第198話 占拠線
南側封鎖線へ到着した増援部隊は、管理施設へ続く道路を横切るように展開した。
装甲車十二両。歩兵二百名。重機関銃、携行式対戦車兵器、迫撃砲。さらに後方には戦車部隊と工兵車両が続いている。
道路の向こうから、避難民が走ってきた。
研究員、整備員、輸送業者。負傷者へ肩を貸す者もいれば、靴を失ったまま走っている者もいる。
その背後を、暗赤色の四脚獣が追っていた。
「人間が射線へ入る!」
先頭の装甲車に乗った指揮官が叫ぶ。
車載機関砲は撃てない。
歩兵が前へ出る。
避難民を左右へ誘導し、その間を抜けてくる四脚獣へ小銃を集中させる。
弾丸が皮膚を裂く。
一体が前脚を折られ、舗装面へ倒れた。
倒れたまま、残った脚で進む。
「頭を狙え!」
何発目かの弾丸が縦に裂けた口の奥へ入った。
四脚獣の身体が跳ね、ようやく動きを止める。
その横を二体目が抜けた。
兵士へ向かわず、避難民の集団へ飛び込む。
最後尾にいた作業員が押し倒された。
四脚獣の口が肩口へ食いつく。
兵士が近づき、至近距離から撃った。
背中へ三発。
脇腹へ二発。
四脚獣は離れない。
銃口を頭部へ押しつけ、さらに撃つ。
頭の半分が崩れて、ようやく顎が開いた。
作業員は引きずり出されたが、肩から胸まで深く裂けていた。
「止血! 後方へ送れ!」
救護兵が駆け寄る。
血が道路へ広がる。
その臭いに反応し、管理施設側から複数の甲殻型が向きを変えた。
灰白色の平たい身体が、一斉に南へ走り始める。
「甲殻型、十以上!」
装甲車が射線へ入る。
車載機関砲が短く発砲した。
先頭の二体が砕ける。
三体目は脚を失って転がった。
後続は倒れた個体を避けず、その上を踏み越えてくる。
兵士たちは重機関銃を撃ち続けた。
外殻が剥がれ、内部へ弾丸が入るまで止まらない。
一体へ数十発。
群れを止める間に、避難民が封鎖線を越える。
「最後尾を確認!」
「まだ来ます!」
管理施設の建物の間から、別の集団が現れた。
警備兵に守られた避難民だった。
二十名ほど。
その後ろから、白い節足生物が建物の壁を越える。
長い身体を波打たせ、屋根から道路へ落ちた。
避難民の列が崩れる。
一人が転倒し、その後ろにいた者も巻き込まれた。
節足生物は人間の集団へ向きを変える。
「撃て!」
機関砲弾が中央部へ命中する。
白い外皮が割れ、身体が折れ曲がった。
二発目。
三発目。
節の半分が千切れる。
頭部を持つ側は止まらず、短くなった身体で避難民へ進む。
「まだ来るぞ!」
対戦車班が発射位置へ入る。
だが、節足生物の周囲には人間がいる。
撃てば巻き込む。
歩兵が盾を並べ、避難民との間へ入った。
節足生物の頭部が盾へ衝突する。
小さな口が金属表面を噛み、耳障りな音を立てる。
盾兵が押される。
後列から兵士が銃身を外皮の裂け目へ差し込み、一斉に撃った。
黒い液体が噴き出す。
節足生物が身体を振る。
盾兵一人が弾かれ、道路脇へ転がった。
別の兵士が銃剣を突き立てる。
外皮の隙間へ入っても、抵抗は弱まらない。
機関砲で半身を失った個体を、歩兵二十名近くが囲んで止めていた。
最後の避難民が封鎖線を越えるまで、三分以上かかった。
節足生物の動きが止まった時、盾兵四名が負傷し、一名は腕の骨を折っていた。
「施設側から次の群れ!」
休む時間はなかった。
黒い小型種が建物の上を越えてくる。
空を飛ぶのではない。
高所から薄い膜を広げ、風に乗って滑空している。
数は百を超えていた。
「散開するな! 頭部を守れ!」
兵士たちは顔と首を伏せる。
小型種が装甲車や盾へ当たり、硬い音を立てた。
何体かは兵士の背中や腕へ取りつく。
外殻の下から口器が伸び、防護服の縫い目を探す。
一人が腕へ取りついた個体を壁へ叩きつけた。
二度では剥がれない。
三度目で外殻が割れる。
それでも脚は布地をつかんでいる。
別の兵士がナイフを差し込み、無理やり引き剥がした。
小型種が路面へ落ちる。
踏み潰そうとした靴へ跳びつく。
「火炎放射器を前へ!」
工兵班が携行式の火炎放射器を構えた。
炎が道路を横切る。
黒い小型種が次々に燃え、舗装面へ落ちる。
空中の群れが左右へ割れた。
何十体かは炎を避けて建物へ戻る。
残る個体は、燃えながら地上へ落ちた。
脚を動かし、人間の方向へ這おうとする。
兵士たちが踏み潰し、銃床で叩く。
封鎖線の内側には、すでにモンスターの死体が積み重なっていた。
