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第49話 登録


翌日の朝、スマホに通知が来ていた。探索者制度の申請ページからだった。寝起きの頭で画面を開き、しばらく固まる。五級仮登録の審査が完了しました。登録証はこのメール以降、指定窓口にて受け取り可能です。

「早くないか」

声に出た。昨日の夜、血液検査の結果が怖くて心臓が痛かったくらいなのに、なんともあっさりしている。役所の手続きというものは、もう少し時間がかかるものだと思っていた。少なくとも、昨日採血して、昨日提出物を預けて、翌朝には審査完了です、という速度ではない。役所だって人間が動かしているはずだ。たぶん。異常空間が出てきたからといって、役所の処理速度まで異常空間化しないでほしい。

画面を下へ送る。採取物、危険物および未確認入口情報の申告があるため、優先確認対象として処理されました。その一文で、少し納得した。合格したから早いわけではない。放っておくと面倒な奴だと思われたから早いのだ。魔石を持ってきた。牙を持ってきた。短刀を持ってきた。入口の位置も出した。しかも登録前に入っている。管理する側からすれば、早めに首輪をつけたいだろう。自分で考えて、少し反省する。しかし、改めるにも個人的な事情がありすぎる。

次の項目には、証明写真の提出案内があった。規定を満たす場合、スマートフォン等で撮影した顔写真の提出を認めます。背景は無地、正面、帽子およびマスクなし、過度な加工不可。

「証明写真までスマホか」

便利だ。すごく現代的だ。冒険者登録のわりに、やっていることは就職活動とほとんど変わらない。俺は洗面所へ行き、顔を洗い、鏡を見た。戸張透。三十歳。元会社員。五級仮登録候補者。顔色は悪くない。昨日の採血で倒れたわけでもない。腹の傷も、腕の傷も、もう普通に見えた。普通に見えるだけで普通ではない。それは分かっている。分かっているが、写真に写るのは表面だけだ。

白い壁を背景に、スマホで写真を撮る。一枚目は目つきが悪かった。二枚目はさらに悪かった。三枚目は眠そうだった。四枚目で諦めた。証明写真に人生の希望を写す必要はない。本人確認ができればいい。アップロードすると、数分で受理された。早い。写真だけは機械判定なのかもしれない。人間より機械の方が、俺を普通の人間として処理してくれる。ありがたいような、少し怖いような話だった。

昼前に、指定窓口へ向かった。昨日と同じ合同庁舎だ。入口の臨時看板もそのまま立っている。昨日は講習会場へ向かう人間が多かったが、今日は窓口が分かれていた。登録証受け取り、採取物確認、未確認入口報告、相談、返却申請。紙と案内板が増えている。制度開始直後の役所は、見た目で分かるくらい急いでいた。

受付で番号を取り、しばらく待つ。隣の席では、若い男が職員に何かを説明していた。

「だから、石が熱くなったんです。袋の上からでも」

「現在も発熱していますか」

「いえ、今は普通です」

「では、こちらで預かります。今後は自己判断で保管せず、必ず窓口へ提出してください」

そこまで聞こえて、俺はそっと視線を外した。人の魔石事情に首を突っ込んでいる場合ではない。俺の家にも、出していない大きめの魔石がある。熱くなっていないだけで、問題がないとは言えない。いや、問題しかない。

番号が呼ばれた。窓口には昨日とは別の男性職員がいた。淡々とした顔で、端末を確認する。

「戸張透さんですね。五級仮登録証の受け取りでお間違いありませんか」

「はい」

「本人確認書類をお願いします」

身分証を出す。端末で照会される。昨日も名前を呼ばれ、今日も名前を呼ばれる。急に、自分が制度の中へ書き込まれていく感じがした。

「こちらが異常空間民間調査員登録証です。現在は五級仮登録となります」

差し出されたのは、白いカードだった。想像していたより薄く、想像していたより役所のカードだった。冒険者ギルドの証ではない。銀色の紋章もない。魔法の水晶もない。顔写真、氏名、登録番号、等級、発行機関、QRコード。右上に小さく、暫定、と印字されている。

