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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第314話 操作される成果

 病院東棟へ届いた物資は、翌朝のニュースで救出作戦の第三段階として報じられた。


 輸送機から投下された配送無人機が夜空で翼を開き、占拠区域へ入っていく。映像は病院内部へ切り替わり、床に置かれた飲料水と高栄養食品、その向こうで毛布に包まれた患者の手を映した。


 音声には雑音が残されていた。


「六人いる。歩けない人が、三人いる」


 短い言葉の後に、救助部隊からの返答が続く。


「必ず迎えに行く。物資を受け取って待っていてくれ」


 実際の通信で使われたのは、救出経路を確保するまで待機してほしいという表現だった。公開用の音声は意味を変えない範囲で切られ、より短い言葉へ置き換えられている。


 画面の下には、二十四機を投入し、三機が病院内部へ到達したことも表示された。ただし、病院まで届かなかった機体の数は強調されず、物資を受け取った六人の姿と、次の救出へ向けて準備する兵士たちが長く使われた。


 臨時指揮所から離れた政府庁舎では、その映像を流したまま作戦評価会議が始まっていた。


 周立言、陳国梁、軍と公安の代表、宣伝部門、地方政府の責任者が長机を囲んでいる。壁面には、国内向けに発表された成果と、軍内部で集計された損害が別々に表示されていた。


 公開資料では、占拠区域へ八百メートル前進し、病院から二人を救助、さらに六人との通信と物資輸送に成功したことになっている。


 内部資料では、死者二名、重傷者六名、軽傷者十四名。装甲車一両と遠隔操作車両一両を失い、防護盾十五枚、拘束索二十三本、配送無人機の大半が使用不能となった。


 第一目標として確保した高架下も、現在は灰色六腕大型個体の活動圏内にある。


 軍側の報告者は、二つの資料を並べたまま説明を続けた。


「入口への接近距離は、作戦開始前と比較して縮まっていません。高架下を固定拠点として維持できなかったため、入口奪還への直接的な前進は失われています」


 地方政府の責任者が眉を寄せた。


「では、作戦は失敗だったと?」


「入口奪還を目的に評価するなら未達です。限定救助と情報収集では成果があります」


「国民に未達とは出せない」


 宣伝部門の代表が口を挟んだ。


「すでに救助成功として報じています。ここで軍が失敗と評価すれば、発表全体の信頼を損ないます」


 軍側の報告者は、資料から顔を上げなかった。


「作戦評価は広報文ではありません」


「広報と矛盾する内部評価は、いずれ外へ漏れる」


 周立言が指先で机を叩き、二人の応酬を止めた。


「成功か失敗かを一つに決める必要はない。何を目的として評価するかを書け」


 陳国梁が公開資料を手元へ引き寄せた。


「当初の目的は、占拠区域の奪還だった」


「第一目標は高架下の確保だ」


「その高架下を失った」


「第二目標の二名は救助した。病院に残る六名へ物資も届けた」


 周立言は軍内部の損害欄へ目を移した。


「入口奪還は未達。限定救助は成功。大型個体の活動範囲も確認した。結果を一語で潰すな」


 宣伝部門の代表が確認した。


「国内向けには、救助作戦の成功を継続して強調しますか」


「当然だ」


「高架下を失った件への言及は」


「すでに後方陣地へ転進したと出している。それ以上、自分たちから話題を広げる必要はない」


 公開画面では、病院へ届いた水を患者へ分ける職員の姿が繰り返し流れていた。映像の端には、軍の作戦名と救助活動の継続を示す字幕が重ねられている。


 投稿サイトでは、救助を求める言葉が上位へ集められ、撤退や損害に関する投稿は検索結果から外されていた。


 地方政府の責任者が、その反応資料を見た。


「不満は収まったのか」


 公安側の担当者が答える。


「政府が占拠区域を放棄したという批判は減少しています。現在は、病院の六名を早く救助しろという要求が中心です」


「それは収まったとは言わない」


「政府に向けられる否定ではなく、次の行動への期待に変わっています。管理可能です」


 陳国梁は小さく息を吐いた。


「救助すれば、次も救助しろと言われる。物資を届ければ、なぜ地上部隊を入れないと言われる。要求は終わらないぞ」


「終わらせる必要はない」


 周立言の返答に、何人かが視線を向けた。


「向きを揃えればいい。政府は救助を続けている。軍は前進している。残された者を見捨てていない。その認識を崩さなければ、不満は作戦継続を求める圧力として使える」


 損害への怒りや占拠区域を奪われた屈辱は消えていない。ただ、その怒りが政府の無策へ向かうか、救助を妨げるモンスターへ向かうかで意味は変わる。


 救助された二人の映像は、その向きを変える材料になった。病院へ届いた物資も同じだった。


 成果は作戦現場だけで決まらない。どの映像を使い、どの数字を先に見せ、どの言葉を検索から外すかで、国民が見る作戦の形は変えられる。


 ただし、映像だけで病院の六人を生かし続けることはできない。


 軍側の責任者が、次期作戦案を表示した。


「北側経路を使用した病院救出は、最短でも四十八時間後です。診療所を中継点として確保し、そこから東棟へ歩兵を進めます。装甲車を使えない区間には、遠隔操作の遮蔽車両と簡易障害物を投入します」


