第19話《ベーグルフレンチトースト》
「ここが図書館。そんなに家から離れてるわけでもないし、また明日ゆっくり来たらいいわ」
帰り際に図書館に寄り、場所だけとりあえず教えてもらった。記憶力は悪くない方なので一人で来れると思う。
「うん、そうする」
「じゃあ、本当にそろそろ帰りましょっか。…あ、そう言えばさっきハドラスは何を言いたかったのかしらね?マシロ、分かった?」
ギクッ
「う、うーん…分かんない」
「やっぱりそうよね。ハドラスがよく分からないことを言い出すのは今に始まった事じゃないから、そんなに気にしないけど」
お姉ちゃんは私が分からないと言ったら興味が失せたようで、そのまま家の方面に向かって歩き出した。上手く誤魔化せたようで何よりだ。
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「「ただいまー」」
裏口の扉を開けて二人で中に入る。今はまだ開店中だから正面扉からは入れないらしい。
「私、結局何の手伝いもしないで楽しんできちゃった…」
「この街に来て観光もせず、いきなり働く気?働き者なのは良いけど遊ぶことも大切だと思うわよ?」
お姉ちゃんは呆れた笑顔を向けてくる。
それも一理あるがタダ飯食らいは罪だ。働かざる者食うべからず。これが私のモットーだ。
お姉ちゃんと共に購入した食材を台所に運んで片付けていると、パタパタと足音が聞こえてきた。顔を出したのはエマさんだ。
「おや、帰ってたのかい。おかえり!楽しかったかい?リリーと一緒だと疲れただろう」
「母さんったら失礼ね!」
「アハハ…」
何とも言えずにとりあえず愛想笑いを浮かべる。疲れたと言えば疲れたし、楽しかったかと聞かれたら勿論と答える。
「あ、今日の売れ残りは何?」
「今日はベーグルとバタールだね」
ベーグルとバタール?この世界にもそんなパンがあるんだ。ずっと思ってたけど、私が想像する異世界よりずっと食文化が発達してるのかな。
「ベーグル?ウチの店にベーグルなんてあった?」
「今朝ヘレナから手紙が届いてね。ベーグルの作り方が同封されてたから作ってみたのさ」
「また?お姉ちゃんも好きねぇ。前寄こした手紙にもパイの作り方が同封されてたじゃない」
「あたしの血を色濃く引いてるからね!」
「その点に関しては三人とも余り変わらないじゃないの」
パンの作り方を手紙同封、という事は前に言ってた長女のヘレナさんだろう。確か違う国でパン屋を営んでるという。
「第一、母さんは父さんの教えてくれたパンだけ極めるんじゃなかったの?最近になって姉さんのパンまで売り場に…」
そう言うお姉ちゃんの横顔は何となく寂しそうに見えた。それを察したのか「まぁ試作だからさ」と言ってお姉ちゃんの肩を撫でている。
この底抜けに明るい人達に似合わない空気に耐えられず、何か言わなきゃと口を開く。
「あ、あ〜…ねぇ、お昼私一人で作ってみたいんだけど…朝から遊び行っちゃって手伝いも出来てませんし…」
どっちに話し掛けているとも取れる言い方で提案をしてみる。とにかくこの空気をどうにかしたい。
「あら…一人で大丈夫?勝手とか分かる?」
「あんた料理出来たのかい?」
よし、注目はこっちに集めた。正直私が逃げたいだけなので、後は二人でじっくり話して解決してもらえれば万々歳だ。
「大丈夫!です!私も何かしたいし…二人は待ってて?ね?ね?お願い!」
施設の妹がよくやってたおねだり文句と共に可愛さ全開ポーズでお願いする。ぶりっ子だと言われても知らん知らん。
「そこまで言うなら…」
「じゃ、今パンを持ってくるからね」
よっし!
「ありがとお姉ちゃん!エマさん、お願いします!」
そういうことで私は今キッチンに立っている。エマさんたちは洗濯物を洗いに行ったのでリビングには私一人だ。色々好きに使って良いと言われたのでお言葉に甘えることにする。
「やっぱ手軽にサンドイッチだよね」
でも種類は違えど二個ともサンドイッチなのはどうなの?
