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2-31話:信頼と盟約の拳

 翌朝。地下都市エイトリ特有の蒸し暑い空気と、規則正しく響く重厚な鎚の音で、レオは目を覚ました。アリーシャに抱えられて宿へ戻った昨夜の気恥ずかしさは残っていたが、それ以上に「ついに武器が作られる」という高揚感が勝っていた。

 レオとアリーシャがネネリの工場を訪れると、そこには既に昨夜以上の熱気が渦巻いていた。ネネリはレオたちが到着する前から、既に炉の前に立っていたのだ。


「お! 来たか」


 ネネリは腕で額の汗を拭い、レオたちに声をかけた。その瞳は、昨夜の宴で見せた豪快な笑みとは一変し、鋭い職人の輝きを放っている。


「おはようございます、ネネリさん」

「ああ、おはよう。……レオ、今ちょうど鉱石を溶岩に浸けたばかりだ。素材によって融点も馴染む時間も違う。ヒヒイロカネは2日、ダマスカスは明日。だが……あの厄介なアダマンタイトは、最低でも一週間は浸けとかねぇと加工すらできねぇ」

 

 ネネリは巨大な柄杓で溶岩の温度を確かめながら、淡々と続けた。


「だから、本格的な組み立ては一週間後になる。どうする? 一度街へ帰るか? それとも、出来上がるまでここに残るか?」

 

レオは隣に立つアリーシャと視線を交わした。


「……アリーシャ、どうしようか。一旦戻るっていう手もあるけど」

「私はマスターに従いますよ」

「それって結局、僕次第じゃん! そうじゃなくてさ、アリーシャは武器を作ってもらった時の経験とか、ないの?」

「ありますよ! というか、この盾ですね」


 アリーシャは背負っている漆黒の大盾を指差した。


「実はこの盾も、かつてドワーフに打ってもらったものなのです。その時は……そうですね、完成するまでずっと傍にいました。自分の分身となるものですから。どう使いたいか、どこを補強したいか、打ち手の方と何度も対話を重ねて……。そうして、ようやくこの形になったのです」


 アリーシャの懐かしむような言葉に、レオの迷いは消えた。


「……よし、決めた。残ろう! せっかくネネリさんが作ってくれるんだ。最高なものにしたいし、最高の瞬間に立ち会いたい」

 

 レオは作業を続けるネネリの元へ歩み寄り、真っ直ぐに彼女の目を見て、ここに残る決意を伝えた。するとネネリは手を止め、ニヤリと不敵に笑った。


「ほう、見る目あるじゃないか! ……別に試したわけじゃないがね、もしここで帰ってたら、多分あんたの思うような『相棒』にはならなかっただろうぜ」

 

 ネネリは熱を帯びた大きな拳を、レオの前に突き出した。


「一緒に、最高に傑作な一品を作ろうぜ!」

「はい!」


 レオも自分の拳を突き出し、ネネリの熱い拳にコツンと当てた。ドワーフの族長と、貴族の家を追い出された少年。二人の間に、種族を超えた「打ち手と使い手」の信頼と盟約が結ばれた瞬間だった。


「よしッ! そうと決まれば、レオちょっとこっちに来な!」


 ネネリは工場を出て、近くにある広場へとレオを案内した。そこはドワーフの戦士たちが鍛錬に使う場所なのか、地面が固く踏み固められている。


「ここで、レオがこの武器を使ってどういう戦い方をするか、あたしに見せてくれ!」

「僕の……戦い方?」

「ああ。重さ、重心、トリガーの遊び……。あんたの体の動きを知らねぇと、本当の調整はできねぇ」

 

 レオは広場の真ん中に立ち、ゆっくりと目を閉じた。 イメージしろ。俺が、あの錬金銃を持って戦う姿。自分がこうありたいと願う理想の姿を。 心臓の鼓動が耳の奥で鳴り、脳裏に戦場の情景が浮かび上がる。

 しばらくして、レオの目がカッと開いた。 両手には既に錬金銃を握っているイメージだ。そこには仲間がいて、守るべき背中がある。そして前方には、倒すべき敵の姿――。


「……バンッ! バンッ!」


 レオは自ら声を出し、仮想の敵に向けて銃口を向ける。 右へ旋回し、一撃。低い姿勢から、もう一撃。 普通の人が見れば、子供の「ごっこ遊び」にしか見えない恥ずかしい光景かもしれない。だが、ネネリの目は微塵も笑っていなかった。彼女は腰のバッグから紙とペンを取り出し、レオの関節の可動域、踏み込みの深さ、視線の誘導を、猛烈な勢いで書き記していく。


「次は……ギミックの動き、行きます!」


 レオの声と共に、動きがさらに鋭くなる。 昨日覚醒した「手首の返し」。銃身を回転させ、一瞬で弾丸を装填し直す特殊な所作。ガシャン、と金属が噛み合う幻聴が聞こえるほどの、完成されたイメージ。


「はぁっ……はぁっ……!!」


 数分間の演武を終え、レオはその場に尻餅をついた。全身が汗でびっしょりと濡れている。 「ふぅ……。ネネリさん、今のが……僕のやりたい戦い方です」


 ネネリは書き込んだ紙をじっと見つめ、何度か頷いた。


「……分かった。あんたの癖、そしてその『手首の返し』の速度……。全部頭に叩き込んだよ」


 彼女はレオを見下ろし、確信に満ちた声で告げた。


「アダマンタイトの重さを殺し、その『返し』を加速させる――。最高のトリガーを用意してやるよ。期待してな!」


 汗だくのレオは、疲れ果てながらも、ネネリの言葉に確かな希望を感じていた。 伝説の素材が溶岩の中で目覚めるのを待ちながら、少年の物語は、より深く、より熱く、地下都市の深淵で練り上げられていく。


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