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第52話 原始人ではない 

神隠し型入口の確認は、現場としてはあっさり終わった。配信画面では有線カメラだの通信状態だの境界通過だの、それなりに大ごとに見えたと思う。実際、大ごとではある。普通の雑木林にしか見えない場所が異常空間の入口だったのだから、あれをそのまま放置するわけにはいかない。ただ、俺のやることはほとんどなかった。指定された駐車場に行き、本人確認をして、二本の木の場所を示し、聞かれたことに短く答え、指示された場所で待った。それだけだ。



亀山は、特に俺へ声をかけてこなかった。配信前に軽く会釈をされ、俺も返した。配信後も、機材の確認と職員との打ち合わせをしていて、こちらに来ることはなかった。水門の話など、出るはずもない。向こうは俺の顔を知らない。声も知らない。俺の方だけが相手を知っているという状況は、少し落ち着かないが、何も起きないならそれでいい。亀山は亀山の仕事をして、俺は俺の仕事をした。仕事と呼べるほど動いてはいないが、制度の中ではそれも仕事らしい。



周辺封鎖の仮設作業が始まると、俺は駐車場の端で待機を命じられた。テープ、簡易標識、立入禁止の案内板、警察と自治体への連絡。二本の木の前に、現実の管理が置かれていく。昨日まで俺が一人で通っていた場所が、国と自治体と警察と記録映像の中へ入っていく。少し寂しいような気もしたが、あそこは秘密基地ではない。間違って誰かが入るかもしれない入口だ。そう思えば、封鎖されるのが正しい。

「戸張さん」

現地確認担当の職員に呼ばれた。個別確認の時とは別の男性だった。硬い顔だが、話し方は事務的で、怒っている感じではない。

「本日はありがとうございました。確認班としては、必要な情報が取れました」

「それならよかったです」

「発見位置の説明も、待機中の対応も問題ありませんでした。五級仮登録者としての初回実地活動については、本日の同行確認をもって完了扱いになります」

「もう、ですか」

「はい。発見者同行という特殊な形ではありますが、登録者として現場指示に従い、記録協力を行い、無事に帰還していますので」

褒められた。たぶん。敵を倒したわけでもないし、奥へ進んだわけでもない。ただ待っていただけだ。それでも、指示外のことをしなかった人間として評価されるらしい。ダンジョン時代、人間は勝手に動かないだけで評価される。少しおかしい気もするが、これまで自分がやってきたことを思い返すと、あまり偉そうには言えなかった。

「それで、可能であれば、もう一件ご協力をお願いしたいと考えています」

「もう一件、ですか」

「はい。明日、五級仮登録者向けの実地活動記録を撮影します。指定低危険度区域で、実際の探索者がどのように進み、記録し、採取し、撤退するのかを映像化するものです」

俺は少しだけ黙った。今度は案内役ではない。探索者として動く側だ。しかも撮られる。顔と名前は伏せるにしても、動きは映る。

職員は続けた。

「今回の入口確認映像は、一般向けの注意喚起として有用でした。一方で、探索者向けには、実際の活動手順を見せる資料が不足しています。敵性生物を倒す映像ではなく、安全確認、進行判断、記録、撤退基準、採取物の扱いを見せるものです。戸張さんには、五級仮登録者の一例として参加していただけないかと」

「俺でいいんですか」

「本日の行動を見る限り、指示下で動ける方だと判断しています。もちろん、参加は任意です。顔と氏名は伏せます。撮影協力金が出ます。また、五級仮登録者としての活動実績にも記録されます」

協力金。活動実績。顔と氏名は非公開。制度内の低危険度区域に、正式に入れる。公式装備も使えるはずだ。断る理由を探す方が難しかった。金はいる。実績もいる。制度側のやり方も見たい。暗渠とは違う、水門とも違う、国が管理しているダンジョンを中から見られる。

「分かりました。参加します」

返事は早かった。

職員は少し頷いた。

「ありがとうございます。明日の集合場所と時間は、後ほど通知します。装備は貸与品を使用していただきますので、当日は動きやすい服装で来てください。撮影協力者としての同意書も必要になります」

「記録協力者は、今日と同じですか」

「現時点では、同じ記録協力者を予定しています」

つまり亀山だ。今度も顔を合わせる。今日と同じように、何も起きなければいい。そう思ったが、二日連続で同じ配信者とダンジョン関係の現場に行くのは、普通に考えるとだいぶ変だった。最近の俺の普通は、かなり弱っている。

翌日の朝、指定された集合場所へ向かった。今度は神隠し型の雑木林ではない。県内の管理済み低危険度区域。元は小さな資材置き場だった場所らしく、今は仮設フェンスと受付テント、簡易更衣スペース、装備管理車両が置かれていた。周囲はすでに封鎖され、入口付近には職員と安全管理要員が立っている。現実のダンジョンは、門の前に受付ができるらしい。夢があるような、ないような話だった。



受付で登録証を提示すると、俺は更衣スペースへ案内された。貸与装備の棚には、想像していたより多くのものが並んでいた。フルフェイス型ヘルメット、首元ガード、軽量防護ベスト、耐切創手袋、肘膝のプロテクター、ライト、記録タグ、緊急発信器。武器類は別のラックにあり、短棒、長柄棒、刺股型制圧具、短槍型、薙刀型、小型盾、ナイフが管理番号付きで置かれている。

