黒壁の化け物
キルデとはアルヴィーから肉を奪った酋長の息子の名前だったハズだ。意地悪な男の子だ、と彼女は言っていた。親の七光りという奴で、取り巻きを引き連れて傍若無人に振る舞っているらしい。
アルヴィー曰く、彼女にだけ特に意地悪なのだと言う。それを聞いた我々は幼い少年特有の行動だろうという意見で一致した。つまり、『気になる女の子にちょっかいを掛けるアレ』である。
アルヴィーから話を聞けば聞くほどその予想は確信へと変わっていった。大人から見れば微笑ましい光景かもしれないが、まだ幼いアルヴィーからすればただただイヤなだけでウンザリしているようだ。
そんなキルデ君が行方不明になったとは、いかなる理由があってのことなのか。私は口を出さずに話を聞くことにした。
「あの馬鹿、今度は一体何をしたんだい?」
「キルデ様は他の子供と一緒に魔物狩りに向かわれたようで…」
「なんだってそんな無茶を…」
「その、逃げ帰ってきた子供の話によれば名誉挽回のためだ、と仰ったようでして…」
ナデウス氏族の戦士は、私の方をチラチラと見ながらそう言った。名誉挽回とは、例の恥をかいた件を気にしてのことと思われる。自分手で魔物を倒してみせようとしたのだろうが、訓練を積んでいない子供には難しいだろう。ムーノ殿も額に手を当て、呆れたように首を振っていた。
「誰か探しに行ってるのかい?」
「セトゥン様と数人が行かれましたが…気になる事がありまして…」
「勿体ぶらずにハッキリ言いな!」
「は、はい!その、逃げ帰った子供の話では、その、どうやら黒壁の化け物を見たと…」
「ちっ!厄介だねぇ…!」
戦士の言う黒壁とは、ナデウス氏族の巡る『灰降りの丘陵』の中央部にある廃墟を囲む黒い城壁のことらしい。そこに近付くことは禁忌とされ、恐ろしい異形の魔物が跋扈しているそうだ。
基本的にその魔物達は黒壁の奥に引き籠もっているのだが、時折外に出てくる事がある。遭遇すれば一匹でナデウス氏族の戦士が十人いても嬲り殺しにされる程に強く、もし遭遇すれば一目散に逃げるよう心掛けていると言っていた。
「セトゥンは知ってるんだろうね?」
「それが、ご存じ無いのです。子供達が落ち着くまで時間がかかったので…」
「聞き出す前に出ていった、と。何てことだ…。イザームや、必ず見合った対価は払う。だからキルデを助けに行ってはくれないかい?」
――――――――――
緊急クエスト:『キルデを救え!』を受注しますか?
※受注しなかった場合、二度と受けられません。
Yes/No
――――――――――
おっと、久し振りの緊急クエストか。ここで断るとキルデ君だけではなく、セトゥン殿を含めた戦士達に大きな被害が出ることだろう。一週間掛けて距離を縮めた者達を見捨てるのも後味が悪いし、良い報酬も望める。受注しない理由など無い!
「任されましょう。…ジゴロウ、シオ、ミケロ、エイジ!仕事だ!行くぞ!」
「はいよォ!」
「いや、急っすね!?」
「お供いたします」
「わかりました。ごめんね、アルヴィー。君の友…いや、知り合いを助けに行ってくる」
私は素早く全員にクエスト情報を、そして選んだ四人にパーティー申請を送った。人選の理由は戦闘力の高さとカルで運搬可能な重量を考えての結果だ。未知の敵との戦闘を考慮しつつ、上空から人探しをするべく迅速に移動するためにはこうするのが最適だと判断した。
「他の皆もパーティーを組んで何時でも出発出来るようにしておいてくれ!救援要請を出すことになるかもしれん!」
「わかった。人探しと強敵との戦闘…じゃあ出せるスピードを基準に組むとするわ」
今ではすっかりサブリーダー的な立場を任せられるようになった兎路が纏めてくれている。ナデウス氏族と別れる前に、最後の大仕事と行きましょうか!
