4. ゲーム
道場での練習が終わったあと。
「ねえ、今日うちに来ない?」
リーゼが、あたしたちに声をかけてきた。
「遊びたい!」
セリカもすぐに賛成する。
「いいけど」
あたしも頷いた。
夏休みも、もうすぐ終わり。
こうやって三人で遊べるのも、あと少しだ。
「じゃあ決まり!」
リーゼが嬉しそうに笑った。
そして。
「これ、知ってる?」
リーゼの家に着くと、テレビの前にゲーム機が置かれていた。
画面に映っているのは、格闘ゲーム。
「知ってる!」
あたしは目を輝かせた。
こういうゲーム、大好き!
「じゃあ、やろうよ!」
セリカがコントローラーを手に取る。
「エミちゃんは何使う?」
「これ!」
あたしが選んだのは――
女格闘家。
素早い動きと強烈なコンボが特徴のキャラクターだ。
「じゃあ私はプロレスラー!」
リーゼは、やたらと身体の大きなキャラクターを選んだ。
「私は相撲取り」
セリカちゃんも負けじと巨体のキャラクターを選択。
「・・・・・・」
なんだろう。
二人とも、あたしを倒す気満々だ。
「いくよ!」
試合開始。
「せやっ!」
あたしの女格闘家が飛び込む。
「うおおおっ!」
リーゼのプロレスラーが突っ込んでくる。
だけど。
「遅い!」
大振りの攻撃を間一髪でステップでかわす。
すかさずボタンを連打し、隙だらけの巨体に指先から繰り出す正確な連続攻撃を叩き込む。
そして――
「これで終わり!」
目にも留まらない手数の連撃が画面の中で美しくつながった。
「ぎゃーっ!」
プロレスラーが画面の端まで豪快に弾き飛ばされた。
「勝者、女格闘家!」
「また負けたぁ!」
リーゼが頭を抱える。
「じゃあ、次は私!」
セリカが挑戦してきた。
今度は相撲取り。
画面いっぱいに映るほどの巨体だ。
「今度こそ!」
「甘い!」
巨体の突進を見極め、鋭いガードキャンセルから一気に怒涛の突きを叩き込む。
「うわあああ!」
画面の端へと巨体が崩れ去っていった。
「勝者、女格闘家!」
「・・・・・・」
セリカが無言になる。
「もう一回!」
「何回やっても同じだよ?」
「それでも!」
その後。
軍人!
忍者!!
ナイフを持ったピエロ!!!
鉄のヨーヨーを持ったスケバン!!!!
ことごとく返り討ち。
そして。
「これならどう!?」
リーゼが選んだのは、通常のキャラクター選択画面には存在しない鋼鉄の巨人。
「それ、どうやって出したの!?」
「裏技!」
「そんなのアリ!?」
「勝てばいいの!」
「ずるい!」
それでも。
鋼鉄の巨人は能力がめっちゃ高いけど、必殺技のコマンドが公表されていない。
「せやあああっ!」
大技を誘い出し、空を切った硬直に合わせて完璧なタイミグで連続技を流し込む。
頑丈なはずの鋼鉄の巨人がついに膝を折り、地面へ倒れ伏した。
「・・・・・・」
二人とも完全に沈黙した。
「このゲームじゃ、エミちゃんには勝てないよぉ」
リーゼが、ぐったりする。
「私も無理」
セリカも諦めたようにコントローラーを置いた。
「ふふん!」
あたしは胸を張る。
「格闘なら、あたしに勝てると思わないことね!」
まあゲームだけど。
それでも勝つのは気持ちいい!
「・・・・・・じゃあ」
リーゼが、ちらっとセリカを見る。
セリカも、ちらっとリーゼを見る。
「?」
なんだろう。
二人とも変な顔をしている。
なんかたくらんでいるような。
「エミちゃん」
「何?」
「このゲームさ」
リーゼが、わざとらしく言った。
「お兄ちゃんがめっちゃ強いんだよ」
「アレクが?」
「うん」
「へえ」
「挑んでみない?」
「・・・・・・」
あたしは少し考えた。
今日の道場。
アレクに挑んでも受けてもらえなくて。
「昔は」なんて言われて。
なんとなくモヤモヤしていた。
だったら、ゲームくらいは勝ってやりたい。道場では届かなくても、ここなら対等になれるかもしれない!
