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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
一の章、誰がその手を汚せといったか
14/24

[012] ころころファンタ〔2〕

     〔2〕


 アルシンは観察していた。

 遠隔上空俯瞰にて、集め続けていた情報がある。

 街道沿いにときおり見受けられる、野盗山賊どもの動向と拠点についてだ。


 大森林から西南西の方角に位置する最寄りの街、名をユークスタシラムと呼ぶようなのだが、この街からは西と南の方向へそれぞれ街道が伸びていた。

 というよりも、ユークスタシラムの街の方が道の果てに位置していて、要するに最辺境の街であるようだったが。(別の言い方をするなら“開拓前線都市”とでも呼べるのだろうが、街中における威勢の落ち着きや周辺の村々の貧しさ具合などを見るにつけ、どうやら精力的な開拓攻略は諦められて久しいようだった)

 街道は、先の通り主要なものが二本。これは馬車での交通を考慮して高低差の少ない道のりを通しているようで、つまりはそれだけ遠回りでもあるようだった。その不便を補うためか、山峰や丘を越える苦労がある代わりにより最短に近い経路を通っている細い道もいくつかあった(いわゆる裏街道か)。

 そして、野盗たちはこの内の裏街道に対して主に活動しているようだった。ただし、たまに表の街道に出てくることもあった。どうやら襲撃の対象と箇所を分散しながらやりくりしているらしい。

 おもしろい点としては、ユークスタシラムの街からさらに秘境方面へと踏み入った東と北の側の村々、この村々と街の間を行き来する行商人や買出しの村人などは襲撃されていなかったことだ。推察としてはおそらく、小規模過ぎて実入りが悪いことと、“代わりがいない”者たちを襲えばあっという間に営みが衰退してしまうだろうから、巡り巡って野盗稼業も干上がってしまうことを理解している、といったところか。

 また、野盗たちの襲撃に際しては必ずしも戦闘や殺傷に及ぶといったことはなく、基本的には脅して「通行料」を払わせているようだった。とはいえ、素直に言うことを聞かない相手には容赦もないようであったし、一旦戦闘に陥ったなら全滅戦しかないようであったが(戦意がくじけての逃亡は別として)。それに、「通行料」は金銭に限らず荷の割譲を強要している場合もあって(つまりは強奪だ)、中には立場の低いと思しき女性(にょしょう)をかどわかしている場面もあった。そのためか、時によっては襲撃を受けた側も戦力として敵わぬこと明白であっても激しく抵抗することがあり、そうした場合には最悪の暴力的過程と決着――すなわち殺人――を示すことがままあった。(むろんだが襲われる側とて無防備ではなく護衛の者や武装を備えていて、野盗の側にも死傷者が出ることは珍しくない)

 野蛮な連中だ。たとえ生きるために連中なりの知恵を絞ったゆえのことであったのだとしても、それ自体を全て否定できるわけではなくとも個人的には嫌悪しか抱けない。それがアルシンなりの見解であった。

 問題は。そんな連中を利用して、“この先”に踏み入るのであれば、アルシン自身もまたそうした野蛮さを拒絶してはいられなくなるということだった。やるならば後戻りは利かない。よくよく考え抜いた上で決断しなくてはならない。


 その日、朝から分厚い黒雲の下に雨が降り続けており。闇色の雲間には稲光が閃くこともあった。

 アルシンは、以前に設置したログハウスでこの日を過ごしていた。リビングの机に紅茶の注がれたカップを置きさらし、椅子の背もたれに深く腰掛けた姿勢で、黙然と沈思を重ねていた。

 部屋には灯りもつけず薄暗い中、窓からときおり差し込む稲光だけがその表情を照らし出している……

(――合理的に考えろ、アルシン。後手に回っては危地を招くだけだ……)

 ならば先んじて、備えを済ます。その実行をためらわせる要素があるとしたら、ひとえに自身の勝手な嫌悪感だけだ。そんなものは倫理ではない。合理をもって超克せしめるべき甘えだった。時に、そんな甘さこそがどうしようもなく大切なものであったのだとしても。今は。

