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ぼっちーと オフライン  作者: あんころ(餅)
一の章、誰がその手を汚せといったか
12/24

[010] 確か〔7〕

     〔7〕


 その外にもいくつかの確認できた事柄があった。


 まず、アイテムストレージの出し入れについて。

 腰後ろのウェストバッグの開口部にアルシン自身の手で出し入れしなくとも、おおよそ手の届く程度の範囲内であれば念じること(思考制御)によって、意外と柔軟に実行できることが分かった。これは助かる点が多く僥倖だった。ただその際、出入りする物体の動きが()()()っとした多次元歪曲的な吸い込み吸い出しを見せ、いわく言い難い思いを味わうことにもなったが。

 ただし、そうした出し入れを行う通常収納枠対象のアイテム出現と回収には、実行命令から完了までに数秒がけの挙動を伴うため、緊急時の用には適さない。とっさの際に迅速な使用を要する薬品類などに関してはやはり取り出しショートカット枠に割り当ててウェストバッグの中に予め具現化しておく必要があることには変わりなかった。(ショートカット枠の割り当て可能数量は制限が厳しいため、よく考えて選別する必要がある)


 次に、地図についてだ。

 始めは手書きで記録を進めていた。ゲーム時、これもフレーバー要素に近いものだったのだろうが、手書きマッピング用の方眼紙が実装されていたのだ。本来の地図機能としてはメニューコマンドからの「マップ」で全て事足りるはずなのだが(通った道のりが自動で記録されるオートマッピング機能は標準搭載であるし、クエストなどに際して予め入手できた地図や情報があればそのデータも反映される)、なんでも「マッピングは手書きでするものだっ!」という一部プレイヤー勢力が根強く主張し続けたことによっていつだかのバージョンアップで導入されたのだった。アルシン自身は別段手書き派ではなかったのだが、秘境探索の出先で縁があって交友関係を結んだ何人かのソロ専プレイヤーの内にたしか熱心に勧めて来る者がいて、まとめて何百枚か購入してストレージに放り込んでおいたものだった。

 そうして方眼紙に手書きでまめにカリカリと、周辺の地形や大ざっぱながらも等高線や、目印となるランドマーク(特徴物)の位置、および動植物の分布などについて書き込んでいた。そんな作業を行っている最中(さなか)不意に思い出したのだが、魔導具としてのオートマッピング地図もたしかあったはずだと。

 どこらへんにしまっておいたかすっかり忘れ果てていたためストレージを総ざらいして探すハメになったが、なんとか見つかった。魔導式自動記録地図。そのまんまオートなマップで、踏破済みの地形情報を自動反映して描き出してくれる羊皮紙製(に見える)巻物型の地図だ。ゲーム時の舞台世界における蓄積情報は案の定白紙化していたものの、この地においてアルシンがこれまで探索を済ませた範囲については反映されていた。ただし、細かなメモ書きなどをいちいち書き込むにはこの魔導地図は向かないため、結果としてはそれまでに書き溜めていた手書き方眼紙と併用することにした。まず魔導地図で地形自体についての精確な製図化を得て、それを手書き方眼紙に書き写すやり方ならば精度を出しやすい上に手間も少ない。本来こうした作業に関しては面倒くさがりであるアルシンにとって、これは大助かりであった。


 続いて、ハウス(別荘)の建造物設置と転移帰還点登録について。

 アルシンは、各プレイヤーに本来は一つ限りであるはずのホーム(本拠)の他にも、ハウスを複数所有していた。これは、特殊なソロ専プレイヤーとして、いわゆる「攻略の前線」なる主流から外れた行動範囲を採っていたためで、飛び地や外れ地の秘境を先駆開拓することによってその地域の「領主権」を保有していたことによる。細かな条件は秘境ごとに異なるのだが、アルシンが好んで探索していた野外フィールド型の秘境の場合はたいていその地域の(ぬし)となっている大型モンスターがいて、そいつを倒した上で主が支配していた「地脈の(かなめ)」を掌握することによって選択権を得られる。人里として開拓しやすい形に“開放”すると以後その地域にはNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター:現実の人物が中身であるプレイヤーたちが操作する対象ではない、ゲームシステム側が制御している劇中設定キャラクターのこと)たちが里を築き、村、町、街と発展させていくことになる。その“開拓達成者”は一部領主的な権限を有することができ、特典の一つに館の取得があるわけだ。ただし館の建造物としての規模や質については、開拓した地域の発展具合次第となるため、初めの内や里の発展にろくに寄与しなかった場合には粗末な木造の小屋であったりもするのだが。なお、領主的な統治プレイについてはアルシンにとって興味のないところであったため、最初に基本方針だけ設定して後の面倒なことは代官役のNPCにほぼ丸投げであったりした。(とはいえ、初期の開拓費用については億単位でごそっと投資してやっていたため、何年と続く内に巡り巡って有形無形の資産が膨れ上がっていたりはした。所持金が特に商業プレイでもないソロ専のくせして多く持っていることやストレージ内の豊富すぎる在庫さんたちについてはそんな由来の占める割合も大きかったのだった)

