鯰戦と見守る影
「物理は斬撃と刺突、属性は水、風、雷に耐性がある!進化済みの近接向け能力と同じく進化済みの魔術も使える万能型だ!十分に注意してくれ!」
「はいよォ!」
簡潔に敵の情報を伝えるや否や、ジゴロウが正面から突撃する。いつも通りと言えばいつも通りだが、彼の得意とする打撃が通用する相手なので止めはしない。そもそも止めても止まらないから無駄なのだが。
「じゃあ、ぼくの出番もありそうですね」
「俺の出番もな!」
そう言って前に出たのは、エイジとセイだった。エイジはアイリス作の盾と斧を抜き放つ。この斧は刃物としては鈍らで、攻撃属性が打撃の鈍器である。しかし武器としてのカテゴリは斧なので【斧術】の武技が使えるのだ。今回は盾役と攻撃役を兼ねて貰うことになるだろう。
セイは言わずもがな、金砕棒を得物としている。紛れもない打撃武器だ。つい先日までの遠征で更に技量を高めたらしいので、是非ともこの戦いで存分に力を奮ってもらおう。
「私も前に出ましょう。ネナーシさん、宜しくお願いします」
「ははっ!お任せあれ!」
ミケロとネナーシも前衛に加わる。盾を二枚持つミケロは、エイジと同じく盾役も熟せる。筋力と防御力ではエイジに及ばないが、回復手段が豊富だ。自分を魔眼と【治癒術】、さらに【魂術】で回復して、長く戦っていられるのだ。
ネナーシは釣りの最中から擬態を解除して、本性である棘だらけの植物の姿を露にしている。彼は蔓を伸ばして拘束するのが役割だ。敵の動きを制限出来れば戦いやすいのは当然のことだ。
今までは私の魔術かアイリスの触手でどうにかする場面が多かったが、彼の蔓に比べればパワーで劣る。なのでこれからは彼に任せることも増えそうだ。
「ならば儂は牽制じゃの」
「私達はいつも通り、ヒット・アンド・アウェイで行けばいいわね」
「使える魔術に全部耐性があるの?僕はあんまり活躍出来そうに無いね」
源十郎は槍を取り出して構え、邯那と羅雅亜のコンビは加速するべく距離を取った。基本的に刃物を得意とする源十郎は今回の戦いでは不利なので、本人の言う通り牽制に回ってもらう。二人の場合は羅雅亜の脚力あっての破壊力なので、一度離れてもらわなければ本領を発揮出来ない。即座に前に出るわけにはいかないのだ。
他のメンバーも各々の特徴を理解した上で最適な立ち回りをするべく行動している。私も負けてはいられないな!
「カル、ジゴロウ達を援護してやってくれ。私は魔術でチクチク攻めるとしよう」
「グォウ」
カルとしては全力で暴れたいのだろうが、ここはジゴロウを優先させてもらうとしよう。何、今度思い切り暴れる機会を設けてあげるさ。
私は背中に飛び乗ると、後ろから首を撫でる。すると目を細めてから喉を鳴らしつつ飛翔した。先ずは全員を【付与術】強化するところから始めよう。
「何これっ!?この髭、全然斬れないよ!」
「グニグニして変な感じ!キモい!」
「斬撃耐性のせいかしらね?嫌な手応えだわ」
眼下では仲間達による激しい戦闘が繰り広げられていた。古代賢魔魚はその特徴的な髭を巧みに操って皆を翻弄している。武具に巻き付けて剥ぎ取ろうとしたり、そのまま絞め殺そうとしたりするのだ。
