3-28話:神託を覆す報告
レオたちはライラを先頭に、玉座の間へ続く巨大な扉の前までやって来た。
扉の両脇に立つ衛兵が、一同の姿を認めて槍を掲げる。
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
二人が左右から押すと、重厚な扉が低い音を響かせながら開いていった。
高窓から差し込む朝日が、玉座の間を神々しく照らしている。その光の中を、レオたちは中央に敷かれた赤い絨毯に沿って進んだ。
正面の玉座には、クレスヴァーデン国王アルベルトが腰掛けている。その隣には、王妃エレノアの姿もあった。
エレノアは先頭を歩く娘を見つめ、安堵を滲ませた柔らかな笑みを浮かべていた。
早朝にもかかわらず、玉座の間には重臣や有力貴族たちが参列している。無数の視線を浴び、レオの背筋が自然と伸びた。
一同は玉座の前で足を止め、片膝をついて頭を垂れる。
「皆の者、面を上げよ」
アルベルトの声が、広い玉座の間に響き渡った。
レオたちが顔を上げると、アルベルトは真っ先にライラへ目を向けた。
「ライラ……」
娘の名を呼びかけたところで、隣に座るエレノアの視線に気づく。
「ごほんっ! 先のアイゼンガルド砦防衛戦、誠に大義であった。さっそくだが、戦況について報告を頼む」
わずかに威厳を取り戻した父の姿に、ライラは小さく苦笑してから口を開いた。
「はい。私たちはクレスヴァーデンを発ったのち、こちらにいる錬金術師――レオの移動支援を受け、アイゼンガルド砦へ向かいました。その効果によって馬を上回る速度で街道を駆け、予定よりも早く砦へ到着することができました」
「何っ!? 馬よりも速く走ったというのか!」
アルベルトは思わず玉座から腰を浮かせ、身を乗り出した。
「あなた。まだ報告の途中ですよ」
エレノアが穏やかに、しかし有無を言わせぬ声でたしなめる。
「ご、ごほん……。すまぬ。そのような技術は、見たことも聞いたこともなかったのでな。続けよ」
アルベルトは気まずそうに座り直した。
貴族たちの視線が一斉に集まるのを感じ、レオはわずかに身を縮める。
「続いて、今回の侵攻を指揮していた魔族について報告いたします」
ライラの表情が引き締まった。
「敵を率いていたのは、ヘルヴィーナと名乗る死霊使いでした。彼女は戦死者を複数同時に操り、こちらへ攻撃させる力を持っていました。また、ヘルヴィーナ自身も高い戦闘能力を有し、複数のスキルを使ってきました」
「死霊使い……だと?」
アルベルトの顔から、先ほどまでの驚きが消えた。
「これまで、魔族の軍勢は使役した魔物を主力としていると聞いていた。だが、その力が本当ならば……命を落とした兵士までもが、直後に敵となり得るということか」
低く漏らされた言葉に、玉座の間の空気が重く沈む。
死者が再び立ち上がり、かつての仲間へ武器を向ける――。
その光景を実際に目にしたレオたちは、何も答えることができなかった。
「……はい。その認識で間違いありません」
ライラは静かに答えた。
そして、そこで一度言葉を切った。
次に報告しなければならないことが、この場にどれほどの衝撃を与えるのか。ライラ自身にも予想できなかった。
だが、隠しておくわけにはいかない。
ライラは覚悟を決め、ゆっくりと口を開いた。
「それと……もう一つ、重大なご報告があります」
「重大な報告?」
アルベルトが眉を寄せる。
「申してみよ」
「はい。それは――こちらにいるアリーシャの職業についてです」
参列者たちの視線が、一斉にアリーシャへ集まった。
アリーシャは動じることなく、片膝をついたまま静かに頭を垂れている。
「アリーシャの職業は、これまで聖騎士――パラディンでした。しかし今回の戦いの最中、その職業が皇帝守護騎士――インペリアルガードへと変化しました」
一瞬、誰もライラの言葉を理解できなかった。
玉座の間が、異様なほど静まり返る。
「……な、何だと?」
やがてアルベルトが、震える声を絞り出した。
今度こそ完全に玉座から立ち上がる。
「ライラ! 今、何と言った!? 職業が……変化したと聞こえたぞ!」
「はい。間違いありません」
ライラは真っすぐ父を見つめ、説明を続けた。
「アリーシャはヘルヴィーナの攻撃を受け、瀕死の状態に陥りました。私とセレスが共同で浄化と回復を施したことで一命を取り留めましたが、その直後――神の神託が下ったのです」
「その場で……神託が?」
「はい。そしてアリーシャは、インペリアルガードとして新たな力を授かりました」
堰を切ったように、貴族たちがざわめき始めた。
「あり得ぬ……」
「職業は十歳の信託の儀で定められ、生涯変わらぬはずだ」
「ならば神殿の教えは……」
疑念と動揺が、さざ波のように玉座の間へ広がっていく。
十歳の信託の儀で神から授けられた職業は、生涯変わることがない。
それは単なる常識ではない。この世界の身分、役割、そして人生そのものを形作ってきた絶対の法則だった。
