第47話 甘い果実
「懲りずに、また来るとは、どういった見解だ」
___倉庫街のはずれに再び足を踏み入れたソーン達を、そう思ったかどうだか期待通りに出迎える者達がいた。
日暮れまでにはまだ少し時間がある、それでもその一角は、街からそう離れていないのに、やけに人気が無かった。
街道と違ってまばらにすれ違う人を見送りながら、
脇道に入って少し進んだところで、ソーンが立ち止まった。
少し先を進んでいた、友人の獣人が、ふと立ち止まり、道沿いの壁際に積んであった木箱を指さした、ソーンを挟んで後ろの方で、アイリが頷いた。
その時、ソーンにはアルフの黒い艶やかな毛が逆立ったように見えた。
途端に、木箱が木っ端微塵に吹っ飛んだ。アルフが叫び、左足が破壊した木箱だった空間を切り裂いて地面におりた。
「来たゾ、悪党!ボクの未来の主人を襲った奴は何奴ダ」
振り返った、アルフがいつになく鋭い目をしている。
金属が擦れる音がして、剣を抜き放ちながら、アイリが呟く。
「さて、これは無事には済みそうにないわね」
木箱が吹っ飛ぶ衝撃に、たまたま通りにいた、買い物帰りのローブをかぶった女性が驚いて落とした果物を、あわてて拾いながら道の反対側の壁際へと移動する。
目の前で粉砕された木箱を合図に、どこに隠れていたのか、男達数人が姿を見せた。
そのうちアルフに一番近い、木箱のすぐ側にいた者が、すっと屈んで、木箱の残骸の中から何やら木彫りの人形のようなものを拾いあげて、呟いた。
「乱暴に扱ってくれるな、まあ、無事だったからいいものを」
そう言いながら、荒くれ者独特の品定めするかのような目線をソーン達に容赦なくぶつけてくる。
「なんだ、小僧。仲間を連れて、リベンジって奴か?」
それに答えて、ソーンが叫んだ。
「このままだと、のんびり街の観光もできないんで。ちょっとお話がしたいなって」
それを聞いて、先ほどの男が肩をすくめて、答えた。
「ハッ、話し合いか。お前の連れはそんな気はなさそうだが、こっちもそんな気は元から無いがなッ」
そう吐き捨てるように答えると、更に建物の影から、数人の男達が姿を見せた。明らかな人数差で囲まれている。
それでも、男達がすぐに動きださないことを不振に思ったソーン達だったが、すぐに理由が判明した。
「なんじゃ懲りない奴らじゃのう」
フヨフヨと空中から、茶色い毛玉が近づきながら声をかけた。あまりに唐突に、いつもと変わらない雰囲気を纏って現れたクーマをみて、ソーンも思わず、時と場所を忘れて、手を振る。
「クーマ、こっち、こっちだよ」
それを、じっと見ていた、男達が突然、思い出したように、呻き声と共に、地面にうずくまった。大体半数ぐらいの屈強な男達の突然の奇行に、どよめきが生まれる。その中にさっきまで威勢のいい啖呵をきっていた男も含まれていた。つづけて、地面すれすれから悲痛な叫びが聞こえる。
「それっ、そいつは何だ、お前の命令を聞くのか、それをこっちに近づけるなッ、ひッ」
見る影も無い様子に、むしろソーン達が驚きが隠せない。そんな気もしらずに、いつものようにソーンの頭にのったクーマに、ソーンが訊ねる。
「何だか、凄く、怖がられてるけど、何したのクーマ?」
可愛らしく首を斜めにかかげなら、クーマが答える。
「さあ、動物が苦手なんじゃろ、手を噛まれたりでもしたんじゃろ」
すると、近くで、これまた場違いな笑い声が響いた。
逃げる機会を失ったのか道を挟んで反対側で小さく屈んでいたと思っていた女性がすっと立ち上がって、手元の果物を軽く宙に投げながら、笑っている。どうやら、たまたま居合わせたのでは無いようだ
。
「そいつか、昼間逃げられたっていっていた子供は」
頭に被ったローブで顔は見えないが、格好と高めの声からすると女性のようだが、凄みがある。
「運悪く、魔物に出くわしたって聞いたが、そいつの連れじゃないか、ハハッ面白いな、ふざけた依頼をくれたもんだ」
それを聞いて、ソーンが訊ねる。
「依頼?誰かに依頼されたんですか」
ローブの女性が笑うのをやめて、その場に中腰で屈んだ。
頭からすっぽりとかぶったローブのせいで顔は見えないが、じっとソーンを見ているようだ。
少し考えた後、手にもっていた果物を、すっと投げてよこした。
きれいな放物線を描いてソーンの頭上から手元に落ちる瞬間に、突然ずるっと2つに分かれて落ちてきた、あわてて2つになったリンゴを拾うソーンに、ローブの女性が声をかけた。
「ナイスキャッチだ少年。そうだな、実に割に合わない依頼だ、君を連れてこいってことだが、その可愛らしい魔物を連れているとは聞いてないな」
そう言って、クーマを指さしながら話をつづける。
「おかけで、うちの勢いが取り柄の兵隊が役に立たなくなりそうだ。まったく、痛い損害だ。それで、虫のいい話だが、ここで手打ちにしないか」
そこまで話したところで、こちらをじっと見てくる。
アルフとアイリはソーンの決定に従うつもりなのかお互いに目配せした後、かるく頷いた。
緊張した面もちでソーンが答える。
「それは、今後手出ししてこないってことですか、それなら、こちらも願ったりですが。あと・・・依頼について聞いてもいいですか?」
返事を聞いて、すっと立ち上がったローブの女性が答えた。
「今後ではなく、今回の依頼に関してだが。まあ今後君らに、ちょっかいをだす奴はうちらの中では稀だろうな。あと、依頼の詳細は言えない、気にくわないが、それは最低限の礼儀だろう」
そう言うと、なぜかソーンを人差し指でちょいちょいと呼んでいる。
あわてて近寄ろうとしたソーンを制して、声をかける。
「違う、違う、その手にもった奴を半分こっちに投げろ!うちらの手打ちの流儀だ」
いわれるがままにソーンはリンゴの半分をローブの女性に投げた。
それを受け取ったローブの女性が、横に振り向きながらローブをかきあげて、リンゴにかじりついた。赤い髪が流れるようにローブから溢れて風になびいている、去り際に空いた左手をあげるとそれが合図か、ぞろぞろと男達が引き上げていく。
それを、何だかぼーっとみていたソーンが、思い出したように、残りのリンゴに1口かじりついた、蜜が滲みでてきたのかとても甘く思えた。2口目のところで、ふさふさしたしっぽがリンゴに絡みついてきてそこから先はクーマのお腹の中だ。
少し釈然としない表情をしたアルフがソーンに駆け寄り、剣を仕舞いながらアイリが、ほっとした表情をみせてゆっくりと歩いてくる。
そんな仲間の姿をみて、ソーンが、ふーっと息を吐き、張りつめた気持ちを整えながら呟いた。
「依頼か・・・何だろう。まあ皆無事だったから、今はそれでよしとしようかな」
はやくもリンゴを食べ終えたクーマが食べ足り無いのか、じっと誰もいなくなった通りを見つめているのをみて、ソーンが答えた。
「ここで手に入るリンゴって美味しいんだね、宿に帰るついでに買っていこう、早く帰って明日の予定も相談したいし」
それと、忘れないうちにお土産も買わないと、今日よりもっと怖いことになりそうだ、ソーンが心の中で呟いて、足早に宿へと向かって歩き出した。
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