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3-29話 イカ焼きと、胸の高鳴り

 城を出ると、海から吹く潮風とともに、強い日差しがレオたちを歓迎するかのように降り注いだ。

 レオは眩しさに目を細め、目の上に腕をかざす。


「凄いなぁ! 日差しが眩しい。それに活気が凄い!」

 

 初めて目にするクレスヴァーデンの城下町に、レオは驚きの声を上げた。


「フフッ、クレスヴァーデンはこんなもんじゃないわよ! まだまだ素敵なところがあるんだから!」


 レオの反応を見て、ライラは少し嬉しくなった。


「それにしても凄いですね! 海を見るのはステラ島が初めてでしたが、ここから眺める景色も絶景です」


 ミレイユが、眼下に広がる海を眺めながら感嘆の声を漏らす。


「昔より、だいぶ町が整いましたね」


 アリーシャは、四百年前に訪れた頃の町並みを思い出しながら呟いた。


「そうでしょ!? お父様やおじい様たちが、代々頑張ってこの国をよくしてきたからよ」


 自分の国を褒められたライラは、嬉しそうに胸を張った。

 すると、どこからか吹いてきた風が、香ばしい匂いを運んできた。


「なんか、お腹がすく香りがするんだけど……」


 レオは匂いのする方を探して、辺りをキョロキョロと見渡した。


「確かにそうですね。これは何でしょう? 私にもわかりません」


 アリーシャも辺りを見渡すが、匂いの正体まではわからない。


「もしかして……イカ?」


 ミレイユが匂いの正体に気づき、そう口にした。

 ミレイユの言葉を聞いたライラが、待っていましたと言わんばかりに振り返る。


「正解! この匂いは、クレスヴァーデン名物のイカ焼きよ!」

「イカ焼き?」


 初めて聞く料理に、レオは首を傾げた。


「港で獲れた新鮮なイカを、その場で焼いて食べるの。香ばしくて、とっても美味しいんだから! せっかくだし、みんなにも食べさせてあげるわ!」

「本当? 食べてみたい!」


 目を輝かせるレオを見て、ライラは満足そうな笑みを浮かべた。


「それじゃあ、決まりね! こっちよ!」

 

 ライラを先頭に、レオたちは香ばしい匂いを追って城下町の大通りを歩いていく。

 通りの両側には、色とりどりの果物を並べた店や、獲れたばかりの魚介類を扱う露店が軒を連ねていた。店主たちの威勢のよい声が飛び交い、人々の笑い声が絶えない。

 やがてライラは、炭火の上でイカを焼いている露店を指差した。


「あそこよ! あのお店のイカ焼きが人気なの!」


 炭火に落ちたイカの汁が、ジュッと音を立てる。そのたびに香ばしい匂いが辺りへ広がり、レオの腹が小さく鳴った。


「うわぁ……見てるだけでお腹が空いてくるよ」

「フフッ、そうでしょ?」


 ライラが笑いながら露店へ向かおうとした、その時だった。


 ガタンッ――!


 通りの奥から、大きな音が響いた。

 荷下ろしを終えた一台の荷馬車が、石畳の段差へ車輪を乗り上げたのだ。その衝撃で、固定の緩んでいた空の木箱が荷台から滑り落ちる。

 落ちた木箱を、荷馬車の後輪がそのまま踏みつけた。


 バキバキッ!


 木箱が砕け、弾け飛んだ破片の一つが馬の後脚へ当たった。


「ヒヒィィン!」


 突然の痛みと音に驚いた馬が、前脚を高く上げた。


「うわっ! ま、待て! 止まれ!」


 御者が慌てて手綱を引く。しかし、興奮した馬は言うことを聞かず、そのまま人通りの多い大通りを駆け出した。

 荷馬車が激しく揺れ、残っていた空箱が次々と通りへ落ちていく。


「荷馬車が暴走したぞ!」

「逃げろ!」

 

 人々の悲鳴が上がり、穏やかだった通りは一瞬で混乱に包まれた。


「みんな、道を空けて! 建物の中へ避難して!」


 真っ先に動いたのはライラだった。

 先ほどまでの明るい表情から一変し、大通りの中央へ飛び出すと、逃げ遅れた人々を左右の店へ誘導していく。


「アリーシャは右側をお願い! ミレイユは子供たちを!」

「はい!」

「わかりました!」


 アリーシャとミレイユも、ライラの指示を受けてすぐに動き出した。

 レオは荷馬車の進路を見極めながら、逃げ遅れている人がいないか辺りを見渡す。

 その時、通りの中央で立ち尽くしている小さな子供が目に入った。


「危ない!」


 ライラが子供のもとへ駆け寄り、その体を抱き上げた。迫ってくる荷馬車から逃れるように走り、道端にいた母親へと子供を預ける。


「この子を連れて、中へ!」

「は、はい! ありがとうございます、ライラ様!」


 親子が建物の中へ入ったことを確認し、ライラが再び通りへ振り返った。

 暴走した荷馬車は進路を変えきれず、道端の石段へ激しくぶつかった。

 凄まじい衝撃とともに車軸が砕け、片方の車輪が外れる。

 外れた車輪は石畳の上を激しく跳ねながら、住民の避難に気を取られていたライラへと迫っていた。


「ライラ!!」


 レオの叫びに、ライラが顔を上げる。

 目の前には、自分の体よりも大きな車輪が迫っていた。

 避けられない――。

 そう思った瞬間、ライラの前へレオが飛び込んだ。


「《ディフェンスバレット》!」


 レオは《ディフェンスバレット》を発動すると、二丁の錬金銃をガンブレード形態へと変形させた。

 両手の刃を目の前で交差させ、迫る車輪を正面から受け止める。


 ガァンッ!


