第334話 試運転
森砕きは、以前と同じ場所には現れなかった。
六層の森を半日ほど探し、ワーム型が拾った振動を辿った先で、ようやく太い樹木の間から灰褐色の背が見えた。二十メートル近い巨体が低木を腹で押し潰し、前脚で倒木を脇へ転がしている。進路上の木々が傾くたび、土の下を重い振動が揺らす。
あれを探していた。
俺は少し離れた斜面で白鎧補装の固定を確かめ、背骨杖を背中へ沿わせた。右手には断骨刀。腰には山刀と短柄の戦斧もある。持ってきた装備を全部身につけたせいで、見た目だけなら森を歩くより城でも落としに行く方が似合いそうだった。
以前なら、ここまで揃えるだけでも身体の各所へ重さが残った。今は断骨刀を肩へ預けても、柄の位置が気になる程度で済んでいる。
アメリカから持ち帰った三つの核は、帰国後に時間を置いて吸収した。
最初に身体の内側へ広がったのは、力そのものより、力が通る道筋だった。足の裏から膝、腰、背中を経て肩へ届く感覚が細かく分かれ、それぞれが別の場所へ繋がっていく。次の核を取り込んだ時には、そこへ流せる力が増えた。最後の核は、白い糸が表面で硬くなる際の重なり方を変えた。
試しに白鎧を作っただけでも変化は分かったが、相手のいない場所で押したり叩いたりするだけでは限界がある。だから、森砕きを探した。
正面の巨体が、ようやくこちらを向いた。低い頭部の奥で目が動き、太い前脚が地面を掻く。俺の周囲には狼型も蜘蛛型も寄せていない。鳥型は遠くの枝に残し、小人たちにも近づかないよう伝えてある。
今回は、俺一人で受ける。
「さあ、試運転だな」
森砕きが前脚を踏み込んだ。
地面が沈み、巨体が動き出す。初めは遅く見えたが、一歩ごとに速度が上がり、正面に立つ俺の視界から左右の森が消えていった。
白い糸を足元へ伸ばす。
地中へ潜った糸が木の根へ絡み、岩の割れ目へ入り、斜面の奥で何本にも分かれた。背中から伸ばした糸も左右の幹へ巻きつく。固定した場所の硬さと距離が、手足の位置と同じように伝わってきた。
白鎧の表面が細かな板へ分かれ、その下で別の層がずれる。胸と肩の内側では白い糸が斜めに交差し、身体へ沿う層と外殻の間に空間を作った。
森砕きの頭部が迫る。避ける癖が身体に残っており、脚が横へ跳ぼうとしたのを止め、断骨刀の柄を地面へ突き立てたところへ巨体が衝突し、視界が一度、白く揺れた。
外側の装甲が砕け、その破片が肩の横へ弾け飛ぶ。直後、内側の層が横へ滑り、胸へ入った衝撃が背中と腰へ分かれた。白い糸が伸び、次の束が張り、足元から地中へ力が抜けていく。
周囲の土が盛り上がった。
左右の木が根元から軋み、背後の岩へ亀裂が走る。断骨刀の柄が土を抉り、俺の足も踝近くまで沈んだ。
それでも身体にはこれといった異常がない。
森砕きの巨体が押し続ける。胸の外殻は何枚か失われたが、その奥にはまだ層がある。内側へ届く圧力も、骨や内臓を潰す形ではなく、身体全体を後ろへ動かそうとする力へ変わっていた。
「……これは、ひどいな」
誰に聞かせるでもなく口から出た。
受け止めた俺より、周囲の方がひどい。固定に使った木の一本は根が半分浮き、地面には扇状の亀裂が広がっている。このまま耐え続ければ、森砕きより先に斜面が崩れる。
白い糸の一部を外し、残った支点へ力を寄せた。
右足から腰へ、腰から背中へ。分散させていた力の流れを逆にまとめ、右腕へ通す。巨大化した腕が白鎧補装の隙間から膨らみ、断骨刀の柄を握り直した。
身体強化そのものも、以前とは差があった。
