アルヴィー
ルビーが連れてきたのは、紛れもない幼女であった。背丈の低さと顔付きからして、年の頃は五、六歳くらいだろうか?暗めな紅色の髪と同じ色の瞳、褐色の肌と羽織っている毛織物にはエキゾチックな紅白の模様が描かれていた。
「色々と言いたい事はあるが、その子は?」
「隠れて見てたのがこの子…アルヴィーだったんだよ」
「アルヴィーなの。宜しくなの」
幼女の名前はアルヴィーと言うらしい。彼女は目を輝かせて私達全員をじっと見ている。見たことの無い魔物に興味津々なのだろう。好奇心が旺盛過ぎないか?同じくらいの歳だった私なら、今の己のアバターを見たら泣きじゃくる自信があるぞ。
それよりも、親御さんはいないのだろうか?知らない人に近付いてはいけないと教えられていないのか?我々は見るからに怪しいだろうに…
「あー…私はイザームと言う。よろしくな、アルヴィー」
「はい、なの!」
当惑しながらも私が名乗ると、ニコニコと笑いながら返事をしてくれる。可愛らしいのは確かなのだが、子供の相手はあまり慣れていない。どうやって対応すればいいのだろうか?だ、誰か助けて!
「おう!どうした、兄弟…って、ンだァそのガキ?」
「うひょおおおお!可愛い女の子じゃあぁぁぁ!」
ジゴロウ達がこちらに気付いたのだが、その中にいた一人が奇声を上げながら鬼気迫る勢いで走ってくる。しいたけであった。
「お嬢ちゃん、名前は?何歳?どこに住んでるの?」
「あ、アルヴィーはアルヴィーなの…」
「アルヴィーちゃんって言うんだぁ…うへへ…」
お、お前、そんなキャラだったっけ?明らかに暴走しているじゃないか!私のシルバースカルフェイスな仮面を見ても物怖じしなかったアルヴィーが不安そうにして怯えている。震えてもいるようで、両腕で抱えているルビーがプルプルと揺れていた。
「お、お姉さんはねぇ~、可愛い女の子が大好物でもがごげぇっ!?」
しいたけは茸の身体から生える太く短い手をワキワキと動かしながらにじり寄る。強引にでも止めるかと私が思った直後、彼女の背後から無数の触手が伸びてきてそのまま雁字搦めに縛り上げてしまった。
「しいたけさん?少し頭を冷やしましょうね?」
「あ、アイリスちゃん!?堪忍してぇ!」
しいたけを捕らえたのはアイリスであった。彼女は有無を言わさずしいたけをアルヴィーの視界の外へ運んでしまう。暴走気味だったのだから順当な対応と言うべきだろう。去り際に『幼女オォォォ!』と悲痛な声色で叫んでいたのは聞かなかったことにしよう。
「やあ、アルヴィー。ぼくはエイジって言うんだ。君はどこから来たんだい?」
「アルヴィーはね、あっちから来たの」
しいたけの次に話し掛けたのはエイジであった。でっぷりとした体格とそれを覆う金属製の全身鎧、鋼の如き腕の筋肉と牙を剥き出しにした凶悪な猪の頭なので、エイジの見た目はしいたけに比べてかなり厳つい。だが、彼の話し方はとても優しく、しかも膝立ちになることで出来るだけ視線を合わせるように心掛けていた。
歩み寄ろうとする姿勢が功を奏したのか、アルヴィーは少し元気を取り戻して後方を指差した。そこは彼女が隠れていた茂みと同じ方向であった。
「そうなんだ。どうしてこんな所に一人で来たんだい?家族の方は近くにいないの?」
「ねぇさまはお家にいるの。アルヴィーはね、ねぇさまの為に食べ物を探しに来たの」
ねぇさま…と言うと姉がいるのか。そして近くには居らず、一人でここまで来た、と。目的は食料調達の為らしい。言いながらアルヴィーは肩から提げた簡素なポーチから幾つかの芋を取り出した。【鑑定】してみないとわからないが、恐らく食用の芋なのだろう。
あと、家族について聞いたのに両親ではなく姉の事しか言わなかったのが少し気になる。彼女の事情を根掘り葉掘り聞き出すつもりは無いが、複雑な家庭の事情があるのかもしれない。
「アルヴィーは偉いんだね。じゃあ、お兄さんがこれをあげよう」
エイジがインベントリから出したのは、バーディパーチで購入した保存食であった。干し肉やビスケットなど、幾つかの種類がある。これらは値段に対する満腹度の回復量が高いアイテムであり、巨体故に食費が嵩むエイジにとっては余計な出費を抑えるために必要なアイテムだった。
必需品をあげてもいいのかと思わないでもない。だが常に多めに持っていると前に言っていたので、その余剰分を譲渡するのだろう。
「いいの!?」
「もちろんさ。よく噛んで食べるんだよ?」
「ありがとうなの、エイジお兄ちゃん!」
エイジが差し出した保存食をポーチに入れてから、アルヴィーはペコリと頭を下げた。その頭を彼は優しく撫でる。アルヴィーは急に触れられて驚いたようだったが、嫌がってはいないようで目を細めていた。この光景に名前を付けるなら、『幼女と魔獣』と言ったところか?
