第331話 全米が見た白
画面の左上には、赤い帯で「BREAKING NEWS」と表示されていた。
その下を、州兵、警察、消防、救急の車両が埋めた住宅街の映像が流れている。道路には倒れた大型個体の外殻が残り、破壊された車両や崩れた家屋の間を、防護服姿の人員が絶えず行き来していた。
『現地当局は先ほど、ダンジョン入口周辺で確認されていた大型個体三体が、すべて活動を停止したと発表しました』
ニュースキャスターは手元の原稿へ一度目を落とし、正面のカメラへ視線を戻した。
『区域内には、依然として未確認の地下設備や倒壊建物が残っています。州兵は安全が確認されたとの発表を行っておらず、住民に対して規制線へ近づかないよう求めています』
背後のモニターに、占拠区域の航空写真が表示された。
入口跡を中心に赤く塗られた範囲は、複数の住宅区画へ広がっている。その外側には州兵の防衛線、救護所、車両集積地点が記され、北西側の道路だけが白い線でなぞられていた。
『この白い線について、上空から取材を続けているダニエル・ロス記者に伝えてもらいます。ダニエル、そちらの状況は?』
映像がヘリコプターの機内へ切り替わった。
開いた扉の近くで、ヘッドセットを着けた男性レポーターが手すりを掴んでいる。背後では住宅街がゆっくり流れ、回転翼の音がマイク越しにも残っていた。
『こちらは占拠区域の北西上空です。地上では戦闘の中心となった区画から救急車が次々と出ています。現地当局は、最後の大型個体が停止した後にも複数の生存者が発見されたとしています』
カメラが機外へ向けられると、道路上を白い集団が移動している様子が映った。
先頭では白い鳥型が屋根と電柱の上を渡り、灰色の四足型が残っていないか確かめるように通りを見下ろしていた。地上では狼型が左右へ広がり、猪型や蜘蛛型、槍を持った蜥蜴人が中央を進んでいる。
それらの足元を埋めるのは、さらに小さな白い虫だった。
『現在ご覧いただいているのが、現場で救助と戦闘の双方に関わった白い集団です。公式な名称はなく、現場関係者やインターネット上では“ホワイトスウォーム”と呼ばれ始めています』
映像が白い集団の中央へ寄ると、その中に人間に近い姿が一つだけ混じっていた。
全身を白い外殻のようなもので覆い、背には人間用とは思えないほど大きな刃物を負っている。顔は白いものに隠され、体格以外に個人を特定できる特徴は見えなかった。
『白い人型についても身元は確認されていません。アメリカの先行探索者チーム、ハウンドと行動を共にしている場面が確認されていますが、政府、州当局、ハウンドのいずれからも公式な説明はありません』
白い人型が道路の先へ顔を向ける。
それに合わせて、散っていた白い虫が集まり始めた。狼型は道路の左右へ広がったまま進み、鳥型だけが先へ出る。
まとまりのない群れが、ひとつの行軍へ変わっていった。
『到着時の映像と比較すると、白い集団は数が増えているように見えます』
レポーターの言葉に合わせて画面が分割され、片方に戦闘開始直後、もう片方に現在の撤収中の映像が流れた。
最初の映像では、白い虫の流れは道路の一部を覆う程度だった。現在の映像では、路地から路地へ途切れず続き、狼型や猪型の数も増えている。
『戦闘中、白い集団が倒れたモンスターへ集まり、その後に別の個体が立ち上がる様子が複数の映像に残されています。専門家は、倒した相手を何らかの方法で再利用している可能性があると見ていますが、詳しい仕組みは分かっていません』
スタジオのキャスターが割り込んだ。
『ダニエル、その集団は現在、規制区域の外へ向かっているのでしょうか』
『いえ。いまのところ、州兵が設けた規制線へ向かう動きは確認されていません。戦闘前に通った経路とは別の道を使い、スタンピードが発生したダンジョンとは別の方向へ進んでいます』
『州兵は同行していますか』
『一定の距離を空けて監視しています。ただし、進路を塞ぐような配置ではありません』
レポーターは眼下を見たまま、一拍置いた。
『正確に言えば、塞ごうとしていない、という方が近いと思います』
◇
次に流れたのは、現地住民が撮影した縦長の動画だった。
画面は二階の窓から下の道路へ向いている。撮影者の荒い呼吸と、遠くで続く銃声が入っていた。
『これ、軍じゃない。軍の前に何かいる』
男性の声がする。
道路の向こうから、灰色の四足型が二体走ってきた。
一体は州兵の車両へ向かい、もう一体は道路脇の家へ進路を変える。直後、白い狼型が横から飛びつき、灰色の四足型を塀へ押しつけた。
白い虫がその脚へ集まり、動きを鈍らせる。
遅れて来た猪型が胴へ突っ込み、灰色の四足型が道路を転がった。
『仲間割れか?』
撮影者の声が低くなる。
カメラが揺れ、窓枠の陰へ隠れた。
『たぶん。分からない。窓から離れて』
そこで動画が切れ、別の住民が撮影した映像へ切り替わった。
今度は車庫の隙間から撮影されていた。道路に倒れたモンスターへ白い虫が集まり、表面を覆っている。
『食べてるのか?』
撮影していた女性が呟く。
白い虫の一部が死体から離れ、路上へ広がった。その中から、白い組織に覆われた灰色四足型が脚を動かし始める。