 そんなプレイスタイルであったために、自称“攻略プレイヤー”たちがその地へやっと辿り着いた時には既に「ざんねん! もうそこは開拓済みでしたっ」という結果を突きつける形となってしまう場合があり、アルシン自身には他意はないのだが妬みの目を向けられる要因となっていた。ちなみに、なぜソロ専プレイであるにもかかわらず時にそんな活躍も果たせていたかというと、いわゆる「狩場オン/狩場オフ」と呼ばれる二ヶ月やそこらは街に一切戻らない長期遠征的プレイスタイルをよく行っていたことによるもので(最長で半年近く戻らないことすらあった)、これは他の複数のプレイヤーと足並みをそろえる必要があるパーティ組みの場合には難しいことだったがソロ専のプレイヤーたちにとっては当たり前の“たしなみ”であった。(こうした狩場篭もりをソロ専用語で「巣で暮らす」などと言い表す場合があり、また長く過ごした巣については“故郷”と呼ぶようにもなって一旦離れてから再びおもむく際には「故郷に帰る」とまで言い表す者もいた……)

 そんな所有ハウス群であったが、確認したい点があったため一つ設置してみることにしたのだった。ただし、一度設置展開した後は再収納できない可能性も考えられたため、設置する場所は厳選した。現地民たちの人里から離れる方向へ山脈の奥地へと分け入り、発見され難くかつ防衛に適した地形を複数ピックアップ、アルシン自身が現地にも足を運んで入念に考察した。そうして、手持ちのハウスの中でも一番簡素なログハウス型のもののデータカードを取り出し設置展開を念じてみたところ、うにょっとした何か時空的な歪みとともにその場が光輝に包まれ、数瞬後にはゲーム時の姿に準じた形の無骨な丸太組みログハウスが設置されていた。そのインスタントっぷりに地盤への打ち込み固定などがどうなっているか謎かつ不安な点も多かったが、軽く試してみたところではその設置状態は強固で、ちょっと地震めいて揺らす程度では損壊することはなかった。(アルシンが全力で殴れば破壊できないということもなさそうであったので、建造物だからといって無敵扱いなどといったこともないようであったが)

 設置できたログハウスを検分し、気になっていた要確認事項を確かめていく。まず、ストレージへの再収納は、出来なかった。また、直接の収納ではなく元のデータカードめいた状態に戻す方法は不明で、おそらくは不可能と判断。建物の中に入り、内装を確かめる。ゲーム時にはほとんど使わなかった拠点のため記憶としてはうろ覚えもいいところであったが、それでも印象が合致する範囲では元々の内装通りであり特に損なわれている部分などはなさそうだった。内部設置の魔導具類(収納箱やら冷蔵庫やら)は動力としての魔力を補充してやれば問題なく動いたし、元々収納箱に入れていたアイテム群に関してはアルシンの持つウェストバッグから繋がるストレージ領域へ中身が移っているはずだが箱の方からでも出し入れができた。その際の個数の増減を双方から確かめた結果、やはり一種の連結状態にあるのだろうと確かめられた。ハウスに標準搭載の安全防護結界などについても問題ないようであった。

 そして、転移帰還点登録。最大の関心どころはこれであった。ハウス設備の中核たる魔導コア、これにゲーム時と同じく手を触れて試してみたところ……登録できたらしき手応えがあった。思わず歓声をあげそうになったがまだ早いと一旦抑え、帰還転移用魔導具の一つ「帰天の翼」を手に取り起動準備を念じてみる。先日までは「登録先情報なし」のブランクな反応しかなかったそれに、今いるこのハウスが転移先候補として認識されていた。さっそく、外に出て実験してみることに。