「さあ、もうじき暗くなるよ。帰りなさい」
「そうするの。また来てもいいの?」
「いいですよね、イザームさん?」
「ん?ああ、構わないぞ」
急に話を振られたので少し慌ててしまったが、子供が遊びに来るくらいなら構わないだろう。それに我々はいつまでもこの河原に居座るつもりは無い。問題が生じれば、即座にシラツキに乗って逃げればいいのだ。他のプレイヤーもいないはずであるし、ファースにいた時のようにコソコソと隠れ潜む必要も無かろう。
ただ、アルヴィーやその同胞が勝手に近付いてシラツキの迎撃機能が作動しても困る。ログアウトする前に設定を少し弄っておくか。
「やったぁ!そのときは遊んで欲しいの!」
「ぼくで良いなら喜んで」
「ありがとうなの!じゃあ、またねなの!」
アルヴィーはもう一度頭を下げてから、トテトテと走って帰っていった。途中で何度も振り返っては此方に向かって手を降るのは何とも愛らしい。私に幼女趣味はないが、庇護欲をそそられるのは確かであった。
「アンタ、子供の扱いが妙に上手くない?」
「リアルで歳の離れた弟がいるんだよ。その友達との話し方を応用しただけさ」
兎路の質問に、エイジが手を振り返してあげながら答えている。なるほど、経験のお陰ということだったのか。
一悶着あったが、これで落ち着いただろう。アルヴィーも帰ったことだし、ログアウトして寝るとするか。
◆◇◆◇◆◇
シラツキが停泊している大河から少し離れた場所に、アルヴィーの集落はあった。集落、と言っても彼女達の一族はここに定住している訳ではない。何故なら、彼女達はティンブリカ大陸の平原を移動し続ける遊牧民だからだ。
「ただいまなの!」
エイジ達と別れたアルヴィーは、元気よく大好きな姉に帰りを告げる。そしてそのまま上体を起こして布団に座っている姉の足元へと駆け寄った。
「おかえり、アルヴィー」
「ねぇさま、ねぇさま!これを見て欲しいの!」
「あら…?」
そう言ってアルヴィーがポーチから取り出したのは、彼女が集めた芋とエイジから貰った保存食だった。彼女達の一族の主食でもあるので、芋は珍しいものでは無い。だが、明らかに人の手によって加工された食品があるのは奇妙な事である。
アルヴィーが何処かから盗んできたとは思えないので、これを与えた者がいるはずだ。そう結論付けたアルヴィーの姉、セイラは優しい手つきで妹の頭を撫でながら質問した。
「偉いわ、アルヴィー。ありがとう」
「どういたしましてなの!」
「けれど、この干し肉は誰から貰ったのかしら?お姉ちゃん、お礼を言いたいわ」
「エイジお兄ちゃんなの!」
「エイジ…?」
エイジという男性は、セイラ達のいる集落にはいない。と言うことは集落の近くに余所者がいると言うことになる。彼女達の一族は放牧の為に大陸を転々としながら、定住している集落を回って行商人めいたことも行っている。故に閉鎖的で排他的な性質ではない。
しかし、だからと言って突如として現れた謎の人物を放置しておく訳にも行かない。なのでアルヴィーには悪いが、この事は酋長に伝えなければならない。セイラはそう考えていた。
「エイジお兄ちゃんはね、優しかったの!アルヴィーとねぇさまの為に食べ物くれたの!」
「そう…。どんなお方だったのかしら?」
「うーんと…大きい人だったの!」
生まれてこの方豚頭鬼や猪頭鬼を見たことが無いアルヴィーは端的にそう語った。他にも特徴は多くあるのだが、残念ながら彼女にはそれ以上の語彙力がなかったのである。
「そうなの。怖かった?」
「怖くなかったの!優しかったの!明日も遊びに行くの!」
「遊びに…?どこへ遊びに行くのかな?」
「河原!」
「河原に行ったのかい?危ないよぉ?」
「「オババ様!」」
二人の家に我が物顔で上がり込んだのは、この集落の最長老でもある老婆であった。今の酋長の大叔母にあたり、どの大人も頭が上がらない。この一族全員にとっての母とでも言うべき存在であるのだ。
彼女がこの家にやって来たのは、セイラを看病するためである。彼女は一族で最も優秀な薬師であり、医者でもあった。
「オババ様、ねぇさまは治るの?」
「ああ、治るともさ。ほれ、セイラや。口をお開け…ふむ…これはただの風邪だねぇ。こいつを飲めば、たちまち元気になるよ」
セイラは与えられた丸薬を言われるがままに飲み込んだ。この丸薬は大抵の病気に効果がある万能薬で、勿論セイラの病気にもよく効く。完治するには数日を要するが、間違いなく完治させられるだろう。
「オババ様、ありがとうなの!」
「いいんだよ、アルヴィーや。オババはね、みんなの味方だからね。それで、さっきの話だけどねぇ…」
「オババ様、私が説明します」
それからセイラはアルヴィーの拙い説明を要約して語った。それを聞いたオババは興味深そうに何度も頷いていた。
「そうかい、そうかい。アルヴィーや、その大きな人達の近くに何か家みたいなものはなかったかい?」
「お家?うーんとね…あっ!川に浮かんでるとってもおっきな白いのがあったの!」
「浮かんで…?」
「それは船だろうねぇ。多分だけど、その大きな人達は海の向こうから来なすったのさ」
内地の集落を巡る草原の民である彼女らにとって、船と言うものに馴染みは無い。だが年の功ということだろうか、オババだけは知っていた。なので空を飛んでやってきたことまではわからなかったが、他の大陸からやって来たことは察する事が出来ていた。
「海の向こうから…」
「そうだよ。さぁて、我らが酋長殿に伝えてくるとするかね。これから忙しくなりそうだよぉ」
面白いことになりそうだねぇ、と言い残してオババは二人の家から去って行った。話の内容がわからなかったアルヴィーは、きょとんとした表情でセイラを見詰めている。彼女は安心させるように抱き寄せると、妹に災いが振り掛からないように祈りながら食事の準備を始めるのだった。
次回は9月30日に投稿予定です。




