1. 魔法少女エミルナ①
「魔法少女の朝は早い!魔法少女の朝は早い!!」
「痛っ・・・! ちょっと、朝から何やって・・・」
あたし、エミルナ・ヴァルシェインは目をこすりながら体を起こし、顔をペチペチ叩いてきた“それ”を睨みつけた。
白い毛玉のようなそいつは、あたしの視線を感じ取ると、つぶらなプラスチックの目をパチパチと瞬かせ、あからさまに小生意気な態度で仁王立ちしてみせる。
「おいコラ人間! 妖精さんに向かって『それ』とは何事だ! 我は大いなる極寒の守護霊・・・の型紙をベースに、セリカが裁縫セットと手芸綿を駆使して召喚した高貴なる使い魔、ゴンゴン(仮)なるぞ!」
「ネーミングセンス! あと夏休みの課題で作ったなら守護霊じゃなくてただの裁縫作品でしょ!」
あたしが突っ込むと、ゴンゴン(仮)はモフモフの短い腕を組んで「フン」と鼻を鳴らした。
ぬいぐるみなので音は出ないはずなのに、どうやって鳴らしてるんだろう。
いや、それ以前にしゃべってるけど。
セリカったらなんか嬉しそうにいろいろギミック入れてみた、って話してたけど、こんな生意気な声で入れなくてもいいのに。
しかも当たり前のようにあたしの肩の上に腰かけるし。
「それにしても『朝は早い』って連呼するのは雑すぎない・・・?」
「何を言うか! 魔法少女たるもの、一に訓練、二に訓練だ! ほら起きろ、二度寝したら次は毛皮の毛を顔に擦り付けてモフモフ地獄の刑だぞ!」
「それ地獄じゃなくてちょっと気持ちいいやつじゃない・・・?」
呆れつつも、モフモフの柔らかい手でペチペチと頬を叩いてくる小生意気な使い魔を抱き上げると、案の定、極上の肌触りだった。
なんでこんなに性格悪くしたのかはわからないけど、セリカの手芸の腕前だけは本物らしい。
こうしてあたしの「魔法少女としての朝」は、なんだか妙に騒がしく幕を開けたのだった。
・・・で、話は少し前。
あたしがまだ見習いだったころまでさかのぼる。
「魔力収束っ!白き拳にすべてを乗せて!!砕け散れ!!!シャイニングブレイカー!!!!」
あたしの必殺の一撃を受けて、機械兵は重い金属音を立てて地面に崩れ落ち、沈黙した。
「ふう・・・やっと一体。けど、こんなんじゃ足りないよ!」
あたしは額の汗をぬぐう。
「エミちゃん、もう帰ろうよぉ・・・またカンナさんに叱られちゃうよ!?」
そう言って心配そうにしているのがリーゼ。
「さっきの大技で、マジカルゲージ、ほとんど空っぽのはず」
冷静に分析するのがセリカ。
2人とも、あたしの親友だ。
あたしはエミルナ・ヴァルシェイン。
小学4年生。
この第三コロニーの平和を守る魔法少女・・・の見習いだ。
「まだダメ!1体ぐらい倒しただけじゃ、叱られるのは変わらないじゃん!だけど10体ぐらい倒したらカンナさんだって褒めてくれるよきっと!!」
ゲージは限界近かったけど、あたしはやる気満々。
そうしなければならない理由がある。
あたしはまだ変身することを認められてないのに、勝手に変身アイテムのブレスレットを持ち出しているのだ。
しかも、見習い用のミニかんなに変身するやつじゃなく、一人前になってから使うちゃんとしたやつ。
そこまでやったからにはちょっとやそっとじゃ褒めてはもらえない。
だから、圧倒的な結果を出す必要があるんだ!
「いつものことだから、一緒に叱られてあげるのはいいんだけど・・・ホントに危ないよ!?」
リーゼは心配してるけど、あたしは全然平気だかんね!
「この近くにもう敵の反応は、ないよ」
いつもながらセリカは状況を把握するのが早い。
「だったらほかの地区に行くよ!郊外の廃墟だったら敵がうじゃうじゃいるはずだから!」
あたしが言うと、二人はちょっと呆れたような表情。
けど、
「まあ、そう言うとは思ったけど。またみんなで、盛大に叱られよっか」
あたしの性格をよく知ってるのか、リーゼは予想していたようにあっさりと受け入れてくれた。
「本当に危険になったら、帰るから」
と、なんだかんだでセリカも一緒に行ってくれるようだ。
やっぱり持つべきものは友達だね!