 この手の転移アイテムは戦闘状態などからの逃亡に用い難いよう、発動開始から実際に効果を発揮するまで二十秒ほどの間があるため、この特性を利用して実験する。まずは適当にハウンドゴーレムにでも口にくわえさせた状態で転移起動、アルシン自身は素早く身を離す。結果、対象を中心に魔法陣が複層展開されながら所要時間が経過していき、転移自体は球形の空間的な歪みとともに光輝に包まれつつ発動、ほぼ同時にログハウスの入り口前に同様の球形の湾曲光輝場が現れて、それが迅速に解けた後にはゴーレムが残されていた。ゴーレムに機能の損壊などは特に見受けられず、無事に転移を果たせたようだ。次に、周辺から小動物をなんとか捕まえてきて(少し低地へ降りたところに山羊の一種らしき群れを見かけたので数匹縛り上げておいた)、それらで実験させてもらう。結果としてはこちらも問題なく転移でき、転移後の生命活動に異常な点は見つからず元気なものであった。この動物実験は念のため複数回試させてもらった。アイテム「帰天の翼」は一回使い捨ての消耗品ではあるものの在庫は潤沢にあるし【錬金術】で作製することも出来るので、この程度の数量消費は問題にならない。

 最後は、アルシン自身の転移だ。ゲーム時には慣れた行為ではあったものの、まさか生身で(もうそう認識することにした)空間転移なんて現実ではありえない現象を体験することになるとは、さすがに緊張する。何度と動物実験できたから良かったものの、もしこうした実験が差し挟めない挙動の転移であったなら、おそらく自身で使うことはなかっただろう。そんな感慨の吐息とともに、転移アイテムを起動する。足元に広がる魔法陣……徐々に光強さを増しながら複層に展開する陣が増えていき。全身を取り巻き、球形に細密な術式が埋め尽くし、そして歪曲とともに光り輝く! 数瞬の後……わずかに平衡感覚の喪失を伴いながらも、無事に視界が開ける。そこはログハウスの入り口前。自身の身体状態に異常がないか、アルシンは念入りに確認する。大丈夫だ、問題ない。転移は成功だ。アルシンは今度こそ遠慮なく、歓声をあげた。

 この成功によってアルシンは、一種のセーフハウス(隠れ家)を確保するとともに緊急脱出手段の一つとして転移を選択肢に備えておくことが出来るようになった。これは“奥の手”だ。見えざる縁の下の余裕として、今後の活動における大胆さと安全確保を格段に後押ししてくれることだろう。アルシンにとっては大きな前進であった。


 終いに、ゴーレムの考察について。

 前述のハウス設置に伴いアルシンは思い出したのだが、ホームやハウスには管理人役として設定されていたNPCがあった。通常、これは人間(として扱われているキャラクター)のNPCを雇うことが大半なのだが、【錬金術】が極まっているプレイヤーの中には人間そっくりのホムンクルス(人工生命体)を作って、美少女メイドだの美青年執事だのといった嗜好で拠点の管理を任せている者もいた。アルシン自身はそこから更にひねくれていて、あえてゴーレムで、人間そっくりではなくメタリックさ剥き出しのロボドールな姿形で作製していた。これは、ソロ専として孤高の道を好んで歩むのであるから、他者との交流が疎であることの代償先として人間そっくりな模造品を頼ってしまいたくないという、アルシンなりの信条からの選択だった。人間には本能的欲求があり、どうしても社会的欲求やら尊厳欲求やらの消化先を求めてしまう。そんな欲求の消化にあまりに手軽かつ身近な“代用品”となりうるものは置きたくなかったのだ。身近にあってしまえば、どうしたところで利用してしまう場面が出てくる。それはアルシンにとって尊厳を自ら手折るがごとき屈辱と言えたからだった。(単に人嫌いだからとは言わない。絶対にだ。いいか、絶対だぞ!)

