『こんなにも、遠い』他
・九藤 朋へのお題は〔こんなにも、遠い〕です。 〔二次元ネタ台詞の引用禁止〕かつ〔キーワード「朝日」必須〕で書いてみましょう。
峻嶮な山の尾根は女の足には険し過ぎる。それでも負傷して脱走兵として逃亡してきた男に会うには、この道しかない。吹雪きが視界を白く覆う。愛しい人への道のりがこんなにも、遠い。吹雪きは黄昏さえ押し遣ったようだ。遠くから男の呼ぶ声がする。幻聴だろうか。女の目に溢れ、頬を濡らす熱い雫。
・九藤 朋は『彼女』と『鍋』を使って140字SSを書きましょう!
彼女は炒め物をよくする鉄の鍋の底をがしがしとたわしで擦った。厚手の鍋で、使い終わった後の汚れはこうして擦らないと取れない。そうして汚れを取ってから、油を敷いて手入れをするのだ。その日は暑かった。油蝉がけたたましく合唱していた。そしてその日は、彼女の母親が狂った日だった。
・『無条件降伏』をお題にして140文字SSを書いてください。
僕は君にはいつだって無条件降伏だ。君の笑顔のおねだりには勝てないし、泣かれるとどうすればいいのか解らなくなる。君が生まれた日の朝をよく憶えている。光が祝福するように世界を照らしていた。だけど今度ばかりは無条件降伏とはいかない。君が連れてくる男を、僕は厳しい目で睨みつけてやるんだ。
・九藤 朋さんは、「深夜の坂道」で登場人物が「髪を撫でる」、「星座」という単語を使ったお話を考えて下さい。
星の綺麗な夜だった。深夜の坂道の脇に車を停め、僕は彼女とキスをした。髪を撫で、くしゃくしゃにし、僕も髪を、そして心をくしゃくしゃに乱され、互いを求め合う。彼女の太腿の冬の星座、オリオン座のような黒子を愛撫すると、可愛い声で彼女が鳴いた。
・九藤 朋は『あそこにいるよ』を最初に使ってSSを書いてください。
「あそこにいるよ」孫に言われた瞬間、私は号泣した。遠い昔、南島の戦地に置き去りにした嘗ての部下。彼が笑って我が家の蘇鉄の樹の下にいると言うのだ。あの南の島にもあった蘇鉄の樹。蘇る青過ぎる空、飛ぶ鉄の塊、銃撃戦。脚を負傷した部下は私に行ってくださいと言った。きっと今と同じ笑顔で。
・九藤 朋さんは、「早朝の屋上」で登場人物が「迷う」、「ミルク」という単語を使ったお話を考えて下さい。
夏の朝は早い。殊に部活をしている者にとっては。私は部活が始まるより前に登校して、早朝の屋上で迷う心を持て余していた。スプリンターとしての心とそれから。秤にかけられるものではない心。「こんなところにいたのか」ドキンと心臓が鳴る。彼がミルクセーキの缶をほらと渡してくれた。
・『隣との距離』をお題にして140文字SSを書いてください。
近くて遠いもの。それは隣との距離。彼女と俺の間には、ほんの握り拳大ぐらいの距離がある。彼女は無心に文庫本を読んでいる。俺は朝食のパンに齧りつくのに集中する振り。彼女が立ち上がる。群れていた鳩がばささ、と飛び立つ。今日も声をかけることが出来なかった。俺も今から出勤の時間だ。
・九藤 朋へのお題は〔硝子越しに〕です。 〔オノマトペ禁止〕かつ〔「女性」の描写必須〕で書いてみましょう。
移ろう儚い季節だった。透明と鉛色の中間位の質感の硝子越しに、僕は庭を眺めていた。雨が甘やかに降っていた。僕の想う女性は如雨露を持ち、雨にも関わらず草花に水を遣っていた。心を病んだ悲しい人。心を病んだ愛しい人。あと何万回打ち明けたら、貴女は僕の名前と告白を憶えていてくれるだろうか。




