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2. 死者の羽衣④


呪法の基礎を教えてくれたあの方との絶縁、破門から二年と半年ほど経った頃、すなわち中学を卒業するまでの間のことです。

私は寝る間を惜しむほど、呪法に傾倒(けいとう)しておりました。


鬱屈とした思春期特有の心持ちに加え、私にはこの世ならざぬ物事と出逢いやすい性質があります。そのうえ、あの方の庇護を離れた身とあっては、どうしても自衛の為の力を蓄えざるを得ませんでした。

書という書を読み漁り、少しでも役に立つものを取り込もうと躍起になっておりました。


そうした日々のなかで、私はひとつの組織と出会いました。

組織、というと少し仰々(ぎょうぎょう)しく感じますが、そんな大したものではなく、同好会だとか、サークル活動といったようなものです。


活動の内容は、まず年に四回の会誌が届けられます。

会誌には、会員が寄稿した文章や自身の紹介文、そして都市部で行われる、不定期での集まりの募集、またはその集まりの内容を記録した記事の発表といったものがほとんどです。

会員同士、手紙のやり取りなども盛んなようで、気の合う仲間と共同で寄稿したり、情報を交換したりもありました。これは当時中学生という、学校、家族、地域という世界しか知らなかった人間にとって、新しく(ひら)かれた世界でした。


そして不定期での集まり、会合と称されておりましたが、これもまた刺激的なものでした。


電車で一時間ほどの場所にある都市部にて、私が初めて会合に参加した時の話です。

そこには老若男女の集まりがありました。

人数は五、六人ほどだったと思いますが、女子高校生らしき二人組、中年の女性、父親よりも年配に見える男性など、様々な人種がおりました。もちろん、一人で田舎から電車で駆けつけた私も、周りからすると変わり種だったと思います。


会合は貸し会議室のような建物の一室で行われました。

私を含め、初対面同士の方が多くいたようですが、会合に参加する方というのは、既に会誌や手紙などで、直接会った事はなくとも接点はありました。ですので、思ったよりも話しやすかったのを覚えております。


刺激的な話がありつつも、何か妄想じみた、素人の創作物でも読んでいるかのような話もありました。

私はその中から、有益そうな話をしている方に目星をつけ、熱心に質問などをしておりました。呪法の手ほどきを受け、実際に習っていた私には、審美眼と言いますか、それなりの素地が出来上がっていたのでしょう。そしてそれは、私が有益と見た方のほうでも感じるところがあったようで、あちら側からも話を振ってくれました。


良い気になった私は、つい『はごろも』について話してしまいました。ひょっとしたら、誰か一人ぐらいは、あの方と同じ系譜を持つ人がいるかもしれないという、淡い期待があったからかもしれません。

残念ながら、そのような方はおりませんでしたが、『はごろも』という呪法は周囲の興味を惹いたようで、皆が前のめりに、そして矢継ぎ早に質問を投げかけてくることになりました。


私自身は、あの通夜の晩以来、一度も『はごろも』を使うことはありませんでしたが、これ自体は決して悪い呪法ではありません。

悪用するにしても、自己に施す以外に使い道がない以上、他者を(おとし)める使い方はないように思えました。


そこで私は、この会合にて『はごろも』を皆で試してみるのはどうかと提案したところ、全員が乗り気であったので、若輩者ながら講師として伝授することになりました。

とはいえ私の『はごろも』は死者の羽衣です。教える時には指を額に付けず、おこなう素振(そぶ)りだけしたのは言うまでもありません。


教えてみますと、まず意外なことに、『はごろも』は全ての方に一定の効果が確認されました。


私が有益であると見た方も、また反対に、これは見込みが無さそうだとおもった、あの妄想狂じみた方も、多少の違いはあれど、効果を実感していたようです。

私はてっきり、全員が上手くいくはずがないと思っていたのです。だって、私はあの方から筋が良いと言われてまいりましたから。

それが今、ピンからキリまであっさりと『はごろも』を(まと)う事が出来たとなると、何かこう、自身の尊厳のようなものが(おびや)かされているような心持ちさえありました。