◆◇◆◇◆◇
酋長の息子、キルデはここ最近不機嫌であった。楽をして見栄を張った結果として己と両親の面目を失ってしまったことが原因である。自業自得でしかないのだが、彼の中に生まれた行き場の無い怒りの炎は日に日に大きくなっていった。
そして遂に我慢の限界を迎える。彼は失った名誉を取り戻すべく行動を起こした。大人が使う武器を携え、取り巻きの少年達を引き連れて集落の外へ狩りに出たのである。
そんな彼を待っていたのは高難易度フィールドの洗礼であった。ナデウス氏族を含めた疵人は様々な紋様を使うが、ある理由から身体能力と魔術の威力も人間より優れている。しかし、『灰降りの丘陵』は最低レベルが70という、現在最もレベルが高いプレイヤーでも苦戦するであろうフィールドだ。厳しい戦闘の訓練をしたことは無いキルデ達が、粗末な武器でどうにか出来る相手がいる訳がなかった。
彼らもナデウス氏族なので、アルヴィーと同じ隠外套を纏っている。なので気付かれる前に奇襲を仕掛ければどうにかなると思っていたようだが、実際の狩りは甘くなかった。認識されない事はと気配を消す事は別物なのである。
狙い目であった疾走逃兎には奇襲出来る距離に近付く前に逃げられた。原因は草を踏みしめる音を聞かれたからだ。同じように不用意に立てた音が原因で、彼らでは決して敵わない空刃尾鼬に見付かりそうになって肝を冷やす始末であった。
「ね、ねぇ、キルデ様?もう帰りませんか?」
「手ぶらで帰れって言うのか!?」
成果は一切無いが、この時点でキルデ以外の心は折れていた。魔物から遠ざかる時に何も考えていなかったので、集落からかなり離れてしまったことも原因の一つである。魔物に気付かれ難い集落の近くで食べられる野草や芋集めに出るのと同じ感覚でついて来た彼らの幼い精神力は、ここまでの恐怖と緊張で神経が磨り減っていたのだ。
だが、キルデだけは違った。今の彼には目に見える手柄が必要なのだ。諦めて逃げ帰ることなど考えられない。
「オ゛ア゛ァァァ…」
「ヴゴォォォ…」
「ゲウッ…ゲウッ…」
「「「ひっ!?」」」
そんな折りに、最悪の敵が現れる。それが黒壁の化け物だった。キルデ達が遭遇したのは、幾つもの人類のものと思われる頭部の集合体から出鱈目に手足が生えた怪物である。その化け物は数えるのも悍しい無数の虚ろな瞳をギョロギョロと動かしながら、ゆっくりと歩いていた。
ナデウス氏族の伝承では、黒壁の化け物について明確な形状についてのものは無い。と言うのも、遭遇することそのものが少ないからだ。しかし、離れた場所にいても少年達の心胆寒からしめるインパクトがある。キルデを含めた全員が、恐怖で震え上がった。
「ひっ…ひいいいいいいっ!!!」
「逃げっ、逃げろぉぉっ!」
「ま、待て!お前らっ!?」
只でさえ帰りたがっていた少年達は、恐怖に打ち克つことなど出来なかった。悲鳴を上げながらほうぼうの体で逃げてしまったのである。ただ一人、中途半端に覚悟を決めていたキルデだけは逃げる機を失い、遠くなっていく取り巻き達の背中に手を伸ばすことしか出来なかった。
「オ゛オ゛…?」
「ヴガァ…」
「ゲギギッ!」
「…ッ!」
隠外套を着ていても、声と音を隠すことは出来ない。化け物は少年達の声を聞いてしまったようで、キルデのいる方へ猛然と移動し始めたではないか。
このままでは食べられてしまう。危機感に駆られたキルデは、偶然近くにあった岩と地面の隙間に滑り込むようにしてうつ伏せになった。そして荒い息が漏れないように、両手で必死に口を塞ぐ。極度の緊張によって背中と額からは冷や汗が止めどなく流れ、早鐘を打つ心臓の鼓動が嫌になるほどハッキリと聞こえてきた。
「シャーッ!」
「キィィッ!」