「入口への前進は」


「当面行いません」


 室内の空気がわずかに止まった。


 入口付近には円盤型と赤黒い跳躍型が残っている。灰色六腕大型個体も、高架下を越えた道路上で活動を続けていた。


 戦力を集中すれば、入口へ近づくこと自体はできるかもしれない。しかし、病院救助と同時に実行すれば、どちらにも十分な兵力を割けなくなる。


「占拠区域全体の奪還計画はどうする」


 地方政府の責任者の問いに、軍側は別の資料を開いた。


 作戦前に記載されていた奪還予測日数は削除されている。代わりに、封鎖線の維持、残存者への補給、区域単位の限定救助、流出個体の排除という項目が置かれていた。


「長期封鎖へ移行します。入口周辺への攻撃は、深層系の追加流出を招く危険があります。円盤型と赤黒い跳躍型には、封鎖線へ接近しない限り攻撃を加えません」


「奪還を諦めるのか」


「現在の戦力で期限を定めた全面奪還は行わない、という判断です」


 宣伝部門の代表がすぐに発言した。


「長期封鎖への移行は公表できません。救助作戦継続と、占拠区域の段階的回復と表現します」


 周立言は軍側の資料を見たまま頷いた。


「そうしろ。ただし、内部計画まで言葉に引っ張られるな。表向きに前進を語っても、現場へ無理な期限を押しつけるな」


 現場の損害は、映像から消しても戻らない。


 今回投入された探索経験者のうち、管理ダンジョンで三層以上の活動経験を持つ者は、盾や長柄を使った接触戦で明確な差を示していた。二層までしか経験していない兵士は、隊列内の動きとモンスターの攻撃への反応で遅れが出ている。


 陳国梁がその比較資料を開いた。


「国家契約探索者の選抜は、四十八名で止めるのか」


 人員担当者が答える。


「第一期としては四十八名です。軍十九、警察と消防から十一、民間十八。現在は身体検査と適性確認を進めています」


「足りない」


 陳国梁は、今回の負傷者一覧へ視線を移した。


「今回の作戦だけで、探索経験者を交代させる必要が出た。病院救助を続け、別の占拠区域にも備えるなら、四十八名では部隊を維持できない」


 周立言が人員担当者へ尋ねた。


「第二期をいつ始められる」


「第一期の訓練結果を待たずに募集を拡大すれば、一か月以内に候補者を追加できます。ただし、管理ダンジョンの利用枠が足りません」


「軍管理区域を増やせ」


「入口の安全確認と指導要員が必要です」


「民間の経験者も使え」


 公安側の担当者が顔を上げた。


「民間人の参加を広げれば、管理外の進入も増えます。報酬や名誉だけを強調すれば、深い階層へ競って進む者が出ます」


「だから自由化はしない」


 周立言は、国内向けの反応資料を再び開いた。


 救助隊を称賛する投稿の中には、自分も探索者として参加したい、軍や消防だけに任せるべきではないという声が増えている。救出映像に映った盾役や長柄を持つ兵士が、異常空間で経験を積んだ者だと説明されてから、その数はさらに伸びていた。


「この流れは使う。ただし、勝手に潜る者を増やすな」


 人員担当者が募集制度の案を表示した。


 民間からの候補者は、政府指定の登録団体、国有企業の探索班、地方政府が設置する訓練組織のいずれかへ所属させる。個人単独での活動は認めず、入口ごとに入場人数、進入階層、滞在時間、討伐数、回収品を管理する。


 活動後には、内部個体の増減、浅層への移動、入口付近の変化を報告させる。異常が確認された入口は直ちに閉鎖し、軍と研究機関の調査対象へ切り替える。


「探索者を増やすほど、異常空間へ加える刺激も増えます」


 研究部門の担当者が警告した。


「内部個体を過度に討伐した場合と、反対に処理しきれず入口付近へ集めた場合の両方で、スタンピードへ繋がる可能性があります。深層への進入やボス撃破が、入口全体へどのような影響を与えるかも分かっていません」