そこで、そう、私はひとつ、悪戯心(いたずらごころ)を抱いて、ある一人の会合参加者へ声を掛けることにしました。

会合の間、妄想じみた話をしていた人。やれ前世がどうとか、悪魔を呼び出して使役がどうとかいうもので、まるで安物の創作物のような話を吹聴(ふいちょう)していた人物です。

明らかに他の参加者からも浮いており、少なからず不快感を抱いていた私は、その参加者に向かって助言をいたしました。


すみませんが、どうもあなたの『はごろも』は安定に欠けているように見受けられます。

私もお手伝い致しますので、もう一度、一緒にやってみませんか。


そう言って、その参加者に対しての『はごろも』は、私の指先にておこなわれました。そう、死者の羽衣(はごろも)を施したのです。

施す時の、私の指先のなんと冷たきことか。

久しぶりに湧き上がる、あの通夜の晩以来の恐怖に、全身が総毛立つ思いでした。


額に触れた指先から、死者の羽衣が、相手へ広がるのを感じました。

そしてその瞬間、私に触れられた参加者は膝の力が抜けたようになり、立ちくらみを起こしました。倒れることこそ無かったものの、そばにある机に手をつき、周りの人が体を支えるように集まります。


他の参加者たちは私の方を見て、これは大丈夫なのかと、不安そうな表情をしておりました。

私は、どうしたものかと焦りました。明らかに私の手落ちによるものだからです。

悪戯(いたずら)にしても度が過ぎたということを、今更(いまさら)ながらに痛感いたしました。

しかし、その窮地を救ったのは、他ならぬ被害者、つまりは私に死者の羽衣を被せられた当事者でございました。


待って下さい。


その方はそう言って周囲の者たちを落ち着かせると、体勢を整え、こちらへと近づいてきました。そして一言、凄いです、と呟いたのです。


その時は、どういうことだかわかりませんでしたが、ほっといたしました。

ただしそれは、妙な騒ぎにならずに済んだ。自分の居場所を失わずに済んだ。そういった浅ましい安堵感です。


後になってみると、どうやらこの参加者は、私のおこなった死者の羽衣を、奇跡の類と勘違いなさったようでした。

元々、妄想を煮詰めたような話しかしておらず、憧れはすれども、こういった界隈には触れてこなかった様子でした。

よって、初めて目の当たりにした呪法が、たとえそれが禍々しい死者の羽衣であろうとも、人智を超越した奇跡を体験したという判断になってしまったのでしょう。

善悪の区別もつかないながらも、私が何か特別な力を持っており、そしてそれを自分も体感した事により、目に見えぬ世界が本当に存在したのだと確信した瞬間だったのでした。


生まれたての雛鳥が、最初に目にしたものを親と思うのと同じく、この参加者は私を特別なものと思ったに違いありませんでした。

実際には、死者の羽衣を被せられたに過ぎないのに。


ひとまず、私の方はと申しますと、その場を取り繕う事に注力いたしました。

死者の羽衣を被せられた参加者については、悪魔の使役がどうとおっしゃっていたものですから、その話を利用したのです。


あなたの使役するという悪魔の力と『はごろも』の力が拮抗した結果、精神の調律ともいうべきものが揺らいでしまったようです。


当然これは出任(でまか)せではありますが、悪魔がどうとかいう本人の言質(げんち)もある内容でしたから、一定の説得力はあったようでした。

何よりも、死者の羽衣を帯びた本人が擁護してくださるものですから、丸く収まる他ありません。


そうして、少し悶着はありましたが、初めて参加した会合は無事に終えることができました。

私は先ほどの参加者へ、何か問題が起きれば会誌にて連絡をと伝えておきました。


ただしこれは親切心からくるものではなく、罪悪感半分、好奇心半分の言葉でした。

なぜならば、この参加者へ死者の羽衣を授けて以来、私の指先からは冷気が消え去り、温かい血が巡るのを感じていたからです。


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