その前提が覆ったと知れ渡れば、神殿だけでなく、王国の秩序そのものが揺らぎかねない。
「――静まれ!」
アルベルトの一喝が、玉座の間を震わせた。
ざわめきが瞬時に消える。
そこに立っていたのは、娘の帰還を喜ぶ父親ではなかった。
クレスヴァーデンを統べる、一人の国王だった。
「今、この場で耳にした職業変化に関する話は、国家の最重要機密とする」
アルベルトは居並ぶ貴族たちを、鋭い目で見渡した。
「この場にいる者は、家族や配下を含め、誰にも口外することを許さぬ。故意に情報を漏らした者は、身分を問わず国家への反逆とみなし――一族もろとも極刑に処す」
あまりにも重い宣告に、貴族たちの顔から血の気が引いた。
「よいな?」
「は、はっ!」
一斉に返された声が、玉座の間に響く。
アルベルトは彼らの反応を見届けると、再びアリーシャへ視線を向けた。
「それほどの変化が起きたということは……今回の勝利には、その新たな力が大きく関わっているのだな?」
「はい」
ライラは迷わず答えた。
「アリーシャがインペリアルガードとして覚醒したことで、私たちは戦況を覆すことができました。彼女の力がなければ、ヘルヴィーナを倒すことはできなかったと思います」
「そうか……」
アルベルトは深い息を吐きながら、力なく玉座へ腰を下ろした。
天井を仰ぎ、その額へ手を当てる。
死者を操る魔族。
馬を超える速度で人を走らせる錬金術。
そして、生涯変わらないはずの職業の変化。
一度の報告で受け止めるには、あまりにも重大な事実ばかりだった。
しばらく沈黙したのち、アルベルトは姿勢を正した。
「……相分かった。詳しい検証と今後の対応については、改めて協議する。本日の報告は以上とする」
アルベルトはレオたち一人ひとりを見渡した。
「アイゼンガルドを、そして我が国の民を守ってくれたこと、国王として心より感謝する。皆、誠に大義であった」
「はっ!」
レオたちはそろって頭を下げ、玉座の間を後にした。
重い扉が背後で閉じた途端、レオの身体から一気に力が抜けた。
「はぁぁぁ……終わったぁぁ……」
廊下に響くほど大きなため息をつく。
「あんた、何も喋ってないじゃない!」
すかさずライラの鋭い突っ込みが飛んだ。
「いや、そうなんだけどさ。あんな雰囲気の中で報告を聞くのも初めてだし、ましてや王様の前に出るのだって初めてだったんだよ?」
レオは胸を押さえながら、先ほどまでの緊張を訴えた。
「本当に子供ね……」
ライラが呆れたように肩をすくめる。
「マスターは旅に出られて、まだそれほど経っておりません。このような場に慣れていないのも無理はないかと」
アリーシャが真面目な表情で助け舟を出す。
「私は、レオ君のそういうところもいいと思うけど?」
ミレイユが微笑みながら言った。
「それ、フォローしてるの?」
「さあ、どうかしら?」
「ふふっ……」
張り詰めていた空気がようやくほどけ、ライラの口元にも笑みが戻った。
「それじゃ、俺たちは俺たちで街を見てくるぜ」
ジークが軽く手を上げる。
「久しぶりのクレスヴァーデンだ。騎士団への挨拶が済んだら、適当にぶらついてくるさ」
銀翼の旅団は、ジークを先頭に別の廊下へと歩いていった。
その背中を見送ったライラは、気分を切り替えるようにレオたちへ向き直る。
「それなら、私がクレスヴァーデンの城下町を案内してあげるわ!」
「いいの?」
「もちろんよ。せっかく来たのに、戦場とお城しか見ないまま帰るなんてもったいないでしょう?」
ライラは胸を張り、得意げに笑った。
「私の故郷がどれだけ素敵な街なのか、たっぷり見せてあげる!」
こうしてレオたちはライラに連れられ、朝のクレスヴァーデン城下町へ向かうことになった。
戦いを終えた彼らにとって、それはようやく訪れた、穏やかなひとときになるはずだった。
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次回の更新は9月4日(金)AM1時を予定しております。
いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!
おかげさまで、今回でついに100話へ到達することができました!
ここまで物語を書き続けてこられたのは、読んでくださる皆さまの存在と、応援してくださる方々のおかげです。アクセスや感想、評価、ブックマークの一つひとつが、執筆を続ける大きな力になっています。
ささやかではありますが、100話到達を記念して、レオたちが集まった記念イラストを制作しました!
物語の合間に、仲間たちと一緒に100話を祝うような気持ちで楽しんでいただけたら嬉しいです。
レオたちの物語は、まだまだ続いていきます。これからも彼らの旅を温かく見守っていただけましたら幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!




