エピローグ:松浦春治郎の覚書-2
<一年後>
現在、松浦洋食店の営業はディナーのみだ。というのも、孫の柊介が新婚旅行でいないからである。てっきり海外にでも行くのかと思ったら誓子ちゃんが“海外は仕事でしょっちゅう行ってるので国内旅行がいい”と言ったことで京都になった。
海外に行く機会が多いとそういうものなんだろう。だったらと俺の修行仲間たちが開いた店を教えておいた。きっと柊介にもプラスなるだろう。
今日は店が休みで俺は店の上にある自室でのんびり約束している客を待っているんだが、どうやら来たようだ。
「こんばんは」
「よお、和哉くん。柊介の披露宴いらいだな」
「そうですね。そういえば今は京都で新婚旅行中でしたよね」
「そうなんだよ。俺の修行仲間がやってる店を何件か紹介したから食べ歩きでもしてるかもな。そうやって美味い店を味わうのも修行だからな」
「春治郎さんの紹介じゃ、すごい店ばかりだろうなあ」
「まあ料理人になって長いから知り合いだけは多いんだ。で、和哉くんよ。お子さんが産まれたばかりで早く帰らないでいいのかい?男も育児に参加しないと大きくなってからつまらんぞ」
「今日は用事があって妻の実家に行ってるんですよ。せっかくだから泊まっておいでと伝えてあるんで問題ないです。ところで春治郎さん、俺聞きたいことがあるんですよね」
「ほう。なにかな」
「またとぼけて。三島と松浦を引き合わせたのは春治郎さんですよね」
「ふん、俺はボランティアで俺たち隠居仲間に英語を教えてくれる優しい娘さんに、好物のオムライスを作ってあげてただけだよ。ま、ちーっと独身更新中の孫息子の話はしたけどな」
「よく言いますね。そのボランティアにかこつけて“誓子ちゃんとちょっと連絡とりたい事項があるから帰国日教えてくれ”って無茶ぶりしてきたくせに。俺が三島と同じ会社だって分かってから片棒担がせる気満載でしたよね」
「あんまり年寄りをいじめるもんじゃないぞ」
「自分の都合の悪いときだけ年寄り扱いを求めないでくださいよ。それより他にも何かやらかしてないですか?」
「やらかすとは失礼な。まあ百歩ゆずって俺が引き合わせを画策したってことにしても、つきあうことに決めたのはあれと誓子ちゃんだろうが。ま、たま~に煽ったくらいだな。なんだその訝しい目は。俺は嘘はつかん」
まったく和哉くんは鋭い。柊介はいい友達に恵まれたもんだ。
「柊介は和哉くんという友人がいて幸せ者だな」
「…急になんですか、その話題転換。分かりました、これ以上は追及しませんよ」
さすが和哉くんだ。物分りがいい。やれやれと言った様子の彼を見て俺は嬉しくなって肩をたたいた。
「それともう一つ聞きたかったんです。松浦たちが共働きでよかったんですか?」
「全然かまわないさ。誓子ちゃんは外で、柊介は店でそれぞれ一生懸命働く。だいたい俺の奥さんだって店のことなんて一切しなかったしなあ」
「そういや礼子さん、ばりばりの医者でしたもんね。“孫にばあちゃんと言われるのはいいが、あんたは私を名前でお呼び”と言われました。最初はびびりました」
「ははは。患者以外の人間には初見で一発かますのが礼子さんの趣味だからなあ。打たれ強い人間が好きで好奇心旺盛だったし」
「じゃあ三島は気に入られたでしょうね。彼女、鍛えられてますから」
「間違いねえな。きっと海外のことを質問攻めだったぜ。そうだ和哉くん、夕飯食べていけよ。そのつもりだったんだろ?」
「鋭いですね」
「もうすぐ夏彦も帰ってくるだろ。一緒に食べよう」
さて、夕飯はなにを作るかな。やっぱりここはオムライスだろうか。