元の灰色はほとんど見えず、立ち上がった個体は撮影者のいる家へ近づかないまま、反対側の路地へ走っていった。
『いま、立ったよね』
後ろにいた別の人物が聞いた。
『撮れてる。撮れてるけど、これを出していいの?』
映像は手元へ落ちて暗くなり、続いて倒壊した住宅前で撮影された動画が流れた。
撮影者は救助隊員らしく、映像には手袋と工具の一部が入っている。白い虫は瓦礫の一点へ何度も集まり、人間が手を伸ばすと場所を空けた。
『ここだ。下に誰かいる』
救助隊員が叫ぶ。
『声を出せますか! 聞こえたら何か叩いてください!』
瓦礫の奥から、かすかな音が返った。
画面の外で別の隊員が支柱を求め、白い蜘蛛型が梁へ糸を張っている。
動画には途中から字幕が付けられていた。
『この映像の撮影者によると、瓦礫の下から女性一名が救出されました。白い集団が生存者をどのように判別したのかは不明です』
◇
スタジオへ映像が戻ると、キャスターの横に軍事・安全保障担当の解説者が座っていた。
『映像を見る限り、白い集団は人間を明確に区別しているように見えます』
『少なくとも、映像に残っている範囲ではそう見えます。ただし、それを安全と同じ意味で使うべきではありません』
解説者はモニターに映る白い人型を指した。
『あの集団は、人間を襲わなかっただけではありません。敵の位置を探し、負傷した個体を補い、倒した相手を自分たちの側へ加えています。軍事的に見るなら、戦場で損耗を補充しながら規模を拡大する部隊です』
『今回、人命を救ったことは間違いないのでは?』
『それも事実です。問題は、その事実と脅威評価をどちらか一方へ寄せてはいけないことです』
解説者は白い群れが道路を移動する映像を見た。
『味方だと呼ぶには、分からないことが多すぎる。敵だと呼ぶには、助けられた人間が多すぎます』
キャスターは数秒黙り、別の資料へ話を移した。
『今回の戦闘では、ハウンドの四人も白い人型と共闘しています』
モニターに、住民が撮影した別の映像が出る。
画質は悪かったが、黒い槍を持つグラント、盾を構えるコール、救護ケースを開くエレナ、ウォーハンマーを振るうケイレブの姿が確認できた。
その奥で、白い人型が大型個体の外殻へ飛び乗っている。
『ハウンドは現時点で取材に応じていません。政府関係者によれば、四人は医療確認と事情聴取を受けた後、装備の検査と記録提出を行う予定です』
『あの白い人型との関係も聞かれるでしょうね』
『聞かれるでしょう。ただ、答えられるかは別です』
◇
番組後半では、SNSへ投稿された反応が紹介された。
『ここからは、映像公開後に寄せられた主な反応です』
画面の右側を、投稿文が流れていく。
『ハウンドが帰ってきた。しかも四人とも生きてる。それだけで今日は十分だ』
『十分じゃない。白い軍隊はどこへ帰るんだ』
『モンスターを食ってモンスターを増やすモンスターが、こっち側にいる。文章にすると全然安心できない』
『救助隊が入れない隙間から生存者を見つけてくれた。少なくとも今日、あれに助けられた家族がいる』
『ホワイトスウォームを撃つな。恩知らずになるな』
『感謝と警戒は同時にできる。どっちかしか選べないと思うな』
『白い人、あれ本当に人間か?』
『人間じゃなかったら、ハウンドが隣で戦えるわけないだろ』
『政府は前から知ってた。知らないふりしてただけだ』
『コールのバイクに祈りを』
最後の投稿を読んだキャスターが、一瞬だけ言葉に詰まった。
『……戦闘中に使用されていた車両については、現場へ残されたとの情報があります』
隣の解説者が画面を見た。
『そこを拾うんですね』
『非常に多く投稿されていましたので』
次の反応へ移る。
『白い群れが瓦礫の下の子供を見つけた映像を見た。正直、まだ怖い。でも、助けてくれたことには感謝してる』
『中国でもエクアドルでも、最後に見たのは軍の防衛線だった。今回は、モンスターの群れがモンスターを押し返している』
『世界で最も強い探索者は誰かって話、もう意味なくないか』
『あの白い人型はどこから来た』
『ハウンドが呼んだのか。政府が呼んだのか。勝手に来たのか。それだけでも説明してほしい』
『説明されたら安心できると思ってるのか』
投稿の流れが止まり、スタジオの全景へ戻った。
『現在、政府は白い人型および白い集団の身元、所属、管理状況について発表していません。現地当局は、大型個体の活動停止と救助活動の継続を確認する一方、占拠区域の封鎖を維持しています』
キャスターの背後では、ヘリからの映像が再び流れていた。
白い群れは住宅街を抜け、郊外へ向かう道路へ入っている。州兵の車両は距離を保って後方を進み、先頭の白い人型へ近づこうとはしなかった。
『彼らがどこから来たのか。なぜ人間を助けたのか。そして、このままどこへ向かうのか。現時点で分かっていることは、ほとんどありません』
白い鳥型が一体、ヘリコプターの方角へ顔を向け、それに気づいたカメラが少し引いた。
『ただ、今日この区域で、あの白い集団が多くの人命を救ったこと。そして、戦闘開始時よりも数を増やして去ろうとしていること。この二つは、同じ映像の中に残っています』