「いいよ!」
あたしは指先に気合いを込め、コントローラーを握り直した。
「アレク呼んで!」
「ほんとに?」
「もちろん!」
リーゼがニヤッと笑う。
・・・・・・なんか、ちょっと嫌な予感がする。
しばらくして。
「呼んだ?」
部屋に入ってきたのは、アレク。
「アレク!」
あたしはすぐに立ち上がった。
「ゲームしよう!」
「俺と?」
「そう!」
「いいけど・・・」
アレクはちょっと不思議そうな顔をしながら、コントローラーを手に取った。
「何使う?」
「もちろん女格闘家!」
あたしは自信満々に答える。
「じゃあ俺は――」
アレクが選んだのは、男格闘家。
一番オーソドックスなキャラクターだった。
「それ?」
「うん」
「パワーはあるけど、動き遅そう」
「そうでもないよ」
試合開始。
「いくよ!」
あたしは一気に攻め込んだ。
「せやっ!」
いつも通りボタンを叩き、間合いを詰めて手数の多い攻撃を叩き込む。
「どう!?」
「うん。反応は悪くない」
アレクは冷静だった。指先の手慣れた動きで静かにレバーを操作している。
次の瞬間。
「え?」
あたしの攻撃が届く直前、男格闘家が滑らかに一歩だけ後ろへ下がった。
空を切ったあたしの技の終わり際、無防備になった瞬間を完璧に捉えられて――。
画面の中で重い拳の威力が自キャラクターを大きく歪ませた。
「ええっ!?」
反撃に移る暇もなく、こちらの動きを完全に先読みされたかのような精密な連続攻撃が容赦なく襲いかかる。
「ちょ、ちょっと!」
緑色の体力量メーターが、まるで魔法みたいに勢いよく減っていく。
「はい」
とどめの一撃が画面の端で静かに決まった。
「・・・・・・」
画面には、
『KO!』
の文字。
「・・・・・・」
あたしは口ぐせのように開いたまま固まった。
「もう一回!」
再戦・・・結果。
「・・・・・・」
また負けた。
三回目も四回目も、手も足も出ずに完敗した。
「・・・・・・」
コントローラーを握る手にぐっと力が入る。汗ばんだ掌にプラスチックの感触が硬く残る。
「たかがゲームじゃん!」
思わず口から出た。
アレクが少し驚いた顔をする。
「まあ、そうだけど」
「ゲームで負けたからって、別に悔しくなんかないし!」
「・・・・・・」
「ただのゲームだもん!」
自分でも、ちょっとムキになっているのは分かっていた。道場で相手にしてもらえない悔しさまで一緒に込み上げてきて、胸の奥が熱くてたまらない。
すると。
「じゃあ、ちょっと使い方を変えてみたら?」
「え?」
アレクがあたしの隣に座る。
「そのキャラクター、弱くないよ」
「でも、全然勝てないし」
「男格闘家は、確かにリーチもパワーも上」
アレクは画面を指差した。
「でも、女格闘家は反応が速い」
「スピードじゃなくて?」
「そう。スピードじゃなくて反応」
アレクが操作を見せる。
「この技のあとに、この技を入れる」
鮮やかな指さばきで技が繋がる。
「そのあと、ここ」
画面上のキャラクターが隙なく次の動作へ移行する。
「そして最後に必殺技」
鮮やかな流れるようなコンボが画面狭しと炸裂した。
「・・・・・・!」
画面の中で、あたしが使っていたはずの女格闘家が、まるで別のキャラみたいにすごい勢いで攻撃を繋げていく。
「これが基本的なコンボ」
「こんなの、あたし知らなかった!」
「このゲームは、コンボの繋げ方で強さがかなり変わるんだ」
アレクが笑う。
「だから、極めれば女格闘家の方が使いやすい」
「・・・・・・」
なんだ。
ただ適当にボタンを押しているだけじゃ、このキャラの本当の力を出せていなかったんだ。
「じゃあ、やってみる!」
あたしはもう一度コントローラーを握り直した。
一回、二回、三回。
当然、すぐにはできない。
「あっ!」
ボタンを押すタイミングがずれて途中で失敗。
「もう一回!」
指が滑ってまた失敗。
「むぅぅぅ!」
それでも、教わったタイミングを頭の中で何度も繰り返しながら練習しているうちに。
「・・・・・・あ」
入力の感覚が指にしっくりと馴染み、きれいに繋がった。
「できた!」
アレクが笑う。
「今のはいいね」
「ほんと!?」
「うん」
「じゃあ、もう一回!」
気がつけば。
さっきまでのモヤモヤした悔しさなんて、どこかへ消えていた。
ゲームは一日で極められるほど甘くない。
たぶん、あたしはまだまだ弱い。
それでも、進歩できた感覚が何よりも嬉しくて、胸の中がじわっと温かくなっていた。
「じゃあ、俺はそろそろ」
「あっ・・・」
あからさまに残念そうな声をあげてしまったのが自分でもわかって、ブンブンと首を振る。
その様子を見ていたアレクが立ち上がりざまに。
「また今度やろう」
って言ってくれた。
「うん!」
(あれ、声裏返っちゃった!?)
そんなことが気になってしまったのはあたしだけみたいで。
アレクが部屋を出ていく。
「・・・・・・」
あたしは、なんとなくその背中を見送った。
すると。
リーゼがニヤニヤしながら近づいてくる。
「エミちゃん」
「何?」
「教えてあげる」
「?」
「実はね」
リーゼが、楽しそうに笑う。
「お兄ちゃんがいつも使ってるキャラクターって――」
一拍。
「エミちゃんと同じ、女格闘家なんだよ」
「・・・・・・」
「え?」
あたしは固まった。
「今日使ってた男格闘家は、たぶんあんまり使い慣れてないはず・・・」
「・・・・・・」
「それとね」
リーゼが、最後の一撃を放つ。
「そういえば、このゲームの女格闘家って――」
ニヤッ。(嫌な予感・・・)
「エミちゃんに似てるよね」
「・・・・・・!」
「髪型とか、性格とか」
「似てない!」
「似てる」
「似てないったら!」
「ふふふ。お兄ちゃん、だから選んだのかもよ!」
「笑うなぁ!」
あたしは真っ赤になって叫んだ。
でも、ゲーム画面を見るとそこには、女格闘家が立っている。
・・・・・・。
「・・・・・・ちょっとだけ」
似てるかもしれない。
そう思いかけてしまってからブンブンと首を振った。
いや!似てない!絶対に似てないんだからね!