 やるなら、今なのだ。いずれではなく。また、いずれ同じとなるならば、後送りにしてしまうことは害でしかない。余裕のある今の内にこそ、計画的に済ませておく必要があった。この“備え”をこなさないというのであれば、それは運頼りに事態を投げてしまうというに等しい。そんな様では、早晩破局を迎えることが目に見えている。この現地の文化と住人は野蛮であり、人間相手にも荒事は避けて通れそうにない。であれば、接触前に自分から経験してしまった方が“安全”なのだ。皮肉なことではあるが。

 両の掌を合わせた指先を眉間に触れつけながら、アルシンは時にうつむきつつ、時にあおぎつつ、己の内なるを見つめていく。引き換えに失ってしまうものもある。自分にとってそれはどれほどの取り返しがつかないものであるか。人には誰しも譲れえぬ一線がある。()()を退いてしまっては生きては行けないという線引きだ。()()は自分にとって、そこを越えてしまうものであるのかどうか。何より重要であるのはその点だった。“この己”として生きていくための対処として行うことであるのだから、そのせいで自らを損なう結果となってしまうようでは本末転倒なのだ。

(やりたくはない……やるべきではある……やらない理由もない……)

 きっと苦む何かも味わうだろう。それでも。

 ――やる。この地で、この世界で生きてゆくなら、必要な備えだ。

 腹の煮えこむ何これの一切を込めて、吐息に乗せて己へ告げる。荒天をつんざく雷鳴とともに、その閃光を顔にも受けながら。

「…………生き抜くためなら、鬼にもなりましょう」

 言葉に浮かぶ眼差しを、見届けた者は何人もおらず。

 決断は下され、あとは行動するのみであった。



 とある低山の峰越えの道を。

 眼下に臨む高山の岩峰の先に、アルシンは立っていた。

 その見下ろす峰越えの道は、高度が低いためか森林限界以下にあって林の茂る中を通っており、道の周辺には視線を妨げる物陰が多い。当然ながらその死角は野盗どもにも利用され、斥候や先遣の隊が放たれていて道行く人々を潜み見ていた。そしてアルシンは、そんな野盗どもを高所からさらに見張っていた。

 今アルシンのいる峰上は、高所のためか心地よい涼風が吹き抜けていた。対し、あの道の通るあたりでは少し蒸し暑かろう。潜んでいる野盗どもは汗ばんでいるかもしれない。気温は日々、上り目を見せていた。先日の雷雨を併せて鑑みれば、季節は夏の盛りへと向いつつある頃なのかもしれなかった。

「さて……。条件を設定し、厳守する。適した機会だけを狙い打つ」

 条件はただ一つ。アルシンが関わっていることを特定させない、これに尽きた。ゆえに、証拠は残さず、生き残りも許さず、情報の一切を持ち帰らせない。立場に関係なく。

 この道沿いには、発見した野盗団たちの中でも一つの者たちしか近寄らない。別段、縄張りめいた取り決めがあるわけでもなかろうが、どうやら自然と住み分けているらしい。斥候隊の行動パターンは既に把握してある。あとは、道行く本来の旅人たちが目撃者となることのないよう、タイミングを図るだけだった。通行の状況は上空俯瞰から広く見て取れるため、その手の予測は容易である。

 もう四半刻(約30分間)もする頃、旅人が誰も通りかからなくなる空白の時間帯が訪れる。元より人通りの多い道ではない。時間的余裕は二刻(約4時間)近くも見込める。状況はイージーと言えた。アルシンがミスさえ犯さなければ。

 自身の内なるためらいこそが何よりの大敵である。決断は既に下した。ならば、心身の隅々まで、神経の一本、筋肉の一筋までも、己が統御の下に掌握するべく。その満たすべき意志を練り上げ、腹からねじるような思いで自らに強く叩き込む。

