『四斗樽』他
『四斗樽』
その国の秘宝が、蔵の中の四斗樽の中に沈んでいるだなんて、誰に想像できる?それを隠した魔術師は、人の盲点を突くことの巧者だった。その上魔力も超一級。四斗樽には十重二十重の結界が張り巡らされ、仕上げに目くらましの呪術がかけられた。さあ、魔術師よ。世に名を馳せる怪盗の俺と勝負しようか。
『茗荷』
さあ、祭りの時間だ。人も人ならざる者も入り混じる、社の祭り。狐面を被った男が、兵庫帯を泳がせる子供が、祭りに興じている。社の姫宮は茗荷の刺繍が施された紫の薄絹を纏いそれらを観覧する。古来、茗荷には魔除けの力があるとされた。シャボン玉のような笑顔の数々を見て、姫宮はそっと微笑む。
『青い羽』
もう帝国の滅亡は確実だった。それは天が天、地が地であるように動かしようのない事実。騎士は敵兵と剣を交えながら己の中の絶望を昏く感じていた。昔、飼っていた青い小鳥を、憐憫の情から逃がした事がある。あの鳥はどうなったろう。己の命数も間もなく尽きる。その時、青い羽が騎士の眼裏に映った。
『鍵』
君の心の鍵を、僕は確かにあの日まで持っていた筈なのに。交通事故に遭った君は、一切の記憶を失くした。僕の言葉に何度も首を振る。どうして?僕だけが君の心に自在に出入りできた。その鍵は今、喪われた、永遠に。彼女の命と共に。
『鋏』
長年連れ添った妻を亡くした老人には、日課が出来た。生前、妻が着ていた着物を鋏で切り刻み、焚火にくべるのだ。そうして天に帰す。悲しみが、大き過ぎて。妻の着物を処するにそれしか彼には術が思い浮かばなかった。彼が着物の残骸をくべる焚火は長い日数、途絶えることなく白く細い煙が天に昇った。
『ラム肉』
その濃厚かつ芳しいソースがかかったラム肉を、私はナイフとフォークで丁寧に切り分けた。林檎とにんにくの微かな風味を感じる。頭上にはシャンデリア。集った家族たち。けれどそこに団欒の輪はない。そんなものはとうの昔に消えた。あの日、父が首を吊った嵐の晩に。




