第49話 黒い眠り
自分の吐く息の音が、
闇の中を落ちていく
頭上から降りかかる、
黒く濁った雨の中を分けも分からずに歩くように、
光を捕らえようと、しっかと開いた目に映るのは、
はじめてみる夜の姿、
こんなにも、
これほどまでも、
恐ろしい夜がくるとは、自分は知らなかった。
「おい、ザック!なんだこりゃ、お前の魔術にしては、質が悪いな」
突然、あたりが月明かりさえも見えなくなるぐらいに、
光から閉ざされて、目の前が真っ暗になったことに不満の声をあげる。
予定通りに、宿の獲物を捕らえて、意気揚々と宿の裏口を出たところで、突然起こった異変に、すぐさま文句をぶつける相棒のダウに、勝手に原因に決めつけられたこともあって、吐き捨てるように答える。
「あぁ?知るか、それより名前を呼ぶんじゃねぇ、クソ野郎が」
そう言いながらも、不安になって懐から木彫りの人型を取り出して、手で表面をなぞるが、とくに変わったところは無い、術式は継続中だ。
闇に紛れるようにと黒色の衣装に扮したことも相まって、近くにいることはお互いの気配から分かるが、その距離を測りかねるぐらいに、まるで何も見えず真っ暗だ。
「クソっ、夜目はきく方だと思っていたが、何だこれはっ」
慣れてくれば少しは見えるかと、目を瞑った後、再びあたりを見渡すが、相変わらずの暗闇に、気が立ってきたのか声を荒げてしまう。
「ザック!なんとかならねぇのか、これじゃ折角の獲物も運べねぇぞ」
相棒も同様に、我慢できずに吠えているが、心なしか声に覇気がない。
必死であたりを見渡すが、何も、何も見えない。
ザックと呼ばれた男は、仕方なく、左手で支えていた布で巻かれた獲物を地面に置く。
その動きを察して、相棒も同じように動いて獲物を手放しながら、呟く。
「何なんだ、一体・・・それと、この音は何だ?」
ズルリ、ズルリと引きずるような音が 遠くに聞こえる。
何か重いものを地面を擦りながら移動しているのか。
すると突然、ひきつるような耳障りな鳴き声があたりに響きわたった。
ギャッ、ギャッ、ギャギャギャギャッーーー
次の瞬間、ぞくりと、首筋に寒気が走り、
ザックの耳元で囁く声がする。
「ほう、こっちのほうが旨そうじゃのぉ」
それを聞いた、ザックは反射的に腰に下げていた短剣を引き抜いて、声がしたあたりに切りつけるが、さも当然のように空を切り、何も捕らえることはできない。
「ダウ、得体がしれねぇが敵だ!武器を構えろ」
相棒がいたあたりに檄をとばすが、思った反応が返ってこない。
予想よりもずっと、下の地面すれすれから、声が返ってきた。
「ぁあ、ひっ、あ、ガァ、やめっ、ひぎぃぃいい」
必死で抵抗しているような、バタつくような動きと、
悲痛な叫びが闇の中を伝わってくる。
何!何をされている?
その疑問はすぐに解決した。
ザックが危険を察知して動かそうとした足に、闇が絡みついてきた。
ごわごわとした毛を纏う細長い何かが両足にするすると這い上がる。
振り払おうと、力を入れたときに、
それは、ずぶりと皮の鎧を突き破り両脇腹に突き刺さった。
あわてて、手でつかんで引きはがそうとするが、
表面の毛がつかんだ手の中で、蠢き、ずるずると音を立てて、
脇腹付近に吸い込まれていく。
「ひっ、何っ?何ら、あぎっ、ぎぇぇぇ」
体内を貫いてありえない位置に現れたそれは、激しい痛みと共に、
ずぶりと、それにかぶりついた。
ザック自身も生涯みることが無いであろうその部位に。
ちうちうと吸われている。
口からだらしなく舌が垂れている。
折れるように地面にくずれ落ちた。
暗闇の中、何かをすするような音だけが、ひっそりと響いていた。
___ズルズルと黒いものが蠢き、誰に告げるでもなく呟いた。
『ほう、そっちにおったか』
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