どれも消えない。
甲殻の破片。
暗赤色の肉塊。
白い節足。
黒く焼けた小型種。
ダンジョン内部なら時間とともに床へ吸収されるはずのものが、地上では形を残している。
道路脇の排水溝へ、黒い液体と人間の血が一緒に流れ込んでいた。
増援部隊の指揮官は、管理施設側を双眼鏡で確認した。
施設はすでに人間の拠点ではなくなっている。
研究棟の窓から四脚獣が飛び出す。
医療棟の前では甲殻型が何かへ群がっている。
兵舎の屋根には白い節足生物が巻きつき、外壁を這う小型種が黒い染みのように広がっていた。
入口からは、絶えず新しい個体が出てくる。
「砲撃準備は」
副官が答える。
「迫撃砲は配置済み。戦車部隊も五分以内に到着します」
「人間の残存者は」
「施設内からの応答はありません。熱源は多数ありますが、モンスターとの区別ができません」
「入口前を砲撃する」
副官が地図を見る。
「管理施設ごとですか」
「建物を残しても敵に利用される。避難路から離れた区画を先に叩く」
命令が送られた。
迫撃砲班が射撃を開始する。
最初の砲弾が研究棟と入口の間へ落ちた。
爆発で甲殻型が吹き飛ぶ。
窓ガラスが砕け、建物の壁が崩れる。
二発目。
三発目。
四脚獣の群れが爆風へ巻き込まれた。
数体が地面へ倒れる。
一体は腹部を裂かれながら立ち上がり、爆発音から逃げるように南へ走り始める。
戦車が封鎖線へ到着した。
道路を塞ぐように並び、砲塔を管理施設へ向ける。
「大型個体、入口前!」
歪んだ防護扉の奥から、黒褐色の獣が現れた。
先ほど倒された個体より一回り大きい。
肩の板は厚く、一本角は車両より長い。入口を出る際に建物の柱へ身体をぶつけ、コンクリートを崩した。
戦車砲が発射される。
砲弾が黒褐色の獣の正面へ命中した。
爆発。
肩の板がまとめて吹き飛び、巨体が後ろへよろめく。
獣は倒れなかった。
頭を低くし、封鎖線を向く。
二両目が撃つ。
脇腹が裂ける。
黒褐色の獣は走り出した。
「三番車、撃て!」
三発目が前脚の付け根へ命中する。
脚が千切れ、巨体が道路へ崩れた。
勢いのまま数メートル滑る。
一本角が地面を削り、舗装を割った。
獣は残った三本の脚で身体を起こそうとする。
四発目の戦車砲弾が頭部へ命中した。
首から上が消え、ようやく動きが止まった。
戦車砲四発。
周囲の建物も爆風で崩れている。
それでも入口から、次の影が見えていた。
「大型が複数いる」
指揮官は双眼鏡を下ろした。
弾薬は無限ではない。
戦車砲なら大型を倒せる。
機関砲なら中型を止められる。
重機関銃を集中させれば小型も処理できる。
だが、必要な弾数が多すぎる。
敵は補給も隊列も持たない。
入口から出てきて、人間へ向かうだけだった。
こちらは一人が負傷するたびに救護と搬送が必要になる。
一両が壊れれば、回収か放棄かを判断しなければならない。
撃ち続けるほど弾薬が減り、砲身が熱を持ち、兵士が疲弊する。
戦車部隊が四体目の大型を倒した頃、施設北側から別の群れが外へ出た。
入口正面の砲撃を避けるように、建物の陰を通っている。
「北側へ回り込んでいます」
「包囲しようとしているのか」
「そこまでの統制は確認できません。ただ、爆発の少ない方向へ移動しています」
モンスターは銃火器を理解していない。
それでも、音と衝撃を避ける個体はいる。
建物を盾にする個体もいる。
甲殻型は車両の下へ潜り込み、四脚獣は歩兵の間へ飛び込んで重火器を使えなくする。
黒い小型種は換気口や車内へ入り込む。
単純に正面から撃ち続ければ終わる相手ではなかった。
北側へ回った群れが、管理施設の外周柵へ到達する。
四脚獣が金網へ身体をぶつける。
一体目では破れない。
二体目が同じ場所へ衝突する。
支柱が傾く。
三体目が飛びつき、金網ごと外側へ倒れた。
モンスターが施設敷地の外へ出る。
「北側封鎖班、接触準備!」
北側には農地と小さな集落がある。
住民避難は始まっているが、完了していない。
装甲車三両が北へ向かう。
歩兵が後を追う。
指揮官は地図上の赤い印を見る。
南側の主封鎖線。
北へ抜けた群れ。
西側の林へ入った小型種。
施設東側に残された避難車列。
戦力が分散していく。
「避難範囲は」
「半径十キロへ拡大済みです。地方政府が輸送車両を集めています」
「完了まで」
「最短でも三時間以上」
「三時間は持たない」
