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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第280話 奇跡の検証

 コールが水魔術を覚えてから、最初の一週間は検査だけで潰れた。


 三日目から嫌な顔を隠さなくなり、今日に至っては研究施設の扉をくぐったところで足が止まった。昨日までなかった目盛り付きの大型タンクが、床の中央に置かれている。


「今日は何リットルだ」


「上限測定は終わっています」


「百五十の次に何を出させる気だ」


 白衣姿の研究員が端末へ視線を落とした。


「本日は生成条件と操作性の再確認です」


「その再確認で、前回は床で起きた」


「あれは非常に有用なデータでした」


「お願いだから二度とやらせないでくれ」


 グラントは壁際の椅子へ座り、渡された資料を読んでいた。ケイレブは大型タンクの横へしゃがみ込み、内側に残っていた水滴を指先で触る。


「これも魔法の水か」


「洗浄用の水です」


「区別がつかないな」


「生成されたあとは通常の水ですから」


 研究員は、コールの正面から三メートルほど離れた床へ透明な容器を置いた。蓋はなく、容量は十リットルある。


「これを満たしてください」


「十で止めればいいんだな」


 コールが片手を向けると、容器の上に水が現れた。


 太い水流がまっすぐ落ちていく。配管を通る振動も、ポンプの作動音もない。勢いだけなら、家庭用の蛇口を全開にした時と大差はなかった。


 目盛りが上限へ近づき、コールが手を下げる。


「十・〇三リットルです」


「三十ミリリットル余計だったな」


 グラントが資料から目を上げずに言った。


「飲め」


「何で俺が処理するんだ」


「無駄にするな」


「研究施設の水を、端数処理で飲ませるな」


「飲めることは確認済みでしょう」


 エレナに言われ、コールは容器を見た。十リットル全部ではないと分かっていても、三人とも訂正する様子がない。


 研究員は小型容器で水を掬い、測定機器へ移した。


「これで十三回目です」


 画面には、過去の検査結果が重ねて表示された。採取した日も、生成量も違う。それでも水に含まれる成分は、測定誤差を除けば毎回ほぼ同じだった。


「細菌や有害物質は?」


 ケイレブが尋ねる。


「検出されていません。飲料水として問題ない範囲です」


「周囲から集めてるわけでもない?」


 研究員が別の画面へ切り替えた。


「百五十リットル生成した時も、室内湿度に変化はありませんでした。本人の体重と体内水分量も同様です」


「俺から百五十キロ抜けてたら、検査どころじゃないだろ」


「そこまで減る前に死亡します」


「真顔で返すな」


 施設内の配管や貯水設備にも変化はなかった。


 コールの身体から出たわけではなく、空気中の水分を集めた形跡もない。それでも、タンクの中には百五十リットルの水が残った。


 研究員が次に用意したのは、中身の見える透明なボトルだった。蓋は固く締められている。


「内部へお願いします」


 コールはボトルを見たまま手を向けた。


 何も起きない。


「無理だ」


「蓋を外します」


 開いた途端、底に少量の水が落ちた。


 もう一度締めると、また出なくなる。


「中が見えていても駄目か」


「場所として選べない」


 生物の体内へ直接生成できないことは、模型や培養組織を使った検査ですでに確認されている。肺や血管へ水を生み出せないだけではなく、閉じた容器そのものが生成先から外れるらしい。


