第16話《着せ替え人形》
まだ料理する場面が出て来てないのそろそろダメだと思うので次回かその次辺りで出したいと思います…多分。
「いらっしゃいませ!…って、リリーじゃない。従業員入口を忘れちゃったの?」
「こんにちは、フリージア。私今日はお休みよ?今日はお客として来たの」
「あら、それは失礼しました。ところで、そちらは?」
「妹のマシロよ!」
妹の、と言う部分を強調してお姉ちゃんが私を紹介した。
「まぁ、妹さん?」
アングレアと呼ばれた女性はスカートの裾を指先で摘み、少し腰を低くして自己紹介を始めた。
「初めましてお客様。私、モニカ・ウィルネスでホール兼職人を勤めております、
フリージア・モンステラ・ストロメリと申しますの。気軽にフリージアとお呼び下さいませ」
そう言い切って女性──フリージアさんはニコッと魅力的な微笑をたたえる。
「ま、マシロです。よろしくお願いします」
余りの丁寧さと美しさに一瞬固まってしまったが、慌てて短い自己紹介を返す。
「ところでリリー、貴女妹さんなんて居らしたの?」
「あ〜…えぇ、まぁ、ちょっとね」
目を泳がせて答えるお姉ちゃん。流石に怪しさ満点過ぎる。
「あら、深く詮索する程私は野暮じゃなくてよ?そんなに分かりやすく目を泳がせなくても良いじゃない」
「そう…助かるわ」
「伊達に口外厳禁の秘密が飛び交う場所で育ってませんもの、ちゃーんと心得てるわ」
うふふ、と上品に手を口に当てて笑うフリージアさん。それに対し苦笑を浮かべるお姉ちゃん。
フリージアさん、何だか闇が深そうなお方ですね。
「ところで買い物に来たのよね?何をお探しですか?」
フリージアさんは私に向き直ってそう聞いてきた。
「えっと…」
「大丈夫よフリージア、今日は私が選んであげる約束なの」
「そうだったの?ではごゆっくり。何か御用があればお申し付けくださいませね」
最後にニコリと微笑みを浮かべると、フリージアさんは離れて行った。
「フリージアさんって、凄く丁寧な人だね」
「フリージアは貴族出身で育ちが良いから何をするにも上品且つ丁寧なの。良いとこ出なのを鼻にかけたりしない、自慢の友人よ」
「え?フリージアさんって貴族なの?」
名字があるから何となくそうだと思ってたけど…。
貴族のお嬢様と言ったら、毎日お茶会に舞踏会に贅沢三昧パラダイスってイメージしかない。フリージアさんの様に街で働いているなんて考えられなかった。
「ここの服が好きで家を飛び出して住み込みで働いてるのよ」
「えっ」
行動力凄まじいね!?
「だからかしら?ここの従業員は中々にプロ意識高いと思うけど、その中でもあの子は特に強いのよ。私も尊敬してるわ」
「そうなんだ…」
素敵だなぁ。
「あ、これなんかどう?」
お姉ちゃんは春らしい黄緑のワンピースを見せてきた。話しながらも選んでいたらしい。
「発色が凄く綺麗…だけど私にはちょっと派手な気が…」
「何言ってるの!その濃過ぎず薄過ぎずの顔立ちに、何色でも合いそうなその髪色!ちょっとくらい派手でも何も問題ないわ!」
「あぁ、もう!着せ替え人形にしたい衝動を抑えるのがどれだけ大変か!」と興奮状態のお姉ちゃん。何やら恐ろしい事を言った気がしたけど聞かなかった事にする。
「そ、そうかな…」
「そ う な の よ!さぁさ、お一人様試着室にご案内致します!」
「畏まりました、お客様どうぞ此方へ」
「え?え?」
お姉ちゃんの言葉にフリージアさんがサッと出てきて私の少し前に着いた。
後ろでお姉ちゃんが「あら?私今日休みじゃない」と言っている。自分の勤める店だからつい忘れてしまったのだろう。
「そうよリリー、貴女今日休みじゃない。試着は任せて他のお洋服見ててくださいな」