 そうして、時間が来る。行動(ミッション)を開始する。


 林の中、アルシンは樹上に潜む。もちろん身を隠すためのスキル【隠形】や【隠蔽】は細心の注意の下で施している。

 峰越えの道を林の陰から監視する、野盗の斥候役たる者たち。そのさらに背後の林の内、約二十七間(50m弱)ほどの距離を置いた位置に、アルシンは狙撃体勢で構えていた。

 林の中だ。二十七間も距離を置けば、普通は弓矢も何も届きはしない。だがアルシンほどの超絶の技巧があれば射線を遮る障害物も何のその、木々の幹、枝葉、立ち岩や地盤の高低差までも含め、小石一つが通れるだけの隙間さえあれば問題なかった。そもそもが大樹の幹だろうと丸ごと撃ち抜けるだけの威力とて発揮できるのだ。しかし、それほどの大威力をまき散らしてしまうと、破壊の跡がさすがに目立つ。よって、最低限の射線を確保しつつ、最も距離を離しておける位置を探った結果が、現在の待機場所であった。

 そう、重要なのは距離である。距離は、殺人を遠くする。その感触を届かせない。血煙を浴びることもなく、血臭を嗅ぐこともない。それは、殺人の実践に伴う様々な()をも薄く出来ることを意味していた。

 アルシンにとって、今回の一連の行動など、必要な経験の蓄積を然るべく手順として消化するという、それ以上の意味がありはしない。こんなことで精神的な痛手からのストレス障害を患うなどといった重荷を抱え込む気は、毛頭なかった。ゆえに、心身が受け止めきれなくなるほどの急激なショックを味わっては失敗となる。経験を無理なく消化できる範囲に留めつつ、段階を踏んで、日数をかけて少しずつ、()()()()()を深めていくのだ。なぜなら、神経組織が体験入力された情報を消化し定着が進むためには、睡眠を要するのだから。生理の仕組みに正しく則り、いっぺんではなく日をまたぎ分散して処理する。これがアルシンの用いる論法であった。

 よって、初めの内は最遠距離からの狙撃だけで目標を破壊する。そして慣れの醸成とともに段々と距離を詰めていき……最終的には、素手で潰すところまでを実践する予定でいた。

 なお、遠距離攻撃の手段には、投石を選んだ。この場所近辺で拾った石だ。跡に残ろうが破片が飛び散ろうが、その痕跡をもってアルシンの足取りを追うことは至難である。その上で遠距離からも致命の威力を届かせることが出来る。これが重要であった。


 背を向けた野盗の先遣要員たちは、今回は三人だった。

 自分たちが安全な場所から一方的に見張る側だと思い込んでいる者ほど、その背後には隙が生じる。

 彼我の間には木々が茂り、連なる枝葉は風にも揺れて。しかし、その不安定な隙間を縫って通るかすかな結像光をもって、アルシンは目標の位置と姿勢を精確に把握してみせる。

 野盗たちの後ろ姿を見据える。狙うは後ろ首の頚椎、後頭部の付け根部分だ。ここを破壊すれば一撃で絶命する。声をあげることすらなく。

 殺人に言葉は要らない。ただ黙々と処理するだけだ。死者に届く言葉なぞなく、発声することは戦闘において隙でしかないのだから。それでも示威の欲を抑えきれない者が自己陶酔の言葉を吐く。まぁ時に、故意に利用することもないわけではないが。

 標的は()()。ただし手に持つ投石は四つだ。三指で握れる程度の小石で人体相手の威力は十分、それを二個ずつ両手に持つことで次弾と予備弾を兼ねる。弓矢における「二の矢」のようなものだ。

 気配なく、必要最小限度の魔力だけを込めて――狙い放つ。まず左右の手から一投ずつ、次いで右手を返して即座のもう一投。計三弾を放つのに五分の一秒とすらかかっていない。もはや同時に等しい。

 着弾。標的の身動きすら予測の上で寸瞬の高速に飛来した投石は、あやまたず三弾とも命中。目標頚部を貫き破断、頭部を宙に舞わせる。心臓が動いた状態での動脈破損のため派手に血しぶきが噴き上がることになるが、この段階ではそれを見届けはしない。

 樹上に位置取るアルシンから放たれた射線は俯角を帯びているため、貫通後の投石は少しの距離を駆けて後に地面をうがつ。わずか爆散の痕跡を生じてしまっているが、埋もれた小石を掘り出したところで何を分析することもかなうまい。