五級。仮登録。白いカード。夢が現実になると、だいたいこういう顔をしているらしい。

「電子登録証も申請ページ上で表示できます。現地受付では、物理カードまたは電子登録証を提示してください。ただし、異常空間内では通信が不安定になる場合がありますので、活動時は必ず物理カードを携行してください」

「分かりました」

「五級仮登録で許可される活動は、指定された低危険度区域での短時間活動に限られます。未確認入口への進入はできません。発見した場合は、進入せず通報してください」

昨日も聞いた。だが、カードを受け取った状態で言われると、また違う重さがあった。

「はい」

「初回活動については、制度側が指定する区域、または実地講習扱いの活動を推奨しています。単独活動は制度上ただちに禁止ではありませんが、仮登録期間中は特に推奨されません」

首輪付きの入場許可。そんな言葉が頭に浮かんだ。だが、悪い話ではない。制度の内側に入れた。それだけで、昨日までとは違う。問題は、俺の半分以上がまだ外側に残っていることだ。

「続いて、昨日お預かりした採取物について説明します」

職員が別の紙を出した。提出物預かり証の控えと、仮判定一覧だった。小型魔石、牙、短刀状危険物。項目ごとに番号が振られている。

「小型魔石および牙については、仮判定上、研究協力品としての受け入れが可能です。協力金の単価は暫定となりますが、本日手続きできます」

「売却、という形ですか」

「制度上の名称は研究協力品の提出と協力金支給ですが、実質的にはその理解で問題ありません」

金になる。分かっていたはずなのに、実際に窓口で言われると変な感じがした。昨日まで怪物の体から出てきた石だったものが、今日は協力金の対象になっている。世界の変わり方が早い。

「小型魔石と牙は、その形でお願いします」

言ってから、思ったより即決だったなと思った。だが、返してもらっても扱いに困る。研究協力品として出せば、制度側への協力姿勢にもなる。協力金も出る。金はいる。元会社員で、今は無職だ。夢と好奇心で退職した人間にも、家賃と食費は平等に来る。

「承知しました。では、小型魔石および牙は研究協力品として処理します。協力金は登録口座の確認後、後日振り込みとなります」

処理。振り込み。怪物の牙が、銀行口座に変換されていく。現代社会は強い。ダンジョン相手にも、最終的には振込手続きへ持っていく。

「短刀状危険物については、安全性および法的区分の確認が完了するまで、指定機関で保管されます。現時点で返却申請はできません」

「分かりました」

むしろ返されても困る。あれを家に置くなら、赤錆の山刀と並べることになる。刃物保管場所として、俺の押し入れが急に成長しすぎる。困るというか、普通に終わっている。

「なお、採取物を研究協力品として提出した場合、今後の等級審査や活動実績の参考情報になります。ただし、採取量のみで等級が上がるわけではありません」

「はい」

ここも釘を刺された。魔石をたくさん持ってきたから偉い、ではない。生きて戻り、報告し、制度の中で動け。昨日からずっと同じことを言われている。俺が言われ続けているというより、言わないと動く奴が多いのだろう。俺を含めて。

職員は一通りの説明を終えると、端末の画面を少し切り替えた。

「それと、未確認入口の件ですが」

背筋が少し伸びた。

「確認班が現地確認を行います。通常であれば、発見者の方には現地へ近づかないようお願いするだけなのですが、今回は少し対応が異なります」

「対応が、ですか」

「申告内容から、境界型、または誤進入型の異常空間である可能性が高いと判断されています。入口が穴や扉ではなく、目印も通常の自然物であるため、現地確認時に発見者ご本人の案内が必要です」

二本の木。あれを知らない人間が見ても、ただの木だ。俺だって、体の中の白いものが反応しなければ分からなかった。確認班だけで行けば、見落とす可能性はある。

「そのため、戸張さんには発見者として確認班へ同行していただきたいと考えています。もちろん、活動範囲と安全管理はこちらで行います。内部への深入りを求めるものではありません」