「うーん…あ、ベーグルはフレンチトーストにしよ」
これなら飽きないし、ご飯とデザートって感じで丁度いいと思う。
「バタールの方は朝みたいに横に切れ込み入れてサンドイッチに…ベーグルは横半分の二等分に…」
サンドイッチの方は剥がしたレタスの葉、 スライスしたトマト、塩茹でしたササミをスライスした物をサンドして終わり。
ベーグルはエッグコケコの卵とさっき見つけた牛乳らしき物を卵の1.5倍くらい、それからお好みで砂糖をドバッと入れて混ぜた液にベーグルを浸す。
本当は一時間くらい浸けて置きたいところだけど、時間が無いからフォークで穴を開けまくり、液を深皿に入れてベーグル全体が浸るようにし、短時間で済ませる。
「…あ、バター無いじゃん」
まぁいいか。バターを使った方が絶対に美味しいが今は仕方ない。代わりに卵黄でも足そうかと思ったが既に液に浸けてしまった後なので、諦めてフライパンにオリーブ油を薄く引く。
軽く温まったところでベーグルを片面ずつ焼き、大きめの平皿に盛り、ついでにサンドイッチも乗せておく。
最後に水差しに水を入れたところで二人が帰ってきた。
「良い匂い〜!急激にお腹空いたわ!」
「おかえり!丁度出来たところだよ」
私はサッと皿とコップ、水差し、それからジャムの瓶と小さなスプーンを机に並べた。
すぐに私達三人は席に着く。
「「「いただきます!」」」
んー、我ながら中々美味しく出来た。
「あ、フレンチトーストにはジャム乗っけて食べてね」
「フレンチ?トースト?って、何?」
お姉ちゃんが不思議そうな顔で聞いてくる。
「この甘い液に浸したパンを焼いたやつのことだよ。今日はベーグルでやってみた」
「そんなパンがあるのね、知らなかったわ」
「あたしも知らないねぇ」
そう言いながら二人はフレンチトーストを口に運ぶ。
「!!…美味しい!ケーキみたい!」
「ジャムを付けなくても優しい甘さで食べやすいし、ベーグルなのにフワフワしてて面白いね!」
良かった、好評みたいだ。
「あーあ、美味しくてもう食べちゃった」
お姉ちゃんは残念そうにサンドイッチだけ乗ってる皿を見る。そんなに気に入ってくれるならもう少し多く作っておけば良かったかな。
「まぁ仕方ないわよね。ん、サンドイッチも美味しいわ〜。本当に料理が得意だったのね」
「ほんと、ベーグルがこんな風になるなんてねぇ」
「へへ、ありがとうございます」
褒められて良い気分に浸っていると、不意にお姉ちゃんがとんでもない事を言ってきた。
「そうだマシロ!働きたいなら個人経営で飲食店やればいいじゃない!」
「はっ?」
「他にも作れるんでしょう?最初は手伝うから、やってみたらどうかしら!」
「いや、いやいや経営なんてやった事ないし…私レベルの料理を商品として売り出すなんて…」
「そこは大丈夫よ、私も母さんもいるし。それにとっても美味しいわよ?」
「良いじゃないか!数軒隣に小さめの空き家があった筈だから手配するよ?」
エマさんまでノってきてしまった。
「でも…」
「大丈夫だって!ダメだった時はさっさと辞めれば良いのよ!」
何だか危ない物をゴリ押しで進める人みたいなセリフを言うお姉ちゃん。
「嫌かしら?良い案だと思ったんだけど…」
「嫌ではないけど…」
むしろ将来的には自分の店を持ちたいと思っていたから、嬉しい筈だ。だけどこんなに早くその話が来るなんて思わなかったし、経営経験なんて無いから不安の方が圧倒的に大きい。
「なら良いじゃない。出来る限り手伝うわよ?」
「うーん…。…うん」
「決まりね!」
「その前にギルド登録だね。確か、どこにも登録してないんだろう?」
「はい」
「じゃあ今から行きましょ!すぐ行きましょ!」
「わ、分かった」
「空き家の買取手続きもしたいからあたしも一緒に行こうかね」
「え?お店は…」
「ちょっと長めの昼休憩だ。いつ店を開けるかなんて決まってないんだから良いんだよ!」
えー…かなり適当な事言ってるけど本当に大丈夫ですか?責任取れないですよ?
「さっさと片付けて行きましょ!」
素早く後片付けをする二人を見て、押しに弱い性格は直さなきゃな…と切実に思いました。