 淡々と。殺害を完了した事実だけを踏まえて、静やかにアルシンは立ち去る。足跡も靴跡も残さぬよう処置には細心を尽くして。倒した連中に近づきはしない。戦利品も、この段階では回収不要だった。

 そして後には、用なしとなった頭と胴が三つずつ、ただ山風に吹かれて転がっていた。



 アルシンは狩っていく。

 少数の別働隊たちを。あるいは孤立したうかつ者を。

 外回りに出た手の者が日々惨死している様を見せつけられた野盗たちは、混乱し、あるいは怯え、時に内紛からの刃傷沙汰によって自滅すら演じながら、次第に拠点としている小屋や洞窟に引きこもらざるを得なくなっていく。

 大して備蓄があるわけでもない連中だ。篭城戦など滅びの道でしかないことは明らかだったが。

 しかし偵察に出した隊は、どんどん戻らないことが増えていく。減るほどにアルシンの手が回りやすくなり、討ち漏らしはなくなっていくがゆえだった。

 追い詰められていく、いくつかの野盗団。

 そうしてついに、遠距離狙撃ではなく直接殲滅を実行する段階へと、至る。



 手始めには山肌の洞窟を拠点としている連中を選んだ。

 薬剤を投入しての一網打尽が、より容易であったからだ。

 そして内偵は既に済んでいた。アルシン謹製、偵察用ゴーレム。その小型バージョンとしてある小鼠タイプや小蜘蛛タイプのものを、以前から多数放って内部事情の把握に利用していた。洞窟内の地形や人員配置どころか、各員の行動パターンから愚痴の内容、細かな嗜好性癖すらあげつらうことも可能なほどだった。

 その日、夜気も降りすさぶ頃、中天には半月が浮かび。光と影を薄く地表へと下している。アルシンは、洞窟を二十間(約36m)ほど置いて臨む木立の陰に潜んでいた。見やる出入り口の脇には、見張りの役らしき者らが二人立っている。

 恐怖からの緊張を帯びてか、それなりに真面目な歩哨ではあるようだったが。さりとて、夜闇の中での見張りなど、元来ならず者でしかない男たちではいかほどの集中力も持続しまい。

 見張りの男の内、一人があくびを噛み潰し、もう一人が顔をこすって眠気を払おうとした、その瞬間。二人そろって視界をわずかな間といえども閉じた、その愚かなる瞬間に。アルシンは無慈悲に投石を放つ。

 首に大穴をうがたれた上に爆散の威までも受け、頭部を胴から泣き別れさす男たち。警報どころか悲鳴をあげることすらなく自らの血に沈む。それを横目に間髪をいれず、洞窟の内部へと丸玉めいた薬弾がいくつか投げ入れられる。

 昏睡毒と麻痺毒の煙霧散布弾だ。前者は、即効性かつ優れた抵抗(レジスト)突破性を備えるが、効果継続時間が短い。対し後者は、遅効性ながらも深く強力に効いてゆき、そして持続時間が長い。組み合わせて用いることで、有無を言わさぬ行動不能状態をもたらすことが出来た。

 洞窟の内部では枝分かれした先の小部屋めいた空間に、扉や間仕切りの設置などもあったが、その密閉性や空気流動の計算確認やら小穴を開ける小細工やらは、全て事前に済ませてあった。

 アルシンは十数分間ほど待ち、薬剤の効果が十分浸透した頃を見計らってから、洞窟内部へと歩を進める。念のため防毒マスクは被っておく。薬効への対処だけでなく、これで万が一にも顔を見られることはない。

 侵入する。経路上にいる野盗の者たちを片端から始末していく。時に投石で穴をうがち、時に足裏で踏み潰し、そして時に掌底で圧壊する。返り血も浴びるが、あえて避けずに受けておく。既にその段階に至っていた。

 洞窟内の人員配置は事前に把握しており、討ち漏らしはない。中には男だけでなく飯炊き女めいた者たちもいたが、それらも区別なく屠っていく。事前の会話情報からは元が捕らわれの身である者たちも混じっているようではあったが、かといって今時点においても変じるところなく野盗たちの“身内”の意の者ではないとした明確な区別がつく言動も見受けられなかったため、後のリスクを考えれば生かしておける対象ではなかった。