「分かりました。行きます」

自分でも返事が早いと思った。だが、昨日あれだけ言われた後で、ここを渋る理由はなかった。あの場所を放置したら、誰かが誤って入るかもしれない。俺が場所を知っているなら、案内するべきだ。

職員は少しだけ頷いた。

「ありがとうございます。なお、この同行確認は、五級仮登録者としての初回実地活動扱いになります。活動記録、帰還報告、現地での指示遵守をもって、初回活動を完了したものとして扱います」

「それは、普通の実地講習の代わりになるということですか」

「はい。ただし、通常の低危険度区域での活動とは違い、確認班同行の補助という扱いです。戸張さん個人の探索活動ではありません」

「分かりました」

つまり、初回活動は決まった。俺が見つけた神隠しみたいな入口へ、制度側と一緒に戻る。昨日、自分で近づかないと決めた場所に、今度は正式な手続きで近づくことになった。人生は本当に、俺の決意を軽く扱う。ただ、今回は俺も文句を言えない。

「日程は明日午前です。集合場所は、現地近くの指定駐車場になります。確認班の安全準備と周辺確認を行ったうえで、そこから徒歩で入口候補地点へ向かいます。戸張さんは、集合時刻まで現地周辺に近づかないでください」

「はい」

「同行者には、現地確認担当、自衛隊または警察の安全管理要員、記録協力者が含まれる予定です」

「記録協力者」

「入口の状況記録と、今後の注意喚起資料作成のためです。詳細は本日中に通知します」

合同庁舎を出る頃には、昼を少し過ぎていた。鞄の中には、白いカードと書類がある。魔石も牙も短刀もない。昨日より軽い。軽いはずなのに、カード一枚で妙に重い。

家に帰り、机の上に登録証を置いた。白いカードに、俺の顔写真が印刷されている。四枚目の、眠そうなやつだ。もう少しましな顔にすればよかったかもしれない。だが、五級仮登録者の顔としては、むしろ正しい気もする。希望に満ちた顔より、少し疲れた顔の方がこの制度には合っている。

スマホを開くと、電子登録証も表示できた。戸張透。五級仮登録。活動区分、低危険度区域、短時間活動。未確認入口への進入不可。帰還報告義務あり。採取物全量申告。画面の中で、自分が制度の枠に収まっている。

俺はしばらくそれを見ていた。それから、押し入れの方を見た。

家にはまだある。大型コボルトの魔石。大きな牙。赤錆の山刀。暗渠で拾ったもの。祭壇につながるもの。提出していないもの。できなかったもの。制度の中に入った。だが、俺の全部が中に入ったわけではない。

白いカードは机の上にある。押し入れの奥には、赤錆の山刀がある。俺の体の中には、白いものがいる。

「まあ、仮登録だしな」

誰に向けた言い訳なのか、自分でも分からなかった。

スマホに、もう一つ通知が来た。確認班同行に関する正式通知だった。日程は明日午前。集合場所は、雑木林から少し離れた駐車場になっている。服装、持ち物、禁止事項。活動区分には、五級仮登録者初回実地活動、と書かれていた。

俺は画面を見たまま、ゆっくり息を吐いた。

早く行きたい。

そう思った。

通知の下の方に、同行予定者の欄があった。現地確認担当、安全管理要員、記録協力者。そこに表示された名前を見て、俺は目を止めた。

亀山。

「……まじか」

声が漏れた。

亀山は、俺の顔を知らない。声も知らないはずだ。水門の時、俺は虫除け帽子とメッシュ越しだった。会話らしい会話もしていない。向こうが覚えているとしても、背格好や動きくらいだろう。

それでも、嫌な汗が背中に滲んだ。

覚えていないはず。

分かるはずがない。

そう思いながら、俺は登録証を手に取った。冒険者カードではない。役所の登録証だ。だが、これがあれば、俺は堂々と入口へ向かえる。

堂々と。

その言葉が少しおかしくて、俺は小さく笑った。

堂々と隠し事を抱えたまま、制度の中へ入る。

我ながら、かなり器用なことをしようとしている。

画面には、参加確認ボタンが表示されていた。

俺は少しだけ間を置いて、押した。


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