結末
終わった。
休憩したい旨を申し出ると、素早く客室が整えられた。
大きなソファに一人、座っていた。
目の前には、いい香りのハーブティーが置いてある。
ようやく、一人で泣ける。
そう思っていたのだけれど、涙は出なかった。
殿下の誤解が解けたことが嬉しかった。
婚約破棄は・・・そんなに、辛くない。
もう、悲しみは飽きるほどに感じてしまったのだろうか。
すっきりした気分だった。
随分、放心して座っていたのだと思う。
ノックの音で、ふと、我に返った。
「シャル?入っていいかい?」
「ええ、もちろん」
返事をして、入ってきたのは兄一人だった。
「終わったよ。後は、父の仕事だ」
嬉しそうに言って、そのまま、私の目の前に座り込んだ。
………。
「お兄様!?そんなところに座らずに、ソファに!」
あまりに自然に、目の前で跪くので、ちょっとの間、眺めてしまった。
慌てる私を手を振って制してから、ふと、真面目な顔になった。
「大丈夫。気にしないで。シャル?」
跪いた兄に見上げられるような姿勢で、さらに手を取られた。
なんだか、妙に気恥ずかしい。
目をそらしていいものか
「シャルロッテ」
兄が、真剣な声で、私を呼ぶので、少し驚いて、目を見つめた。
「私と結婚してほしい」
跪いて、手の甲にキスをして。
まるで、大切な女性にするように、そっと、私の手を捧げ持って。
兄の行っている意味が分からなくて、考えて、考えて―――
「ダ・・・ふゅっ!?」
拒否の言葉を吐こうとした途端、顎をつかまれた。
「返事は、『はい』だ。それ以外は聞かない」
横暴ですね!
「お兄様、これ以上、私のために犠牲にならないでください」
兄が、まだ言うかというように、私の頬を両手で挟んだ。
「おひいひゃ・・・もう、やめてください!」
兄の手を振り払って、叫んだ。
「私はもう嫌なのです。お兄様が一生、私を背負う必要はないのです」
新たに涙が浮かんだ瞳を、兄は嬉しそうに見つめて言った。
「では、こうしよう。私がシャルを背負うから、シャルも私を背負ってくれ」
訳が分からない。
「公爵を継ぐのだ。なかなか、重いぞ?」
「だから、私は、お兄様を、縛りつけたりはしたくないのです」
「私を縛る?うん、それならば、私もシャルを縛り付けよう。・・・他の男を見てはいけないよ?」
さっきまで押さえつけられていたのとは、全く違うやさしさで、頬を包み込まれて、息をのむ。
額をこつんと合わせて、目をのぞきこまれて、その優しさに涙がにじむ。
「お兄様・・・」
「ルイスと呼んでほしいところだな」
「あの・・・お兄様は、本当に愛する方と幸せになっていただきたいのです」
「よし、分かった」
さっきまでの問答が嘘のようにあっさりと頷いた兄に、ちょっと驚く。
そうして、安心と、残念さを含んだため息を吐こうとして・・・浮く体に悲鳴をあげた。
「じゃあ、結婚してくれると言うことだな」
兄に抱き上げられて、初めて見るほどに、嬉しそうな兄を眼下に見つけて息をのんだ。
「愛しているよ、シャル」
すでに成人した兄と妹がするには、親密すぎるふれあい。
瞼に、頬に、首筋に唇が落されていき、くすぐったさに身をよじる。
「シャル、陛下の許しは得ている。明日にでも結婚できるが、式の準備とか・・・やはりいるだろうな。無理矢理終わらせようとしたら、母から叩き出されそうだ。・・・新居は必要だな。父と母が邪魔をしてきそうだ。あとは、お前のドレスか」
「え、え、えぇ?」
「大丈夫だ、すべて任せておけ」
「おに・・・っ」
「ルイスだ」
満面の笑みを、少し厳しいものに変えて、間近で覗き込んでくる兄の顔が、男性の顔をしていることに気が付いた。
というか、さっきから、あちこち触られている気もする。
「私のことを、女性としてみているのですか?」
おずおずと尋ねると、呆れたような視線が返ってきた。
「さっきから言っているだろう。勝手に婚約とかしやがって。どれだけ私が苦労したと思っている」
とっても理不尽なことで怒られている気がする。
「私が、男として、こうやって触れても、不快ではないだろう?そうして、シャルは私を愛している」
自信満々の言葉に、赤面する。
そりゃあ、一番近くに、こんなに素敵な方がいれば、少しはそんな気分にもなる。
血は繋がっていないけれど、兄だと、ずっと気持ちは押し込めていたのだ。
ここ数年は、殿下と婚約もしたし・・・。
「だから、結婚しよう?」
疑問形で・・・けれど、一つの言葉以外は封じてしまう彼に、私は笑った。
笑って、応える。
「はい、ルイス。喜んで」