 団員たちの寝所らしきところや、特に団長の部屋においては貯めこまれた少々の財貨も見かけたが、それら戦利品の回収は後回しとする。

 たいがいを始末し終えて。だが洞窟最奥の枝道の端において、最後に一つの難題があった。

 牢屋めいた隔離小部屋に押し込められた、若い娘たちだ。事前に存在は把握していたし、この娘たちはただ襲われて捕らわれただけの被害者であることは判断ついていた。

 では何が問題か。それは、アルシンの身の安全だけを単に考えるのであれば、この娘たちも残さず始末してしまった方が将来のリスクを減じられるということだった。何の縁もゆかりもない連中だ。わざわざ助ける筋合いなどないし、そのせいで自身に危険を負うようなことは秤にかかるところもない。しかし――

(これは……どうにも。一線を越えてしまうな。これは無理だ……)

 何より恐ろしいのは、今回一度限りのつもりで実行したところで、たったそれだけの経験量でも“慣れきって”しまいかねないことであった。アルシンは自身の異常なまでの適応力を既に承知していた。ここまでの戦闘と殺人への適応、それと同じように、本当の区別なき殺人にだって一度の経験から適応を果たしてしまうかもしれない。もしそうなったら最後、アルシンは自身のことをどこまで認められるものか。ひょっとしたら、そもそものそんな自意識からして根こそぎ変容してしまうかもしれない。それはとても恐ろしいことだった。

 やはりここが線引きだろう。アルシンにとって、己を生きるということの上で。事前に勘案は深めていたものの、こうして実際に目の当たりにしてみれば、改めても思い知る。

 ならば生かして助けると、そう判断を下すだけだ。ただし、助け方には注意を要する。

 幸いにして娘たちはいまだ意識を喪失したままだ。薬効に抵抗できていなければ半日は目を覚ますまいが、念を入れて手早く準備を済ます。

 まず、牢を出てすぐの場所に、物資を積み置いておく。洞窟内における戦利品として回収できる物の内から、比較的状態の良い飲食物、布地と衣服の換え、桶や水樽、短剣や短槍、また革鞄や革袋に野営用具や食器なども含めた日用品類を最小限でまとめて詰めたもの、などである。次いで、見つけた現金や換金性宝物の内の半分と、近隣の森林で採取できる種の新鮮な果物をいくつか、目に付きやすい位置に積んでおく。

 これらの物資をどのように利用するかは本人たち次第だが、捕らわれていた間の衰弱と不衛生を対処するのであれば役立つはずであった。また、身を守るための武装については素人でも扱えるよう選んでおいた(足らなければ自分たちで探し漁ればいい)。そして当座の資金については、街や村へ帰って社会生活に復帰するにおいて何とか困らぬ程度にはあるだろう。決して大金ではないものの、銀貨が数十枚に金貨も数枚、加えて宝石類がいくつかある。(当人たちが仲違いなどして意義ある使い道を図れないようであれば別だが……。そこまでは面倒の見ようもない)

 牢扉を開け、各々の拘束を解いてやり、そして解毒用の霊薬を投じる。高級万能薬だ。魔力を込めて投擲し、輝く靄のように小範囲の効果を及ぼす。その効能は高く、アルシンの使用した二種の毒性のみならず、ついでに捕らわれの間に患ったかどうか知らないがその身の上下を病魔に冒されている娘らについても、併せて治癒してしまえるだろう。ある程度の怪我も治る。

 これで後は十数分と経たぬ内に目を覚ますはずだった。アルシンは素早く立ち去る。

 洞窟の外に出る。周囲の状況を手早く再確認しておく。血臭から野獣やモンスターが寄って来ないよう施しておいた結界陣は問題なく機能している。このまま半日は機能を果たすだろう。洞窟内に残された娘らが身動きを決めるまでには十分のはずだった。また、隠蔽法も隙なく施してあるため、結界陣の存在を常人が感知することは至難である。そして効果時間を終えれば痕跡を残さず自己消去する。あの娘らが術式を解析するといったことはあるまい。あくまで、絶対ではないが。