「悪用しにくいのは良いことね」


 エレナが言った。


「最初から人の体内で試す前提なの、怖くないか?」


「全員が思いついたから、最初に潰したのよ」


「全員?」


 研究員は端末を操作したまま顔を上げなかった。


 次の検査では、床に半径五メートルの円が引かれた。


 コールは中央に立ち、指定された位置へ少量ずつ水を出していく。四メートルでは問題ない。五メートルの線上にも現れたが、その先へ指定が移ると、何も起きなくなった。


 コール自身が一歩進めば、先ほど出なかった場所にも水が落ちる。


「範囲も一緒に動くのか」


「本人を中心に半径五メートル前後ですね」


「壁の向こうは?」


「見えない場所には出せない」


「密閉されていなくても?」


「たぶん無理だ。場所が分からない」


 続いて、十リットルの水を空中へ浮かせた。


 綺麗な球にはならず、大きな水の塊が絶えず形を変えている。コールが細長く伸ばそうとすると、先端は丸まり、途中から崩れて戻った。


「刃物にはならないな」


 ケイレブが横から覗き込む。


「無理に細くすると、持ってる方がきつい」


「盾は?」


「顔にぶつけるくらいなら」


 コールが腕を振ると、水の一部が標的へ飛んだ。


 板の表面で弾け、床まで濡らす。一般的な水鉄砲よりは強く、目や鼻へ当たれば動きを止める程度の効果はありそうだったが、標的そのものには傷一つない。


「それ以上、圧力を上げられますか」


「出る水が増えるだけだ」


 研究員が計測値を確認する。


「攻撃手段としては限定的ですね」


「よかったな、ウォーターサーバー」


 ケイレブが言った。


「誰がウォーターサーバーだ」


 グラントが資料を一枚めくる。


「冷たくも熱くもできない。ウォーターサーバーに失礼だ」


「庇ったように聞こえた時間を返せ」


 コールは水を浮かせたまま歩き出した。


 水の塊は少し遅れてついてくる。早足でも崩れず、走り出すと表面を大きく揺らしながら追従した。コールより速くは動かせないが、置いていかれることもない。


「そろそろ二分です」


 研究員の声がした直後、水が一度大きく揺れ、そのまま床へ落ちた。


 コールは止まり、濡れた床を振り返る。


「今のは俺じゃない」


「前回とほぼ同じです」


 水を浮かせたまま、コールだけが離れる検査も行われた。


 九メートルでは維持できた。十メートルの印を越えたところで、保持が切れる。落ちた水は消えず、床を流れて排水口へ向かった。


 衝立の裏へ移した場合は解除されなかった。ただし、見えなくなった途端、動きは露骨に雑になる。向こう側に置いた容器へ入れようとして、半分以上を床へこぼした。


「見えなくても動かせるが、狙えない」


 ケイレブが衝立の裏を覗く。


「何となく位置は分かるんだがな」


「壁越しに当てるのは?」


「そこにいると分かってれば、水をぶつけるくらいはできる。目は狙えない」


「戦闘で使うなら牽制までか」


「今のところはな」


 一通り終える頃には、コールの肩が下がっていた。


 筋肉を使った疲れとは違う。身体の中身が薄くなったような虚脱感が、生成量に応じて増えていく。百五十リットルを出した時は、その感覚が急に深くなり、次に目を開けた時には医務室だった。


「回復状態は正常です」


 研究員が前日までの数値を表示した。


「限界使用の翌朝は反応速度に低下が残りましたが、二十四時間後には検査前の水準へ戻っています」


「一日寝れば戻るのか」


「現在の範囲では」


 検査室の奥から、小さな声が聞こえた。


「なら、再現試験も――」


 コールがそちらを向く。


「沈めてやろうか」


 返事はない。研究員が何人か、急に端末へ集中し始めた。


「お願いだから、二度とやらせないでくれ」


 研究員の一人が、話題を変えるように別の資料を表示した。


「外部部門から提案が届いています」


「ろくな提案じゃないな」


「生成水は飲用可能で、成分も安定しています。そのため、広報利用と試験販売について――」


 画面へ青と白の仮ラベルが出た。


 中央に、コールウォーターと書かれている。


「却下だ」


「説明はまだですが」


「名前で終わった」


 エレナは画面を眺め、眉間に皺を寄せた。


「人から出した水に本人の名前を付けて売るの?」


「正確には、本人の近くに生成された水です」


「余計に気持ち悪いわ。そんな提案をするな」


 研究員は小さく咳払いし、商品化資料を閉じようとした。


「一応、広報部門では親しみやすさを――」


「誰に親しませる気だ」


 コールが言う。


「購入者です」


「俺を飲ませるみたいな名前にするな」


 グラントが画面を一瞥した。


「冷たくも熱くもできない。商品としてもウォーターサーバーに失礼だ」


「俺じゃなくて、とうとう水の方が謝るのか」


「ウォーターサーバーという呼び名は残る」


「商品化だけ却下して、あだ名を採用するな」


 商品化提案の画面が閉じられ、代わりに今日までの検査結果が表示された。


 コールの身体も、室内の湿度も減っていない。生成された水は消えず、採取した日が違っても成分はほぼ変わらない。計器が示せるのは、そこまでだった。


 どこから来たのかという欄には、未解明とだけ入力されている。


 コールは検査台に残っていた紙コップを取り、少量の水を出して一口飲んだ。常温の水が口に残り、期待していたわけでもないのに顔をしかめる。


「せめて冷たくできればな」


「機械へ近づく意思はあるらしい」


 資料を閉じたグラントへ、コールが紙コップを向ける。


「頼むからやめてくれ」


 職員たちは床に残った生成水を採取容器へ移し、最後の一本へ蓋を締めた。コールは大型タンクが空のままだと確かめてから、ようやく検査室の扉へ向かった。

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