居住区を離れ、郊外の廃墟。
あたしたちのコロニーは元々、3000人ぐらいの規模だけど、『機械の国』のロボット兵に攻撃されて町の3分の1ぐらいは廃墟になっている。
そして、あたしたち魔法少女がこの地区で戦うことは、普段はほとんどない。
何故ならこの地区は『アルカ・フレーム』と呼ばれる3メートルぐらいの人型ロボットに乗った男子たちが担当しているからだ。
正直言って、男子たちの乗るロボットの火力はあたしたちでは到底出すことは出来ない。
だけどアイツラ、街を平気で破壊するから人が住んでるところじゃ戦えないんだよね。
それで、こんな廃墟の担当に回されてるってわけだ。
ふんだ!結局あたしたちがいなきゃ、街の平和は守れないんだからね!
あたしがなんとなく、そんなことを思っていた時のこと。
「敵・・・来るよ!多い!!囲まれてる!?」
セリカがいち早く教えてくれた。
さっきまで全然いなかったのに、廃墟地区ってこんなに多いの!?
「何機!?」
1体ずつ戦うことしか意識してなかったあたしは、ちょっと冷や汗を流しながらセリカに聞く。
「コロニー中央・人工太陽の方向を0時として、4時、6時、11時の方向。合計3機。4時のやつが一番近いわ!」
一気に緊迫する。
「必殺技はもう撃てないでしょ!?エミちゃん、どうする!?」
「ごめん、あたし一人でやるつもりだったけど、さすがに一人じゃキツイ。2人とも変身して!」
「無理だよ!エミちゃんと違って、あたしたちブレスレット持ってきてないもん!」
「うっ・・・」
そうだった。
あたしは勝手にブレスレットを持ち出してきたけど、リーゼちゃんとセリカちゃんは何も持ってきてない。
つまり、3人で戦うことはできない。
「じゃあ、あたし一人でやるしかない!」
「エミちゃん、それ無茶だって!」
「大丈夫! 3機全部いっぺんに相手するわけじゃないもん!」
あたしは周囲を見回した。
4時方向から来ている敵が一番近い。
だったら、まずあいつを倒す!
1機ずつなら、必殺技がなくてもなんとかなるはず!
「先に近いやつを倒す! そうすれば囲まれなくて済む!」
あたしは地面を蹴った。
「エミちゃん!」
リーゼの声が聞こえたけど、もう止まらない。
敵の機械兵がこっちを向く。
「くらえっ!」
残りの魔力をかき集めて拳に込め、一気に踏み込む。
「せぇぇぇいっ!!」
手応えとともに、機械兵の胸に拳を叩きつけた。
――けれど、手首を突き抜けたのは確かな手応えではなく、冷たい金属の嫌な硬さだけだった。
「うそっ!?」
ほとんど効いてない。必殺技なら一撃だったのに、魔力が足りない素の打撃じゃ装甲を凹ませるのが精一杯なんて!
焦るあたしの目の前で、巨大な機械兵の腕が振り下ろされる。
「わっ!」
とっさに頭の上に魔力の障壁を展開する。
一瞬遅れて、全身の骨が軋むような激しい衝撃が頭頂部から駆け抜けた。
「くぅっ・・・!」
魔法の壁が直撃を防いでくれたから怪我はない。けれど、脳揺れを起こしそうな重苦しい圧力がじわじわと脚へ伝わってくる。巨大な鉄塊で上から潰されようとしているみたいな重圧だ。
「このぉっ!」
押し返そうと拳を握り直すけれど、休む間もなく次の鉄拳が横合いから迫ってくる。
「うわっ!」
展開し直した障壁に、再び容赦ない重量が叩きつけられる。
あまりの衝撃に膝がガクガクと震え、耐えるだけで精一杯だ。
「ヤバッ・・・ちょっとチビッ・・・いや、今のなし!誰にもバレなかったのはノーカンだかんね!・・・とか、言ってる場合じゃないよぉ!」
下着の中に微かに広がる不快な感触を無かったことにして、必死で防衛に専念する。
魔法の防御は頑丈だから、相手がただの物理攻撃である限り突破はされない。
だけど、叩きつけられるたびに衝撃波で内臓が揺さぶられて、反撃に移る余裕なんてどこにもなかった。これじゃあ削り負けちゃう!
