幼女パワーと動く壁
アルヴィーの一族を説得し、友好関係を築く。言葉にすると単純だが、第一印象の悪さを払拭するのは難しい。ならば先ずやるべき事は、此方が危害を加えたりはしない存在だと教えることだろう。
「エイジ、その子を保護者の下に帰してくれるか?」
「ええ、もちろん。降りようか、アルヴィー?」
「わかったの!ねぇさま~!」
エイジは優しくアルヴィーを地面に降ろすと、軽く背中を押して姉の所へ戻るように促す。アルヴィーは満面の笑みを浮かべて姉の下へと駆けていき、勢い良く抱き付いた。姉は心底安心したように抱き締めると、我々から守るように背中を向ける。おやおや、随分と嫌われてしまったものだ。
「初めまして。私は『夜行衆』というクランのリーダー、イザームという風来者だ。後ろにいるのは皆、私の仲間達。貴殿方が何者かをお聞きしてもよろしいか?」
私が尋ねただけであるのに、彼等はざわついている。もしかしなくても友好的な態度で接してくるとは思っていなかったのだと思う。異形の集団なのだから当たり前ではあるのだが。
それから彼等は小声で何かを話し合った後、代表者と思われる男性が前に出て来た。髪と肌の色、そして服とフェイスペイントはアルヴィーとほぼ同じであるが、厳めしい顔と筋骨隆々な肉体はむしろエイジに近いものがある。
「俺はナデアラ氏族のセトゥンだ!お前達は何が目的でこの地を訪れた!?」
「目的…そうさな、強いて言うなら冒険ためだろうか?ぼんやりとした答えで申し訳ない」
「ぼ、冒険?そんなことのために…?」
私の偽りの無き本心なのだが、彼等には信じられないのか疑わしそうに眉根を寄せている。それが風来者、すなわちプレイヤーというものなのだから仕方がないだろう。
「冒険など…徘徊している魔物達の強さを知らないのか?」
「魔物か。空刃鼬等はそれなりに強い相手ではあったが、勝てない程でもなかったぞ」
おお、とセトゥン達は感心したような声を出した。彼らにとってはかなり強い相手なのかもしれない。良く見れば彼等の武器に金属製のものはなく、ほとんどが黒曜石のような鋭い石を棒に括り付けただけの簡素なものであった。
魔物の素材を使われているものもあるが、使われているのは空刃鼬の尾などこの大陸においては弱い魔物の素材ばかりである。それを持っているのは最も強そうなセトゥンであった。
これらの事実から推測出来るのは、彼らはこの大陸における弱者という立ち位置にいるということだ。今の我々もそうなのだろうが、装備等の質もあって彼等よりは強いと思われる。弱者であるからこそ、自分達の生活領域に余所者が近付く事を強く警戒するのだろう。
「重ねて言うが、我々の目的はこのティンブリカ大陸を冒険することだ。決して貴殿方ナデアラ氏族の方々と…少なくともエイジと仲良くさせてもらっているアルヴィーと敵対するつもりは無い」
「悪いが、言葉だけで信じることは出来ん。俺には氏族の皆を守る使命があるからな」
そりゃそうだ。自分達よりも強い余所者が来たとなれば、口車に乗せられるような形で馴れ合う事は出来ない。さて、信頼を勝ち取るためにはどう行動するべきか…
「エイジお兄ちゃんもみんなも優しいの!だからセトゥンさまも仲良くすればいいの!」
「こら!アルヴィー!」
大人達の間に微妙な空気が漂っている事を知ってか知らずか、アルヴィーは姉の手の中からすり抜けるとセトゥンの横に来てそう言った。彼女の姉は慌てて下がらせようと駆け寄ったが、それを他ならぬセトゥンが制した。
「アルヴィー、この者達は優しかったのか?」
「そうなの!とっても優しいの!さっきも助けてくれたの!命の…えっと、おじさん?なの!」
「おじ…?いや、命の恩人、か?」
「そうなの!」
セトゥンは実際に我々と接したアルヴィーからの素直な感想を聞きたかったらしい。恩人を言い間違えたが、彼には正しく伝わっている。今もエイジに向かって無邪気に手を振っている姿からは警戒心や恐怖などは全く感じられない。アルヴィーにとって、我々が危険ではないことはもはや当たり前となりつつあるのだろう。
