第52話 館へ
「おい、緊急事態だ」
扉を開けるなり、入ってきた男がそう告げた。
不躾な訪問者に言いたいこともあろうが、それを聞いた女が、
いぶかしむように訊ねる。
「どういうこと、もしかして逃げられちゃった?」
答え次第では次の手を考えないとと思ったところで、男から意外な答えが返ってきた。
「いあ、返り討ちにあった。その所為で、今、団の中でもめてやがる」
そう言うと、男は懐から重そうな袋を取り出して、女の近くに投げる。
「成功報酬の前払い分だが、昨日の時点で一旦、依頼を破棄する話がでてたんだ。それじゃあ面子が立たねぇって、意見が分かれててな・・・」
つづけて、懐に手をいれて何かを探すが、どうやら急いできたため、忘れてきたようで、舌打ちしながら、男が答えた。
「俺も、この件を斡旋した責任を問われそうだ、ほとぼりが冷めるまで、身を隠そうと思う。お前もすぐに足がつくとは思わねぇが、できるだけ早くこの街をでろ」
そう告げると、男が入ってきた扉を開いて外にでようとしているのを、みて、女が急ぎ声をかける。
「そう、迷惑かけたわね。ごめん、やっぱり駄目なもんは、ずっと駄目か・・・」
扉を閉める際に、振り返って男が答えた。
「まあ、気にすんな、相手も必死で生きてるってこった。また今度会えたら、面白い話でもきかせてくれや」
そう言うと、扉を閉めて去っていった。
午前中だというのに、薄暗い部屋の中、投げられた袋を拾いながら女が呟いた。
「何なの?ただの冒険者じゃないの、次の手を考えないと・・・」
___淡々と階段をおりてくる友人が複雑な表情をしているのをみて、どう声をかけようかとソーンは悩んでいた。
「えーと、どうだったアルフ」
ふぅーと息を吐いて、少しうつむいたあと、白と黒がまじった艶のある三角の耳が水平になったと思うと、すっと顔をあげてアルフが答えた。
「ほら、約束通り、報酬もらってきたゾ。フフン、ボクえらいか?ソーンどうダ」
少し、かがんで上目づかいで、こっちを見てくる獣人の友人が、何かを期待しているのを感じて、ソーンが答えた。
「えーと、そうだね。凄いよ。アルフ。ヨシヨシって、いいのかな」
そう言いながら、少し照れた様子でソーンがアルフの頭をなでる。黒い毛並みにそってサラサラした感触がくすぐったいが、なでられて満足なのか、黒い耳がぴくぴくと動いて、ふさふさの尻尾がぶんぶんと左右にふられている。
それを、じっとみていた、アイリがもういいんじゃないと声をかける。
「ありがとう、アルフ。それで、報酬って満額もらえたの?」
至福の時を止められて、ちょっとムッとしながらも、自慢気に、貰ってきた報酬の袋の中身をみせる。
「ギルドの不備もあって、少し上乗せしてアルって。この後、買い物するんなら丁度いいダロ」
あわせて封をしてある書状もみせる、これはグランドマスターからギルド長宛の返事だそうだ。
じゃあ、次は私の番ね、とアイリがお目当ての品がある店へと案内しながら歩いていく。
___ほどなくして、到着した店は、主に武器と防具を取り扱っている、冒険者御用達のお店だ。
年期が入った重厚な木の扉を開いて、店内にはいる。
すぐに目にはいったのは、店の中央に立っている銀色に輝く全身鎧、奥の壁には、巨大な戦斧が飾られていて、カウンター横の棚にも長剣から珍しいところでは曲刀もあるようだ。
店の店主もいわゆる、元冒険者を思わせるごつい体格をしていて、店にはいってきたアイリをみて、いらっしゃいと声をかけた。
今回、アイリのお目当ての品は、目移りしそうな武器コーナーではなく、無骨な金属の塊が重量感をみせる、盾を探しているようだ。
どちらかというと、小型の盾の部類が並んだ棚のあたりで、立ち止まり振り返ったアイリが、悩ましそうな顔でソーンに訊ねる。
「ねぇ、ソーン君だったらどれがいいと思う?」
突然の無茶ぶりに、きょろきょろと目を泳がせるソーンだったが、ふと目に付いたものをみて答えた。
「えーと、ここに来たってことは、小型の盾がいいんですよね。この丸いやつか、下が三角になってる奴とか丈夫そうなんですが・・・実用性が分からないんですが、僕はこれになんだか惹かれました」
そういうと、棚の端の方におかれた、長方形の銀色で少し湾曲しており、腕に取り付ける形をした小型の盾を選んだ。
すると、なんだか嬉しそうにアイリが話し出した。
「あっ、やっぱりそれが気になるよね。ふふ、ソーン君気が合うね。ちょっと小型なんだけど、ガントレットに取り付けたら、両手で剣を振るうのにも邪魔にならなそうだし、いいかなって」
剣を構えて振るう動作をするアイリが、そのあと少し困った顔をした。
「でもね、ちょっと高いのと、店主の親父さんが、なぜかあんまりいい顔しないのよね」
そう言ってちらっと店主をみると、早速、こちらに向かってきていた。
「なんだ、やっぱりそれがいいのか?」