「エミちゃん! もう一体、近づいてる!」
背後からのセリカちゃんの叫び声に、心臓がヒヤリと冷える。
「えっ!?」
横目で後ろを振り返ると、6時方向にいた敵が確実に距離を詰めてきていた。
まずい、この体制のまま挟み撃ちにされたら絶対に逃げ切れない!
「だったら、早くこいつを――」
焦って前を向き直した瞬間。
頭上から降り注いだ圧倒的な質量に、あたしの体はあっけなく弾き飛ばされた。
「きゃあっ!」
障壁越しとはいえ、車に跳ね飛ばされたみたいな衝撃。視界がめまぐるしく回転し、がれきの広がる地面を何度も転がっていく。
「うわぁぁぁっ!」
ようやく勢いが止まったときには、呼吸が上手くできないくらい息が乱れていた。
「いたた・・・」
痛覚自体は魔法で遮断できているけれど、一撃受けるたびに体内の魔力がごっそりと持っていかれるのがわかる。こんな重い攻撃を何度も耐えていたら、あっという間に底をついて変身が解けてしまう。
それなのに、後ろの敵も目と鼻の先まで迫ってきていて――。
「エミちゃん、逃げて!」
リーゼの悲痛な悲鳴が響く。
「そんなのダメ!」
あたしは泥を払って立ち上がった。
膝が震えているのは恐怖のせいじゃない、絶対に諦めたくないからだ。
ここで逃げ出したら、カンナさんに怒られる覚悟で内緒のブレスレットを持ち出した意味が全部なくなっちゃう。あたしは認められたいんだ。見習いなんかじゃなくて、一人前の魔法少女なんだって!
「まだ、やれる!」
自分に言い聞かせるように叫び、再び前傾姿勢をとった。
そのときだった。
頭上を風を切る鋭い音が掠めていく。
「え?」
理解するより早く、足首にズシリと冷たい重みが絡みついた。硬い金属チェーンだ。
「えっ!? なにこれ!?」
強烈な力で脚を引っ張られ、あたしの体は浮き上がる。
「うわぁぁぁぁっ!」
ぐるんと世界が逆さまになり、地面と空の位置が入れ替わった。
「ひゃあああああっ!?」
気がついた時には、あたしは宙吊りにされて揺れていた。足首をチェーンでがっちり掴まれて、逆さ吊りの状態だ。
「は、はなせぇっ!」
一気に頭へ血が上ってくる。でも、悔しさや恥ずかしさの方がずっと勝っていた。
「パンツ見えちゃうよぉ!!」
「知らん!」
低く聞き覚えのある呆れた声。
「って、その声!」
視界を揺らしながら顔を持ち上げると、そこには見上げるほど大きな白銀のアルカ・フレームがそびえ立っていた。
チェーンの端を無造作に握っているのは、その巨大な鋼鉄の手だ。
装甲のスピーカーから、身も蓋もない声が降ってくる。
「おい、見習い!」
「・・・その呼び方やめてよ!」
まただ。
またあたしのことを見習いって呼んだ!
「今そんなこと言ってる場合か!」
「だってあたし、ちゃんと戦ってるもん!」
「必殺技を撃って魔力を空っぽにした挙句、3機に囲まれてる奴を『ちゃんと戦ってる』とは言わないだろ!」
「うぐっ・・・」
図星を突かれて言葉に詰まる。確かに客観的に見たらピンチそのものだけど・・・!
「はなしてよ! 自分で戦えるって!」
「放したらまた敵に突っ込んでいくだろうが!」
「突っ込まないもん!」
「嘘つけ!」
・・・なんであたしの考えることが分かるのよ!
悔しさに歯噛みしていると、アルカ・フレームの胸部装甲が機械音とともに左右に滑り開いた。
「え?」
中から、狭いコックピットの内部が覗く。
「ちょっと来い」
「えっ?」
「ここにいろ」
「いや、あたしはまだ――」
「いいから!」
拒否する間もなくチェーンが手繰り寄せられた。
「きゃっ!」
巨大な金属の手で抱え上げられるようにして、あたしは狭い操縦席の中へと強引に押し込まれた。
「ちょ、ちょっと!」
外から見るよりずっと窮屈で、機械の匂いが充満している空間。
そして、そのシートに座ってレバーを握っていたのは――
「アレクシス・フェルメリア・・・!」
アルカ・フレームを操縦していたのは、やっぱりアレクだった。