重い武器を動かすために白い糸が身体を引っ張っていた頃と比べ、今は肉体の側が先についてくる。肩も肘も、断骨刀の重さを受けたまま動いた。
森砕きの頭部を左へ押し流し、空いた首元へ刃を振り上げる。
踏み込みの力が腰へ集まり、背中を抜け、腕へ移った。振り下ろした後の反動だけが足元と背後の木へ散る。
断骨刀が外皮へ食い込んだ。
刃は厚い皮と筋肉を割り、途中で止まった。以前なら、ここから一度引き抜き、姿勢を作り直す必要があったはずだ。
今は柄を返す余裕すらある。
左足を支点に加え、右肩へ残っていた反動を刃へ戻す。二度目の力が断骨刀を押し込み、森砕きの首元から大量の血が噴き出した。
巨体が暴れ、頭部を振り上げる。
俺の身体も一緒に持ち上がった。足元の支点が外れ、木へ繋いだ糸が張り詰める。空中では地面へ力を逃がせず、胸の内側へ衝撃が残った。
痛みはあるが、関節は問題ない。
俺は断骨刀から片手を離し、白い糸を傷口へ送り込んだ。森砕きが前脚で地面を叩くたび、身体ごと上下へ振られる。外から殴り合うより、ここまで食い込んだ刃を足場にした方が早い。
傷口の奥で糸が分かれ、筋肉の間へ入り込む。核は後でゆっくり取るとして。試したいのは、新しい身体と鎧がどこまで動くかだ。
森砕きが幹へ身体を擦りつけた。
太い木が迫り、俺は断骨刀を引き抜いて地面へ落ちた。着地と同時に白い糸が広がり、両足から入った衝撃を周囲へ流す。足元が大きく陥没したが、膝へ残った負担は軽い。
立ち上がるより先に、森砕きの前脚が振り下ろされたが、あまりにも溜めが無さ過ぎる。
左腕を上げ、積層させた白鎧だけで受ける。外層が割れ、中層がずれ、腕全体へ衝撃が広がった。身体は地面へ押し込まれたものの、骨は折れず、肩も外れていない。
全て許容範囲だ。
森砕きが前脚を引く間に懐へ入り、断骨刀を腹の下へ横薙ぎに振るう。刃の反動を背中へ逃がし、返す動きへそのまま繋げた。二撃目が同じ傷へ入り、三撃目で外皮が大きく裂ける。
白い糸が傷口から内部へ向かう。
以前に吸収した個体と同じ種なら、身体の繋がり方も同じ。太い筋肉束を避け、脚へ力を送る組織へ糸を絡ませる。断骨刀をさらに押し込みながら、その束を内側から引き裂いた。
森砕きの前脚が崩れた。
巨体が傾き、木々を巻き込んで倒れる。俺は外した支点を張り直し、倒れてくる身体へ正面を向けた。
さっきより支点は少ない。地面も一度壊れている。
それでもだ。
積層外殻が肩から胸へ広がり、内側の糸が順に張る。衝撃は背中から地面へ抜け、残った分が左右へ流れた。倒木が跳ね、土と枯葉が舞い上がる。
森砕きの巨体は、俺を押し潰す手前で止まった。
白い外殻の表面には亀裂が走り、何枚かの層が剥がれている。その下から新しい層が現れ、空いた場所へ白い糸が伸び始めた。
俺は巨体を押し返し、その下から這い出した。
右肩を回し、左腕を曲げる。胸には鈍い痛みがあり、足首にも負荷が残っている。完全に消せたわけではないが、以前なら赤いポーションを考える程度の衝突を、立ったまま二度受けた。
代わりに、周囲の森はずいぶん荒れた。
根を浮かせた木、割れた岩、陥没した地面。支点へ使った場所を見回してから、俺は倒れた森砕きへ視線を移した。
「市街地では、使い方を考えないと駄目だな」
寄生体から返ってきた感覚は、戦闘への満足と、新しい構造をもっと試したいという欲求が混ざっていた。オヤツも手に入って気分は最高だ。
笑いつつ俺も同じだった。
断骨刀を肩へ担ぐ。以前より軽くなったそれを確かめるように持ち直し、まだ息のある森砕きの頭部へ向かった。