近くにきた店主が、ひょいっと銀の盾を拾い上げて、アイリ達に見せてくれる。店主が持つとすごく小さくて軽そうにみえるので悩ましい。
「おまえ達、見る目はあるぞ、銀の装備で軽くなる魔法付きだからな、少しカバーする範囲が小さいがその分、取り回しがいいしな」
そういって、アイリに盾をもたせてくれた。
「ただな、中心にある魔法石に何か仕掛けがあるみたいなんだが、よく分からん、鑑定にだしてもいいがその分高くなりそうだから、仕組みが分かる奴に売ろうと思って置いてたんだが・・・」
それを聞いて、ソーンとアルフが顔をあわせた後、ソーンが答えた。
「鑑定だったら、僕達の村のギルド長が詳しくて、帰ったら調べてもらえます。あと、銀の魔法付きの盾で、この値段だったら、凄い良いものなのかなって思ってます」
そうキラキラする目で返してくるソーンをみて、店主が苦笑いをしながら、アイリをみて答える。
「なんだ、新手の値切りか、手強いのを連れてくるじゃねぇか、売るつもりの無い値段だったからな、自分達で鑑定できるんなら、ちょっと安くしてやるよ」
それを聞いて、アイリがソーンの手を握って、ナイスよ、と呟く。
意気揚々と銀の盾をもってカウンターへ向かうアイリと別に、店主がアルフに話かける。
「そういや、あんたは何か気になるのがあるかい?みたところ、前にでて戦うタイプだろ?」
今日は、槍を置いてきていたので、手ぶらのアルフだったが、声をかけられたので答えた。
「ん、ボクは自前のがあるから、いいんダ」
それを聞いて納得した店主が、気になったのか訊ねる。
「さしつかえなければだが、あんたの部族は、どこなんだ、見かけない容姿だが」
不思議そうな顔でアルフが答える。
「部族?何だ、村か情報ギルドのことカ、たしかに村でボクみたいな獣人は珍しい方だゾ」
その答えを聞いて、すっと頭を下げた店主が答える。
「そうか、すまんな変なことを聞いた、まあ他に気になる品があったら言ってくれ」
その後、興味深そうに他の品を眺めていたソーン達だったが、目移りするばかりだったので、アイリの銀の盾だけ購入して、店を後にした。
提示していた価格よりだいぶ安くしてくれたのもあって、ご機嫌のアイリがソーンを後ろから抱きついてきて言った。
「ソーン君に相談してよかったわ、また何かあったら、一緒にお買い物よろしくね」
それをみていた、アルフが割ってはいるようにソーンの腕をつかんで強引に腕組みをして答えた。
「ボクの報酬もあったからだゾ、いいものを買うには先立つものがいるんダからナ、そんでソーンはボクと一緒に街を観光するんだゾ」
ちょっと下手に答えると危ないと、チリチリと首筋に殺気を感じた、ソーンが苦笑いをしながら、何度もうなずいた。
そうこうしているうちに、昼が近くなってきたので、招待状にのっていた案内をたよりに館へ向かった。クーマは適当に時間がきたら合流するとのことだったので、現地集合予定だ。
ほどなくして、目的の館らしい建物がみえてくると、入り口で、ふよふよと浮いている茶色の毛玉が見える。珍しく先に来ていたようだ。
入り口に見慣れない男の人が立っていたが、クーマと面識があるのか、何やら話をしている。
近くまでくると、男の人が頭を下げた後、手を振っているので、早足で入り口まで急いだ。
「ソーンさん達ですね。私はカインといいます。今日は、主の招待を受けていただきありがとうございます。早速中へ案内しますので、後につづけてお入りください」
そういうと、館の大きな扉を押して開けた、隙間からみえる、内装の煌びやかな作りから、持ち主の所属する立ち位置を想像して、少し足が竦むが、気軽に来てという言葉を信じてソーン達は中にはいった。
クーマだけは何事もないかのようにいつも通りにふよふよと浮いてついて来ている。
カインさんが、近くの使用人に何か話しをした後、自ら昼食会場へと案内してくれるようだ、途中、すれ違った何人かの使用人がソーン達が近づくと立ち止まり頭を下げて礼をしてくれる。
徐々に、不安になってきたソーンがアイリに訊ねる。
「アイリさん、こういう場所での挨拶って、やっぱり手順とかマナーがあるんですか、僕あんまりそういう知識がなくて、アイリさんは騎士見習いですし、アドバイスをお願いできますか」
それを聞いて、アイリが何やらひきつった顔で答える。
「えーと、気軽にっていってたし自然体で失礼がなければいいんじゃない、訓練ばっかりで、礼儀作法とかあんまり得意じゃないのよね・・・」
たよりの綱の、騎士見習いがあまりにもな状態に困ったソーンが、つづけて助け船をだそうとしたアルフをみると、優れた嗅覚がごちそうをとらえているのか、肉だな、いや魚もか?と、呟いているので、もう諦めて、いつもの運を天にまかせることにした。
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