忘れていたもの
ー誰か1人でいいから、誰か。
いつもいつも、そう思ってきた。
自分は何者なのか、自分を大切にしてくれる人は誰か。いつも疑問だらけだった。
もちろん答えをくれる人はおらず。そのうち家をあけるようになった。
冷たくて、寒い家。
人の温もりなんて全くない家。
子どもの頃から一人ぼっちで、すでに冷めていた。
ー早く大人にならないかな。
そうすれば、周りの大人に喧嘩を売れるのに。
俺はここにいるぞって、主張できるのに。
聞く耳すらもたず、誰も、いや、全員、逃げていたのかもしれない。
ー逃げるくらいなら、子どもなんか作るな、バーカ。
まるで宇宙人と暮らしているような、そんな妙な感覚。
ずっと、すっと1人で部屋にいて、ベッドに横たわる。
部屋にはものが少なかった。
親にねだったことがないのもそうだが、いつ自分がいなくってもいいように、部屋は静かな檻だった。
「ー外へ行こう」
そう決めると、肌寒いのでジャンパーを着、外へ出て行く。
ポケットに手を突っ込み、どこに行く当てもなく、ふらつく。
鈴のついた猫を見かけ、「お前のほうが幸せそうだ」と呟く。
帰る場所があるのはいいけとだ。
帰る場所がないことは、淋しいことだ。
子どもの頃からそう思ってきたので、諦めていた、色んなものを。
お金がないわけではないが、テーブルの上に置かれた冷めたお金。
愛情ではなく、義務からのお金。
死んでもらったら困るから、置かれているお金。
「…そんなに、早く死んで欲しいのかよ」
独りごちると、ぽつりと冷たいものが当たった。
自分の涙かと思ったが、そんなものはとっくに乾いている。
小さい頃から泣いて、泣いて、そしてやめた。
誰も悲鳴に気づいてくれない、誰も暖かい手なんか差し出してくれない。
「ーさて、どうするか」
ヤンキーの仲間と雨宿りを求めて、カラオケがどこかに行こうとするのだが、何となく、そんな気分でもなかった。
雨が優しく降る中、誰を庇うでもなく、普通に歩いて行く。
空を見上げれば、自分の心のように、灰色と黒色の混じった雲が、空を占領しようとしている。
俺も飲まれるかもしれないから、何か悪さをしようと考えたが、警察に捕まるのは面倒くさいので、足を止める。
ふうと息を吐き出すと、雨はひどくなり、俺を殺そうとしているように、攻撃してくる。
馬鹿げた妄想に、「はっ」と笑うと、髪をかき上げる。
するとその時、
「お兄ちゃん、はい」
雨具を着た子どもがやって来て、傘を差し出してくる。
「え」と戸惑うと、後ろに母親がいるようで、頭を下げてくる。
年は20代くらいだろうか。
少しふっくらした女性で、綺麗というよりも可愛い感じだった。
「ーあの、良かったらどうぞ」
「え…、でも」
「いいから。風邪をひかないように」
「お兄ちゃん、めっ!! お母さんの言う通りにするの」
少女は大人ぶって指を立てると、傘を渡してくる。
自然と受け取ってしまい、ほんのりと暖かいのに気づく。
ー何だ、これ。何で暖かいんだ?
意味が分からず、傘を持ったままでいると、少女がそれを奪い、広げてくれる。
「はい!! もう濡れなくていいから、寒くないよ」
「寒い…?」
そんな感覚はなく、不思議な状態だった。
何故、傘をさしただけだけで、暖かく感じるのか。
何故、親子を見るとほっとするのか。
自分でも涙を流しているわけが分からなかった。
「傘は返さなくていいよ。じゃあね」
少女が手を振って行ってしまう。
途中、母親が振り返り、一度だけ頭を下げると、子どもと跳ねるように歩いて行く。
歌を歌っているようだった。
ーあれが…親子か。
自分にはないもの、本当は自分に必要なもの、それが何なのか分かった気がした。
しかし大きくなった俺を構ってくれる人間なんか、周りにはいない。
「いないと思っていたんだけどな…」
訂正し、見知らぬ他人の温もりを感じるなんて、思いもしなかった。
特別なことではなく、ただ傘を借りただけなのに、何で心がこんなにも潤ってくるのか。
自分でも止められず、涙が溶けて水になったかのようだった。
「雨、雨、ふれふれ、母さんが…」
1人で歌い出すと、傘をくるくると回す。
自分を中心に世界が回っているような気がして、目に冷たいものが当たる。
ー人間、色んなのがいるんだな。
そう思うと、今、1番会いたい人ー恋人に電話する。
「もしもし? うちに行ってもいい?」
許可が出たので、俺は軽くスキップしてみたり、小走りしてみたりと、子どもの心に戻ったかのように、遊びながら、行くのだった。