なので斬撃武器を持っている者達は、髭そのものを切断しようと試みた。しかし、ルビーの短剣も紫舟の刃脚も兎路の双剣も、切り飛ばすことは出来なかった。【斬撃耐性】のある髭は驚くほど弾力に富んでおり、ゴムのように彼女らの刃を弾いてしまう。
「硬っ!今の音聞いた?カンって!金属みたいじゃん!」
「暢気だねー」
「げっ、目に当てたのに弾かれたっす」
「全然反応無いんやけど、魔術効とるんやろか…?」
後衛組も攻撃を加えるが、今一効果は薄いらしい。硬質な鱗に阻まれて有効打を与えられていないようだ。これでは私が加わっても大して変わらないか?何か方法があると思うのだが…
「ぬ?斬っても繋がるようじゃぞ」
「きりがないです…ね!」
そんなことを考えていると、源十郎だけが髭を斬り裂くことに成功した。だが、切断した端から断面がくっついてしまうではないか。ただでさえ斬るのが難しいのに、高い再生力まであるようだ。斬ろうとすることが無駄だと言わんばかりである。
なので髭を受け持つ者達は早々に斬り落とすことを諦め、打ち落とす形をとるようになっていた。根本的な解決にはならないのだが、髭を自由にさせないだけで十分である。何故なら…
「ハハハハハァ!そんな鈍い魔術じゃァ、俺にゃァ当たンねェぞ!」
ジゴロウがいるからだ。周囲が苦労して髭を攻撃しているので、彼は古代賢魔魚を一方的に殴打していた。ジゴロウを攻撃しようと髭を戻せば袋叩きにされるのは明らかなので、髭を戻す訳にはいかないのである。
その代わり、古代賢魔魚は魔術によってジゴロウに応戦していた。三種類の魔術を使いこなしているが、ジゴロウには当たらない。常人離れした反射神経とアバターの性能を十全に活かしたアクロバティックな動きで回避しているのだ。
「オッラァ!」
「ギュバボッ!?」
ジゴロウは躱すだけに止まらない。懐に入り込むと古代賢魔魚の腹部を蹴り上げたのだ。硬質な鱗に守られた背部と比べて柔らかい腹部への蹴りは随分と効いたらしい。
これまでは髭を斬られようが鱗に攻撃を加えられようが無反応だった奴が、今回は痛みに呻いた。つまり、腹部が弱点と言うことだろうか?試してみる価値はありそうだ。
「カル、奴を掴んで飛べるか?」
「グルッ!」
当然だ、と言うようにカルが頷いた。頼りにしているぞ!
「アイリス、ネナーシ!一瞬だけ蔓を解いてくれ!」
「はい!」
「委細承知!」
私の声に応えて、アイリスとネナーシはそれぞれ触手と蔓の戒めを外した。急に自由を取り戻した古代賢魔魚は、不利を悟っているのか身体をくねらせて即座に逃げ出した。川の中に飛び込まれたら追跡はほぼ無理だ。絶対に逃がすものか!
「カル!」
「グオオオオオオッ!」
カルは急降下して一気に古代賢魔魚に肉迫する。上空からの奇襲であるが、古代賢魔魚は逃げながらも魔術を放って来る。思ったよりも冷静に行動しているらしい。
だが、無意味だ。魔術師である私が乗っているのだから、魔術で防ぐに決まっている。防御系の魔術を駆使してカルを守り抜く。私はこの曲者揃いのクランでリーダーを務めているのだ。このくらいはやってのけるさ!
「ギュブバッ!」
「グオオッ!」
窮鼠猫を噛むという言葉を体現するように、古代賢魔魚はあと少しで捕まえられるというタイミングで髭を伸ばして迎撃してくる。だが、ここは力押しする所だ!
