3. 死者の羽衣⑦
指先が壊死してしまってからは、反対側の手を使って『はごろも』を使うようになりました。
それまで逆の手では作用しなかった呪法が、本来の側が失われると機能するようになるのは不思議なものです。
それからほどなくして、私は壊疽を起こした人差しと中指を切断することになりました。
しかし、どうもそれで解決というわけにはいかないようでした。薬指も小指も、親指さえも腐り落ちていくのです。
切断した時には確実に問題なかったようですが、それからしばらくすると、残った場所の先端から壊死がはじまります。
最後の指が腐り始めた時、医師とも相談した結果、腕の根本から落とす事に決めました。
このまま少しずつ刻んで再発するぐらいなら、最大の先回り、つまり根本から切断する方が予後も良いだろうという判断です。
切断した、指のなくなった腕は、私たちの方で一旦預からせて頂きました。
念には念をと言いますか、やれることは全てやっておきたい性分なのは、これまでの私のおこないからも、ご理解いただけると思います。
私は、私から切り離された腕に対し、死者の羽衣をおこなうことにしました。
今は反対の手に宿る死者の羽衣を、切断された腕と繋げるのです。ひょっとすると、これで私の全ての業を、切断された腕へと閉じ込めることができるかもしれません。
額から部位への『はごろも』というのは、意外なものですが、これだけ長く呪法を扱っておいて初めてのこととなります。
しかもそれが、自分から、自分だったモノに施す呪法なのですから、まことに奇妙なことだと思います。
腕を持ち、額に指を当てるという動作は、片腕を失った私にとって、さすがに一人では難しい仕事です。
しかも、まだ腕を切り落としてからそれほど期間が経っているわけでもありません。時間に余裕があれば、まだ病院を出る許可すら降りていないでしょう。
伝手を使い、切断した腕を手に入れ、外出の許可をもらい、我が腕へと呪いをかける準備をしました。
切断された腕を持って支える者、私の身体を支える者、護衛の者、信奉者たる幹部、こうした面々の中、私は死者の羽衣を行使いたしました。
冷たい呪いは、ぎりぎりと爪先から引き剥がされるように、切断された腕へと移っていくのが分かります。
そして全ての羽衣が腕へと取り込まれていったその瞬間です。
ぼん、という、分厚いゴムの風船が破裂したような音が頭蓋に響き渡ります。
それとともに明かりは掻き消え、視界が闇に閉ざされました。
どれくらいの時間が経ったかはわかりませんが、気がつくと、私達を運んできた、組織の運転手がおりました。
私を抱えるようにしながら、何かを話しかけてますが、耳がキンとしていてよく聴こえません。しばらくぼんやりするうちに幾分か聴力と思考力が回復し、そこでようやく、その運転手が私の安否を心配していることが分りました。
私はゆっくりと頭を上げて、周りを見渡しました。
するとそこには、先ほどまで私を補助した者たちが倒れておりました。全員、気を失っているようです。
運転手は、その尋常ではない様を見て、私を抱えて車に乗せると、すぐさま病院へと走り出しました。
その後のことはよく覚えておりませんが、次に気がついた時には、病院のベッドに寝かされておりました。どうやら丸一日以上、眠っていたようです。
私が気がつくと、病室で待機していた組織の者たちが、医師を呼んだり、他の幹部へ連絡するために外へ出たりと、慌ただしく動き出しました。
私はといえば、そういえば切断した腕は持って帰ってきたのだろうかなどと、呑気に考えておりました。
そして、医師との受け答えなどをしているうちに、幹部の一人と、私を抱えてくれた運転手が入室してきました。幹部は医師へ目配せすると、医師は退室し、部屋には私を含めて三人のみとなりました。
幹部および運転手によると、あの時にいた者たちは全員亡くなっていたそうです。
全員、死者の羽衣を授かった時のような状態で死んでおり、切断された私の腕は、どこにも見当たらなかったとの事でした。
この時点では、私にかかった呪いを、切断した腕へと移す呪法が成功したか否か、定かではありません。
しかし、私のほうではやはり予感めいたものがありました。なにせ、残された指の先が、冷たくなっているのが感じられるのですから。
どうやら私は、命尽きるまで、この呪いと離れることは出来ないのかもしれません。
なぜだか確信に近いものがありました。しかし、だからといって人生を諦めるわけにもいかず、それからも細々と、人の命を引き換えにして生きながらえることにしたのです。
退院すると、私は以前のように仕事を始めました。
命を繋ぎ止めるために、呪法の教祖という道を歩み続けるのです。
そして、残された指からも壊死が始まりました。