 さて、こうした拠点管理NPCの何が問題かというと、プレイヤーとの会話応答において興ざめさせてしまわないよう、機械的画一的な応答を返すだけの通常型NPC(通称モブキャラ)とは異なり、高度な思考的返答能力を搭載していたのだ。模擬思考人格的入出力応答様式、通称を「中の人入り」タイプなどとも呼ばれたそれは、中枢システム部たる並列量子コンピューター内に独自の思考処理領域を割り当てられ、ゲームプレイ上で普通に接する限りではどう見ても意志ある人間そのものと区別がつかない高精度の振る舞いを実現していた。ただし、全く区別がつかず混乱を招くといったことがないよう、特定キーワードによる定型返答識別やネームタグ属性によって一目瞭然であるなどといった線引きは施されていた。なお、拠点管理NPCだけでなく何らかの役回りをもってクエストなどに関わってくるNPCたちもまた、この“入ってる”型であることが多かった。

 そう、拠点の管理人を任せていたNPCは、独自の思考能力を有していたのだ。そして、アルシンのアイテムストレージの中には、その拠点管理を任せていたタイプのゴーレムたちまで入り込んでいた。果たして、雇った人間型NPCではなくゴーレムとして作製した機体であったがゆえか……。これらがストレージの底の方に埋もれていたのを見つけた際には、雷撃めいた衝撃を覚えたものだった。これらの特製ゴーレムはストレージからは一切取り出していない。万一の場合の危険性があまりにも大きかったからだ。現在の状態は、オンライン支援から断絶している。少なくともアルシン自身にとってはそうだ。この状態下において、量子コンピューター内の領域にその思考のための根源を依存したゴーレムを起動させたら、どうなるというのか? 単に起動しないだけならば、いい。それまでの話だ。だがもし起動してしまったら。ひょっとしたら、あっけなく普通に会話できて貴重な情報を引き出せるかもしれない。その情報次第では現在の状況に大きな進展すら望めるかもしれない。だが、だが。場合によっては狂ったように暴れるかもしれないがそれすらもまだいい、対処するだけだ。しかし、もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その時、自分は。どこまで正気を保って受け止めることができるだろうかと、アルシンにとっては恐怖の対象だった。また、事の真偽を見極めるための判断材料があまりに足りない。もっと多角的な情報をそろえておく必要があった。それまで、手を及ばすには早計であると、そうアルシンは判断を下した。もし何もかも上手くいったなら得られるメリットは大きな話ではあったが、そのアメを飲むには対するリスクが処理しきれるようになるまで、時期を待つ必要がある。


 なお、ゴーレムに関して、通常のプログラム的命令遂行型のゴーレムについても、前述の問題と根本を同じくする疑問点がありはした。

 いったい何がどのように処理を受け持って動作を制御しているのか、である。

 量子コンピューターどころかあらゆる電子計算的サポートが失われていると思しき状態下にあるわけだが……。いちおう、生産品としてのゴーレム設定としては、アルシンの拵えた総ミスリル製ゴーレムたちは特別の設計を施されており、いわゆるコア(中枢装置に相当するもの)を持たない。魔法金属たるミスリル以上の素材を多量に用いる場合にだけ可能な設計技法で、機体そのものが全身で魔導回路を構成しておりコアであり末端なのだ。分散コンピューティングの考え方に近いかもしれない。機体の内外隅々まで多層に刻まれた魔導回路は、一種フラクタルな複合相互支援性を備えており、全体としても一部としても機能を支え合う。結果として、どこの部位を破損しても致命的弱点といったことがなく、全体の半割強を損なうまでは機能し続けることが可能となっている。また、破損が甚大であっても全体の三割ほどが残っていれば、欠損情報を逆算復元することで材料さえあれば再構築が可能だった(そこまで無理して同一個体を使い回す必要があるかというと、そういうわけでもないのだが)。なお、これがもし普通の低級品ゴーレム、すなわち土や石、木材や鉄材で作られる場合には、制御処理を担うコアとなる魔力結晶なり大きな魔導刻印なりが必要となり、そこが明確な弱点となってしまい壊されたら終わりである。

 こうした、魔導具的な根拠こそあるが。それで動いているというのなら、つまりはこの状況下における“実体化”の深度は、とてつもないものがある。この点をもって振り返るなら、あるいは“思考人格入り”のゴーレムすら起動自体には支障ないのかもしれないが……。やはり、現状でのアルシン一個人における視点だけでは扱いきれる範囲ではない。ただ情報が何でも手に入ればいいというわけではないのだから。

 つまるところ、独り相撲で気張るのもそろそろ限界だということだ。


 今日ここまでで、確認するべきことと確認しておけることは、おおよそ済ませた。

 ならば、いよいよ。次なる段階を“動き出す”、その時が来たのだ。

「山羊さん(一匹)は犠牲になったのだ……。馥郁たる肉焼き祭りのタレ揉みジンギスカン、その犠牲にな……」

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