第8話「伝達兵にかかる疑惑」
ルルリーナにリードを取られ、眠れない一夜を過ごすかもしれない。という私の不安は杞憂に終わった。
よくよく考えたらわかりきったことなのだが……。
ルルリーナは、知識だけが先行していて、経験が全くない。
つまり身も蓋もなく言ってしまえば処女というわけだ。
長い時を孤独に過ごしてたのだから、まあ、当然のことなのだが、彼女の底抜けの明るさとか、テンションとかで、そのことをつい忘れてそうになる。
対する私は、好奇心旺盛だった過去もあり、そのような行為に及んだことは星の数ほどあるかもしれない。
どのくらい経験があるのかは、長く生きすぎてあんまり覚えていないが、そのことを昨夜、ルルリーナを押し倒しながら言ったら、真っ赤な顔で「お師匠様のケダモノ!不純物!」と罵られた。
まったくもって言いがかりだ。何千年も好きな人なしで生きていけるわけがないだろう。
……まぁ、それはともかく、昨夜は本当に気持ちがよかった。
肉体関係なんて二度と持つまいと思っていたが、やはり「好き」という感情にはどうしても逆らえないな……。
私としては、いつもはガツガツくるルルリーナが、焦ったり赤面したり縮こまったりしてたのが堪らなく可愛かった。
もっとも、そのルルリーナご本人様は、初体験が思った以上に恥ずかしかったようで、起きたらすぐに半裸のまま逃げてしまった。
なので今私は一人、キッチンでコーヒーを啜っている。
ま、ルルリーナのことだし直ぐにでも私の隣に寄ってくるのだろう。
「じぃ〜…。」
ほらな。
またわざとらしく、ドアの陰から私を見つめている。
逃げ出した手前、自分から話しかけるのは恥ずかしいのだろう。
ここでまた、気づかない振りをするなんて意地悪な思考が頭をよぎるが、そろそろ勘弁してやらないと、ちょっとルルリーナが可哀想だ。
彼女の可愛い姿なんて、これから死ぬまで沢山見られるだろうしな。
「ほら、ルル。突っ立ってないで早く座ったらどうだ?これからの方針について話すことがたくさんあるからな。」
私がリビングのソファーを指差すと、彼女はふわっと笑顔になり、嬉しそうに私と目を合わせた。
ーーー
「それでお師匠様。英傑を探すと言ったって、どこをどう探すんですか?世界って超広いですよね?」
私は空になったコーヒーカップをテーブルに置き、彼女の質問に頰を緩ませる。
「ああ、勿論当てがない旅をするわけじゃない。そもそも英傑というのは、その時代時代に存在する《英雄》レベルの人物全てに英傑たり得る資格がある。それに加え、ある特定の条件を満たしたものだけが、デタラメな能力を携えた《英傑》になるということだ。」
「つまり……どういうことです?」
ん……少し言葉足らずだったか。
「つまりだな、英雄級の人物がいそうな場所、例えば帝都出会ったり、戦争をしてる国の最前線だったり、秘宝の眠る難関ダンジョンの中だったりに行けば直ぐに見つかるって訳だ。」
すぐ、なんて根拠のないことを言ってしまったが……いや、私にとってもルルリーナにとっても数年なんて一瞬か。
「そうですか……すぐに見つかっちゃうならちょっと悲しいですね……私はなるべく沢山の時間をお師匠様と過ごしたいのに……。」
そう言ってルルリーナは俯いた。
すぐに見つかるってことは、必然的に私が死ぬのが早まるってことだ。
ルルリーナにとっては、それはあまりよろしくないことなんだろう。
私からすれば、全てが完結するまで、長く見積もって5年程度だと思っているが、彼女からして、それはやはり短いのだろう。
「大丈夫だ。なんて無責任なことは言えないが……悪いな、お前に別れなんていう負担を押し付けて……。」
そこでハッと我に帰ったのか、ルルリーナは首をブンブンと振って、
「い、いえ!私は大丈夫です!だからあまり謝らないでください!それで、最初はどこに向かうのでしょう。」
無理矢理に話を本筋に戻されたが、私もそれに逆らう理由もなく「うーん、そうだなぁ」と、一息置いてから、
「英傑の話ばかりしてからでなんなんだが、ちょっと気になることがあってだな。先にそっちを片付けてから、まずは帝都に向かう。帝国軍の奴らに文句も言いたいしな。」
「えっと……気になることとは?」
そう、私は昨日からずっと気がかりであった。
性格的な問題なのかもしれないが、あそこまで視線を何もないところを追うように彷徨わせたり、常に声が震えていたところを見ると、少し疑いの感情が芽生え始める。
極め付けに、彼女が出て行くとき、服の淵に見えた不自然な赤いシミ。
「帝都に戻るノイシャを追う、あの子の裏に、あまり良くないものが張り付いている可能性がある。