簡単に信用するのもどうかと思うが、思わぬ援護が入った。今も姉に手を引かれながら、エイジに向かって元気に手を振っている。エイジは苦笑いを浮かべつつ、応えるように手を振り返していた。
「わかった。今日の所は引き揚げよう。親父…酋長にはここであった事を正確に伝える」
「有り難い。可能であれば良好な関係を築いていきたいものだ」
「フッ、そうだな。お前達、帰るぞ!」
子供の力とは偉大である。セトゥンは必要以上に警戒することを馬鹿馬鹿しく思ったのだろう。顔から険しさを消し、さらに少しだけだが笑みを浮かべた後、他の者達を引き連れて帰っていった。その際、見えなくなるまでアルヴィーがエイジに向かってバイバイと言っていたことに、もはや誰も違和感を感じることすら無いのだった。
◆◇◆◇◆◇
「という事があったのだよ」
「アルヴィーちゃんの一族の方々ですか。興味深いですね」
ナデアラ氏族の者達が帰った後、我々はいつも通りに探索をしてからログアウトした。その翌日、昨日のことについて居なかった者達に教えていた。
「ジゴロウが居なくて良かったよね。纏まる話も纏まらなくなるもん」
「あァ?んなこたァ無ェだろォ?」
「ホントに?じゃあその強そうなセトゥンさんが目の前に居たらどうするのさ?」
「力比べするに決まってンだろ」
「ほらね。ボクの言った通りじゃないか」
「うぐっ…!」
ルビーに言い負かされてジゴロウは悔しそうにしているが、あえて口にしないが私も同じことを考えていた。喧嘩っ早すぎるのがジゴロウの欠点なのである。周囲に味方がいない事を悟ったジゴロウは、むすっとした表情でソファーに腕を組んで深く座った。
「折角繋がりを得た原住民じゃ。仲良くしておきたいものじゃの」
「ああ、私もそう思う。彼らと友好関係を保っておけば、この大陸の情報が多く手に入るだろう」
「あくまでもビジネスライクなんだね…」
ルビーが苦笑しているが、私だって情が無い訳ではない。関係が悪いよりは良い方が健全だし、必要があってもエイジとアルヴィーの仲を引き裂こうなどとは考えていない。むしろ、いざというときは二人の味方になるつもりだ。
ただ、今は向こうも警戒を完全に解いた訳では無い。だからこそ、互いの利益になるように動くことで『こいつらとの付き合いを保った方が良い』という考え方をナデアラ氏族全体に浸透させて行く。これがエイジとアルヴィーのような確かな絆が無い私の戦略なのだ。
「そう言えば、アイリス。エイジの鎧は新調出来たのか?」
「はい!金属だけじゃなくて、今回は魔物の素材も使ったハイブリッドですね。雷属性の魔石を粉末にして混ぜこんだ雷鉄を使っているので、水棲の魔物の素材を使っても【雷属性脆弱】が出ないように調整しました」
「おぉ…それは凄い」
「あと、エイジさんは盾も壊れかけていたので新しくしておきました。こちらは金属をベースに属性に耐性のある魔物の素材を数種類張り付けています」
リアルでは絶対に作れませんね、とアイリスは締めくくった。現実にある人間が担ぐ盾は、木製の板や鞣して固くなった革を使うのが一般的だ。金属を使うとしても、表面に薄い鉄板を張り付けるだけである。
現代ならば警官隊が使っているようなジュラルミン製やポリカーボネート製のものがあるが、どれも素材の大部分が金属製という事は無い。理由は単純で、人間が使うには重すぎるからだろう。エイジの巨体を隠せる金属製の盾など、ゲームだからこその武器である。
「仕事が速いのは流石だな」
「けど、エイジさんを優先したせいで他の皆の武器と防具の更新が遅れそうです。ごめんなさい…」
「気にすること無いって!ボク達は作って貰えてるだけで大助かりなんだから!」
ルビーの言った通りである。プレイヤーの中でも屈指の実力がある事がイベントで証明されたアイリスは、実質的に我々の専属の職人のようになっている。そんな腕前のプレイヤーに装備を作って貰っているのだから、少々遅れたところで一々文句を垂れるような不埒者はいない。いたら他の者に怒られてしまうだろう。少なくとも、私は怒るぞ!
