第264話 動く根
八層へ残した寄生個体の活動範囲は、それからも少しずつ広がっていた。
甲殻類や魚型の数を増やし、要所にはウナギ型や水陸両用のトカゲ型を混ぜる。上空には新しく加わった巨大な鳥型も出せるようになり、入口周辺だけなら俺が直接歩かなくても、どこに大型生物が多いのかくらいは分かるようになってきた。
その日の探索も最初はいつもと変わらず、俺は寄生個体から返ってくる反応を頼りに、まだ確認していない場所を順番に回っていた。途中で見つけた魚型を何匹か増やし、泥の中に潜んでいた大型のカエルらしい生物は数が揃うまで手を出さずに避ける。
変化に気づいたのは、入口からかなり離れたところまで来た時だった。
「また減ってるな」
少し先へ散らしていた甲殻類の反応がいくつか消えている。先日、巨大な鳥型に食われていた時と似ているが、今回は残った個体の動きが違った。
危険な場所から広く逃げているのではなく、ある一本の線を避けるように左右へ分かれている。魚型も同じで、水路を進んでいた群れが途中で二つに割れ、何も見えない場所を大きく迂回していた。
「何があるんだ?」
俺は巨大な鳥型を上空から向かわせ、自分も狼型と蜥蜴人を連れて近づいた。
そこは周囲より少し木が少なく、浅い水が広がっていた。水面から太い木の根が何本も出ており、倒木や枯れた枝まで混ざっているため、遠目には特に変わった場所には見えない。上空の鳥型からも大型生物らしい反応はなかったが、それでも甲殻類は近づこうとしなかった。
俺は足元の泥を見ながらゆっくり進み、水面から半分ほど出ている一本の太い根の前で足を止めた。
「……これか?」
最初は倒木だと思っていた。
直径は俺の胴体より太く、黒褐色の表面には苔や泥が付着している。近くに生えている大木から伸びているようにも見えたが、途中が水中へ沈んでいるため、どこへ繋がっているのかは分からない。
その周囲には甲殻類の殻がいくつも落ちていた。砕かれた形ではなく、一部だけが割れ、中身はほとんど残っていない。
「食われた……のか?」
狼型を止め、水陸両用のトカゲ型だけを前へ出した。
トカゲ型が根から五メートルほどのところまで近づいても変化はなかった。さらに進ませ、その横を通り過ぎようとしたところで泥の下から音がして、太い根が一気に持ち上がる。
「下がれ!」
意識を送るのと根が動くのはほとんど同時だった。泥水を跳ね上げながら根の先端が横へ振られ、逃げようとしたトカゲ型の後脚へ巻きつく。身体を締め上げるように一周すると、そのまま水中へ引きずり込もうとした。
俺は白い糸を伸ばしてトカゲ型の胴へ絡ませ、狼型と蜥蜴人にも引かせる。
「植物じゃないのかよ!」
引き合う力はかなり強く、トカゲ型の脚へ食い込んだ部分から白い糸が露出し始めていた。寄生体が傷を補修するそばから締めつけが強くなっていくため、俺は右腕から伸ばした太い糸を刃のようにまとめ、巻きついている部分へ叩き込んだ。
一度では切れない。
表面は植物の樹皮に見えるのに、その内側には太い繊維が何層も束になっている。
「蜥蜴人、そこだ!」
断骨刀が振り下ろされ、厚い根へ刃が深く食い込んだ。俺も同じ場所へ白い糸を集中させ、二度目の一撃で半分以上を裂く。最後はトカゲ型自身が身体を捻ったことで完全に千切れた。
切断された根の先端は泥の上で激しく暴れ、トカゲ型を下がらせている間に、残った根も逃げるように水中へ沈み始めた。
「待て」
反射的に白い糸を伸ばし、根の断面へ食い込ませる。その瞬間、目の前の一本だけでは終わらず、かなり遠くまで何かが繋がっているような感覚が返ってきた。
「……長い」
水中へ沈んだ先から、さらに奥へ続いている。
寄生体を送り込もうとすると、根の内部で強い動きが起きた。白い糸が入り込んだ部分の周囲が急激に締まり、内部の繊維そのものが押し潰すように動いて侵入を止めようとする。
俺は無理に追わせず、糸を引き戻した。
直後に根が大きく震え、水底の泥が広い範囲で盛り上がった。
「下がれ!」
今度は全員を一気に後退させる。
さっきまで立っていた場所から別の細い根が三本飛び出した。一番細いものでも俺の腕ほどあり、先端は鞭のようにしなる。狼型が一体狙われたが、横へ跳んで避けると、根は深追いせずに泥の中へ戻っていった。
俺たちが距離を取ると、それ以上の攻撃は来なかった。
「範囲があるのか?」
少し離れた場所から様子を見ると、最初に切った太い根はすでに水中へ消え、後から出てきた三本も見えなくなっている。
残ったのは切断された先端だけだった。
近づいて確認すると、断面から透明に近い粘ついた液体が流れている。木の根に見える部分の中には何層もの繊維が走り、その間には細い管のような構造まであった。
寄生体が強く興味を示した。
「食うなよ。まだ分からないからな」
切断した部分だけは持ち帰れるよう蜥蜴人へ預け、それから周囲を改めて調べてみる。
注意して見ると、似た根はいくつもあった。一本は水草の下から泥へ潜り、別の一本は大木の根元を横切ってその先へ続いている。最初はこの湿地に生えている木の根だと思っていたものの中にも、同じような表面をしたものが混ざっていた。
「……どの木の根なんだ、これ」
近くにある木を順番に見ても繋がりが分からず、一本を辿っても途中で水中へ入り、その先は泥の下へ消えてしまう。
巨大な鳥型を上空から少し遠くまで飛ばしてみると、木々の隙間から見える別の場所にも、似た色をした太いものが見つかった。今いる場所からはかなり離れている。
「同じものか?」
まだ確証はない。ただ、寄生個体が避けている場所を改めて意識してみると妙な偏りがあり、いくつかの空白が点ではなく細長く繋がっているように見えた。今まで大型生物の縄張りだと思って迂回していた場所の中にも、同じものが混ざっている可能性がある。
俺は甲殻類を数匹だけ離れた場所から一本の太い根へ向かわせた。近づくだけでは何も起きなかったが、さらに距離を縮めると泥の下で根が僅かに動いたため、すぐに甲殻類を戻す。
「やっぱりこれだな」
動物のようにその場を歩き回って獲物を探している様子はない。近づいたものだけを捕まえているようなのに、同じものらしい根がかなり広い範囲へ伸びている。
俺は周囲へ散っている寄生個体へ、この形の根へ近づかないよう大まかに意識を送った。すでに近くにいる個体から順に動きが変わり、それぞれが根を避けるように進路を変えていく。
「しばらく触らない方がいいな」
本体がどこにあるのか、それともこれ自体が一つの生物なのかも分からない。ただ、少なくとも八層には、今まで俺が気づかず横を通り過ぎていたものがあり、それは一か所だけに存在しているわけではなさそうだった。
帰る前に巨大な鳥型を高く飛ばし、もう一度周囲を見渡させる。
木々と水草に覆われた湿地では地面まで見える場所は少なかったが、それでもところどころで泥の上を這う太い線が見えた。俺のいる場所からかなり離れた場所にも続いており、今まで普通の木の根にしか見えていなかったものが、急に別のものに思えてくる。
「……どこまで伸びてるんだよ」
返事の代わりに、俺の中の寄生体が強く興味を示した。