「なら、活動量そのものを管理しろ」


「現時点で安全な上限を算出できません」


「算出できないなら、記録を集めながら決めるしかない」


 陳国梁が、管理ダンジョンごとの報告状況を確認した。


「募集と同時に監視要員を増やせ。探索者を戦闘員としてだけ見るな。内部の変化を報告させる目として使う」


「民間人へ、危険監視の義務を負わせるのですか」


「国家契約を受けるなら当然だ」


 周立言は、日本の育成制度に関する調査資料を開かせた。


 団体単位の教育、経験者による新人同行、活動記録の共有、入口ごとの危険情報。日本側は民間探索者を増やしながら、団体と行政の間へ報告経路を作ろうとしていた。


 同じ形をそのまま使う必要はない。


「日本は民間団体を制度へ取り込む。こちらは最初から指定団体を作る」


 周立言は資料を閉じた。


「募集するのは英雄志願者ではない。命令を守り、異常を報告し、割り当てられた階層で活動する者だ」


 宣伝部門の代表が尋ねた。


「国内向けには、どう見せますか」


「救出作戦に参加した探索経験者を出せ。軍人だけでなく、民間から選抜された者も人民を守る力になれると示せ」


「スタンピードへの警告も同時に出しますか」


「出せ。ただし、探索者になるなという警告にするな」


 周立言は公開用の文面へ目を通した。


「国家の訓練を受けずに異常空間へ入ることが、本人だけでなく都市全体を危険にさらすと説明しろ。参加を望む者には、登録と訓練が唯一の道だと教える」


 宣伝部門が文面を組み直す。


 異常空間へ挑む力は、個人の利益のために使うものではない。正しい訓練と統制の下で内部を監視し、異変を報告し、スタンピードから故郷と人民を守るために使う。


 探索者募集は、救出作戦の続報と同時に発表されることになった。前面に置かれるのは、病院から二人を救い出した部隊の映像だった。その後へ、管理ダンジョンで盾を構える訓練生、負傷者を運ぶ救護要員、内部の地図へ変化を書き込む民間出身者の姿が続く。


 募集対象は軍や警察、消防に限られず、身体検査と適性審査を通過し、指定訓練を受け、国家の管理下で活動する意思がある者には民間からも道を開く。一方で、無登録進入、未申告入口の隠匿、指定階層を越えた活動、回収品の持ち出し、内部異常の報告遅延には重い処分を科す方針が示された。


 報酬と名誉を見せながら、参加するための入口は一つに絞られている。国家の管理下へ入ることだった。


 その方針を確認する資料の中には、以前行われた戸張への非公式接触も残っていた。日本政府を介さず、個人へ直接協力を持ちかけた交渉は、戸張本人の拒絶によって終わっている。


 正式な政府間要請を行い、日本側から拒否された記録ではない。だが、家族情報まで交渉材料へ使った接触によって信用を失った以上、同じ経路で協力を得られる見込みはなかった。


 正式ルートへ切り替えたとしても、現在の日本政府が戸張を中国側の作戦へ差し出す可能性は低い。一人の突出した探索者を短期間で得ることを前提にするより、国内の人数と制度で不足を埋める方が現実的だった。


 今回の作戦では、日本先遣隊が示した盾、長柄、拘束の連携を、中国側の兵力と工兵設備で再現した。完全な再現ではなかったが、二人を救い出すところまでは届いている。


 周立言は会議の結論を読み上げた。


「病院残存者の救助を優先し、高高度からの無人補給を継続する。高架下は再占拠せず、灰色六腕大型個体の停止地点を暫定警戒線として監視する。入口周辺の深層系は刺激せず、占拠区域は長期封鎖と区域単位の回復へ移行する」


 そこで一度言葉を切り、人員担当者へ目を向けた。


「国家契約探索者は第二期選抜を前倒しする。民間募集を拡大し、指定団体と管理ダンジョンの訓練枠を増設しろ。ただし、活動量と進入階層は入口ごとに制限する。内部変化の報告を契約義務へ加え、スタンピードの兆候があれば即時閉鎖できる体制を作れ」


 記録担当者が決定事項を入力していく。


 宣伝部門へ渡される文面には、長期封鎖という言葉も、全面奪還の期限を失ったことも書かれなかった。


 発表されたのは、病院への緊急物資輸送が成功し、次の救出作戦へ向けた経路確保が進んでいることだった。二名の救助と六名の生存確認を受け、政府は人民の生命を守るため、段階的な奪還作戦を継続する。


 その直後に、国家登録探索者の新たな募集が告知された。


 国内の画面には、物資を受け取る手と、出動準備を進める兵士が映った。その映像へ、訓練を受けた探索者が都市を守り、無許可の進入がスタンピードの危険を増大させるという説明が重ねられる。


 政府に管理された探索者になることが、人民を救う側へ立つ道として示される一方、作戦資料からは奪還予測の日付が消されていた。代わって残ったのは、次に救う人数、必要な物資、損耗を補う人員、維持すべき封鎖線、そして各入口で監視すべき変化だった。


 操作された成果は、存在しない成功を作ったわけではない。救えた二人と、声が届いた六人を前へ出し、失った高架下と届かなかった入口を後ろへ隠した。


 さらに、その映像は新しい探索者を集めるために使われる。


 政府が国民へ見せた前進を本物にする者を増やしながら、次のスタンピードを起こさせないため、その全員を国家の内側へ囲い込む準備が始まっていた。

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