「それで、今日はどうする?珍しく初期メンバーだけが揃った訳だが…」
「それだがよォ、兄弟。ここから川に沿ってちょいと上った所に怪しい穴を見付けたぜェ。ちょっくら行ってみねェか?」
「穴だと?そんなものがあったのか?」
「うん。ジゴロウとお爺ちゃんがギリギリ入るサイズの穴で、凄く分かりにくい所にあったんだ」
私の質問にはルビーが答えた。なるほど、斥候職である彼女だからこそ発見出来た場所ということか。これは久々の隠しエリアなのかもしれない。行ってみる価値はありそうだ。
「今から行ける距離なら、久々にこのメンバーで行ってみよう」
「決まりだなァ!」
◆◇◆◇◆◇
と言うわけで、我々はルビーに案内されて目的地にたどり着いた。シラツキが浮かぶ大河は『地を巡る大脈河・下流』と言うエリアに属しているのだが、件の穴は川辺にある大きな岩と地面の隙間にあった。
前情報の通り、我々ならばどうにか降りる事が可能な大きさである。ただ、カルはどうやっても通ることは出来なさそうだった。
「すまないな、カル。少しだけここで待っていてくれないか?」
「グオォゥ…」
カルは悲しそうに唸ると、聞き分け良くその場に座り込んだ。本当に賢い子である。前にこの地の魚を食べた時に味が気に入っていたようだし、明日は漁師ばりに魚を狩るとするか。
カルに申し訳ないと思いつつ、ルビーに先導してもらって我々は穴を下っていく。通路とは決して言えない、歩くのが困難な石ばかりの急な坂道である。何度も転びそうになったが、杖のお陰で助かった。魔術の触媒なのだが、これが杖の本来の用途だ。役に立ってくれてありがとう!
下へ降りていくに従って、全体的に湿り気を帯び出した。頭上からは水滴が垂れ、地面の石は苔生してより滑りやすくなっている。この奥に一体何があるのだろうか?ただ単に自然に出来た穴で何もありませんでした、となるのは勘弁してほしいのだが…
「待って。この先に何かいるよ。かなり大きい…魔物だと思う」
「へへっ、そうこなくっちゃなァ」
先導するルビーの警告を聞いて、ジゴロウが楽しそうに狂暴な笑みを浮かべる。彼の戦闘狂気質はきっと死ぬまで治らないように思う。ともかく、私も戦闘になるつもりで進むとしよう。
「あれ?行き止まり?」
【暗視】がなければ何も見えないであろう暗闇を進むと、何と行き止まりに達してしまった。これまでに分かれ道は一つも無く、故にこのままでは穴の探索はこれで終わりということになってしまう。
ルビーの感知に引っ掛かったのは、きっと近くにいる他の魔物だったに違いない。恐らくは別の場所にも穴があって、魔物はそこにいるのだ。この穴は空振りということか。
「いや、違うよ!これは壁じゃない!」
ルビーが叫ぶと同時に、壁だと思っていた行き止まりの先がズルズルと音を立てて動き出すのだった。
次回は10月8日に投稿予定です。