その時、北側から報告が入った。
『四脚型が集落手前まで到達。住民の車両と接触しています』
銃声。
叫び声。
通信が乱れる。
『車両を襲っています! 中に人が――』
「戦車を一両回せ!」
『道路が狭い。進入できません』
「装甲車で押し込め!」
北側へ向かった装甲車が、農道へ入る。
前方には横転した乗用車があった。
四脚獣が車体の窓へ頭を突っ込み、内部の人間を引き出そうとしている。
装甲車は速度を落とさず突進した。
四脚獣を車体と乗用車の間へ挟む。
骨が砕ける音。
後退して、もう一度押し込む。
四脚獣の身体が潰れても、前脚は窓枠をつかんでいた。
兵士が降車し、頭部へ射撃する。
乗用車の後部座席から子供が引き出される。
運転席の男は動かなかった。
助手席の女は肩を噛まれているが、まだ意識がある。
救護兵が止血を始める。
そこへ西側の林から黒い小型種が現れた。
木々の間を滑空し、救護中の人間へ降りる。
「車内へ戻せ!」
兵士たちは負傷者と子供を装甲車へ押し込む。
小型種が車体へ張りつく。
銃眼や扉の隙間を探して動き回る。
装甲車はそのまま後退した。
集落の奥では、別の家屋から煙が上がっていた。
避難前に残された調理火が倒れたのか、戦闘で燃えたのかは分からない。
四脚獣が炎の前を横切る。
身体の一部が燃えている。
それでも走り続け、人間の乗った車両を追っていた。
南側封鎖線では、管理施設への砲撃が続いていた。
戦車砲と迫撃砲によって、入口周辺の建物はほとんど形を失っている。
モンスターの死体が積み重なる。
だが、流出は止まらない。
「航空支援の承認が下りました」
副官が報告した。
「攻撃機二機。誘導爆弾を搭載。到着まで二十分」
指揮官は入口を見る。
歪んだ防護扉。
崩れた研究棟。
その間から湧き続けるモンスター。
「攻撃目標は」
「施設内の大型個体と、入口前の集結地点です」
「入口内部は」
「現時点では対象外です」
指揮官は地図を見た。
入口周辺を地上から叩き続けても、出てきた個体を処理するだけになる。
内部には、さらに多くのモンスターが集まっている。
地上へ出る前にまとめて攻撃できれば、流出量を減らせる。
誰でも同じことを考える。
「入口内部へ爆弾を落とせないのか」
副官の表情が硬くなる。
「ダンジョン内部の構造は不明です」
「だからこそ、入口を崩せばいい」
「撤退した部隊からは、内部構造への大規模攻撃は試されていないと」
「試した者がいないだけだ」
指揮官は上級司令部との回線を開いた。
「地上個体の排除だけでは流出を止められません。入口および第一層への直接攻撃を要請します」
『入口を崩落させるのか』
「はい。開口部を塞ぎ、内部の集団を爆圧で処理します」
『内部に生存者は』
「確認されていません」
回線の向こうで協議が始まる。
その間にも、新たな大型個体が入口から現れた。
黒褐色の獣ではない。
地面を這う巨大な塊だった。
濡れた灰色の皮膚。
前方に並ぶ六本の太い腕。
後部は入口の奥へ続き、全長が見えない。
六本の腕が瓦礫をつかみ、地上へ身体を引き出す。
戦車砲が命中する。
皮膚が裂ける。
巨大な塊は止まらず、崩れた建物を身体で押しのけた。
二発目。
三発目。
腕が一本吹き飛ぶ。
残った腕で地面をつかみ、前へ出る。
戦車一両へ腕が伸びた。
車体の側面をつかむ。
金属が軋む。
戦車が横へ引かれる。
履帯が地面を削る。
砲塔が旋回し、至近距離から撃った。
巨大な塊の上部が爆発する。
腕の力が緩む。
しかし、入口の奥から後部が押し出され、さらに身体が地上へ出てきた。
「直接攻撃の承認を」
指揮官が回線へ繰り返した。
『承認する』
返答が来た。
『航空攻撃により入口を閉塞。周辺部隊を退避させろ』
指揮官は一瞬だけ目を閉じた。
「了解」
命令が全部隊へ伝えられる。
入口から半径五百メートル以内を退避。
負傷者と残存車両を下げる。
戦車部隊も射撃しながら後退を始める。
管理施設は完全に放棄された。
上空から攻撃機の音が近づいてくる。
指揮官は、瓦礫の向こうに開いた暗い入口を見た。
そこへ爆弾を落とせば、通路は崩れる。
入口は塞がる。
中のモンスターも巻き込める。
それで流出を止められる。
現代の軍隊が相手を封じるために選ぶ、ごく普通の判断だった。
誰も、その攻撃をダンジョン自体がどう受け取るのか知らなかった。