「顔はヘルメットと映像加工で伏せます。声も必要に応じて加工されます」

装備担当の職員が説明する。

「武器は、今回の撮影条件内で選択できます。刃物類を選ぶ場合は、使用条件が厳しくなります。基本は短棒または長柄棒、小型盾の併用を推奨しています」

俺はラックを見た。長柄は強いと思う。距離を取れる。敵を近づけない。制度側が初心者に持たせたい理由も分かる。槍や薙刀が選択肢にあるのも当然だ。近づかれたら死ぬ世界で、棒一本分の距離は命だ。

ただ、俺は長柄をまともに使ったことがない。撮影される場で、慣れていない武器を選ぶのは危ない。短槍も薙刀も、扱いを誤れば自分の足や周囲を邪魔する。俺の中にいるものが補助するにしても、そういう動きはたぶん目立つ。

「短棒でお願いします」

「短棒ですね。小型盾は付けますか」

「いえ、短棒を二本持ってもいいですか」

職員の手が止まった。

「……二本、ですか」

「はい。片手が空くより、その方が動きやすいので」

「通常は一本と小型盾、または長柄を推奨しています。ですが、規定上、短棒二本は禁止ではありません。撮影中は職員の指示に従い、無理な交戦は避けてください」

「分かりました」

短棒が二本、管理番号を確認されたうえで渡された。見た目は警棒より太く、ただの棒より先端が重い。樹脂で覆われているが、中に芯が入っている。握ってすぐ分かった。これは均等な棒ではない。先端側に重さが寄っている。雑に振れば、重さに腕を持っていかれる。止める時に手首が遅れるタイプだ。

俺は右に一本、左に一本持った。軽く振る。右、左。次に肩の高さで止める。先端の重さが残る。だが、棒は大きく流れなかった。手首だけで止めるのではなく、肘、肩、足の向きまで合わせて、重さを逃がす。コボルトのこん棒ほど雑ではないが、感覚は近い。むしろ貸与品だけあって、握りはずっとまともだった。

装備担当が、一瞬だけ手元を見た。

「扱いにくくありませんか」

「大丈夫です。こっちの方が落ち着きます」

「……分かりました。二本とも返却確認対象です。活動後に必ずこちらへ戻してください」

「はい」

フルフェイス型ヘルメットを被ると、視界の端が少し狭くなった。透明バイザー越しに見る世界は、わずかに硬い。呼吸音が内側にこもる。マイクの位置を調整され、記録タグをベストに付けられた。顔が見えないのはありがたいが、完全に別人になるわけではない。動きは映る。余計なことはしない。そう決めた。

撮影前の説明は簡潔だった。今日の目的は、五級仮登録者が指定低危険度区域で、標準手順に従って活動する様子を記録すること。敵性生物が出た場合は、安全管理要員の判断を優先。無理な討伐をしない。採取物は発見した時点で報告し、勝手に持ち帰らない。異常、体調変化、装備破損があればすぐ申告。配信用映像では位置情報と顔は加工される。



亀山は少し離れた場所で、機材の確認をしていた。こちらへ軽く会釈をしてきたので、俺も返した。それだけだった。今日はお互い仕事だ。いや、俺は仕事と言っていいのか分からないが、少なくとも協力金は出る。

「五級仮登録者、入場します」

職員の声で、仮設フェンスの内側へ案内された。入口は、資材置き場の奥にある古い倉庫の搬入口だった。シャッターの内側が、通常の奥行きより深くなっている。水門や暗渠、二本の木とはまた違う。人工物の形をした入口だ。低危険度区域とされているが、安全とは書いていない。

俺はフルフェイスの内側で息を吐いた。短棒は左右の手に収まっている。今度は案内役ではない。撮られる側の探索者だ。

一歩入ると、空気が少し冷えた。足元はコンクリートから、ざらついた石混じりの床に変わっている。壁は倉庫の内壁に似ているが、奥の方だけ妙に暗い。ライトが点く。安全管理要員が前方を確認し、職員が記録を読み上げる。

俺は、床を見た。

小さな石がいくつか転がっていた。丸すぎず、尖りすぎず、親指より少し大きい。投げるなら悪くない。気づいた時には、しゃがんで拾っていた。右のポケットに二つ。左に一つ。重さを確かめる。

「戸張さん、それは?」

通信担当ではない、近くの職員が聞いた。俺は手を止めた。完全に癖でやっていた。

「石です」

「それは見れば分かりますが、用途は」

「投石はいいですよ。お金掛からないし」

少しだけ沈黙があった。

フルフェイス越しでも、何人かの視線がこちらに来たのが分かった。安全管理要員の一人が、笑いをこらえたように肩を揺らした。職員は端末に何かを入力した。

「……現地落下物の使用は、周囲確認および指示範囲内でお願いします。無断投擲はしないでください」

「はい」

「あと、採取物とは別扱いです。活動後、持ち出しはしないでください」

「分かりました」

俺は石をポケットに入れ直した。制度内のダンジョンに入って、公式装備を借りて、フルフェイスを被って、短棒二本を持って、それでも最初にやることが石拾いだった。少し切なくなった。人類がせっかく装備管理車両と記録タグと有線カメラまで用意したのに、俺の中の何かはまだ河原の原始人に近い。

亀山のカメラが、こちらを映している気配がした。

やめてほしい。

いや、撮影協力なのだから撮られるのは当然だ。問題は、五級仮登録者の安全手順映像に、短棒二本とポケットの石が映ることだった。教材として正しいのかは分からない。だが、俺にとっては正しかった。

前方の安全管理要員が合図を出す。

「目視範囲、敵性生物なし。進行可能」

職員が頷いた。

「五級仮登録者、前進してください。速度はゆっくり。右壁沿いに進み、十メートル地点で停止」

「了解しました」

俺は短棒を下げたまま歩き出した。ポケットの中で、拾った石が小さく鳴った。


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