 また、洞窟の出入り口から少し離れた位置にある、粗末な馬小屋と荷車やらの置き場。そこの飼い馬たちもむろん昏倒させてあった。かわいそうではあるがたとえ動物の知覚であっても見聞きさせるわけにはいかなかったため(優れた魔術の手腕があれば記憶を読み取ることも不可能ではない)、もろともに薬剤を散布しておいたのだ。この馬たちにも解毒薬を投げておく。目を覚まさせておけばおそらく娘らが役立てるだろう。ただし、万一放置された場合の悲劇を回避するため、馬たちの拘束は軽く引く程度で解けるように結び直しておき、馬房の柵は開けておく。

 全てを終えて、アルシンは帰り去った。風の吹き消えるように音もなく。


 そうして、四半刻(約30分)もする頃。よろめくように洞窟から歩み出てきた複数の人影が、周囲をとまどいの目で見渡していたが……

 その者たちが見つけられる相手も、そんな様子を見届ける者も、どちらも在りはしなかった。



 さらに後日、手の及ぶ範囲の野盗団を殲滅し終えたアルシンは、ある一つの感慨へと至っていた。

 それは、人間相手であっても、慎重に計画を期した上でのことであったとしても。

 あまりに容易く殺せる。

 という、圧倒的に上位の君臨を果たしてしまえている、自身の戦闘力と行動能力についてであった。諸手の平を見やるようにして、嘆息とともに言葉が漏れる。

「こりゃあ…………長生きできそうには、ないな」

 増長せぬという方が無理だ。強大な力が備わっていて、振るわずにいられるはずがない。安穏の平時ばかりならともかく、危急や理不尽を目の前にした際、どこまで我慢する気になれようか。アルシンという存在は、善かれ悪しかれ必ず目立つ。

 だが、広く世の内には。これほどのアルシンの実力に対してさえ、並び立つ者や上回って見せる者とているはずなのだ。でなければ自身の力もまた存在できていられるはずがない。

 そうした真の強者たちと、いつかまみえる時に。もしもアルシンが「人の世の異物」なる立場であったなら、その勝敗はどのように転ぶか。相手が組織立って襲い来るならば、いかなアルシンといえどもどこまで抗しきれるかは定かではない。いや、きっと敗れるだろう。個人であることには限界がある。そこの見境を失う気はないのだから。むろん、簡単に負けてやるつもりもないが。

 目立つことは、避けられない。目立ち方の内容には立ち回りの余地こそあるが、その形を本来の志向から曲げて抑えるような真似は長続きしないだろう。ただ己が理性の自律だけが頼りなどと。

 結局のところは、流儀(スタイル)だ。己なりの流儀、アルシンとしてのスタイル。それこそが自ずから立ち位置(スタンス)をもまた定める。そこを見失っては何にもなりはしないし、そこさえ見失わなければどんな事態にだって心を満たす何かをもって挑んで行ける。

 ならば、それを思い定めるべきは、今だった。

 宣言を。自らに告げる、形ある言葉を紡ぐ。

「おれは……『アルシン』だ。ソロ専のアルシン。猛毒のアルシン」

 アルシンたる己として生きる。それがこの地で踏み立つスタンスだと腹に決める。

 思えば始めから予感していたのかもしれない。なぜなら、かつて日本人として生きていた頃の、記憶の中のその氏名を、どうしてこれまで一度として思い起こすこともなかったか。

 その名はもう必要ないと、本能めいたもので悟っていたのかもしれない。それは別離ですらない。この己は既にしてアルシンなのだから。

 それが分かった、ここから明日は。

「いっちょう派手に、やりますかっ!」

 そう挑むように言葉を発して。見つめる先の方角は、あの城塞都市へと向いていた。

 あばばー! こういう話を書き上げるって、パワー要りますね……。なんかまとまり足らなかったらすみませんです。

 あと投稿の間が空いちゃってごめんなさいでした。


 2013年06月20日、作中描写の展開に伴い検索タグ(作品キーワード)を追加致しました。

 2013年06月22日、某所で指摘を受けたので検索タグ(作品キーワード)および「あらすじ」文言を追加致しました。

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