第50話 書状
___悩んでいた。
何もかも手遅れだった。
昼間のときもそうだった、あっと思ったときには、
既に、運命が動きだしていた。
通りを挟んで、城壁の内側にある露天商の屋台の裏で
息を潜めて状況をうかがっていた男は、主からの伝言を思い返した。
今まさに、街の外からずっと続けて監視してきたソーン達が賊の襲撃により、連れ去られようとしている。
介入するべきか?しかし、自分は監視のために、動いているのであって、護衛の任務では無い。
その迷いの最中に、それは起きた。
賊が仕掛けている人払いの結界からは距離をとり、影響を回避できていたので、油断をしていた。
突然だった。視界を奪われた。まとわりつくような、闇のベールがあたりに降りかかる。
夜間や暗闇の中での戦闘は経験していたが、ここまで光が無い状況は想定外だ。
『ここは危険すぎる、一旦、離脱して様子を見るべきか』
慎重に音を立てないよう、その場を離れようと後ずさり、距離をとる。
数歩、後退したところで、賊の叫び声が聞こえてきた。
昼間聞いた時よりも悲痛な叫びに、緊張の糸が張りつめる。
トンッと背中が何かに触れた。
ふさふさした毛皮の感触が振り返った頬を覆う。
男が驚きの声をあげる前に、その毛玉から声がした。
「ほう、最後にとっておいたデザートの出番じゃな」
途端に足元から黒い尻尾ようなものが絡みついてくる。
スルスルとかけあがり、腰のあたりで、先端がくねり鎌首をもたげて、
今にも襲いかかろうとした瞬間、男はだせる限りの声で懇願した。
「待って、待ってください!主よりの書状があります」
素早く懐から布に包まれていた書状を取り出し、頭上に掲げる。
それを受けてか、黒い尻尾の先端が今度は腰から腕まで這い上がり、
巻き付いた先で書状にたどり着いて動きが止まる。
何かを考えているのか。黒い尻尾に巻き付かれたままで、少しの間、時が止まった。
その一瞬の間に、必死の震える足で踏ん張りながら続けて男が答える。
「クーマ様とお見受けしますが、自分はカインといいます。主より書状をソーン様へお渡しする命を受けて機会をみておりましたところ、このような事態になり困惑している次第です」
あらかじめ、用意していた台詞をなんとか伝えることはできたが、賊に襲われているのを傍観していたことをどう判断されるか、カインにとっては、一か八かの賭だった。
スルスルと黒い尻尾が動いて書状に触れ、ひょいと持ち上げた。
それを確認したカインは、意図を読みとってくれたと思い、ほっと息を吐く。
それとは別の黒い尻尾が腕から首筋に移動して、クワッとしなったと思うと、
首にカプりと噛みついた!
慌ててカインが叫ぶ。
「ひっ、お待ちください。クーマ様、自分は事情はよく分かりませんが、協力できると思います。主よりも全面的に協力せよと仰せつかっております。必要であれば今見たことも秘密にできます」
すると更に、もう1本の黒い尻尾が巻き付き、逆側の首筋に移動してきて、頬をなでるようにして耳元で止まったかと思うと、こう呟いた。
「ふむ、協力か。じっと眺めていた者がそれを言うか。まあ、試してみるのも面白いか・・・話を合わせられるなら考えなくもないのぉ」
それを聞いて、何度もうなずくカインが、同意してくれそうだと安心したところで、
何故か、耳元にいた黒い尻尾が首筋に移動し、今にも首に噛みつきそうな動きをみせる。
再び慌てて、必死な表情でカインが叫ぶ。
「ちょ、ちょっとお待ちください。何をなさるおつもりで?」
とぼけたような声で黒い尻尾の先が答える。
「ふぉ?折角なんで、ちょっとぐらいは、つまみ食いしてもよかろう」
カインが慌てて首を横にふる。
「えっ、つまみ食いって?駄目です、駄目です・・・って」
静まりかえった夜の街の片隅で、声にならない叫びが響く。
___突然の夜の訪問者は、黒いベールと共に消え去った。
気を失ったままのソーン達は、カインの協力を経て部屋へと運びこまれ、何事も無かったかのように、ベッドで寝息を立てている。
片付けが終わり一息ついたあと、ふよふよと浮いていたクーマが、心地よさそうに寝ているソーンの寝床に潜り込むと、
寝返りをうちながらソーンがもふもふの毛皮に抱きついてきて、満足そうに微笑んだ。
___冒険者達にひとときの休息を、慌ただしい夜がやっと眠りについたようだった。
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