「じゃあ任せるわ」
「任されたわ」
そう言ってお姉ちゃんは売り場の方へ、私とフリージアさんは試着室に向かった。ここの試着室は扉のついた小さな個室らしい。
「お召し物は此方の服掛けへどうぞ。ご試着なさいましたらお声掛けくださいませ」
フリージアさんはにこやかにテキパキと事を進めていく。服掛けと言われたハンガーに似たそれに、ブラウスを残して着ていた物を全て掛けた。それから渡されたワンピースを着てみる。…が、しかし。
「ひえぇ…似合わない…」
試着室の真上には明かりが付いており、先程より明るい黄緑色に見える。黄緑と言うよりライム色だ。
ウエスト部分が絞られたキャミソールワンピースは、膝上の長さでシンプルなAラインだ。
「あの〜…」
遠慮がちに顔だけ試着室から顔を出す。
「どうされました?」
「お姉ちゃん呼んでもらっていいですか?」
「畏まりました。リリー?妹様がお呼びよ」
フリージアさんはお姉ちゃんを探しに行った。どうやら此方からは死角になる場所に居ただけで、数メートル先から二人で出てきた。
「どうしたの?」
「選んでくれたのにアレなんだけど、ちょっと私にはアレかなぁって…」
アレ、という言葉を使い曖昧にし、遠回しに「似合わないから他のが良い」という旨を伝えた。つもりだった。
「うん?とりあえず見たいから出てきて?」
「は、はい」
お姉ちゃんの有無を言わさないオーラに仕方なく試着室から出る。
「思った通り素敵ね!でも…赤系の方が良いかしら?フリージア、どう思う?」
「うーん、そうですわね…。妹様には妖精の様な幻想的な色合いがお似合いだと思いますわ」
「はい?」
至極真面目な顔で何を言い出すんだ、と思っていたらフリージアさんが突然語り始めた。
「妹様の髪色だけを見るなら探せば他にも多数居ると思うけれど、その透き通る様な髪質はどこを探したってきっと見つかりませんわ。私は、その美しい髪を活かしたいと思いますの!」
興奮気味に答えるフリージアさんの隣では、お姉ちゃんがうんうんと頷いている。
「ですから私はそのワンピースよりも透け感のある生地とデザインの物を選び、尚且つ光を味方に着ける紫を推奨致します。どうでしょう?リリー」
「透け感に関しては私も同感よ!」
何やら二人で盛り上がってしまい、私は一人置いてけぼりだ。
「あぁ、本当に素敵な髪…光の加護を貰った天使様と言われても何の疑問も持ちません…」
恍惚とした表情で見られても困る。何だかとても居心地が悪い。そんな事を言ったらリリーお姉ちゃんやフリージアさんだって素敵な髪だと思う。
お姉ちゃんは前から言うように立派なストロベリーブロンドの髪だし、フリージアさんだって少しグレーっぽい水色の落ち着いた髪色だ。化粧で顔を変えるなら話は変わるけど、まんま日本人顔にはきっと似合わない色だから少し羨ましい。
「フリージア、妹に最高に似合う服を選ぶために客観的な意見が欲しいわ。この時間は余りお客様もいらっしゃらないと思うし……お願い出来るかしら!」
「えぇ、任せてリリー!」
先程はお互い役割分担していたというのに今度は二人で私の服を選ぶと言う。生き生きとした二人の表情を見ると拒否するのは難しそうだ。
既に二人で次の服を選び始めている。
「さ、マシロ」
ニコニコしながらお姉ちゃんが次の服を持ってきた。今度は淡いエメラルドグリーンのスカートらしい。後ろには上品なアメジスト色のワンピース等、多数の衣服を抱えたフリージアがにこやかに立っている。
「…なるべく街に馴染む感じでお願いします…」
私はそう言い残して、たっぷり小一時間程二人の着せ替え人形となった。




