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2-60話:大規模戦闘2

 戦場の熱気は、すでに生命の維持を拒絶するほどに高まっていた。 開戦の笛が鳴り響いてから数分。草原は、鋼のぶつかり合う音と、生物の絶叫が混ざり合う泥沼へと変貌していた。

 最前方で魔物の波を受け止めていた王国騎士団の鉄壁が、目に見えて歪み始めている。


「……まさか、押されてるのか!?」


 レオは、愛銃『ツイン・レゾナンス』を握る手にじっとりと汗をかきながら、信じられない光景を目の当たりにしていた。


「えぇ……状況はあまり良くないかと」


  隣に立つアリーシャが、愛盾を構え直す。その瞳には、一介の騎士としての冷静さと、戦場を俯瞰する鋭い光が宿っていた。

 ミレイユが杖を構え、魔力を練ろうとするが、まだ敵との距離がある。


「ミレイユ、いけるか?」

「だ、ダメです……ここからだと射程が届きません。無理に撃てば、味方の騎士様たちの背中を焼いてしまいます……っ」


 焦燥がレオの胸を焼く。これまで数々の死線を越えてきたが、これほど大規模な軍勢同士の衝突は経験がない。個人の強さだけではどうにもならない「流れ」が、この戦場には存在していた。


「アリーシャ、こういう『陣形戦』っていうのは初めてなんだ。……僕たちは、どう動けばいい?」


  レオの問いに、アリーシャは迷いなく答えた。


「今は待機になります。ですが、常に布陣の動きを観察してください。戦列というものは、最も『やわい』ところから崩れます。そこを突破されれば、一気に陣形が瓦解してしまいます。私たちは、その綻びをフォローする動きをすべきです」

「なるほど、戦場の『火消し』か。わかったよ」


  レオは背後の二人に声をかける。


「ネネリさん、ミレイユ。二人もその動きでいいかな?」

「あぁ、いいぜ! どこに穴があこうが、アタシのハンマーで叩き潰して塞いでやるよ!」

「わかりました……! 頑張ります!」

 

 その時だった。 激戦が繰り広げられていた左翼の陣形が、一際大きな咆哮と共に爆発した。


「グオォォォォォン!!」


 砂塵の中から現れたのは、巨大な体躯を誇るミノタウロスの群れと、凶悪な爪を持つオーガの一団だった。 その圧倒的な質量と突進力に対し、重装騎士たちの盾列が紙切れのように弾き飛ばされる。宙を舞う騎士たち、悲鳴を上げる間もなく、ミノタウロスの鋭い角がその身体を深く突き刺した。 ミノタウロスは頭を激しく振り、角に突き刺さった騎士をゴミのように放り投げ、さらに加速する。

 続いて躍り出たオーガたちは、鋭い爪を振るい、防護の甘い騎士たちの首を次々と薙ぎ払っていく。


「左翼が突破された! 防衛ラインを維持しろ!」


  指揮官の絶叫が虚しく響く。


「行くぞ、みんな! 左へ急行だ!」


  レオの号令と共に、四人は蒼き加速の軌跡を引いて戦場を横断した。 先行したアリーシャが、崩れかけた最前線へと飛び込む。


「させません!!」


 アリーシャは大盾を構え、ミノタウロスとオーガ、二匹同時の猛攻を真正面から受け止めた。激しい衝撃が走り、足元の土が大きく抉れる。


「アリーシャ、ネネリ! ――『ブースト・バレット』、『ガード・バレット』!」


  レオは走りながら、二人へ立て続けに支援弾を撃ち込んだ。身体を巡る強化の魔力。


「アハハハッ! 力が溢れてくるぜ! お返しだ、牛野郎!!」


 ネネリが地面を爆発させるような勢いで高く跳躍した。


「喰らいな、ドワーフの全力だぁぁ!!」


 ブーストを受けたバトルハンマーが、ミノタウロスの脳天へと深々と叩き込まれる。轟音と共に地面に叩きつけられた魔物は、頭蓋を粉砕され、物言わぬ肉塊へと変わった。

 

「私も……やりますっ!」


 ミレイユが新しい『竜爪の魔杖』を構えた。 これまでなら、魔法を発現させるために素材を取り出す予備動作が必要だった。しかし今、彼女が魔力を練ると、ガータータイツのワイバーン魔石が「フィルター」として機能し、荒ぶる魔力を滑らかな奔流へと変えていく。杖の先端の魔晶石へ、かつてないほどスムーズに魔力が供給された。


「『アイスニードル』!」

 

 空中に発現したのは、十本の極めて鋭利な氷の針。ミレイユはそれを、まるで自分の指先を動かすように自在に操った。 氷の針は入り乱れる戦場を縫うように飛び、正確にオーガの双眸へと突き刺さる。