 重い衝突音が通りに響いた。

 車輪の勢いに押され、レオの靴底が石畳の上を滑る。それでもレオは必死に踏みとどまり、両腕へ力を込めた。


「くっ……止まれぇぇ!」


 交差した刃が車輪を押し返し、その勢いを完全に止める。

 力を失った車輪が、レオの足元へ倒れた。

 ライラはその場に立ち尽くしたまま、自分を守るように立つレオの背中を見つめていた。

 レオはガンブレードを下ろすと、すぐにライラへ振り返る。


「ライラ、大丈夫? 怪我してない?」


 心配そうに自分の顔を覗き込むレオ。


「えっ……あ……」


 ライラの胸が、これまでにないほど大きく跳ねた。

 荷馬車が迫った恐怖のせいなのか。それとも、目の前にいるレオのせいなのか。

 自分でもわからない。

 ただ、レオの顔をまともに見ることができず、ライラは慌てて視線を逸らした。


「だ、大丈夫よ! このくらい、なんともないわ!」

「よかった……」


 安堵して笑うレオを見た瞬間、ライラの胸が再び高鳴った。

 一方、車輪を失った荷馬車は石畳へ車軸を食い込ませ、少し先で止まっていた。アリーシャが馬の手綱を掴み、興奮を落ち着かせている。

 幸い、御者も含めて大きな怪我を負った者はいなかった。

 騒ぎが収まると、避難していた人々が次々に店から姿を現した。


「ライラ様、ありがとうございました!」

「姫様があの子を助けてくださったんだ!」

「そっちの兄ちゃんも、ライラ様を守ってくれてありがとう!」


 人々から感謝の声を向けられ、レオは照れくさそうに頬をかいた。


「僕は、近くにいたから助けただけだよ」

「それでも助けてくれたことに変わりはないよ!」


 そう声を上げたのは、先ほどライラが案内しようとしていたイカ焼きの店主だった。

 店主は焼き上がったばかりのイカ焼きを四つ手に取ると、レオたちへ差し出す。


「これは俺からのお礼だ。遠慮せずに食べてくれ!」

「えっ、でも、お金を払わないわけには……」


 ライラが断ろうとするが、店主は笑いながら首を横に振った。


「姫様とお仲間に助けてもらったんだ。代金なんてもらえるわけがないだろ!」


 周囲の人々も、店主の言葉に賛同するように声を上げる。

 結局、ライラたちは店主の厚意を受け取り、焼きたてのイカ焼きを手にした。


「それじゃあ……いただきます!」


 レオがイカ焼きにかぶりつく。

 噛んだ瞬間、弾力のある身から香ばしい旨味が口の中へ広がった。


「お、美味しい! 噛めば噛むほど味が出てくる!」

「本当ですね。香ばしい香りと、この独特の食感……初めて食べましたが、とても美味しいです」


 アリーシャも驚いたように目を見開く。


「この味、癖になりそうですね」


 ミレイユも満足そうにイカ焼きを頬張っていた。

 三人が初めて食べる名物に感動する中、ライラだけは手にしたイカ焼きへ口をつけていなかった。

 先ほど自分の前へ飛び込み、車輪を受け止めたレオの背中。

 振り返った時に見せた、心配そうな表情。


 そして――。


『ライラ、大丈夫? 怪我してない?』


 その声が、何度も頭の中で繰り返される。

 ライラはぼんやりとレオの横顔を見つめていた。


「ライラ、食べないの? 冷めちゃうよ?」


 不意にレオが振り向き、二人の視線が重なる。


「えっ!? わ、わかってるわよ! 今から食べるところだったんだから!」


 ライラは慌てて視線を逸らすと、誤魔化すようにイカ焼きにかぶりついた。


「熱っ!」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫よ!」


 再び心配そうに顔を覗き込むレオから逃げるように、ライラは顔を背けた。

 けれど、頬に宿った熱だけは、焼きたてのイカ焼きのせいではなかった。

 ひと騒動はあったものの、その後、レオたちは時間の許す限りクレスヴァーデンの城下町を楽しんだ。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。評価、ブックマーク、リアクション等を付けて頂けると非常に励みになりますので、ぜひともよろしくお願いします!次話も読んでいただけると嬉しいです。


次回の更新は9月11日(金)AM1時を予定しております。よろしくお願いします!

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