そんな時、二つの小さな影が化け物に飛び掛かった。『灰降りの丘陵』の辺縁で最も好戦的な魔物、空刃尾鼬である。身体は小さいが【暴風魔術】と鋭い刃状の尻尾で敵を切り刻む捕食者は、大きな肉だと判断した化け物を喰らおうとしたのだ。
「「「グオオォォォォ!?」」」
二匹の空刃尾鼬は化け物を滅多斬りにしてダメージを積み重ねていく。このまま行けば削り切る事が出来る。端から見ていたキルデですらそう思わせる猛攻であった。
「ングォォォ!」
「キュゲッ!?」
「ア゛ア゛ア゛!」
「キュガッ!?」
だが、化け物はやはり化け物であった。頭の隙間から生えている腕が急激に肥大化したかと思えば、空刃尾鼬を鷲掴みにしたのである。
勿論、空刃尾鼬は二匹とも激しく暴れている。化け物は意に介さず、さらに捕まえた空刃尾鼬を頭から口に放り込んだ。無数にある内の二つの口でボリボリと音を立てて咀嚼し、至極あっさりと補食してしまった。
「「ゲェェーップ!」」
そして盛大に汚い声でゲップをすると、今度は地面に近い頭部の鼻で何かの臭いを嗅ぎ始める。何度か鼻を動かした後、すべての顔がキルデの隠れた岩に向けてニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた。イザームのアバターのように骨しかない訳ではないキルデには、嗅覚によって感知されてしまうのだ。
化け物は全ての顔がゲヘゲヘと気味の悪く笑いながら、ノシノシと近付いてくる。キルデは目尻に涙を浮かべながら、絶望から歯の根が合わなくなってカチカチと音を立てていた。
怯えるキルデをいたぶるように、化け物は彼が隠れている岩の前までやってくるとそれを何本もの腕で掴んで揺らし始めた。激しく揺れる背中の上の岩をどうすることも出来ず、キルデは叫ぶことすら忘れていた。ギュッと目を瞑り、手を頭の後ろに回して只管に化け物が諦めるか救援が駆け付けることを祈るばかりであった。
「今だっ!」
「「「うおおおおおっ!」」」
どうやら彼は生き運があったようで、セトゥン達の捜索部隊が間に合った。リーダーであるセトゥンの号令と共に、騎獣に跨がった戦士達が化け物に向かって投擲用の手斧を投げる。武技を用いて投げられた手斧は全て化け物の身体に命中し、幾つかの頭部を四散させた。
痛撃を与えたように見えるが、空刃尾鼬の攻撃がどうなったのかを知っているキルデは無意味に終わる事を知っている。予想通り、化け物はチラリとセトゥン達を一瞥しただけで何事もなかったかのように岩を揺らし続ける。
さらに揺らしながら手斧の刺さった辺りから新たに生やした腕でそれらを引き抜き、ポイとその場に捨てた。化け物の顔の幾つかが驚くセトゥン達を小馬鹿にするように嘲笑う。圧倒的な攻撃力不足であった。
「グゲ?ゲヘヘェ…」
化け物はセトゥン達を脅威ではなく、新たな獲物としか思っていなかった。故に今は最初に目を付けたキルデを助けに来た者達の前でゆっくりと味わってから腹の足しにしてやろうと幾つもある頭で考えていた。
この場にいたナデウス氏族の全員が、決して勝てないと思い込まされてしまう。だが、その油断が時間を作ってしまった。
「ブゥオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ウビュッ!?」
上空から落ちてきた巨大な影が、化け物を真上から押し潰した。あまりに突然の事に、何が何やらわからないナデウス氏族の者達は動くことも出来ずに固まっている。
落下の衝撃で舞い上がった粉塵が風で流され、何が来たのかが明らかになる。そこには化け物から斧を引き抜く凶悪な猪の頭部を持つ巨漢の戦士が立っているのだった。
少年の危機にスーパーヒーロー着地を決める巨漢(猪頭)
次回は10月28日に投稿予定です。