「ウガアァァァッ!!」


 目を見失い、狂乱して暴れ回るオーガ。しかし、その無軌道な爪の攻撃を、アリーシャが冷静に盾で防ぎ切る。

 その時、アリーシャの盾に異変が起きた。 バレンの調整を受けた盾が、オーガの攻撃を受け止めるたびに魔力を蓄積し、その色を鈍い銀から徐々に黄金色へと変え始めたのだ。

 だが、戦場は甘くない。


「キィェェェェーッ!!」


 上空から、鋭い鳴き声と共にグリフォンが急降下してきた。その巨大な爪が、オーガを抑えているアリーシャの背後を狙う。 さらにオーガたちの背後からは、千載一遇の好機とばかりにゴブリンの群れが、下卑た笑い声を上げながら殺到してきた。


「させないって言ってるだろ!」


  レオの銃口が火を噴く。


「『物理貫通弾ピアーシング・バレット』!」


  放たれた弾丸は、先頭のゴブリンの眉間を貫き、その後ろの数匹をも巻き込んで串刺しにした。


「マスター、退いてください!」


  黄金に輝ききったアリーシャの盾から、神聖な魔力が溢れ出す。


「――『ジャッジメント・クライム』!!」

 

 アリーシャが盾を地面に叩きつけると、衝撃波と共に純白の光が放射状に広がった。 眼前のオーガ、そして群がっていたゴブリンたちが、その光に飲み込まれ、一瞬で消し飛ばされる。


「はぁ、はぁ……っ」


  大技を放ち、わずかに生じた硬直の瞬間。 執念深いゴブリンたちが、泥の中から這い出るようにアリーシャへ飛びかかろうとする。


「アリーシャ!」


 バババン! レオの正確無比なフォローショットが、空中のゴブリンをすべて撃ち抜いた。

 

「……この戦い。いや、これは殺戮に近いな」


  周囲に広がる死体の山。赤く染まった草原。 レオは一瞬、その光景に圧倒され、膝が震えそうになった。

(本当に勝てるのか……? こんな化け物たちが、まだ地平線を埋め尽くしているんだぞ……)

 

 だが、視界の端で、肩で息をしながらも決して武器を離さないミレイユや、次の獲物を探して不敵に笑うネネリの姿が見えた。

(弱気になってる場合か……! 僕がやらなきゃ、誰が彼女たちを救うんだ!)

 レオは無理やり恐怖を奥底へ押し込み、思考を研ぎ澄ませた。


「空の魔物が厄介すぎるな……。ミレイユ、いけるか!?」

「はいっ! ――『ファイアランス』! 『アイスニードル』!」

 

 ミレイユは空を舞うグリフォンへ炎の槍を放ち、同時に地上のミノタウロスへ氷の針を叩き込む。 何百もの敵味方が入り乱れる混沌の中で、彼女の魔法は味方に一人たりともかすめることなく、華麗に魔物だけを仕留めていく。その精度は、もはや熟練の魔導士の域に達していた。

 しかし、グリフォンは空高く逃れ、再び急降下のタイミングを計っている。


「逃がすか……ミレイユからもらった素材、ここで試させてもらうぞ!」


 レオはポーチから、一際不気味な紫色の弾丸を取り出し、装填した。 ミレイユから預かった『ボイド・クリーパー』の羽と、いくつかの重力特性を持つ素材を融合させて錬成した、新開発の魔導弾だ。


「墜ちろ! ――『グラビティ・アンカー(重力定礎弾)』!!」


 放たれた紫の光が、上空のグリフォンへ着弾した。 その瞬間、グリフォンの周囲の空間が捻じれ、超重量の重圧が発生する。


「ギギッ!? ギェェァァァッ!!」


  自重に耐えきれなくなったグリフォンは、翼を羽ばたかせることすら叶わず、まるで巨大な石塊のように地面へと叩きつけられた。


「今だ! アリーシャ!」

「了解ですっ!!」

 

 アリーシャが空中に跳んだ。 彼女は自身の全体重を盾に乗せ、落下速度を最大限に利用しながら、下向きに盾を突き出す。


「――『シールド・バッシュ』!!」


 地面に張り付けられていたグリフォンの胴体に、アリーシャの盾が深々とめり込んだ。 凄まじい衝撃波が走り、グリフォンは断末魔すら上げられず、地面の窪みの中で絶命した。


「ふぅ……よし。あとは、あのミノタウロスだけだ!」


  レオは、残る巨獣を見据え、銃身を冷却しながら不敵に笑った。 仲間との連携。新装備の力。そして自分自身の成長。 絶望に染まりかけていた戦場に、微かな、だが確実な逆転の兆しが見え始めていた。


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