「カル!行けっ!」
「グルオオオオオオオオン!!!」
カルは己を締め上げ、打ちのめす髭を無視して強引に古代賢魔魚の身体に爪を立て、更に噛み付いて全身の力を使って持ち上げた。
「そのまま裏返せ!」
「グオアァ!」
カルに髭が絡み付くのはむしろ望むところでもある。逃げられる心配が無いのだから。カルは身体を仰け反らせ、その場で背負い投げのように古代賢魔魚の頭を石だらけの地面に叩き付けた。
地面に頭を突き刺すように投げられた古代賢魔魚は、カルに押さえ付けられたままで激しく暴れる。何故なら、投げられたことで弱点である腹部を晒してしまっているからだ。
「二人とも、もう一度拘束してくれ!星魔陣起動、暗黒糸」
「任せてください!」
「無論ですぞ!」
アイリスとネナーシ、そして私の魔術によって弱点を露出させた状態で古代賢魔魚をガチガチに縛り上げていく。後はもう煮るなり焼くなり好きに出来る。
「俎板の上の鯉って奴でしょうか?」
「コイツは鯰じゃがの」
「ギュブブブッ!!」
古代賢魔魚も髭と魔術で必死に抵抗するものの、如何せん数が違いすぎた。全員に対処することなど到底出来ず、みるみる内に体力が減少していく。
特に打撃系の攻撃ではゴリゴリと体力が削れていた。腹部は弱点であるようだが、ちゃんと耐性は働いているらしい。これが耐性ではなく脆弱だったなら、場合によっては即死級のダメージになるのだろうか。打撃系の攻撃には一層気を付けるとしよう。
「美味しい所を頂くわね?」
そして腹部を深々と斬り裂いた、羅雅亜の速力を乗せた邯那の方天戟が最後の一撃となった。ティンブリカ大陸における初戦闘は、無事に我々の勝利で飾ることが出来た。
「うーん、微妙だったぜェ」
「ふむ、タフではあったが物足らん相手じゃったな」
戦闘大好きなお二人は少々不満であるようだ。確かに戦い方が上手い相手、という印象ではなかったのは事実である。所詮は魚のAIということだろうか。
それはともかく、アイリスとしいたけの生産組はそそくさと駆け寄って素早く剥ぎ取っている。入手したアイテムを見て喜んでいるので、色々と使えそうなのだろう。私の防具もそろそろ変え時であるし、相談してみるのもいいかもしれない。
「ねえ、イザーム。ちょっといい?」
そんなことを考えていると、ルビーが私の肩に飛び乗って来る。耳元で私に真剣な声色で囁いた。何か気になることでもあるのだろうか?
「どうした?」
「ボク達の後ろ…土手の草むらに何かいるよ。此方をじっと見てる」
「ほう…?」
暗殺者系の職業を持つルビーには、【視覚感知】という能力がある。これは認識している敵の視界の察知と自分に向けられている視線を感じとることが出来る。ルビー曰く、ステルスゲームの主人公のようなことが可能らしい。私はゲームに詳しくないのでピンと来ないが、それだけで何人かのメンバーは理解していた。
閑話休題。その能力によれば何かが我々を観察しているようなのだ。ルビーに気付かれていることから、彼女以上の隠密能力を持つ相手ではないらしい。だが、警戒しない訳にもいかないだろう。
「そろそろ時間も遅いしログアウトしたいのだが…仕方がない。ルビー、可能なら誘き出してくれ。援護は必要か?」
「しーちゃんに先に伝えてるから大丈夫。じゃ、行ってくる!」
ポヨンと跳ねて着地すると、ルビーは茂みに向かって音も立てずに移動を開始する。ほぼ無色透明で小さい身体を活かした隠密能力を遺憾なく発揮していることだろう。何故予想なのかと言えば、そちらを見てしまって万が一感付かれたら困るからだ。
私が背後で何かのアクションが起こるのを今か今かと待ち構えていたのだが、一分ほど経っても何の音沙汰も無い。何かがあるとわかっていて待つ、というのは中々焦れったいものだ。
「あー、イザーム。こっち向いて?」
「ルビーか。何が…あっ…た…?」
背後から声を掛けられて振り返ると、そこにはルビーを抱えて立っている一人の幼女がいた。え?何?ど、どちら様でしょうか?
次回は9月26日に投稿予定です。




