らい始めたのである。最初は毒状態になったのかと思ったが、両方のマーカーに異常は無い。ならば別の手段で傷つけられているのだ。その手段に心当たりが一つだけあった。
「…酸霧か」
「酸で溶かされているってことですか?」
私はアイリスの問いに肯定した。【煙霧魔術】の酸霧ならば少しずつ削る攻撃が可能だ。瞬間火力が低いので余り使ってこなかった【煙霧魔術】だが、使いこなせるならばこれほどの厄介な相手になるとは…少々悔しく思ってしまう。
ジゴロウ達が思わぬダメージに驚いていると、散っていた部分が再生した偽物が再び攻撃してくる。簡単に霧散させられる分、簡単に再集結させられるのかもしれない。
「しゃらくせェ!」
「ゴアアアァァ!」
ジゴロウは雷炎を発生させる能力で、カルは魔術を連発する事で偽物を迎え撃ったが、全く効果は無かった。二人の攻撃は直撃した偽物に風穴を空けたが、即座に塞がってしまった。この状況を打開するには、元凶である霧魔球を倒すしかあるまい。
「そうだと思う。私は回復させるから、アイリスとしいたけはどうにかして本体を削りきってくれ」
「任せて…って言いたいけど、こっちをメチャ警戒してるよねぇ~?当たるかな?」
霧魔球は自分を吹き飛ばした爆弾の持ち主を警戒しているようで、空中を小刻みに動き続けていた。例えるなら何時でも機敏に対応するべく身体を上下させて備えているボクサーのようだ。あそこに正攻法で当てるのは難易度が高そうである。
「なら、搦め手で行くより他にあるまい。二人は攻撃を始めてくれ」
「ア~イア~イサ~」
アイリスとしいたけのアイテムが霧魔球目掛けて飛んでいくが、奴はその悉くを躱してみせた。ジゴロウとカルの猛攻を回避し続けられるだけの事はある。『当たらなければどうという事はない』、という名言を体現するだけの力があるのだ。
そうする間にも、偽物と戦う二人は苦戦を強いられていた。偽物は殴っても、斬っても、突いても、魔術で吹き飛ばしても元に戻る上、触れれば酸によってダメージを追う。埒が明かないと本体に近付こうとすれば全力で追い掛けてから覆い被さろうとしてくる。結局のところ、二人には偽物を抑えてもらうしか無いのだ。
しかし、酸の攻撃には武具の耐久力を減少させる効果もあったハズ。長引けば長引くほど不利になっていく。故に我々後衛組が状況を打開するしか無いのだ。
「私の【魂術】でダメージの相殺は無理か。なるべく急がなければ…星魔陣起動、風刃」
「えぇ~?今の避けるってマジで言ってるの?」
アイリスとしいたけのアイテム投擲に加えて、私も【暴風魔術】で攻撃を開始する。だが、霧魔球は器用に動いて全てギリギリで避けきってしまう。しいたけはウンザリして疲れたように愚痴を漏らした。
私も同意だが、愚痴っていても相手は倒れない。それにしても、霧魔球は【煙霧魔術】以外にも魔術を使えるのにどうして使わないのだろうか?【水氷魔術】などで壁を張れば余裕を持って回避出来るだろうに。切羽詰まった状況でそれをしないということは、何らかの理由がある。それは何だ?
「…偽物の作製とコントロールに魔力を割いているのか。他の動作に魔力を使う余裕が無い程に」
考えてみれば当然のことで、霧魔球本体よりも大きな偽物を二つも同時に作り、あまつさえモデルと激しい戦いを行っているのだ。余裕などあるわけが無い。むしろ、ジゴロウとカルが離れているのにギリギリで回避するしかなかった程に危ない状況だったのではないか?
ならば作戦を一つだけ思い付いた。失敗すれば二度と通用しないのでぶっつけ本番になるが、やるしかない!
「アイリス、しいたけ。ここが踏ん張りどころだ。今は数で押し潰す。アイテムを投げまくってくれ」
「当たれば勝ちみたいなモンだしねぇ!景気良く行くぜぃ!」
「下手な鉄砲数打ちゃ当たる、です!」
今は正確さよりも数で勝負するのが良い。その判断に同意した二人は兎に角連続でアイテムを投擲する。スナイパーのように命中させられないなら、マフィア映画よろしく撃ちまくって無理矢理当てようというのが作戦の第二段階だ。
「私は範囲攻撃で攻める。星魔陣起動、風波」
攻撃の密度を更に高めるべく、霧魔球の弱点である風属性の範囲攻撃魔術を使う。アイリス達のアイテムの軌道が狂うが、予測不能な動きになって回避し辛くなれば儲け物だ。
実際、風に煽られた投げナイフが軌道を変えて霧魔球に迫る。今の奴ならこれが掠っただけでも倒せるハズ!行け!
「嘘!?」
「ここで【軟体】ですか!?」
直撃する直前に、霧魔球はその身体をグニャリと曲げて回避してしまった。それこそ、アイリスの拘束から逃れた時のように。正に緊急回避である。
「ここだ!【浮遊する頭骨】、起動!」
霧の噴射によって高速機動を可能にする霧魔球が肉体を変形させて緊急回避した。つまり、ここが奴の回避行動の限界なのである。故に、ここで攻撃出来ればまず間違いなく当たるのだ。
作戦を思い付いた段階で、私は【浮遊する頭骨】を密かに奴の背後に回しておいた。この仕込みこそ、作戦の第一段階だったのである。
頭骨から放たれた弱々しい風球が霧魔球の身体を捉えた。威力は低いが、弱点属性の魔術ならば削りきれる体力しか残っていない。霧魔球は張りを失ってペシャリと地面に落ち、ジゴロウ達が戦っていた偽物は元の霧に戻って消えるのだった。
攻撃力はしょっぱいのに只管面倒な敵は、実際にゲームで出会ったら掲示板で叩かれそう(小並感)
次回は11月9日に投稿予定です。




